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第46話 新たな夢、新たな日々

 今日は短くとも密度の高い一日だった。

 GW最終日、休日とは思えないぐらい心も身体も疲労した俺だけじゃなく彼女達も。明日からは新しい日常も始まる。俺も以前以上にしっかりと白華のコーチとしての自覚を持って指導にあたることになる。

 UCIルームの機能を停止させ、戸締りを確認し後は帰宅するだけ、と思っていると──


「あのコーチ、少し話しませんか?」

「……いいぞ」


 蘭香が声を掛けてくれる。晴々として穏やかで憑き物が落ちたような顔、ここ一ヵ月常に付きまとっていた焦りがようやく消えたらしい。あの時と今を比べると本当に追い詰められていたんだとわかる。

 大人しく後を付いて行くと、そこは蘭香の道を変えてしまったあの場所。桜は完全に散り地面に花びらも残っていない今は青々とした葉桜となり時の流れを視覚的に教えてくれる。

 あの日と同じように俺と向き合い。


「コーチ、改めてありがとうございます。何とか廃部を延期することができました。コーチの指導が無かったら……本当に、本当に叶えることは出来なかったと思います」

「俺の指導だけじゃない、皆が信じて着いて来てくれたからこそ手に入れられた今なんだ。だからこちらこそありがとうだ。なにより蘭香達が俺をコーチにしてくれたんだ。教え子がいないコーチなんて何でもない成長したい意志を持つ人がいて初めてコーチになれるんだ」


 中途半端に漂っていた俺を手繰り寄せてくれたのは蘭香。あの日の出来事が無ければ俺は今もまだ中途半端に漂って腐っていただけ、何も知ることもなく「委員会はクソ」って頭の中で愚痴を吐き続ける日々だった。

 生き甲斐をくれた、感謝しかない。 


「そう言われると照れちゃいますね」

「ただ、次は流星祭か……練習試合とは桁が違うぞ」


 実力だけなら各チーム男女最高を組み合わせて挑む、U-18最高峰の戦い。それが流星祭──

 8月20日頃に予選、25日に本選。

 運命が決まるのは夏休みの真っ只中、予選突破が廃部を免れる条件──蘭香達の潜在能力がどれほどなのかが鍵になる。

 さらに贅沢を言えば部員が五人では厳しい、参加人数ギリギリは誰かがケガをした時点でお終いだけじゃなく戦略に幅を利かせられない。一人一人得意不得意はどうしても存在するせめて後二人、いや一人でもいい。尖った存在がいれば組み合わせが広がる。

 一度滅びた白華、弱小の烙印で警戒されていなくても注意深い人はいる。今の白華を見てバッチリ対策を立ててきたら蹂躙されて終わるかもしれない。

 ただ、これは無い物ねだり。白華にワープリ経験者が残っているのは考えにくい。鈴花のような渇望聖女が初心者なんて鈴花だけだろう。


「はい! わかっていますよ! これからもビシバシ鍛えてくださいね!」

「いい返事だ──」


 時間はある。やるべきことは決まっている。

 だからこそ足りないモノが余計に見えてしまう。蘭香達が全力を出してくれたとしてもどうにもできない問題。

 時が解決してくれる訳では無い。


「……コーチ? どうかしました? 練習試合が終わってから難しい顔が多くなってません?」

「そうか? まぁ、これからのことを考えたらどうしてもそんな顔になってしまうんだ。正直今日で役目は終えるものかと思ってた。解散にしろ存続にしろ、俺の役目は終えて不要になると思ってた。何の因果か延長になったのは嬉しいけど……今もまだ浮遊感みたいなのもあって落ち着いてないんだ」 

「いやいや、コーチが扇の要になっちゃってるしいなくなったら成り立たなくなるっしょ。今のうちに言っとくけど流星祭が終わってコーチーには続けてもらう気しかないから。ね、部長?」


 何か急に現れた!? 入口近く生垣に隠れて盗み聞いていたという訳か。それに鈴花だけじゃなくて皆いらっしゃるし。


「もちろんそのつもりだよ!」

「練習試合をどうにかするまでが契約みたいなものだったし、あたしとしてもこの日が別れ道だと思ってた。でも実際は延期になってるし、恥ずかしい話だけどあなたがコーチをやってくれないとどうにもならない気しかしないのよ──そもそも顧問の産休終わってないからコーチが消えたらワープリできなくなるのよね」

