第42話 エゴ、そして決着
蘭香の目に映るはダウン状態に陥るセイラと黄連の姿。相手の人数は残り一、目の前の梅だけ。蘭香が選ぶ戦い方は──
「決めたっ!」
ここから先は蘭香のエゴが剥き出しとなる。
シールドを取り外し地面に放り、スレイプニルとブレードのアタッカーへと変わる。
ディフェンダーの蘭香はここでお別れ。
(アタッカー対決をご所望というわけですか……!)
(この人には絶対に負けられない! アタッカーとしても負けられない!)
高木梅に対して恨みは無い。
ただ、絶対に負けられない相手だと理解している。
自分の方が憧れの選手に近い位置にいる。必死に勉強して白華に入学した、ワープリ部に入って同じポジションでバトルをした。同じ場所に立っている。
なのに、目の前の彼女は白華に入学できていない。のにも関わらず動きは憧れに匹敵している。
自分は成りたい姿を半ば諦めるように言われている。
相手は成りたい姿に近づけている。
嫉妬──どうしようも無いぐらいに梅に闘争心競争心が湧いてしまう。
「まさかこっちに注目している間に黄蓮がやられる事態に陥ってるなんて……!? 正直ダウンするなんて微塵も思って無かったわ」
「自分がもう一人いればと思いましたね。この試合は複数のカメラで録画されているので後で確認しましょう。さて、槿さんは……ってシールド外した!?」
「その反応、予想外みたいね」
「……まぁ、負けられないよな。彼女は金剛紫さんに憧れて白華に入学しました、高木さんの憧れも紫さん。となれば負けたくないと思うのは当然です」
「確かあの子、過去のバトルじゃアタッカーで今はディフェンダー。あぁ、なるほどあんたが方向転換させたんだ向いてないと判断して」
「そうです。あの子の気持ちをわかった上で勝つ為の戦略として決めました」
「否定はしないわよ、実際にバランスが取れてるし向いてる」
問題点がある。
この一ヶ月達也は蘭香に対してディフェンダーの動きを徹底的に鍛えた。アタッカーならではの戦術は教えていない。基礎基本の射撃練習のみ。
隠れて自主練をする余裕も無かった。アタッカー経験値はあの日から殆ど変わっていない。
正直な分析をすればディフェンダーのまま戦った方が勝率は高いと言えるだろう。
「やぁっ!」
蘭香のブレードによる一閃、それを容易に回避し返しの斬撃を──
(これはっ──!)
スレイプニルが隙をカバーするように構えられている。
迂闊に近づけばダウン確定、最悪相打ちにでも持って行く気概がヒシヒシと伝わってくる。
(ブレードの使い方はキレが無い、回避も弾くことも可能ですがスレイプニルの圧はレンさんクラスですわ。これはあえて餌となる隙を晒すためにシールドを晒したのですか?)
(あ、当たらない!? 振りそのものの質が違う? とにかくもっと早く、鋭く──)
否、必死なだけである。
負けられない、勝ちたい、そんな感情が機関車の火室に放られ続け暴走気味に陥る。
始まりであった「廃部になるかもしれない」思いは今は消え、ただただ己の誇りの為に刃を振るう。これだけは負けられない。
「白華に入学できなかったのに金剛紫を目指すな」といわんばかりの敵意に近い感情。ただ目指すだけなら誰だってできる、どこでだって目指せる。だが『白華の閃光』と呼ばれるには白華女学園に入学しなければならない。
その二つ名を部外者が得ようとする略奪行為に憤りを感じていた。
「随分雑な攻めね、怖さが無いわ」
「このまま体力が削られて動きが鈍くなったら……」
解説者二名には同じ未来が見えていた。
このペースで攻めていけば必ずどこかで息切れを起こすか致命的なミスを発生させる。梅もそれをわかっている。無茶して攻める時ではない。身を守る盾が無い以上崩しの手間が無い。
黄連が無事でいたなら相打ち覚悟で攻めることもできたが、ここでやられたら敗北が確定する。冷静にその時を待つだけで良く、時折煽るようにグリフォンの射線を合わせるだけでいい。
(とはいえ、あの小柄な方に隠れて残り時間逃げ続けられても困りますわね……となれば)
梅は望みの斬撃を待っていた。右手で振るブレード、左手で構えるスレイプニル。縦、横と何度も振られる。
(ここ──!)
