第9話 夢を続けて行こう
「行くデース! ……っイケナイイケナイ、シールド無いんデシタ」
「まずは中央ラインまで上がる!」
白華ワープリ部の編成はアタッカー2、サポーター1、スナイパー1。
対する敵UCIユニットの設定はディフェンダー1、アタッカー1、スナイパー1、サポーター1、これは俺が蘭香ちゃん達に求めた役割でもある。
両者まずは射程範囲外及び射線が通ってない安全地帯を駆け上がっていく。中央近辺に到着すると探り合いで停滞状態へ移行。
ここからは駆け引きが物を言う──ドローンを先行させ情報収集したり、前衛が囮となって相手を炙り出しスナイパーが撃ち抜くか。
「普段通りドローンを……3と9のラインで進ませていく……かかった! Eー2に一人確認、注意して向日葵、狙えそう?」
「まだ射線が通ってません」
「わかった、バレないように移動しつつ狙って。C-9に一人、蘭香、注意して」
「うん。それとJ-6に二人、これで全員だね」
四人立ち位置は南京さんR-2、八重さんQ-9の自陣後方。蘭香ちゃんK-10、セイラL-6、中央近辺。両者共に廃屋の影に身を潜めているとはいえ、セイラと敵ユニットは射程距離が僅かに重なり合ってるような状況。いつ射撃戦が行われてもおかしくない。
「ドローン発見……撃ってもいいですか?」
「かまわないわ、セイラ、弾に反応して敵が動くと思う。孤立したら狙って」
「了解デース……ステンバーイ……」
両サイドに展開して敵陣索敵の前進は基本に忠実なドローンの動かし方、加えて中心はアタッカーやディフェンダーで固めるのも基本。索敵を嫌って中心に移動してきた所を攻撃することも可能。
だが、それを考えるのは相手も同じ──抜けるよう動くドローンをどうにかする役目は──
「待って──左サイドのドローンが撃墜されたわ。向日葵、注意して」
「は、はい──」
スナイパーの役目となる。撃ち落とせば自身の居場所がバレる可能性もあるが放置しすぎれば他の味方の位置だけでなく自身の位置も把握される危険もある。
また、センサーは防波堤の役割を担う。敵が近づいたとしてもすぐに察知して教えてくれるが、無くなればその近辺は隠れ放題。
さて、ここで重要なのは人によって戦局の見え方は違うのを皆はどう理解しているかだ──
八重さんは相手全員の位置を大まかに理解し、それを全員に通達済み。
セイラと蘭香ちゃんは中心地帯にいる敵ユニットの装備を確認できるまで把握済みだろう。
南京さんは位置だけ大まかに把握しているだけ。
相手が先に白華ドローンを撃墜したが、相手の誰がどうやって落としたかを把握できればこの時点で役割は判別可能。
「なら──C-9サポーター、近づくね!」
瓦礫を飛び越え、大通りを抜けて一気に敵陣奥へと駆け上がる。UCIユニットの探知に気付かれても撃たれるよりも速く駆ける。
蘭香ちゃんの目には中央二体が攻撃していないことを確認済みかつ、左サイドの自軍ドローンが撃墜された。となれば遮蔽物や距離の関係上C-9からの攻撃はありえない。H-2にいたのはアタッカー、ドローンの存在からサポーターがいるのは確定、消去法でC-9にいるのはサポーターとなる。
ここで攻める判断は間違っていないと言えば間違っていない。しかし、この判断をするのが少し遅い。
スナイパーライフル系統は一発撃つ度にリロードが必要となる、次弾装填までの数秒が距離を詰める絶好のチャンス。
縦の端から端まで狙えるのはベルセルクだけ、しかし横幅の端から端までは他のスナイパー種でも可能。敵陣深くに踏み込むのはそれだけ危険が増える。
「見つけた……!」
恐らく今の蘭香ちゃんは獲物を捉える瞬間の肉食獣の如き勢い。振りかぶったブレードには確実に相手を仕留める勢いが乗る。しかし、その姿は別の相手からしたら絶好の的でもある──
後数秒、ほんの数秒早く動ければ倒せていた──攻撃を遮るように彼女の目の前を弾丸が通り抜け、それに驚き反射的に身体をのけ反らせる。
「うわっ!?」
「ランカ!?」
「まだダウンしてないわ! でも、囲まれかけてる!」
位置としてはF-9に蘭香ちゃん。
スナイパーに狙われ、中心のディフェンダーが蘭香に近づき、近くのサポーターにも回れ込まれようとしている。相手はE-2とJ-6の一体とC-9。
三角形の中に封じ込まれたら逃げ場はなくダウンは必至。
「アレ? これって……Chance Time!」
だが思った通りセイラは勝負勘が優れていた。一見ピンチに見えるが三体の警戒が孤立した蘭香ちゃんに向かっている、中央に残るはシールドの無いアタッカーが一体。となれば──