「Oh……ママならないデスネ。デスガ、ワタシとしては今の形がベストデス!」

「で、でもコーチさんも無理しないでくださいね。た、倒れられたらわたし達も辛いですから……あ! 別にワープリできなくて困るって意味じゃないですからね!」

「それはわかってる」


 今の俺は……本当に一人のコーチとして活動しているんだと実感する。

 空想、妄想では得られない確かな予想外の連発。

 課題を見つけ、共に対処していく。錆びた刀を研ぐかのように焦らず丁寧に根気強く、機嫌を損ねすぎないように。まるで綱渡りのような感覚。

 全員が同じ体力や筋力を有している訳じゃない、全員に同じ強度の訓練をかしても伸び率はまるで違う。個々にあったメニューも必要になる。つまりは気遣い心遣い。

 0から始まり成長していく過程を見るのは緊張もしたけどワクワクが大きかった。自分の指導で彼女の道が決まる責任。

 なにより自分の想像を超えた動きをしてくれた時の衝撃は言葉に表せない、身体が心が震えた。


「蘭香、それに皆ありがとう」

「そんなに改まってどうしたんですか?」

「君が俺を見つけてくれなかったら俺はずっと現実逃避をしながらゆっくり腐っていくだけだった。あの日、電話で話を聞いた時、もうあの時点で受けることは決まっていたんだ。でも、嬉しいと同時に恐怖もあった、あの日認められなかった俺でいいのか? 俺が指導していいのか? って」


 今思えばあの日の時点で俺はもう呪いに掛かっていた──それは「実績」。無ければコーチになれなかったからこそずっと付きまとっていた。

 それでも、このチャンスを逃したら本当に終わりだともわかっていた。


「こんな実績も(ライセンス)も無い俺の言う事を聞いて真面目に練習している姿に正直驚いてもいた。でも、その姿を見ていくうちに暗い気持ちは薄れていて、教えることにだけ集中できるようになったんだ」


 皆の熱意がそんな暇を失くさせてくれた。帰ってからも鈴花のメッセージで常に考える必要があったしな。


「白華ワープリ部の皆が俺をコーチにしてくれた。だから……ありがとう」


 心から皆に対しお辞儀をする。本当に素直に感謝の意を示したかった。


「見事な最敬礼ね……」

「むしろウチの方がお礼沢山言いたいぐらいっしょ! ありがとうって! ウチの全力に付き合ってくれる人なんて今までいなかっただけどコーチーは本気で付き合ってくれた。ウチの方がありがとうなんだよ!」

「スズさん……」

「そんな難しいこと言わずトモ、単純にwin-winで良かったとシマショー! 堅苦しいのはカタコリマス」

「あんたは別の要因で肩凝ってそうだけどね」


 まぁ確かに堅苦しいのは良くないよな。重苦しいのが負担になりかねない。

 でも、最後にこれだけは伝えておかないといけない。俺が今日白華からいなくなるとしても決めていた道について──


「そうだな、確かにwin-winでちょうど良い関係だと思う。こうしてコーチをやらせてもらってさ、改めて実感したんだよこれが望んでいた未来で今だって──だから、本気でプロを目指す。足掻いて足掻いて足掻いて、圧倒的な実力と知力で審査員達が頷くしかない成績を収める位頑張って証を手に入れる。だから今年のプロ試験を受ける、落ちても来年だ」


 蘭香達の成果に自分の未来を委ねるんじゃない。俺も本気で挑む。

 怖いとか意味が無いとか、どうしようも無いって思考が足を止めた。だとしても、「大会で優勝した」って実績が前提だとしても。諦める理由じゃなかった、最初から諦めていい理由じゃなかった。

 圧倒的な成績を収めれば無視できない、不合格でも合格者達に上がいるって事実を刻み付けてやる。WWP委員会に不信感を植え付けるぐらいに。


「えっ!? プロを目指すのはいいんですけど、私達の指導は!?」

「当然、皆のコーチを続けながら勉強を続ける。自分勝手なことになるけど正直勉強になるんだここで指導をしていると」


 インプットした情報はアウトプットしないと徐々に腐っていく。

 さらに言えば正しいか間違っているかすぐにわかる、より改善できる。頭の中だけで完結しないのがありがたい。

 最近のは既に過ぎ去ってしまったから挑むは10月、全力で挑む。


「何かカッコイイ感じになってんねコーチー、明るく前向きって感じで」

「ヤハリ男の人は情熱的でナンボデスネ」

「どこでそういう言葉覚えたのよ……」

「応援します! でも、プロになったら白華とはお別れしちゃうんですか?」


 捕らぬ狸の皮算用──

 とは言ってもプロコーチに合格したら無報酬で仕事を受けることは許されない。他のプロ達の迷惑になってしまう。


「未来はわからない。でも、ここに売り込みに行くだろうな」

「コーチ……!」


 それだけは絶対に絶対だ。

 追い込まれた状態から始まったこの物語、俺の指導以上に彼女達はメキメキと実力を付けていった、この成長速度には恐怖を覚えることもあったが、皆がどんな成長を遂げるのか卒業まで見届けたい欲もあった。

 だからこそ、この成長を最前列──いや同じ舞台で見ることを誰かに奪われることは我慢ならない。

 この席だけは誰にも譲れない、最後の最後まで指導を続ける──それが俺の新しく生まれた夢だ。


本作を読んでいただきありがとうございます!

「War Pretend ~白華学園銃撃譚~」第一部はこれにて閉幕です。


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