蘭香が強く踏み込んだ横一閃。小さくバックステップで流れるように回避しそれを溜め動作へと繋げ、飛び込むように返しの一閃。
(っ!? スレイプニルで──)
冷静に見ていればこの一閃は身体に当たらない。けれど蘭香は反応しスレイプニルで応戦に移行する。
しかし、狙いは──
(成功ですわ!)
剣先が左手を撫でるように斬り上がり、スレイプニルを大きく弾き飛ばす。
そう、梅の狙いはスレイプニル。攻めきれない理由がそれなら使えなくすればいい。
(しまった! コーチの相棒が──!)
弧を描き外側へ飛んで、竹に弾かれ無造作に地面に落下する。
脳内に満ちる負けの気配。「逃げる?」「ブレードで攻める?」「取りに行く?」、選択肢が浮かび瞬間的にシミュレートされる。それでも焦りが選択する行動は何時だって最悪。
身体は勝手に動く無意識に反射的にスレイプニルを取りに行こうとする。「託されたコーチの相棒だから」、元来の性根はどんな状況でも変わらない。
その動きを見せた瞬間──
(勝ちましたわ!)
「蘭香──Q-6」
両名に同じタイミングにその言葉が脳で認識される。
梅は蘭香の行く先を防ぐように連射で弾を置く。完璧な未来予測これでダウンもしくは致命的なダメージは確定──だった。想定していた未来が分岐し蘭香は踵を返し別方向へと走り出す、中央へ向かって。
(避けました!?)
(菫ちゃん!?)
練習の成果が条件反射で現れる。
敵意やらなにやらは頭の芯から冷えるような負けの可能性で押し流される。自分の手札ではどうすることもできないパニックに陥りそうな脳内ではこれ以上の策は思いつかない。
指示された場所へ移動するしかできない。
「逃がしませんわ!」
逃げ惑う相手へ背後からの射撃、気は進まずとも勝ち筋を潰すわけにはいかない。容赦なくグリフォンを連射する。
蘭香は頭部を庇うように左腕を盾にしてグリフォンの弾丸を受け止める。無論、ダメージの証明としてスーツの腕部分は黒く染まる。
(大丈夫、黒いところを撃ち続けてもダメージ判定は通りますわ! 盾の役目とはなりません!)
腹部、足と弾が数発直撃しスーツは黒くなり硬くなる。
ただまだダウンには至っていない。低威力連射トイの弱点がここで浮き彫りになる。
「うっ──!?」
しかし、足に起きる固定化現象の影響でバランスを崩し、地に転び倒れてしまう。
片腕も使用不可、すぐに立ち上がることはできない。ただ、ダウン状態に陥っていないだけ。冷静に狙いを定めて撃てばそこで終わり。だが──
(──弾切れ!? リロード、よりもここはっ!)
梅のUCI残量は僅か。最大装填は不可能、もう一人のことを考えブレードを構えて接近──
(ヤられるのはここじゃダメ──! 菫ちゃんは何かを狙ってる! それを信じるしかない)
蘭香はまだ動く、転がり指示された位置まで地をはいずる芋虫のように最後の最後まで諦めていない。
「これで──お終いですわ!」
竹や岩が無い邪魔な障害物は何も無い開けた場所に踏み込む。
振りかぶり──勝利を確信し自信に溢れた表情で倒れた蘭香に向かって振り下ろすブレード。
迫る刃を回避する術は無い、極限状態が見せるゆっくりとただ確実に迫るのを受け入れるのみとなる。
(トイの弾丸は素直、綺麗に整備されたトイの弾は真っ直ぐ飛んでブレも殆ど無い)
一つの短い炸裂音がフィールドに響き渡る。
その須臾の後、スーツは一瞬で黒く染まる。
「──え?」
ビービービー!
