#12『開幕戦② 〜二世の意地〜』
『──2番、ショート。諸星一輝』
人見のセーフティバントで無死一塁となって、次の打者である一輝が打席に入る。
過去2年間は出場試合の大半を1番打者として過ごしていたこともあり、2番打者としての出場は実に3年ぶりだ。
──ただ、そんなことよりも注目すべきことは、諸星一輝という打者と相手の先発投手中山の相性だろう。
昨季の2人の対戦成績は、14打数2安打5三振。
右投手対左打者という、一般的には打者有利と言われるマッチアップながら、一輝はいいようにやられていたのだった。
(さて、初球は……っと)
そんな彼は、冷静に三塁コーチャーのサインを確認してから、体勢を少し屈めてバットを寝かせる。
(……諸星一輝に送りバントか。俺との相性が悪いとはいえ、意外と諸星英一監督は手堅いんだな)
それを見た中山も、捕手のサインを見てセットポジションに入って、牽制を一度挟んでから……投げた。
それを見て、一輝はさっとバットを引く。
──ボール。
148km/hのストレートが高めに外れていた。
おそらく高めの速球で押して、バントの打球を打ち上げさせる狙いだったのだろう。
(初球はボール。……なら、次はやるのは──)
引き続きバットを寝かせた一輝を一瞥して。
中山がクイックで投げ──た、その瞬間。
「──ひ、ヒッティング!!?」
バットを引いた一輝が、スイング体制に入った。
その様子を見て、チャージをかけていた内野陣が急ブレーキをかけ、来る打球に備える。
──が。
ボール。
一輝はそのまま見逃したのだ。
スライダーが少しだけ低めに外れていた。
(……この野郎。こいつ、バントする気は最初からなかったか)
何事もなかったかのようにバッターボックスから離れ、素振りでミートポイントを確認する自身のルーティーンをしている一輝をキャッチャーの串田が睨む。
彼は、少しだけ笑っていた。
ここまでは思い通りだとでもいうように。
──しかし、今度はストレートがアウトコースの際どいところに決まって、カウントはワンツー。
いわゆる、バッティングカウント。
『何か』を仕掛けるのであれば、実にやりやすいカウントだ。
中山が再び牽制を入れてから、足を前に踏み出すと。
「「──は、走った!!!」」
そんなバックの仲間の声が、中山の耳に聞こえてきた。
──ここでやはり仕掛けてきたか!!
……だが。
(──いや、ただの盗塁のフリだ!!)
ボールを捕球しつつ、ランナーの動向を伺っていたキャッチャーの串田は、ランナーである人見の動きを察知していた。
勢いよくスタートを切ったように見えた人見だったが、そうしたのも束の間。既に帰塁を始めていたのだ。
串田はそれを見て、一塁に思い切り送球する。
「……セーフ!!」
しかし、セーフ。
ヘッドスライディングで帰塁した人見は、その流れのままに立ち上がり、余裕そうに屈伸をしていた。
そして、投じた4級目の判定はボール。
カウントは、ワンストライク、スリーボールとなっていた。
(……蒼矢兄さん、初っ端から暴れてるなぁ)
そんな一連のプレーを眺めていた一輝が、思わず苦笑する。
あれだけアグレッシブにプレーをする先発投手なんて、現代プロ野球では普通ありえない。
しかも、昨季から日本プロ野球においても両リーグDHが導入されているのだからならさらだ。
ただ、おかげでカウントはワンスリー。
フォアボールで無死一、二塁という展開も見えてきた。
「──ファウル!!」
……しかし、次のカーブにタイミングが合わず、一塁側観客席に向けてライナーを打ってしまいファウル。
これでカウントはツースリー、フルカウント。
(──去年までは、こうなるとダメダメだったけど……)
ファウルで一旦試合展開に間が空く中、一輝はバッターボックスから外れて一息つく。
その脳裏によぎるのは、キャンプ中の父……監督の言葉。
『──いいか。世間じゃあ諸星一輝はスターだなんて言われてるが私はまだ認めていない。一流の1番打者になりたければ、打って『歩ける』選手になるんだ』
それが、彼が父の英一と『監督と選手』という立場になって、初めて言われたことだった。
……確かに、諸星一輝という野球選手は、プロ入り前から生粋のフリースインガー。
四球拒否の早打ちで、三振も打者タイプを考えればかなり多い。そういう点では1番打者に向いていないという自覚もある。
──ただ。
(それを『なんとかしろ』って言われて出来るんなら、とっくにしてるんだよ──ッッ!!)
「ファウル!!」
アウトローに絶妙に決まったフォークを、バットの先ギリギリのとこで当ててカットする。
(──ほんと、自分が歴代最強の野球選手だからって、いつも簡単に言ってくれるよな……ッ!!)
「ファウル!!」
インコースのストレートを、前足を少し開いて無理矢理引っ張ってファウルにする。
(そんな大スターを父に持った息子の気持ちも少しは考えてほしいんだけどね……ッ──!!)
「ファウル!!」
低めに来たチェンジアップを、前に出ていこうとする身体を抑えて三塁方向に流し、なんとか喰らいつく。
(まぁ、でも────ッ)
「──ボール、フォア!!」
(そこまで言われたら、やってやるしかないんだけど!!)
そうして、握りしめたバットを置いて、ゆっくりと歩き出す。
ツースリーから、3球粘ってのフォアボール。
諸星一輝という選手としてはかなり珍しい出来事に、球場中のスターズファンだけでなく、レフトスタンドのブレイブハーツファンさえも、どこか驚きに包まれていた。
(……すぐに、『これ』を当たり前にしてみせる!!)
そんな周りの様子を見て。
彼は、そう決意を新たにするのだった。
【諸星一輝 選手名鑑①】
《7年目》
あの諸星英一の長男で、下町ブレイブハーツの正遊撃手。今季は初の規定3割をマーク。また、二桁本塁打や40盗塁も達成し、球宴出場は勿論のこと、B9及びGG賞を獲得するなど、チームを代表するレベルの選手へと成長した。
8年目の来季は、最大の課題である四球数の増加を図り、さらなるレベルアップを狙う。
[野手成績]
.306(556-*170) 10本 50打点 42盗塁 OPS.769
140試合 二塁打30 三塁打4 四球32 死球2 犠飛4
出塁率.341(592-202) 長打率.428(556-238)
IsoD.035 IsoP.126 *8犠打 (600打席)