「Get Ready!」
一対一状態、勝負は持ちトイの射程距離と度胸で決まる。
ノリノリで身を乗り出し狙いを定め、相手が反応し撃つ前にサラマンダーの炸裂音を鳴らし一気に蜂の巣へと変えた。これに反応し二体はセイラの方へ向くが──
「そこです──」
射線の通る位置を見つけた南京さんはスナイパーを打ち抜いてダウン。ラッキーショットかもしれないが思った通りきちんと扱えているのは素晴らしい。
残り二体、だが──
「シールドなんてブチ抜きマス!」
勢いそのまま果敢に攻め込みディフェンダーに強襲。
グリフォンの連射弾幕に加え、サラマンダーの高火力が直撃。いくらシールドを展開していても防ぎきれる訳も無く完全にダウン。残り一体は──
「はぁっ!」
蘭香ちゃんが仕留めた──
これにてバトルは終了。四対四とはいえかかった時間は十分足らず、中々良いタイムだ。
「──戦闘結果を伝えさせてもらう。4対0文句の言いようのない勝ちだな」
「武器が変わるだけでこうも動きやすくなるんデスネ~! やりたいことができるのってキモチイイデース!」
「やっぱり節穴だったじゃない! 良かったわね蘭香! これで……蘭香?」
「…………」
この苦い表情からして俺以上に状況を理解できているだろう。
でも、コーチとして口にしないといけない。例え厳しくても追い詰めるようになったとしてもそれが役目であり、彼女にとって最初に越えなければならない壁なのだから。
「ダウンの内訳は南京さんが1、セイラが2、蘭香ちゃんが1。さらに言えば、蘭香ちゃんが倒したのは最後の一体だ、言いたいことはわかるな?」
「何が言いたいのよ? 勝てたんだからいいんじゃないの?」
「……白華の閃光を目指すなら、この結果は到底役に立ってないと同義だ。最低でもサポーターを倒し、スナイパーの注意を引きつつ中央二体の背後を取れなきゃ意味が無い。囲まれて足を止めて、囮状態になった時点で運の勝負になりかけている」
言いたいことを理解してくれたのか三人の表情も暗くなる。
多分蘭香ちゃんから理想の姿を何度も聞かされたり録画を見ているのだろう。今の蘭香ちゃんじゃ遠く及ばないし、鍛えたところで届くか怪しいだろう。
もしもディフェンダーとしてあの位置に立っていれば、シールドで防ぎつつセイラと十字砲火の陣形を作れていた可能性は高い。
先ほどの蘭香ちゃんは何時でも狩れる駒でしかなかった。
「仲間に道を作ってもらわないと勝てないアタッカーは脅威にはならない」
「っ──!」
蘭香ちゃんは背を向けて駆け出し、UCIルームから出て行ってしまった。
「言いすぎデスネ……!」
「親戚だからって言い過ぎじゃないの? 血の繋がりがあっても遠慮が消えるわけじゃないのよ? これだから男ってデリカシーが欠如しているのよね……」
「訴えられたら……捕まる?」
現実を肌で理解したからこその行動だとわかる。こうなる可能性はもしかしたらと想像はできていたが……やはり心が痛む。
「ふぅ……八重さん、的当てのフィールドを形成して練習を続けてくれ。俺は追いかけるので」
「待ちなさい! 何を言うつもりなの? 勝つためにはディフェンダーになる必要は何となくわかる。でも、蘭香の気持ちを全部無視して作り変えるような行為はさせたくない! 蘭香の笑顔を奪ってまで勝ちたいとは思わない!」
「人生ってさ、経験した種類が多ければ多い程豊かになる。困難にぶつかっても使える選択肢が増えていくんだ」
「今はポエムとかいいのよ! 困難作ってるのあんたじゃない! 煙に巻こうとしてんじゃないわよ!」
辛辣だ……ビシバシと殺意が突き刺さってくる。
この子相手だと遠回しな表現とかやめた方がいいかもしれない。
「白華の閃光をただなぞるだけで強くなれる訳がない。体格、性格、思考、何もかも違うのに同じになろうとしたって歪になるだけだ。蘭香ちゃんにしかなれない輝きにする為の役割変更だ。憧れを超える気概がなきゃ紫さんと実力が近くなった時縮こまるだけだ」
「……最初からそう言いなさいよまったく……で、信用してもいいの? 蘭香を納得させられるの? あの子は頑固よ、白華に合格するために過酷な勉強漬けをやり切ったぐらいだもの」
「俺はまだ君達に嘘を吐いたことは無い」
「はぁ……まぁいいわ。蘭香は多分、学園内にある大きな桜の木の近くにいると思う悩んでるとよくそこに行くのよ」
「ありがとう!」
手を上げて礼を示して急いで言われた先に向かう。
確か靴も履き替えずに外に出て行ったな……となると近い所? いや、パニックになってた可能性もあるから関係無いか?
