#13『開幕戦③ 〜畳みかけて〜』
──無死一、二塁。
人見に続いて一輝も出塁した結果、下町ブレイブハーツは初回から大チャンスを演出していた。
『3番、ファースト。曹浩然』
そして、その勢いのままに曹が打席に入る。
日本プロ野球では珍しい中国出身の助っ人で、独立リーグを経由してブレイブハーツに入団。
190cm102kgと巨漢の持ち主で、3年目の昨季は3割20本を記録したチームの中心打者だ。
「──た、タイム!!」
すると、そこで堪らず、東京山手スターズの捕手である串田がタイムを要求してマウンドへ向かう。
一旦間を空けて、ブレイブハーツに生まれつつある『流れ』を止めよう……という意図なのだろう。
また、それを受けて内野陣も集まり、ピッチャーの背中をグラブで叩いたらして鼓舞しているのが見ていて分かる。
まぁ、野球というスポーツではよく見かけるセオリーだろう。
──ただ。
そんな相手チームの様子を見て、1人の男が塁上で不敵な笑みを浮かべる。
(……そんなんで、こっちの勢いを止められると思うなよ?)
──そして、集まっていた内野陣が再び守備について。
「プレイ!!」
審判のコールによって、再び試合が再開された。
中山は、セットポジションに入ったままセカンドベースを一瞥し、曹に対しての一球目を────。
「────なッッ!!?」
と、キャッチャーの串田は思わずそんな声を漏らす。
なぜなら、投手が投球モーションに入ろうとしたその瞬間。
その後方で、一塁ランナー人見及び二塁ランナー諸星が同時にスタートしていたのだった。
ようするに、ダブルスチールを仕掛けてきたのである。
「──セーフ!!」
それを受けて、串田は三塁に送球するもセーフ。
しかも、捕球する前にはベースに到達している余裕ぶりだ。
(……くそ、やられた。あいつら、完全に盗んでやがった)
串田が再びマスクを被らながら、微かに顔を歪める。
これで、ノーアウト二、三塁。
山手スターズとしては、ブレイブハーツのクリーンナップを迎える中、得点圏に2人のランナーを抱え、ゲッツーもない状況。
大量失点すら考えられる最悪の状況に陥っていてしまったのだ。
(──まぁ、いくら三盗とはいえ、牽制する気ないんだなって分かって、モーションも盗めたらそりゃ楽勝なんだよな)
そんな苦しい状況に置かれた山手スターズの選手とは対照的に。
人見は一輝と目を見合わせ、三塁ベース上で得意げに笑う。
開幕戦の初回に迎えた、いきなりのピンチ。
ランナーの動きにも翻弄されての四球を出した若手投手。
そのような結果の中、マウンドに集まって話すことは何か?
『──ランナーは気にするな! 1つずつアウトを取ろう!』
大方、そのようなことになるのではないだろうか?
しかもその上で、ピッチャーも二遊間の選手も、明らかに二塁ランナーを牽制する気のない動き。
さらに。シーズンオフの間に諸星監督が発見したという、二塁ランナーを一度見た後、投球モーションに入るまでの時間が決まっているという中山のクセ。
まさに、すべての条件が。
ダブルスチールを仕掛けるには向いていたのだ。
そうして人見が、ダブルスチールで到達した三塁ベースについたまま、相手投手である中山に目を向ける。
……やはり、冷静を装ってはいるがどこか表情は硬い。
まぁ、経験の少ない投手でありながら、開幕戦という緊張感。そもそも、今季初の登板で、初回からワンナウトも取れないままに大ピンチという状況下。
そうなってしまうのも、無理はない。
だが、少し気の毒だとしても、情けをかける余裕などはない。
プロの世界は弱肉強食。
つけこむ隙があるのなら、それを活かすのが肝要。
……やれるだけやらせてもらうだけ、なのだ。
──そして。
その後は、3番曹浩然4番板谷の連続タイムリーもあり、ブレイブハーツはあっさりと3点を先制。
昨季の王者である山手スターズを相手にして、上々のスタートを決めたのだった。
「──人見、ナイスラン」
そうしてホームに帰還後、人見がベンチで裏の準備をしていると、後ろから防具をつけた男が背中を叩いてきた。
──真壁、健吾。
今日の試合にも7番捕手で出場している、ブレイブハーツの正捕手的存在だ。
低打率ながらパンチ力のある打撃と、地味ながらも安定感のあるフィールディングが魅力である。
そして。そんな彼の存在は、人見にとってもただのチームメイト……というだけではなく。
「おう、裏のピッチングも任せとけ」
「ま、期待してるぜ。『ピッチャー人見』のボールを受けたことのある者として、な」
「はは、懐かしい話だな」
そんな軽口を言い合いつつ、拳をつけあわせる。
2人は、同じ今季10年目の27歳高卒。
甲子園では決勝でやり合い、U—18の代表戦では、チームのエースと正捕手として世界一を達成した関係性でもあった。
故に、人見が彼とバッテリーを組むのは初めてのことではなく、まさに10年ぶりの出来事なのである。
「……つーか、開幕初球セーフティバントに、塁上での暴れよう。お前、やりたい放題だったな」
そんな、かつて短い期間ながらチームメイトであった真壁が、そう言って苦笑する。
一方。そんな彼の言葉に対して、人見は。
「──おう、これが今年の俺のやり方だ」
そう言って、ニヤリと笑ってみせるのだった────。
【諸星一輝 選手名鑑②】
《年度別野手成績》
① .143( **7- **1) *1本 *4打点 *1盗塁 OPS.714
二塁打*0 三塁打0 四球*0 死球0 犠飛0
出塁率.143(**7-**1) 長打率.571(**7-**4)
② .222(144-*32) *2本 13打点 *7盗塁 OPS.591
二塁打*9 三塁打1 四球*9 死球1 犠飛1
出塁率.265(155-*41) 長打率.326(144-*47)
③ .268(366-*90) *6本 32打点 18盗塁 OPS.658
二塁打22 三塁打2 四球20 死球5 犠飛3
出塁率.292(394-115) 長打率.366(366-134)
④ .274(526-144) *8本 40打点 29盗塁 OPS.698
二塁打27 三塁打3 四球29 死球4 犠飛2
出塁率.316(561-177) 長打率.382(526-201)
⑤ .259(398-103) *5本 29打点 20盗塁 OPS.662
二塁打20 三塁打3 四球20 死球5 犠飛3
出塁率.300(426-128) 長打率.362(398-144)
⑥ .285(520-148) *7本 41打点 32盗塁 OPS.720
二塁打24 三塁打7 四球24 死球6 犠飛2
出塁率.322(552-178) 長打率.398(520-207)
⑦ .306(556-170) 10本 50打点 42盗塁 OPS.769
二塁打30 三塁打4 四球28 死球7 犠飛4
出塁率.341(592-202) 長打率.428(556-238)
《通算野手成績》
.273(2517-688) 39本 209打点 149盗塁 OPS.703
二塁打132 三塁打20 四球130 死球28 犠飛15
出塁率.314(2690-846) 長打率.388(2517-977)