第32話 桃に流れてやってきた正義と悪意とお嬢様
午前9時40分──
時間がとてもゆっくり流れていた。
今か今かと待ち続けるようにトイの最終確認、ウォーミングアップ、戦略戦術の最終確認をして整えていた。
時間はあっても対戦チームの桃園女学園についての情報だけは調べる許可はくれなかった。理由は「今見たところで意味が無い、大会に参加しているメンバーが落ち目の白華に練習試合で参加する可能性は低い」と一蹴され確かに反論できない言葉だった。
後、学園長が宣伝してくれたみたいだけど観客室に見学へ来てくれた生徒は数人。両手で収まるぐらい。でも──これは当然の結果、今日はGW最終日帰宅して家でのんびりしている人が殆ど、ここに来られている人は言ったら悪いけど予定が無かったとしか言いようがない。でも、黄金時代の先輩方が来られるって宣伝してたらぎゅうぎゅう詰めになっていてもおかしくなかったと思う。
「……そろそろ時間ですね。私が案内しに行って来ます」
「俺も行った方が──」
「コーチは最終チェックをお願いします! 身だしなみも確認しといてくださいね!」
「了解した。蘭香も焦らないようにな」
大丈夫。コーチと校門で再会した時よりかは緊張なんてしない。
急く気持ちを抑えきれず校門近くまで行くと白華じゃない制服の人達が七人、スーツを着ている女性が一人合計八人が集まってる。
あの人達が戦う相手だと理解すると、一瞬心臓が大きく高鳴り警戒か緊張か思わず物陰に隠れて様子を覗き見に移行してしまった。
「来ました! ここが白華女学園ですね! 桃園とは比べ物にならないぐらい立派で大きいですね! 桃園二つ分はあるんじゃないですか!?」
「中高一貫なんだから倍あっても普通よ。まさかこの年になって白華に入れるとは思わなかったわ、流石に箱は立派、生徒の質も相当。でもワープリに関しては弱小に成り下がった練習になるかも怪しい」
「コーチ! そんな言い方はよくありませんよ!」
「はいはい──でも事実、念の為ここ数年分の調査は済ませたけどどれだけ色眼鏡かけても一軍じゃ時間の無駄観光も良い所」
愚弄的な事を言ってるのが桃園コーチでそれを注意しているのが生徒。普通逆な気がするような……注意してくれた人は何だか凛々しさと爽やかさが合わさった王子様みたい。
まあそれは置いといて気になることを言っていた「一軍じゃ時間の無駄」ってことは二軍の人達が相手になるってこと? つまり舐められてる……それが他校にとって私達の評価──!
でも、この一ヵ月の情報はどこにも出回ってない。しょっぱい前評判なんて覆せる、度肝を抜かせる!
「おや、梅さん落ち着かない様子でどうしました?」
「いえ、そのなんだか恐れ多くて踏み入れる勇気が出てこないというか」
「確か白華が憧れと言ってましたね」
「ここまでなら受験前にも来た事があります。当時は遠く、高く聳え立っていて結局は入学することも叶いませんでした。そして今も──気高さ美しさは変わっていないようです。足の震えが止まりませんことよ」
気になったのはもう一人、白華でも滅多に見ないドリルポニテな子……頭はお嬢様みたいな雰囲気出してるけど下半身が屈強? 太目? とにかく陸上選手さながらの肉体。どれだけ鍛えたんだろう?
さて、このまま耳を傾けるのもお終い。
息を整えて彼女達の前に立つ。
「失礼します──桃園女学園ワープリ部の方達ですか?」
「はいその通りです! 本日ワープリの練習試合で参りました!」
「お待ちしておりました。お手数ですけどまずは入り口で受付をお願いします」
来校目的、人数、代表者を記入してもらって。
全員に一つずつ入校許可証を渡す。
この作業に桃園コーチさんは怪訝な顔というか面倒くさそうな顔をしてる。
「随分なセキュリティね……」
「必要なことですので」
「そうですよ! 郷に入れば郷に従え、ルールを守るのは大事なことです!」
これじゃあどっちが大人だかわからないかな?