急がなきゃいけないけど、焦りすぎてすれ違う生徒に怪しいと思われたらアウトだ。コーチ二日目で問題と捉えられてクビになったらそれこそお終い。彼女達の戦いもここで終わってしまう。
蘭香ちゃんも現状ではダメだと理解しているはずだ。勝たなきゃ全て失いかねないことも……俺は選択肢を与えるのが限界だ、強要はできない。自分で選んで決断した道でないとやる気も力も湧いてこないことは俺が一番知っている。
室内シューズから外履きに履き替えて……冷静かつ早足で追いかける!
確か大きな桜の木……フワリと白い花弁が一枚、風に乗ってやってきた。反射的に手を伸ばして掴んで見ると桜の花びら。天の導きかと頭に浮かび素直に従う。
風が吹いた先へと歩いて行くと、足元には落ちた花びらがありこの道が正しいことを教えてくれているみたいだった。
部活動に励んでいる生徒達を脇目に歩いていくと散り始めの大きな桜の天辺が見えた。桜がある場所は庭園、手入れされた垣根で囲まれ、鮮やかな緑の絨毯な芝生。花見をするかのように設置されているベンチ。ここは生徒達の憩いの場になっていそうな空間だ。
桜の木の下で彼女は立っていた。
その後ろ姿は非常に弱々しくて久々にあった時の明るさは今や見る影も無く消えてしまっていた。
「探したぞ蘭香ちゃん……」
「私は……金剛紫さんみたいなアタッカーにはなれないってことですか……仲間のことを心配するのが悪いことなんですか……今思うと、昨日のあの言葉……最初から私に向けて言っていたんですね……」
背を向けたまま言葉を紡ぎ拒絶の意志が感じられる。
俺の言葉が届くかわからないけどそれでも俺は逃げてはいけない。
「……全員に向けてだ。合った形へ導くのもコーチとしての役目だからな」
言葉に嘘はない。今のままだと宝の持ち腐れになる。
先程の結果で蘭香ちゃんも理解しているはずだ。仲間を気にして助けに行きたくても自分の装備じゃどうしようもないことを、ディフェンダーとして守り、敵の注意を引いた方が心と身体が一致して動けることも。
今回の逃走もちぐはぐな理想と地に足が着きそうな現実がごちゃ混ぜになって混乱したからだろう。
それでも俺が現実を突きつけ、夢や理想を奪い取ろうとしていることには変わりない。
「諦めたくないです。諦められません……! 理想を捨てたら……今までやってきたことがどこかに行っちゃいそうで、今日までの日々が崩れさってしまいそうなんです! 私はあの人みたいに戦って白華で輝きたいんです……! コーチなら私を合った形に鍛えることが出来るんじゃないんですか!?」
震えた声で譲れない想いがひしひしと伝わってくる。
本来ならばそれが正しい、でも現実に抗うには今のままじゃただ押し流されるだけ。
「アタッカーに固執し続ければ他の皆が最善の形で回ろうとしている今、蘭香ちゃんだけ歯車が全くかみ合わなくなる。チームで重要しされるのはバランスと連携。皆を守れるディフェンダーになれるのはあの場で蘭香ちゃんしかいなかった」
「じゃあ……チームのバランスを取るために私が犠牲になって──理想を諦めるしかないんですか? あの日教えてくれた世界も、夢を壊すのもコーチなんですか!?」
その言い方じゃあまるで俺が……ああ、そういうことか──
あのお正月の日、確かに俺はビデオを流した、俺がワープリの名門高に入学できたからって理由で質問攻めにあって、口で説明するよりも見せた方が早いと思って流星祭の決勝を流した。
酒の肴に見るおじさんおばさん達、映画みたいに銃撃戦が映る画面に集中していた子供達。それを見ながら俺の胡坐の上でご機嫌に腕や足を振り回す赤ん坊。
そして、キラキラとした瞳で画面を見ていた蘭香ちゃん──
あの日から始まっていたんだな……俺が始めさせたんだな……。
となると、彼女の善意につけこむのはダメだな……こればっかりは伝えるべきかは悩んだが仕方ない。白華の閃光が持つリスクを。
