第29話 コーチの過去と不安
今日が練習最終日、時刻は16時30分。
俺のコーチとしての日々も今日が最終日とも言えるだろう……この一ヵ月は余りにも満ちていた。これまでの人生で一番濃い時間だった。
上手くできていただろうか? 彼女達の優秀さが俺の言葉不足を補っていたかもしれない。もっと彼女達の望みに沿った育成プランを建てられたのかもしれない。反省なんていくらでも湧いてくる。自信の無い態度だけは取らないように必死だった。
俺がふらふらした意見を言っていたら彼女達の成長を妨げることになっていただろうから。
練習──いや空想、妄想と現実は違う。生きた人を相手にするということは難しい、頭で思い描いていた通りに成長してくれることは稀、伸び悩むのは予想できた──逆に異様に伸びる相手は混乱の方が強かった、要求に応えきれているかの不安が出てくる。
これが俺にできる限界で精一杯……だと、認めるしかない。情けないが──
練習自体はまだできるだろうけど、ここから先の成長は不可能に近い。それはもはや神様に努力している自分を救ってほしいと縋っているようなもの。
むしろ疲労を完全に抜き取って明後日の試合に臨んだ方が有意義で発揮できる能力は上だろう。
練習試合の後をどうするか黄昏気分でUCIルームを眺めていると蘭香が近づいてきた。
「コーチ、今相談よろしいですか?」
「ああ、別にかまわないぞ」
思えば蘭香に声をかけられて始まった。
よくもまあ実績も何もない俺を頼る気になった、それに特訓だってほぼ毎日受けるとは予想外だった。
教えられることは教えた。だけど、練習特訓以上に今最優先すべきことはこの暗い表情をどうにかすることだろう。これは重症──管理室に入って相談を受けることにする。
おそらくワープリを失うかもしれない気持ちと部長としての責任が蘭香に不安を重ね、期日が来たことで決壊寸前まで膨れ上がったのだろう。いくら実力を付けたとしても決して振り払うことはできないかもしれない。
そして、この重圧が蘭香を縛る鎖となりかねない。
只今は部長の蘭香ではなく高校一年の女の子の蘭香の相談を聞くべきだ。
「本当に大丈夫でしょうか……? 実力が上がったのはわかったんですけど、ひょっとしたらそれは元々が弱すぎて上り幅が大きいだけなんじゃないかって……確実に勝つためには、もっと特別な何かをやらないと……」
「蘭香、気負い過ぎだ。やれることは全部やった想像以上の成長を果たした。ケガ無く万全な状態で明後日挑めるこれ以上は無い」
嘘じゃない本音を伝えても表情は晴れない。
想像以上に追い込まれている。非常に危険な兆候を感じ取れる。勝つ為なら何をやってもおかしくない。最悪の想像もできてしまう。
一度の勝利を得るために自分で好きだったワープリを失うような愚行を──
「本当に……本当に全部やれたんですかね? ずっと不安が渦巻いているんです。白華ワープリ部がこれで完全に終わってしまうんじゃないかって。もしも負けたらどうしようって私が白華に来たのは金剛紫さんみたいに活躍してプロへと進むためです。でも、負けたら全部消えてしまうんじゃないかって! 勝ちたいです……勝たないとダメなんです……!」
感情剥き出しの言葉が心を揺さぶる、蘭香が『白華でワープリをする』ということにここまでこだわっているとは思ってはいなかった。今の自分を形成し固執して生き甲斐になっている。
失ってしまえば心が死んでしまうということだろう。
今、絶対ではない未確定の勝利への道。
確かにただ勝つだけなら反則でも何でも俺が力を貸せばバレずに行えるだろう。
だが、その方法だけは絶対に提示するような真似はしてはいけない。一人のコーチとしてプレイヤーとして、本当の意味でワープリを失うことはさせてはいけない。
「…………蘭香。俺が最初の方に言った楽しむ方向へ行く道について覚えているか?」
「確か……無理せずワープリを好きなまま部活動を解散する。ですよね」
慰めになるか、新たな選択肢になるかはわからない。
この話は俺にとって恥部に当たる。レクリエーションでは重くなりそうで『恥ずかしい話』には言えなかった話。
だけど、伝えて託しておかないと勇気のきっかけを灯すこともできない。
「そうだ。その道はな……俺が過去に選んだ道だ」
「どういうことですか? コーチもワープリを失うようなことがあったんですか?」
「細かくは違うがな。これでも俺は昔プロプレイヤーを目指していたんだ。本気で努力してな──高校時代、ワープリの強豪校に入学したが自分の意志で部を辞めている──」
「ええ!? コーチが……!? でも、今はワープリコーチの道を選んでますよね?」
その道も半端だけどな。
プロプレイヤーを挫折して新たな道に全力で取り組んでも、叶えることができないと突き付けられた。
「そうだな。その前はこんなに楽しいゲームをずっとやっていたいそれで食べていけたら最高だって思ってた。自惚れでも実力はあった。もっと強くなるためにプロの道へ行くために俺は──彩王蓮華を選んだ」
「え……? あの彩王蓮華ですか!? 三大大会を必ず一冠以上している?」
「ああその彩王蓮華で間違いない──」
──ガコ!
