第45話 改めての覚悟
「やった──やったよ! 廃部を免れたよ!」
「ええ、確かに聞いたわ! でも、はぁ……つっかれたぁわぁ。ここ一ヵ月全力で頑張ったものね」
皆が思い思いに喜びを口にし表情からは重荷から解き放たれたような開放感が伝わってくる。その姿が見れて俺も安堵の溜息が大きく漏れる──本当に良かった。
「こほん、浮かれる気持ちはわかりますが。あくまで延期──だと言う事をお忘れなきよう。問題が起きればすぐに廃部へ直行しかねません。警告を破れば──」
「まぁ桜先生、今はこれ以上はよろしいでしょう。充分わかっているはずです」
状況としてはただ延期しただけでも、一ヵ月前と比べれば備えも前提も何もかも違っている。メンバーは揃っている、指導者もいる。俺だってどこから手を付けようか悩む位の無いもの尽くしだった時とは違う。
今の蘭香達の目には高いゴールとその道中の過酷さも見えている。何をすればいい、どこを目指せばいいか迷っていた時とは違う。練習試合で戦えることも身を以て知った。
百点でなくても紛れもない成功体験、結果に伴う過程を理解した彼女達は恐らくもっと伸びる。
成長打ち止めだなんて予想しているみたいだけど。その原因を作るとしたら彼女達ではなく俺になる。俺の手札が尽きた時が彼女達の天井になるだろう。
「青春ですねぇ──あ、ちょっとお電話してきますぅ。収穫もありましたしこのまま失礼しますねぇ、お疲れさまでしたぁ」
「一番暇そうなんが早々と離脱しましたなぁ」
「育児もあるのだから仕方あるまい。折角だからこのままどこかで食事でもと思ったが無理そうだな」
「こうして集合できたんだけでも奇跡みたいなもんやからね。テレビ越しじゃない部長が見れてうちとしては懐かしくなったわ」
人によってはこの光景を雲上の会話と捉えてそうだ。
皆さんその道のトップクラス、こうして集まれること自体が稀みたいだ。
オーラというのは伝わってくるがその価値までは俺には理解ができていない。多分知ってる人にこの話をしたら嫉妬で吹き飛ばされる案件なのかもしれない。
「ハァイ、今日は中々面白いものが見れて良かったわ。ジャイアントキリング、次のデザインはこれで決まりね!」
「良かったですね」
八重さんが「どうしてあたしに声を掛けたの?」みたいな顔をしている。よっぽどあの狙撃がお気に召されたらしい。水蓮さんもスナイパーだったらしいから余計に印象に残っているようだ。
不意の一撃、もう二度と再現できないぐらい次からは警戒されるのが必至の一幕。
「この衣装も今見ると恥ずかしくなっちゃうわね……未熟な頃のアタシと向き合うようで。そうだわ! 今度新しいのをデザインして持ってきてあげるわ!」
「えっ? あの?」
「そうと決まったらこうしてられないわ! 新たなデザインがアタシに描かれるのをまっているわぁ!」
「えぇ……」
言いたいことを言って満足したのかご機嫌な表情と足取りで去っていく。
新しいユニフォームがどうのこうの言っていたがリップサービスだろう。お忙しい人だろうし流石に期待するのは失礼だ。第一、現時点で破れてるのが多いとかで困ってることは無い。
まぁ白くて目立ちやすいはある意味致命的な弱点でもあるけど、ダメージを受けていない純白のユニフォームは強さと美しさの証明、最強に相応しい衣装。
今は何と言うかだけれど……近い将来、黒の欠片も残さず大会で勝つことができれば白華の栄光を示せるだろう。
「いいなぁスミレセンパイは水蓮さんと話できて」
「パドミニの社長兼デザイナーさんだったな。朝会った時に鈴花はファンだって言ってたよな?」
「うん、大分前の話なんだけど水蓮がデザインされたワンピースが凄く綺麗で思わず足を止めて見てたんだ。あれからファンになって今は小物を少し買ってるんだぁ」
こういうところは年相応って感じだな。全く興味の無さそうな八重さんが妙に気に入られるのがある意味残酷でもあるが。
これを知っていれば誕生日にパドミニの何かでも良かったかもしれないな。
「さてと、じゃあうちらも帰るとするわ。あっそうそう、次会うた時情けない姿を見せたらなます切りにするから。せいぜい白華の格を落とさんようにね」
「は、はいぃ……!」
冗談を言ってるような緩い口調でも百合さんの目は笑ってない。
理由はわかるが俺は大して気にしてないのに彼女はよっぽど蘭香のあの行動が目に付いたということだ。
負けられない、負けたくない相手がいて自分のプライドを持って本気で戦ったのならまだいい、成長の糧になる。教えていない俺が悪いのだから。
「脅さない。とはいえ予選突破は簡単じゃない。ここは分母の数が多ければ強豪チームも多い、今日戦った桃園と本選出場権を争う可能性だって高い。一軍五人と戦い勝てる実力は必須だ」
「わかっています。そのためにこれまで以上に指導します。まだまだ発展途上だと言うことを証明してみせます。大人が思っている以上に彼女達の潜在能力は高いですよ」
「言うじゃないか。なら、期待して待っているよ」
「嘘で終えんよう祈っといたるわぁ。捌く対象があんさんになってもうちは困らへんしなぁ」
こっちにまで飛び火してきた……!