「……この情報は蘭香ちゃんの頭の中に入れておくのもやめておいた方がいいんだが。白華の閃光になれる道はある」
「え──?」
「あの場で言う気にはなれなかった。仲間を見る目が変わるかもしれない、それでも聞く気はあるか?」
振り返り少し目を伏せ悩んだ様子を見せた後──黙って小さく頷く。
「金剛紫さんがなぜあんなにも自分勝手に前に出て無双できたかわかるか?」
「単純に圧倒的に強いから……?」
「半分正解──理由は学生の強さの上限なんて高がしれている。U-18、男女混合の流星祭で優勝できたのは一度きり、強いことは強くても無敵じゃない」
「じゃあ何で……」
「仲間を信じていたからだ。それも自分がいなくなっても大丈夫だろうっていう一方的な信頼だ。さらに言えばいざとなったら助けて貰えるっている他力本願さもな。仲間もそれに応えられる実力もあったということだ。つまり、自分本位だ」
目を見開いて驚いている。自分のやってきたことがとんでもないことだと気付いた感じだ──
これは誇張でも冗談でもない──俺が支える側で経験したからこそ言える。
我侭というか身勝手の極みというか、味方達の愚痴が絶えない戦い方だ。それを捻じ伏せるぐらいの貢献があって初めて力を貸せる気になる。おまけにやってる本人はダウンするまでは楽しいと来た。流行るけど流行らない理由はここにある。
「私……知らないうちに皆に負担を強いていたんじゃ……! 私のワガママで……私が皆を引っ張ってるつもりだったけで、それは足を引っ張ってたんじゃ……」
「全く……今だからちゃんと言っておくけど、足を引っ張ってるって言えるぐらい皆の実力が高いわけじゃないからな? あの程度のAIユニットに負けてるぐらいじゃ引っ張る実力なんてあってないようなもんだ」
「うぐ……! そんな言い方──」
「ああ、その程度で終わらせない為に俺が力を貸す。蘭香ちゃんに圧倒的な力が無ければそれを支える力を持つ仲間もいない。理想の白華には足りないものが多い。だけど叶えるための実力を鍛えるには時間が足りない。とにもかくにも練習試合を確実に勝たなきゃ意味がない。その時間を得る為にも蘭香ちゃんの視野と脚力を防御で運用するしかない」
「それが……私をディフェンダーで戦わせる理由?」
「そうだ、四人の中で最も適しているのが蘭香ちゃんだった。なにより遠回りになるけどアタッカーとして積み重ねてきた経験もディフェンダーとして積み重ねる経験も無駄にはならない。失敗も成功もしっかり受け止めて糧にすれば将来の経験になる。道が変わるからって今までやってきたことを捨てるわけじゃない」
「……嘘じゃないんですよね? 諦めなくてもいいんですよね?」
「嘘を吐ける程器用な人間じゃない。メンバーが揃って皆が強くなった時、君はもう一度閃光になれる」
今は無理でも未来はわからない。努力を積み重ねなければ想像できない形で完成するはずだ。
そんな俺の気持ちが伝わってくれたかわからないけど、蘭香ちゃんの表情に少し明るさが戻ってくる。
「……ごめんなさい。私からお願いしておいてこんな情けない姿を見せて。私、やります……! その言葉を信じて、私は……ディフェンダーをやってみます!」
自分の気持ちをちゃんと飲み込めたのか、気持ちの篭った宣言の後深呼吸を一つすると晴れた顔でスッと右手を差し出してくれる。
「もしかしたら閃光に戻らなくても良いって思えるぐらいはまるかもしれないぞ?」
その決意に応えるつもりで握り返す。
思った通り、この手には日々重ねてきた努力の跡が刻まれている。
「期待しています──後、ちゃん付けはもうしないでいいですからね。部長としての威厳もあるので!」
「わかった。改めてよろしくな蘭香」
「はい、お願いします。コーチ!」
これが新生白華ワープリ部の始まりであり、俺にとっても夢の始まり。
たった一ヶ月で終えることの無い夢を繋げていこう。
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