#0『とある野球選手の一人語り』
──俺は人見蒼矢、27歳。プロ野球選手だ。
まぁ、とは言っても。
最近はスタメンとベンチを反復横跳び。この前は2軍落ちもくらった、なんとも言えない『半レギュラー』なんだけど。
けどそんな俺も、高校生の頃は泣く子も黙るようなスーパースターだったんだぜ?
……いや、流石に今の表現はちょっと盛ったんだけど、それでもそれなりに世間を沸かせたプレイヤーだったのは事実だ。
あの栄光のマウンドで相棒と抱き合ったあの日のことは、今でも昨日のことのように思い出せる。
そんで、競合のドラフト1位で広島の某球団に入団。投手入団も背番号はなんと「1」を貰った。
入団会見では意気揚々にでっかい夢を語って、そのまま堂々とプロ野球界に飛び込んだ。
自分で言うのもなんだが、
ここまでは順風満帆な野球人生だったと言ってもいい。
──でも、やっぱり『プロの壁』はなかなかに厚かった。
前述の通り当初は投手としてプレーを始めたものの、1軍ではなかなか活躍できず、4年目には早々に野手転向。
5年目には主力離脱のチャンスをなんとか掴みレギュラーに定着するも、翌年はいわゆる2年目のジンクスに。
それ以降についても『大活躍』とはいかず、タイトル争いなんかとはまったく無縁の日々。
そんで今季に至っては、開幕から過去最大クラスの絶不調で、現在は先に説明した通りの境遇であった。
……けど。そんな俺だって、ただ手をこまねいて野球人生を過ごしていた訳じゃない。
これまでだって、自分に出来得ることはなんだってやるつもりで必死に努力をしてきた。
オフに増量して長距離打者目指してみたり。逆に減量して足の使える選手を目指してみたり。守備で魅せるGG級のプレイヤーを目指したこともあった。
ただ、そのどれも。そんな俺の足掻きを嘲笑うかのように成功には至らなかった。
いや。正確には、まったく結果が出なかった訳ではない。
努力した分だけ、しっかりとその『成果』は出た。
単に、『中途半端』に終わっただけ。
打も走も守も、『それなり』の域を飛び出せない。
けど、そんなのはもう。自分にとっては失敗に等しかった。
──俺はもっと、『デカく』なりたかったのだ。
目指していたのは、ワンプレーでファンを。球場を。そして球界を沸かせる。そんなスター選手だ。
それが出来るのなら、打撃だって、守備だって、走塁だって。なんならピッチングの方だっていい。
とにかく、そんな『アイツしかいない』って言われるような何かが欲しかった。
でも、現実は厳しい。
最近じゃ、ファンにすら「武器がない」「中途半端」「器用貧乏」などと言われる始末。
高校時代には「欠点がない」と形容されて称賛されたものが、プロの世界ではその程度だった。
……あぁ分かってる。分かってるんだ。
“自分のこと”は、誰よりも自分自身が分かっている。
──来季は、もうプロ10年目。
気がつけば、若手どころか中堅ともいえる立場になっていた。
いい加減、自分の立ち位置を固めるべきだ。
言い方を変えれば、『立場を弁え』なくてはならない。
たとえそれが、自分の本来望まぬ形であったとしても。
たとえその先に待つ行く末が分からなくても。
いまここにある現実に立ち向かわなければならないのだ。
──自分が『器用貧乏』なんだとしたら、別にそれでいい。
そうならば、それをこの世界で活かしてみせるだけだ。
結局のところ、ないものねだりはもう出来ない。自分の持つモノを使って闘っていくしかないのだ。
だから、俺は高らかにこう宣言してみせる。
「──器用貧乏上等ォ!! プライドなんか知ったことか!!! この世界で生き残るために、俺はなんだってやってやるぜぇぇぇぇぇええええ!!!!!」
──ぷるぷるぷる。
と、決意を新たにしているところに着信が一本。
そして、こんなあっさりとした一報。
「──あ、人見くん。キミ、トレードね」
「………………え??」
──こうして。
俺のプロ野球人生は、新たなフェーズを迎えるのだった。
【人見蒼矢 選手名鑑①】
《1年目》
3球団競合のゴールデンルーキー。ファームでは50イニング以上を投げ防御率3点台と一定の結果を残すると、9月には1軍に初昇格。翌日には先発を任され、5回2失点(自責1)で抑えプロ初勝利を飾る。しかし、次の登板では5回途中4失点でKOと悔しい結果に終わった。また、プロ初打席では横浜シャインズのエース服部の初球を振り抜きタイムリーヒットを放つなど、高校通算36本塁打の打棒も見せつせた。
[投手] 2試合 9 1/3回 4.82 1勝0敗0H
6奪三振 与四球3 与死球0 自責5
[野手] .333(3-1) 0本 1打点 0盗塁 OPS.666