下手なことしたら開きにされそうな圧を感じる。
楓さんは落ち着きがあるけどその分の圧は強い。言葉の奥底に裏がありそうな雰囲気すら伝わってくる。「課題を達成できなかったらわかっているな?」みたいな瞳の強さがある。
美人さんと目が合ってるドキドキよりもこっちの方でドキドキしてしまっている。
この二人が出て行き、少しホッとした後続け様に大ボスが姿を現した。
「さて、改めて確認致します。この練習試合が節目であることは貴方もわかっていたはずです。しかしこの結果は予想外であったと思います。なので今一度問いますこれからもここでコーチを続ける。ということでよろしいのですか? 先ほどもあがったように私共から報酬を支払うことはありません、短距離を走るつもりだから受け入れられた。ですが四倍近く増えているに加え、流星祭の本戦出場──走りきれますか?」
緊張が走る。
当然のこの話は全員がいる玄関広間で行われている。
「ダメダメダメ、辞めるなんて絶対イヤだし! コーチーがいなくなったら誰がウチのソワソワとかワクワクを収めてくれるのさ!? まだまだまだまだ知りたいとか試したい事ありすぎるっしょ! さっきも言った通り、ウチ達も力を貸すし! 辞めるには時期尚早っしょ!」
鈴花が焦った様子で割り込んできた。この言葉は俺にとって本当に嬉しく思う。彼女は本当にワープリをこれでもかと学んでくれた、毎日のようにメッセージで質問してくれて指導者冥利に尽きるというものだった。
「ソウデース! ショウソーショウソーー! コーチがいなかったら流星祭で勝てる気シマセンヨ!」
「現実的に考えて代わりのコーチが見つかるとは思えないしね。あの人もまだ産休から帰ってこないでしょうし。あの予選は運が絡むとしてもそれは実力が有ることが前提」
「わ、わたしもこのまま続けてほしいと思ってますけど……ふ、負担があるのも。じ、事実ですよね? コーチさんの指導で強くなりましたけど。ここから先はわたし達の事情をお、押し付けるだけじゃいけないと思います」
正直言って俺の夢はここで途切れるかと思っていた。
考えていた展開としては、「廃部撤回」→「役目終了」→「道は違える」な感じで蘭香達はワープリ部を穏やかに過ごし、俺はトイショップバイト店員の日々に戻る。
煌びやかで華やかな白華女学園には二度と踏み入れることは無いと思っていた。
なのに……なのに、こうしてコーチを続けて欲しいと言葉にされる。泣きそうになってくる。やってきたことが間違ってなかった信頼を勝ち取れた証明のようで。
「コーチ、あの日──廃部を告げられた時。私は藁にも縋る思いで指導をしてくれる人なら誰でも良かったと考えていました。でも、毎日のように練習を見てくれて鍛え方を教えてもらってハッキリわかりました。だからこのまま続けてくださいませんか? お願いします!」
蘭香が深く丁寧に頭を下げてお願いをしてくれる。
金銭的不安。それは確かに否定できない。慎ましく生きているつもりでも容赦なく社会は削っていく。
でも、俺の意志は最初から変わっていない。この席を自ら手放したら二度と着くことは叶わない。他の席が空くこともなければ、座る権利を与えられることも無い。
ただ、針木さんのあの話……呪いとは本当によく言ったものだ。心の奥底で宝くじを買ったかのような期待感が常に渦巻いてしまっている。
このまま白華でコーチを続けて行き三大会、流星祭か月光祭のどちらかを制覇する。話が本当ならそれで俺はプロへの切符を手にできる。そんな色気や欲望が確かに存在するようになった。
──誠実じゃない。指導者が見返りを求めることはあってはならない。立派なワープリ選手になってくれることを期待し、学び得た経験が人生を豊かにしてくれることを祈って指導する。
それがワープリコーチとしての役目だ。
この悪魔の知恵を知ってしまった以上、決して皆には話してはいけない。彼女達がプロコーチになるための踏み台だと考えるようになってはならない。必ず澱みが生まれる。何も知らせず全力で指導し続けることを意識する必要がある。
この期待と渇望が表にでないようにする、彼女達に強いらせることはしない。ブレるなよ……俺──!
「学園長、改めて伝えます。私は白華ワープリ部のコーチとして指導を続けたいと願っています。部員の皆に教えたのは基礎基本が殆ど。コーチを志した身である以上もっと強く、楽しさを伝える義務があります」
「そうですか……茨の道ですよ?」
「花が見える分今までと比べて進み甲斐がありますよ」
「わかりました、受理いたします」
嘘じゃない。どんな状態に陥っても指導を続ける。そんな俺の覚悟が伝わってのか小さく息を吐いて受け入れてくれた。
部員皆もどうやら安堵した顔を見せてくれた。
でも、俺の方が安心している。皆の気持ちを受け取るとなんというか言葉にしきれないむずがゆい気持ちもある。大学を卒業してからこうして信頼されることは無かった。どこにいても常に居心地の悪さが付きまとっていた「俺はここにいていいのか?」って。本気で何かに取り組もうとすれば「今までの努力を捨てるのか?」とも心が叫んでいた。
ここで指導している初めのうちは「俺でいいのか?」って不安はあっても居心地の悪さは無かった。望んでいた席に座れた──いや、皆が俺の居場所を作ってくれた。
この恩義と信頼に応えることが最低限のコーチとしての役目だ。
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