「ではこちらです付いてきてください」
「わかりました!」
対戦相手がやってきてとうとう練習試合が始まる、そんな急いた心を落ち着かせるようにペースは緩やかに。GW最終日でも部活動に励んでいる人達を横目にUCIルームに向かう。
桃園の人達はキョロキョロと校舎を観察しててコーチが初めてここに来た時のことを思い出して懐かしくもある。
「見事な校舎です! それにこんなに綺麗な庭や運動場があるなんて驚きです!」
「ありがとうございます」
「高木が憧れるのもわかるわ──まるで別世界ねこれ」
殆どの生徒さんは感嘆の溜息を漏らしたりしてるけどコーチさんはなんと言うか冷めてる……学生と大人だと見え方や感じ方が違ってたりするのかな?
「あちらがUCIルームで練習試合を行う場所です」
「なんと!? 大型室内!? 私達のところは野外ですよ!」
「HPで見るよりも立派に見えるわ……流石は黄金時代を築き上げただけはある」
「凄いですね梅さん! ……梅さん?」
「どうしました?」
何やら慌てた声で周囲を見渡してる。
「何時の間にか消えてます!? 油断しました!」
「あんの方向音痴っ! 憧れの地だからってふらふらとどっか行ったわね! レン、連絡しなさい」
「お任せ──あっ、先に向こうから届きました。え~と、お城みたいなところにいる?」
「お城……おそらく武道場です! 案内します! 他の皆さんは先に向かってください」
白華でお城みたいなのは一つ、多分武道場だ! 場所は──え? でも上から見た配置図的に……かなり早い段階ではぐれてない!? 気付かなかった私も私だけど付いて行く気がさらさらないとこうも離れないって!
「本当に申し訳ありません!」
「気にしないでください」
月光祭優勝──桃園女学園。
コーチから強豪校の過酷な環境を聞いたからもっと怖そうな荒れてるような人が来るんじゃないかと思ってたけど、このレンさんは普通に礼儀正しくて本当に申し訳なさそうで困った顔をしている普通の人。
あそこだけが特別でいいのかな?
「避けて!! 危ないっ!!」
突如聞こえる運動場からの大声。何事かと思ったらソフトボール部からだ。
指差す方向は斜め上──すぐに理解して視線を向けるとホームラン級の打球が伸びて来てる。でも、位置的に私達には当たらない。足を止めて落下してから──けど、その打球の先には歩いている子がいた。隣の子と話してて声が聞こえてない! 私の目が捉えた未来予想図だとこのままじゃ!
「え──きゃっ!」
この一瞬がスローモーションに見える。
存在に気付いた時にはもう遅く、身体をよじったところで意味が無い。
白球が容赦無く迫る──と同時に一人が駆け迫る。
「大丈夫?」
パシン──とボールと肌が接触する音が確かに響いた。
だけど、最悪の未来にはならず。その一角は少女漫画の一角みたいに花が舞い踊っているかのように見えた。
レンさんは迷いの無い足で走り片手で打球を掴み、同時にバランスを崩した子をもう片方の腕で抱きとめていた。私が足を止めた一瞬、彼女は足を止めず、むしろ加速してまっすぐ落球地点に向かっていた。
「は、はい──」
「なら良かった」
微笑みながら優しく姿勢を正す姿に男役みたいな華やかさがあってまるでヒーローだった。思わず見惚れそうに──じゃなかった! ソフトボールを素手で止めた事実──た、大変なことになってないかな!? 下手したら練習試合どころじゃなくなるって!?
「手、大丈夫ですか!? ケガは!?」
「鍛えているので大丈夫です。ほら、この通り」
笑顔でグッパーグッパーと手を閉じたり開いたり、ちょっとは赤くなってるけど腫れは見えないから骨折とか出血は無さそうでホッと一安心。
「すいません! 大丈夫ですか!?」
ソフトボール部の人達も青い顔で焦った様子で駆け寄ってくる。
「お気になさらないでください! それよりもここまで飛ばすなんて見事です、これからも頑張ってください!」
気にする素振りを微塵も感じさせない夏の青空のような爽やかな笑顔でボールを返す。思わず清涼飲料水のCMかと思うぐらいだった。
「あ、ありがとうございます」
「ではこれにて。行きましょう」
「わ、わかりました」
急な出来事に押し流されそうになったけど本来の目的は迷子を探すこと。武道場にいかないと!
