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器用貧乏のプロ野球サバイバル記  作者: あるでぃす
『開幕三連戦 vs東京山手スターズ』編
15/24

#14『開幕戦④ 〜久しぶりのマウンド〜』





『──そして、1回の裏。東京山手スターズの攻撃。いよいよ、ブレイブハーツの人見がマウンドに上がります』



「で、ででで出てきたよそーくんが!!」


「そりゃ出てくるでしょ。先発なんだから」


テンパリまくりの菜月にゆすられながら、呆れた表情で冷静に答える俊介。そんな2人の視線の先にある人見は、ヘッドスライディングで汚したユニフォームで投球練習を始め出す。その姿は、まさに異様な光景だ。



『それにしても、この人見が開幕のマウンドに上がるとは、シーズン前に一体誰が予想したでしょうか。解説の島野さん』


『人見選手もかつては投手だったとはいえ、もう随分前のことですからねぇ。この諸星監督の奇策がどう転ぶのか、注目です』


『そうですね。……今流れておりますのは、高校時代のピッチングの映像です。都立高校初の甲子園優勝をかけた決勝では──』




客席備え付けのテレビでは、そのような実況の紹介のもと、人見の投手時代の映像が流れている。

真壁らを擁する関西の超名門の私立である大東学院を、都立高校の業平橋高校が、人見と廣中による完封リレーで圧倒した高校野球史にも残る名場面だ。


150中盤のストレートを安定して投げ込む廣中、そして七色の変化球を内外に投げ分けるコントロールを持つ人見のコンビは、高校レベルではまさに敵なしといった様相だったのだ。





──そして、そんな懐かしいシーンの放送が終わると。



すでに人見の投球練習は、終わっていて────。










────────────────────────────







(……よし、これで()()()は完璧だ)


投球練習最後の一球を投げ終わり。人見がスパイクの土を落としながら、バックスクリーンに目を向ける。



1番 D 人見

2番 遊 諸星

3番 一 曹浩然

4番 三 板谷

5番 右 プライスJr.

6番 左 日下

7番 捕 真壁

8番 中 村越

9番 二 高崎

   投 人見



そこには、本日のスターティングメンバーが、デカデカと映しだされていた。


1番DHで、先発投手。

それこそ、現役時代の監督くらいでしか見たことのない表記に思わず少し笑ってしまう。



振り返れば、バックスタンドを埋め尽くすファン。そして、打席の横で入念に準備をしている相手打者の姿。

今から自分がこのマウンドで投げるんだ、ということをありありと感じさせられる。


野手転向後にも、1度だけ大差の際に野手登板で投げたことこそあったが、こうして先発のマウンドにに立つのは、まさにプロ1年目。ルーキーイヤー以来のことだ。



──ただし。


かつて同じようにこのマウンドに上がったときとは違って、嫌に流れる汗も、バクバクとなる心臓の鼓動もない。自分でも不思議なくらいの平常心だ。


それに、どこか体も軽い。こんなマウンドに立つのは、()()()()()()()かもしれない。




一度、深く息を吐いて。

人見はマウンドに足をかけた。


前へと目を向ければ、右バッターボックスに入っているのは、東京山手スターズの一番打者、小宮。

昨季は諸星一輝を抑えて最多安打にも輝いた、プロ5年目の若きリードオフマンだ。




(……人見さん、か。そりゃ高校時代の活躍は僕も覚えてるけど、いくらなんでも舐めすぎだろ)


自分の足元の土を掘り返しながら、小宮は僅かに顔を歪める。



対する人見は、彼が構え終わり、プレイがかかったのを確認すると、セットポジションに入り──。





「──ストライク!!」


1球目を投じた。

アウトコースへの132km/hのストレート。




(……球速もこの程度。昔と違って野手投げ感も抜けていない。やっぱりこの程度か)


それを見送った小宮は、冷めた目を人見に向ける。

132km/hなんてプロはおろか、最近じゃ一回戦敗退の県立弱小高校のピッチャーですら投げてもおかしくない球速だ。

かつての輝かしい時代の名残も全然感じられない。



一方の人見は、そんな彼の目線を気にすることはなく、キャッチャーからの返球を受け取ると、すぐにマウンドへと足をかける。

野手登板ならではの、早投げっぷりだ。




(様子見で初球は見逃したけど、次はいく──ッ)


それを受けて、ゆっくりと小宮も構えると。


人見が第2球目を投じて。




「──ファウル!!」


低め真ん中に入ってきたボールをしっかりと捉えた打球が、一塁側のカメラ席を襲った。



102km/hのカーブ。

曲りはそこまでだが、先ほどのストレートとは30キロ程度球速差のある遅球。小宮が僅かに待ちきれなかったことで、その鋭い打球はファウルゾーンへと飛んでしまっていたのだった。




──その後。


3球目は、129km/hのストレートが外れ、カウントはツーストライクワンボール。


人見が再びすぐにマウンドを跨ぎ、小宮の準備を待つ。





(ストレートが抜け気味に外れたし、次は変化球か? ストレートもかなり遅いし、さっき待ちきれなかった変化球を待って、ストレートは対応でいく……!!)