と急に扉の方から異音が聞こえて。二人してビクリと驚いてしまう。何かと思い開いてみれば。
「バレちった……」
「驚きすぎるからよ……」
舌を出して茶目っ気を見せる鈴花にやれやれなポーズをしてる八重さん。知らぬ存ぜぬな顔をして天井の方に視線を向けているセイラに南京さん。
なるほど、聞き耳ということか。
「皆!?」
「蘭香の表情が暗すぎて心配になったの。悔しいけど……あたし達にはできないこともあるってことね」
「とにかく愛されているようで何よりだな」
唯一無二の仲間達ができているなら最悪の結果にはならない──
ワープリは一人でするものじゃない。蘭香は皆を気にかけていた、それが積もって強固な絆になったのだろう。
「ランランも心配だけど、コーチーが彩王蓮華って本当なの!?」
「あの時の話……妙に説得力があると思ったら納得します」
「ワープリに詳しいのもそういう訳ね」
全員の視線が突き刺さる。
ただ無理もない彩王蓮華は中高生のワープリプレイヤーからしたら必ず耳にし目の上のたんこぶとなる。
「……この状況だと正直恥ずかしさの方が勝るんだが」
「いいから話してください! 正直気になります!」
蘭香の相談事にも応えるしかないし。趣旨とはズレるしちょっと長くなるけど話すしかない、全員の興味を満たすためにはしょうがない──
「ふぅ……彩王蓮華は学校生活の殆どがワープリのためにあるかのような学校だ。入学試験の時はワープリ部に入るか入らないかでまず違う。入る場合は入部試験を先に受けないといけない」
「ええ……入学試験よりも入部試験ですか?」
「そうだ。受験者の9割近くがワープリのプロ志望とも言えるからな。全員入学する事態になったらパンクしかねないから入試の時点で選別の必要があるんだ」
「つまり入部試験に受からなかったらその時点で取り下げってことかしら?」
「そうだな、基本的に人数に困ることは無かったから入部試験を受けずに合格した人達が後から入部するのは俺がいた頃は無かったな」
「強豪校ならでは……ということでしょうか?」
当時としては疑問にも何にも思わなかったし、両親も「ここ大丈夫なの?」と心配もしたが「プロを沢山排出してる強豪校だから当然」とつっぱねた。
確かに間違いじゃ無かった。調べればその情報も手に入る。プロに在籍していた卒業生も事実だから納得してくれた。
だけど、その内容を深く知らなかったのは若さ故の無知だろう。プロに進んだ先輩達がどんな結果を出しているのかを知るべきだった。極少数の強大な輝きは他の闇を塗り潰していたことに。
「ちなみに入部試験は使用トイ毎に分かれて基本的な運動能力と射撃能力の確認、戦術・戦略の筆記試験。ここで60人まで絞られて12チーム作り総当りの試合を行い上位4チーム20人が合格だ」
「そこまで厳しいんですか!? 白華と同じくらい色々あったんですね」
「流石はコーチー……」
白華の入試も気になるけど後回しだ。
仮に入部できたとしても彩王蓮華自体の受験が免除される訳じゃない。その後は普通に勉強の日々、公立高校なだけあってワープリだけしか出来ないような人は容赦無く振るい落とされる──俺は問題なく合格できたけどそこは話からズレるから言う必要はない。
「何とか合格できたとしても次に待ってるのは三軍スタート。一軍に上がらなきゃ公式試合には参加できない競争が始まった。三軍の練習は前時代的て無駄にハード、休憩にだけ目敏い素人同然ダメコーチ。振るい落とすことを目的としか感じられないただ闇雲に走ったり筋トレしたり毎日のように体をイジメ抜いて三軍全員でサバイバルみたいなバトルもやって戦い続けた。UCIルームで練習することは無い、雨の日だろうが関係無く外で練習、日が暮れるまでやるのは当たり前、それでも他の人には負けないって気持ちで強くなっていった」