校門近くの庭園を抜けて──
「すごいですわね……こんなに綺麗に花々が咲き乱れているなんて」
「っていたぁ──!?」
「梅さん!? 武道場で待っていなかったんですか?」
「あら、レンさん……お手を煩わせて申し訳ありません、どうにもこの美麗に咲き誇る花々が私に見られたがっているように感じてしまいまして」
「はぁ……とにかくすぐに見つかって良かった。本来の目的は練習試合ってことを忘れちゃいけませんよ!」
「どうせ出番がありませんのにぃ~」
「いいから!」
今度は逃がさないとばかりに腕を掴まれて連行されていく。
ふぅ……とにかくこれで練習試合ができそう……だけど、ウメって呼ばれた人は出番がないって言っていた。言葉通りの意味で捉えるとそういうことだけど……。
という訳で紆余曲折あったけどUCIルームの前に桃園女学園の皆さんが整列。
「本日はよろしくお願いします!」
揃った声で礼をされて──
「よろしくお願いします!」
私達も負けじと声を揃えて礼をする。
緊張もあるけどワクワクする私もいる。思えば他校との練習試合は入学してから始めて──今、こうして現実になっているのが信じられないぐらい。
状況が状況じゃなかったらもっと素直に楽しめたと思う。
「白華コーチの鉢谷です。本日はお忙しい中練習試合を組んでいただきありがとうございます。お互いこの時間が有意義なものとなるようにしましょう」
おお、コーチもきちっとしてる。
朝見た時も思ったけど服装も今日はピシっと皺一つ無い。
「鉢谷……? まさか……!」
桃園コーチさんの眉がピクリと動き表情が一変してズカズカとコーチに近づいてきてにらみつけてくる。そして確信を得たのかネクタイを掴み取って引き寄せた──!?
「やっぱり、鉢谷達也ね! 何であんたがここにいるの!?」
「ぐえっ!? いきなり何を!?」
「どうしたんですかコーチ!? 失礼ですよ! とにかくまずは手を離して──」
突然の暴力に現実味が無く動けなかった。急すぎた、心臓が高鳴って恐怖で身体が強張った。バトルの急な出来事とは違う不測の事態。
レンさんが素早く引きはがしてくれなかったらしばらくあのままだったかもしれない。コーチが自由になった後でも相手のコーチは敵意を一片も隠すことなくにらみつけていた。
「私の顔を忘れたって言うの──いえ、そうね冷静に考えたら負け犬組のあんたが私のことを覚えているはずもないわね」
「その言い方……まさか──!? 彩王蓮華か!?」
「ええ、彩王蓮華ワープリ部、一軍で卒業した針木薊ですよ──先輩」
「針木……思い出した! 一年の後期には女子二軍に選ばれ、二年二学期には一軍入りしたアタッカー」
「なんだ覚えてるじゃない、すれ違うようにあんたは逃げ出したけどね」
まさか桃園のコーチさんがコーチと同じ彩王蓮華の卒業生!?
「つまり同窓対決ってことですか!? いえ、コーチ同士ですからこれは不適切ですね」
「まぁ、代理戦争みたいなものね。負け犬と勝ち組、それにあんたはプロになれてない。私はプロコーチになっている。結果の差、指導力の差──裏切り者に制裁できる機会が来るなんて受けて正解だったわ。プロの仕事とごっこ遊びの差を教えてあげるわ」
ビシビシと伝わってくる怒りの感情。
それに『裏切り者』コーチが辞めたことと関係していると思うけど。そんなことよりもコーチに対しての明らかな侮辱。思わず手が飛び出そうになるけどこの場でやったら練習試合どころじゃなくなる。
「コーチ! 失礼な物言いは辞めてください、桃園の品位にかかわりますよ!」
「でも事実。ワープリ研究会なんてのを発足して負け犬共の受け皿やってコーチの道へ進んでもこの結果。志して年月を重ねたところでポッと出の私に追い抜かれてる始末。ワープリの才能なんて欠片も無かったんじゃないの?」
あっ、ダメだこれ以上何か聞いたら──
「でもさぁ、何でそんなにコーチーを目の敵にするん? ワープリ部を辞めるのもコーチーの自由。八、九年前の出来事っしょ、昔振られたから怒ってんの?」
鈴花ちゃんのとんでも発言に場は冷や水を撒かれたみたいに静まってくれた。狙ってやった──というより言葉の節々から怒りが伝わってくるコーチを侮辱されたことに私以上に怒ってるんだ。
でもそう、そうなんだ。相手は何をそんなに怒っているんだろう? こうまで感情を露にする理由が必ずある。先輩後輩の関係でコーチが辞めただけでこうも捻くれるものなの?
