第43話 呪いを授ける
「どうして君は俺を恨み怒っていたんだ? 俺がいたからって優勝できたかはわからなかったはずだ」
「話す必要がある?」
「勝者の特権じゃダメか?」
「とんだ後出しね……でもいいわ、私としても吐き出したかったことだから。ずっとずっとあんたに対して」
自分で聞いておきながら藪蛇だったか? と不安を覚えてゴクリと喉が鳴ってしまう。
「──あの年の流星祭、あんたも知っての通り私達は決勝にさえ到達できてない。さらに言えば情けない負け方。各個撃破で全滅した。その理由は先輩後輩男女間で連携がまるで取れなかったこと。まっ、当然よね自分以外は全部敵みたいな環境、コミュニケーションなんて取れるはずがない」
個人の実力が高いこともあって連携を必要とせず勝ち進んでしまい、必要だと意識改革しなかった。
しかし、予選から本戦へと移行し勝ち進めていけば自然と実力が拮抗する相手とぶつかることになる。それも連携してくるチームと。
「あんたとあの人、一軍候補の二人が急に抜けたおかげでその穴に群がる連中もいたわ。それに数少ない会話が通じる二人の先輩が消えたおかけで空気は最悪、ギスギスが加速した。あんたがいれば動きやすさが違ってた! あんたがいれば連携が取れてた! 実力は負けてなかった! あんたがいれば負けてなかった! 流星祭だけが取れなかったおかげで陰口もあった。私は月光祭でもチームに選ばれて優勝したのだから「手を抜いたんじゃないか?」だなんて適当な事を言われる始末! 選ばれなかった雑魚の癖に言葉だけは一丁前! 本当に──何で逃げたのよあんたは!」
薊は勝てたと信じて疑わない。事実、その年は実力者の豊作。陽光祭と月光祭は制しているのが証拠。男女強い選手をチームにすれば能力的に負けは無かっただろう。ただ連携による伸びが無かった。全員が俺に合わせろと動けばギアは壊れる。生じた不和を突かれて敗北した。
ずっと溜め込んでいた不満と怒り、荒く肩で呼吸をして整えている。
その姿に達也は自分が逃げた理由を話すのが礼儀だと理解した。
「……あいつがケガをした時、心配することを考えるよりも先にこれで楽に一軍になれると思ったんだ。仲間の不幸を喜んだ。このまま続けていたらその感情に疑問を覚えなくなるんじゃないかって距離を取った。ワープリを続けられる気がしなかったんだ。多分あのまま続けていたら君が望んでいたような連携の取れる俺はいなかった。あの時、俺は俺で限界が近かったんだと思う」
「なるほどね、わかるわ不幸を喜ぶ気持ち。あそこはそれを抱いているのが大多数だったから。私が怒ったのは今日再会して、まともだった頃のあんたが過ぎったのもある。確かに彩王蓮華に染まったあんたなら勝てるはずもないわね──どうやらあの子達の準備も終わってるみたい」
「そうみたいだ、アナウンスしないと……練習試合第三戦が一分後に始まります。五対五のロワイヤル。試合時間は三十分。フィールドは工場となっています」
鉄骨、コンテナ、荷物の詰まった棚、ドラム缶、それらが階段状に並んで高台を作っていたり、ドラマであるような工場内の銃撃戦を体験できるのも相まってか人気のあるフィールドである。
「とは言っても、この試合は消化試合もいいところね。解説の必要なんてないわ」
(悔しいが事実だ……この状態はほぼ結果は決まってる)
二敗したことで気合がより入り黄連が入ったことで士気が高い桃園チーム。
緊張した状態で全力を出し二勝したことでこれ以上の審査は必要ないだろうと気が緩み、集中力もほぼ使い切り完全にどこか浮ついた状態の白華チーム。
最高のパフォーマンスを発揮することは不可能。素人目に見ても何となく勝敗の匂いがわかってしまう状態。
そして薊は何食わぬ顔で勝手にマイクを切った。
「おいおい? せめて最低限でも役目を果たした方が──」
「あんたがプロコーチ試験を一度だけ受けてそれ以上を受けなくなった理由。当ててあげようか?」
「っ──!? 突然だな……」
「それは『実績評価制度』を知ったからでしょ?」
「知っていたのか……」
「偶然だけどね、あたしとあんたは奇しくも同じ日に試験を受けたそっちは気付いてなかったみたいだけどね」
視線を逸らし少し俯く。自分の心を折った出来事、中途半端に漂い続けることになってしまった原因。
年に二度、4、10月に行われるワープリプロコーチ試験。
