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器用貧乏のプロ野球サバイバル記  作者: あるでぃす
『開幕三連戦 vs東京山手スターズ』編
16/24

#15『開幕戦⑤ 〜キャンプの成果〜』





(──おいおい。今のとこ、マジで狙い通りだな)



ベースカバーから戻ってマスクを拾いながら、先発投手である人見の球を受けるキャッチャー、真壁が驚嘆する。


相手チームにあまりデータがないこと、野手登板ということで僅かにでも油断があったことを利用したとはいえ、先頭打者を三振。2番打者をショートゴロ。

僅か5球で、あっさりとツーアウトとしてみせたのだ。



そして、そんな彼のピッチングを受けていた真壁の脳裏には、以前監督が言っていたことが浮かんでいた──。









────────────────────────────







時は遡って、春季キャンプ。


下町ブレイブハーツの各々の選手が開幕に向けて準備を進める中、室内練習場にて、メディア非公開のもと『()()()()()()()』を行っている者たちがいた。




──バシン!!


気持ちのいいキャッチャーミットの音が鳴り響く。



「真壁、どうだ?」


「……想像以上です。あんな少しの練習で、まさかここまでしっかり『ピッチャー』がやれるとは」



監督の質問に真壁はそう返しつつ、座ったまま返球。


そのボールを受けるは、人見蒼矢。

彼は、通常通りの野手の練習に加えて、こうしてひっそりとピッチングの練習にも取り組んでいたのだ。




(……本当に、久しぶりの投球とは思えないな)



彼のボールを受けるようになって数日。

今日のボールを受け、真壁は心の底からそう感じていた。


ストレートについては、球速のMAXは140キロ台とはいえ、キレイな回転軸・平均以上の回転数。本職が野手とは到底思えない『投手』のボールだ。

変化球についても、派手に変化するボールこそないが、打者の手元で曲がる質の良いモノを、縦横斜めに何球種も操れている。


正体を隠して投げさせれば、見た人は一軍ピッチャーだと思ってしまうくらいのレベルにはあると言っていいだろう。






「監督は、人見がこれくらい出来ると分かっていたんですか?」


「あぁ、だからこうして投げさせてるんだ。……ただ、ここまで早くモノになるとは思ってはいなかったが」


真壁の純粋な疑問に、諸星も少し意外そうにして答える。


監督の一声によって始まったこの春季キャンプの極秘メニューであったが、想像以上の成果だったようだ。




「……それにしても、人見のプロ時代のボールは映像でしか見たことないですが、そのときよりも完成度も高いと感じます」


「そうだな。私としてもそう思うよ」


諸星が首肯する。


彼としても、当時は引退したとはいえコーチ業などでアメリカにいたことから、人見のピッチングをその目で見た経験は少なかったのだが、そう思えるような投球を彼は見せていたのだった。




「──そして、その理由も分かっている」


「……理由、ですか? それは一体?」


そんな彼の問いを聞いて、諸星は自分自身がその目で見て気がついたこと。そして、娘から聞いた話を思い返す。





「──当時の人見蒼矢という選手は、言うなれば、自らを否定してしまった存在だった」


「……自らを否定、ですか」


「あぁ。……甲子園優勝投手。3球団の競合ドラフト1位。そんな栄光の実績から来る期待に応えなくては……というプレッシャーによって生まれる責任感・使命感・焦り。投手時代の彼は、そういったものに押しつぶされてしまっていた」



諸星が、目をつぶりながら言葉を紡ぐ。


別に、こういった事例は珍しくはない。

周囲の期待、そして批判。プロの世界における重圧に、これまで何人の有望な選手が潰れてしまったのだろうか。



「故に、本来自分が持つ秘めた能力をも信じきれず、試合でも焦りで十分なパフォーマンスが発揮できていなかった」


自分自身の長所を活かせず、それで結果を残せずに、余計に自信をなくしてしまう負のループ。


そんな最悪の状況だったのが、プロ入り直後の人見だった。





「──だが、()()違う」



……しかし、諸星はそのように言い切って。


投球練習のマウンドに立つ、人見へと再び目を向ける。



そこでは、自身の練習を終えてブルペンに入ってきた廣中と共に、スライダーの投げ方について言い合う人見の姿があった。


「お前のスライダーの投げ方はダメ」と言って指導しようとする廣中。そして、それに対して持論を言い返す人見の姿。

そこには、かつてプロの世界で苦しんでいた彼の姿はない。




「……今の彼は、ただ久しぶりに投げるのを楽しんでいる。かつてのように、自分にはできないことをしようとするのではなく。ただ、自分の持っている力を発揮しようとしている」



そんな彼らの言い合いも終わり、最終的に廣中流のスライダーの投げ方を教えてもらうことにした人見が、試しに投球を行う。




「──その結果が、今だ。君が受けているとおりにね」



パンッ!!


真壁が、そんな彼のボールを捕球する。



先ほど受けたスライダーより、大きく曲がっていた。


それを受けてドヤ顔の廣中に、素直に感謝の言葉を伝える人見。

そんな楽しそうな2人の様子に、彼らのことを高校時代から知っている真壁は思わず笑ってしまう。






『……ただ、そんな表面上のピッチングの質は彼の本質ではない。そう、何よりも。彼の()()になるのは────。』









────────────────────────────







『3番、ファースト。大嶋、颯斗!!』



ツーアウトランナーなし。


全くもってチャンスとは言い難い状況ではあるが、そのコールによって球場に大歓声が巻き起こる。


流石は何度も東京山手スターズの優勝に貢献してきたチーム一筋のベテラン。とてつもない人気ぶりだ。





「……よし。んじゃ、やったりますか」



そんな凄まじい歓声の中。人見は小さな声でそう呟くと、グローブを外してセットポジションに入る。



しかし、その姿はそれまでと()()()いて──。







(……ひ、左投げだと!!?)



その違いに気がついた打席の大嶋が目を見開く。


なんと、人見は、()()にグローブをはめていたのだ。



つまり、『()()()』。


そんな現代野球ではそうそう見られない事をしれっと行っていた人見は、これまでと変わらない早いペースで1球目を投げ込む。





「──ストライク!!」


インコースギリギリのフォーシーム。

スピードガンは、135キロを記録していた。






(……人見のやつ、本当に左で投げやがった。公式戦、しかも開幕戦でよくこんなマネができるな)



そんな彼のボールを受けた真壁は、微かに驚きの表情を浮かべる大嶋を横目に返球する。





──そして。



彼の、あのときの諸星監督の締めの言葉を思い返していた。








『──あの()()()だ。走攻守、そして投。()()()()()()。得意不得意なく、彼ほどなんでもこなせる選手はいないだろう?』











【曹浩然 選手名鑑】


《3年目》

下町ブレイブハーツの頼れる助っ人野手。プロ野球界では珍しい中国人で、出身は成都。プロ野球選手を志して来日し、独立リーグでプレー。その後、育成契約でブレイブハーツと契約したが、同一年度中には支配下登録。とくに3年目の昨季は3割20本をマークするなど、チームの中心打者として活躍している。


[野手成績]

.316(462-146) 20本 74打点 2盗塁 OPS.879

135試合 二塁打27 三塁打0 四球42 死球3 犠飛2

出塁率.375(509-191) 長打率.504(462-233)

IsoD.059 IsoP.188 0犠打 (510打席)


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