「だぁ~れが、こんな唐変木を好きになるもんか! 確かに学生時代のことを今更引っ張るのもどうかしてるかもね。ただワープリで生きてきた彩王蓮華卒は価値が違うのよ。こいつさえ逃げなければ念願だった三冠制覇も夢じゃなかった、それで充分怒りの理由になる!」
「つまり彩王蓮華が三冠制覇できなかったのはコーチーが辞めたせいってことにしたいわけ? いくらコーチーが強かったとしてもおかしくない? ワープリはチームスポーツでしょ? コーチー一人でそこまで変わる──」
「素人が知ったかぶってるんじゃないのよ。チームスポーツだからこそよ──連携できる人間がいるだけで戦力は跳ね上がる。個が強すぎれば集団になった時逆に弱くなる。まとめあげる人間がいなければね」
コーチには実力だけじゃなく、そんな強者をまとめあげるだけのカリスマ性もあったってこと!? 確かに信用信頼はできるけど……実力主義な環境で絶対的な強さを振りかざしてまとめていたかって言うと……想像できない。
だって人の良さしかないもん。
「針木さん、俺達の因縁だとかは今は抜きにしよう。今日の主役はこの子達だろう?」
「まっ、そうね。ただ逃げ出した情けない男が鍛えたチームだなんて相手になるはずも──」
「コーチ、それ以上は口を閉じてください──」
「……あなたどっちの味方なの」
手を薊コーチの口の前に伸ばしたのは桃園のレンさん。彼女もこれ以上自分のコーチが暴走するのを止めたいみたいだ。
「ご存知、正義の味方です! ワープリは正々堂々バトルするスポーツ! コーチ達の因縁が何なのか知りませんが、私達には関係ありません! そんな回想は試合の後に二人っきりでやってください!!」
せ、正論──それに凄い堂々としてる……! 自分のコーチに対して全く物怖じせずに意見をぶつけてる。怖さとか無いのかな? 反抗的だって理由で一軍を降ろされたりしないのかな?
「こほん、自己紹介が遅れました! 私は桃園女学園ワープリ部部長! 蒼天黄連ですよろしくお願いします! コーチは妙なことを言っていますが私達には無縁のこと良いバトルをしましょう!」
空気を変えるかのように爽やかな笑顔で握手を求めてくれる。
「白華女学園ワープリ部部長、槿蘭香です、こちらこそ本日はよろしくお願いします!」
ギュッと握られた時に確信した。
この人の手は本当に努力している手だ。裏表の無いまっすぐな気持ちの良い感情が伝わってくる。圧倒的な自信、きっと努力に裏打ちされた実力が放っている。
「ちなみにですが私は今日参加しません。練習試合は二軍チームの皆さんにお任せしてます! 私はその引率です! ちなみに彼女は白華に憧れていてどうしても来たかったらしいです」
「高木梅ですわ。部長と同じ一軍、白華に焦がれ夢破れた身故にこの機会を逃せないと思い参りました。以後お見知りおきを──」
つまり受験に失敗した人、もしも合格してくれていたら一緒にワープリができていたと思うと残念でしかない。この二人を除く五人の人達が二軍──
戦う相手じゃない…ちょっと安心した──安心……?
今私は「安心」だと思った。どっちの意味で安心しているの?
もしもさっきので仮にケガをしたとしても一応大丈夫だった──よりも戦わなくて良かったと安心してる?
あの時の動きにこの精神性。ワープリで発揮されたら──
切り替えよう! 崖っぷちの状況じゃなければ素直に戦いたいと思えていたはず。とにかく二軍の人達に勝つことを考えないと。
そしてあの人が言った代理戦争。
桃園コーチとコーチの間にできている因縁。
コーチの凄さは私達が一番知っている。適当な物言いに納得できるわけがない! だけど、完全論破するには私達が勝つしかない。悔しくて仕方ない。私達がもっと強ければ成果を出していればこんなことを言われなかったはずなのに!
選手とコーチは分けて向き合うべきだってわかっているけど、敵意に近い感情がどうしても出てくる。
ワープリは仲良しごっこじゃない。性根が真っ直ぐで尊敬しそうな人が相手でも真剣に戦うのが礼儀、誰が相手でも勝つ為に全力を尽くすべし。
だけど、コーチを侮辱したという行為が私の心の理性を溶かそうとしてくる。紳士的に淑女的にのラインを超えてしまいそうな位に滾って来ていた。
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