世界各国、老若男女問わず行われているこの競技。発展の為には優秀な指導者が必要だと考えられ、WWP委員会が制定した指導能力を持った人間を選定するプロ試験であり、筆記試験、実技試験、面接の三つを行い評価される。
このWWP委員会公式免許は能力と信頼の証とされ指導一本で生活することも可能とされるゴールドライセンス。手に入れることは非常に困難とされ多くても毎年五名程の合格に対し受験者は千名以上。合格者無しの年もあり現在では現役のコーチは百数十名程度。
これでも競技人口に対してプロは圧倒的に少なく強豪クラブチームや私立校等に集中しており、資産を持ったチームに偏っている。三大大会本選に出場するチームにはプロコーチが必ず就いており、取り合いと言っても過言では無い。
これに投資するだけの価値は高く、白華フィーバーのように強いチームがいる地域は活性化し金銭が集まると言われている。
対してアマチュアのコーチは星の数程存在している。「委員会が合格させてくれなかったがプロ以上の指導力を持っている!」と豪語する自称プロも多い。さらには金を稼げると偽のライセンスを作成したり、最低限の指導力を持ち得なかったりとワープリを食い物にする無法者が多い。
プロは信用信頼を重ねていき自然と価値が高まったがアマは不信と悪評を重ね証を持たないコーチは白い目で見られることも多い。
「結果が会場で発表された日、あんたは自分が何故不合格なのか質問しに行っていたわね」
「ああ……正直言って筆記試験は9割以上取れていた、実技試験だって全部五番以内には入っていた。面接だって特におかしなやり取りはしていない手応えしか感じなかった。プロコーチになる道で正しかったんだ! ──って思ってたぐらいだ」
「憎たらしいわね。まぁあたしも正直言って何故? って頭に浮かんだもの。実技の時にあんたの番号がどの審査でも上の方にあったんだからね」
「だから俺は試験官に詰め寄った、納得のいく答えが欲しかった、直せるところがあるなら再挑戦してみせるって──でも返って来たのは「君には実績が無いから不合格とさせてもらった」だってさ、それを聞いた時頭が真っ白になったな、これまで勉強してきたことが全部否定されたような気がしてな」
「名選手名監督にあらずなんて言葉は大昔からあるぐらいなのにね。しかもこれを決定したお偉方なんて三大大会で優勝したチームに名があるわけでも、プロプレイヤー上がりって訳でもないのがバカげてるのよね」
ここで言う実績とはWWP委員会公式の大会で優勝やプロ選手と認められ活躍したと捉えていい。
これはすぐに作れるものではない、数年かかっても手に入れられる保障は無い。今まで勉強してきたことと必要な能力がまるで変わる。つまり優秀な選手が大前提となる制度。
加えて言えばワープリはチームスポーツ。一人が突出しても勝てるわけじゃない。バランスで連携が勝利に直結する。優秀な仲間がいることも重要となる。
資格や点数ではないどうしようもない壁に直面し戸惑い迷い、あの日を「選手として距離を置いた日」を思い出した。あのまま続けていたら? だとしてもコーチの道へは続いていない。道は決して交わらない。
矛盾が心を蝕み、今へと至る。
「あたしの場合は月光祭の優勝チームだったのが評価に繋がった。あんたより成績は悪くてもね。大学時代何か大会に参加してなかったの?」
「ワープリ研究系でバトルは程々で実力も足りなかったから……それに他の資格を取ったりと勉強に力入れてたから大会には参加してなかったんだ」
達也はスポーツ教育学科卒。ワープリのプロコーチとなり子供達を指導することを夢見て邁進した。その為に努力したと言っても過言では無い。
コーチ一本で進路を決めていたからこそ無職に陥ってしまった。
「酷い事に受験者の殆どは知ること無い情報なのよね、私も盗み聞いて初めて知れたわ。何時からこの制度が始まっていたかはわからないけど、私達以上の指導力を持っているけど実績が無い人はいたはずね。ワープリが流行り過ぎてる現状、頭が悪い人間にもわかりやすい肩書が必須ということなのかしらね」
「元プロが教える」「〇〇杯優勝経験あり」実戦能力の証明にはなっても指導力には半分以下しか役に立たない情報。
戦い方を見せることができても、そこまで到達するための技術を言語化し伝えることができなければ三流以下。
年々プロコーチの質はどこか下がっている、過去のスター性で人は集まり信者のように指導を受けている子供達。伸び悩んでも練習不足だと自己完結し無茶をする。