逡巡の上、そう心に決めて構えた彼に対して。



「──ふッッッ!!!」


投じられたのは、ストレート。







──だが。




(………()()ッッッ!!!?)







「──ストライク!! バッターアウト!!」



キャッチャーの真壁の気持ちのいい捕球音が鳴り響いて、主審が腕を上げて高々にそうコールする。

148km/hストレートが、インコースビタビタに決まっていた。


思わず見逃してしまった小宮が、唖然とする。



(……今の人見さん、昔と同じキレイなフォームだった)


さっきまでの野手投げのようなフォームとはまるで違う、高校時代を思い出させる、首から爪先まで整ったキレイなフォーム。

そして、これまで投じてきた2球のストレートと比べ、球速も球質も遥かに良い()()()



これらが、意味することは──。






(……さっきまでのは()()()!!? 投球練習も含めて!!?)






「──ま、久しぶりならこういう手も使えるんだよな」



人見がバックスクリーンのほうへ振り返って、誰にも聞こえないような小さな声で呟く。


最初から最後まで。まさに、彼の()()()()であった。








「──どうだった?」


「……人見さん、最初手抜いてましたねあれ。何を隠してるか分からないんで、初球から積極的にいったほうがいいと思います」


ベンチに戻る小宮に、ネクストバッターの新川が声をかける。




(……ここまで投げているのはストレート、カーブ。狙うべきはさっき決め球にも使ったストレートか)


そして。悔しそうに答える小宮の助言を踏まえ、彼はバッターボックスに入る。


先頭打者とは違い、彼は人見の投球を既に一部把握している。

確かに良いボールを投げてはいたが、結局のところ148km/h。

ここは、まだ真価を見せていない変化球を待つより、そのストレートを引っ叩くべきであると彼は判断する。



それを見ると、人見は今度はゆっくりとワインドアップで。



「オラアッッッ!!!!」



先ほどまでとは打って変わり。

そのような力強い声で、腕を振った。


そして、そんな瞳に相対する新川も、それに呼応するようにバットを力強く出し────。





──だが、()()()()()()()





(……チェンジアップ!!?)



だが、止まらない。


絶妙な高さに決まったチェンジアップを、腕は伸び切り、身体が前に出てしまった状態でミートする。

そうなってしまえば、当然ボールに力が伝わる筈もなく。



「ショート!!!」


自分の横を転がっていく力のないゴロに目を向け、人見が叫ぶ。



(くそ……、やられた!!)



新川が一塁に向かって駆け出しながら、歯軋りする。


ストレート待ちの相手に対し、このチェンジアップ。

ただ、コースこそ良かったが、決して質が素晴らしい訳でもない。その選択肢が少しでも頭にあればきっと待てた。



……だが、()()


故に、狙い通りにひっかけさせられてしまった。





ボテボテと転がったゴロを、ショートの一輝が処理する。




──これで ツーアウト。






こうして、投手転向から7年のブランクがあるただの野手が、リーグ屈指の1、2番コンビから、いきなり2つのアウトを取ってみせたのだった────。











【真壁健吾 選手名鑑】


《9年目》

創設時のエクスパンションドラフトで下町ブレイブハーツに入団したパンチ力の光る捕手。今季は382打席ながら13本の本塁打を放った。ベテラン捕手山中の引退もあり、来季はさらに出場機会が増える見込み。さらなる飛躍となるか。


[野手成績]

.231(334-77) 13本 44打点 0盗塁 OPS.702

109試合 二塁打16 三塁打0 四球29 死球10 犠飛4

出塁率.307(378-116) 長打率.395(334-132)

IsoD.076 IsoP.161 3犠打 (382打席)


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― 新着の感想 ―
高校野球などと違って、若さや青春で押せない設定に加え、143試合という甲子園などのトーナメントと比べて、1試合が薄くなるプロ野球界の設定だが、今後どのような展開でもっていくか、、、。 エピソード15ま…
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