そして、鳴り響く試合終了の合図。
時間内でこの合図が響くにはどちらかのチームが全滅したことの証明。
「はぁ~……上手くいったぁ──」
梅の胸部が真っ黒に染まり、全身へ広がっていた。
うつ伏せに倒れていた菫は溜息をホッと吐いて緊張を抜くとゆっくりと立ち上がる。フィールドを動ける者は菫ただ一人で幕を下ろす。
「っ~~~~!! 凄いよ菫ちゃんっ! いつの間に使えるようになったの!?」
試合終了により選手全員の硬化が解除され、蘭香は感極まって菫に抱き着いてグリングリンと撫でまわす。
「や、止めなさい……! 力が、強い──!」
言葉では拒否していても蘭香の喜びが直に伝わってきて満更でもない顔、達成感に満ちてどこかホッとしてもいた。
「スミレ! いつの間に扱えるようにナッタンデスカ!?」
「スミーすごいっしょ!」
「れ、練習した甲斐ありましたね……!」
後輩三名が次弾として接近。
そのまま次々と纏わりつかれてもみくちゃにされて、小柄な彼女は姿が隠れてしまう。
そんな勝者達の戯れを眺める敗者の二人。
「負けてしまいましたか」
「申し訳ありませんわ、あの方に気付けていれば──」
「相手が上手と認める他ありません。注意から外してしまいましたからね。しかし──」
「どうしましたか? じっと見つめて」
「いえ、何でもありません」
言葉にはしなかったが黄連の頭の中では「何故ここまで喜んでいるのだろう?」と疑問が浮かんでいた。自分達に勝てた──だけでは到底蘭香達の喜びを証明するには足りない。
彼女達にとってこの練習試合はただの練習試合では無かったのか? そう繋げるには充分すぎる姿であった。
その一方試合終了直後の観客、解説席側では──
「え、いや? ちょっと待ちなさい! 何が起きたの今?」
「ちょっと待ってくれ巻き戻す……そういうことか!」
解説初心者の二名はフィールド全体を見渡せていたわけではなかった。戦いが佳境に迫った蘭香と梅を追っていた。肝心な所を見逃してしまったと焦りながら菫が映っていたカメラを巻き戻す。
判明した梅がダウンした理由──ダメージ部位とその原因。その答えは──
「南京さんのベルセルクを借りて使ったのか! 直接教えた訳じゃないのに……!」
菫は向日葵からベルセルクを借りると地面に置き、スタンドを展開させてバランスを取りうつ伏せに倒れてスコープの調節──全てを片手で行った。そして、狙う位置を黄連が中央で竹を切り開けた場所に定めて蘭香に指示した。
この一連の流れに対し達也は口に手を置いて感動に打ちひしがれていた。
その解答を導き出せる要素は教えていた、それを理解し結果を成した。自分の想定を超えた瞬間に言葉で表し切れない心の揺さぶりを感じていた。
「アンビリーバボー! あの子が手にした時はまさかとは思ってたけど本当にやるなんて……!」
「あの大きい子もこの状況が来る事を悟っていたみたいでしたねぇ。予め相談済みだったのでしょうね」
それは観客席の中ではこの流れをしっかりと見ていた者もいて興奮冷めやらぬ状態になっていた。トイを失い逃げ回っていたと思えば最後の最後に仕留める為の牙を研いでいた。
「……味方相手問わず、使用中のトイを力ずくで奪い使用する行為は反則。ただしダウンした選手のトイや持ち主から離れたトイを使うことは反則にならない」
黄蓮が菫のペガサスを使用したように、菫は向日葵のベルセルクを使用した。
「はぁ~、知識も実力ってことね。何も得ることは無いと思っていたけど訂正するわ。あの子達にとってこれはいい勉強になった。同じ負け方は二度と無いでしょうね」
「もっと悔しがると思ってたけどあっさりしてるんだな」
「あの子達で負けたのなら納得するしかない。それに悔しいのはあの子達、私がヒステリックに悔しがったところで意味が無い」
恨み辛みが鳴りを潜め どこか清々しささえ感じさせる表情。
「まぁそれはそれとしてこのまま負けっぱなしじゃ桃園の名が廃る。次は黄連を含めた五人でやらせてもらうわ!」
「いいだろう。高木さんもか?」
「足の負担があるからあの子はここまでよ」
「……ちゃんとわかっているんだな」
「当然よ、プロは結果を出すのが前提、その上であの子達を潰さない。あの地獄を見てそのまま再現する奴なんているわけがないもの」
達也が警戒するぐらい彼女の動きには相当の負担が強いられる。ライバルの姿とどこか重なって見えていた。続けていれば二度と金剛紫を追う事はできなくなる未来まで。
あの事故は当然薊だって知っている。
学校で松葉杖を突いて歩く姿、生気を失った瞳。あのまま自殺してしまうんじゃないかと危惧した。達也が足を止めるのも理解はできた。
「──両チームに告げます、十分後に三試合目を行います」
「今度はうちも五人でやるわ。でも梅は見学、足を冷やしなさい。黄蓮は二軍の皆と相談して編成を考えなさい。以上」
カメラ越しからでも伝わってくる白華チームの「またですか!?」と悲鳴に近い声。やる気を出し腕を上げる桃園チーム。
第三戦を伝え終えるとマイクを全て切り改まって達也は薊と向き合う。
今ならば彼女の恨みを聞かせてくれると信じられたから。
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