実力と指導力を兼ね備えた者は極少数である。
「俺が何を言っても負け犬の遠吠えだ。実績が無い人間が実績制度がクソだと叫んだって誰の耳にも届かない。どうしようもない」
アマとして指導を続ける道。それは発言力が伴わない、緩いお遊びの中でなら興味本位で耳を傾ける子はいるだろうが、本気で強くなろうと腕を磨いているクラブチームともなれば「何を言ってるんだこいつ?」と認識される。どれだけ正しいことを言っていたとしても。
だからこそ藁にも縋る思いで頼ってきた白華は異常なのである。素直に全てを受け入れているのは警戒心の無さとも言える。
「ふぅ~……結局のところ一勝二敗かぁ」
「まだ勝負は終わってないぞ。勝負は最後までわからない」
「言葉に力が籠ってないわよ? 流れはこっちに向いてる、もうすぐ決まるわね。あっそうだ! 折角だからもう一勝分褒美としてあんたに呪いを授けてあげる」
「呪いってなんだよ……」
今度は何を伝えてくるのかと警戒していたが、その内容は耳を疑うと同時に心を揺さぶるものであった。
「確かに実績評価のおかげであんたは何度受験したってプロコーチにはなれない。でも、それを免除してプロの資格を得る方法があるとしたら?」
「あるのか!?」
からかっている嘘──だとしても今、この場で言うメリットは自分が満足する程度たったそれだけ。
「同じく実績評価制度としてね。ただしこれは選手としてではなくアマチュアのコーチとしての実績。ようは指導したチームが誰もが納得するような大会で優勝するような実績を残すことが条件。つまり、三大大会のようなね」
「まさか……!?」
「陽光祭、流星祭、月光祭、いずれかの大会で優勝すればあんたはプロになれる」
「いや、流石に嘘だろう……もしもその方法があるならもっと有名になっててもおかしくない」
「それだけ厳しい道ってこと。何せ現役プロが鍛えた選手をアマが鍛えた選手で全て倒すなんて偉業、成し遂げることは不可能だった。おかげでネットで検索をかけたってプロ試験で合格のような主流の情報に押しつぶされて隠されたってわけ」
「じゃあ君はどうやって知ったんだ?」
「プロになって先輩達と色々話を聞いていくうちに偶然ね。それにこれは都合の良い情報なんかじゃないわ。言ったでしょ、これは『呪い』この話を聞いたあんたは今まで通りの心であの子達を指導できるのかしらね?」
消えたと思っていた自分の道。
ぬるま湯のような心地良い夢に浸れていた中、突如として現れた遠くとも現実的な手段。
ゼンマイが切れて止まろうとしていたオモチャに別の駆動系が組み込まれた瞬間。
試合終了のブザーが鳴った時。無知で純な気持ちで自分の全てを授けようと思っていた白華のメンバー達に対し家畜動物に対するような将来性と利益を求める視線になっていた。
ただ、それも一瞬──
「しょせんは契約もされてないアマチュアだ、俺は今日という日の為に呼ばれた助っ人みたいなもの。名門白華にそんな自分本位な人間を置いとくわけないだろ? 何より俺は彼女達が将来ワープリをやらなくなったとしてもあの日々は確かに糧になったと思ってもらえるように指導するだけだ──うん、そうだ全力で指導することは変わらない」
現実はわかっている。でも、あの日蘭香に誘われた時「コーチになれる」と喜んだ、そこにプロへの道は考えていない。強くするために全力を尽くした。
何よりも自分の名を売るためにコーチを目指した訳じゃない。教え子に成果を求めたおかげでケガや不和が常態化していた環境を反面教師とした。
どんなに魅力的な餌が目の前に釣られていても最初に芽生えた気持ちは消えない。コーチとして導くことには変わらない。
「気持ち悪いぐらいの綺麗事言うわね……そういう面もあって合格できなかったんじゃないの? プロコーチに求められるのは大会で成果を残せるチームを作ること」
「君だって金を稼ぐことをゴールにしてコーチになったわけじゃないだろ? 今の俺がプロになるにはここで指導するしかないにしても、そこをゴールにするつもりは無い。U-18に選ばれるぐらいの選手を鍛え上げる。その過程で大会を優勝できたら儲けものだ。やることは結局変わらないんだ」
この呪いは達也の心に深く刻み込まれることになる。
本気で教え続けて行けば何時かは叶うかもしれない道、期間限定で終わらせない覚悟と執念が芽生えた。
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