「……白華でそんなことした記憶ないですよ。コーチもそんな指導しませんでしたけど……それぐらいやらなきゃプロになれないってことですか? もしかして手を抜いていたって──」
「それでプロになれるなら全員プロだ。倣う必要は無い」
勉強してわかった。彩王蓮華の練習メニューは最悪だった。いや、練習メニューとは到底言えるものではなかった、育成の目的がわからない、個々人の才能に依存しきって誰だってできる指導だ。
ただやはり強豪校、一軍二軍にはまともなコーチはいた。三軍は選別や資金調達の場でしかないと今はわかる。
それでも、無駄な時間を過ごした──いや、要らない爆弾を身体に埋め込んでしまった。
「何より若い時に正しく積んだ努力は大きな実を結ぶ。逆に歪で無茶な修練は必ず亀裂を生む。プロを志した半端者でもそれぐらいの誇りは持ち合わせているつもりだ」
三軍の日々はグローブが破れるぐらいに何度も何度もスレイプニルの引き金を引き続けた。多分自衛隊の兵士よりも弾を撃っていたかもしれない。とにかく二軍に入らなければ無意味だとすぐに悟った。他人よりわかりやすく優れた結果を見せるには命中力が必須だった、素早く正確に打ち続けていくと何時しか機械のように冷静かつ確実に的に当てられるようになってしまった。
生活の全てがワープリに支配されていって。飛んでるカラスや道行く人に当てられるか否かが判断できるようになってきていた。全ての行動の根底にはワープリがある。ワープリの糧にならないようなことはしない。
トイと自分が一つになった感覚に陥ることもあり自分が別のナニかに変わっていくような環境だった。
「──話を戻すが、あの過酷の日々は身体だけじゃなく心も蝕む、俺は今何をやっているんだ? 俺がやっているのはワープリなのか? って。それに入れ替え戦は色々地獄だったなぁ。月に一度コーチが選んだ二軍の弱い五人と三軍の強い五人が試合をするんだ。最初は先輩達の実力というよりもここはゆずらないって殺気に押されたなぁ」
聞いてる皆の表情がどう見ても暗いと言うか重い。ここでも徹底した実力主義みたいな上下関係はあるかもしれないが余裕と空気感は異なるだろう。ワープリに命を掛けるような人間が少ない席を奪い合い争う環境。
確かに笑い話じゃない。早い所結論に持っていった方が良さそうだ……。
「俺は一年のうちに二軍に上がれた。二年で二軍の人と入れ替わってな。正当な対価でもあの憎悪に満ちた顔はまだこびりついてる。負けた側も全員が互いを罵りあって責任転嫁し合ってた。アレが正しい成長なんて口が裂けても言えない──でもなそんな修羅みたいな環境でもなライバルって言える人もいた。敵として当たれば厄介だけど味方なら頼もしいってな」
「ようやく軽そうな話が聞けそう──」
「そいつとは馬も合って互いに一軍を目指して鎬を削っていた。追いつき追い抜き腹の内では恐怖や嫉妬を覚えながらな。そんな奴がある時、足に大きなケガを負ったんだ練習のしすぎでな……」
「──え?」
何か特別な事故があったわけじゃない日常の一コマ、ただ体育の授業でそれが起きた。急に身体が崩れた、大量の脂汗、足に手を当てている姿。
『靭帯断裂』初めて聞いた時頭の中が真っ白になった。「嘘だ」と呟くぐらいショックで現実だと思えなかった。
そして、頭に明確なイメージとして生まれたことが──
「その時俺はな──「あっ一軍になれる」そう考えたんだ。治ることよりも先に不幸を喜んだ。自分のチャンスを手に入れたことに喜んだ。それに気づいた時──俺は退部届を出すことに決めた」
「え? 何でですか!? 一軍になって大会に出てプロになれるかもってそういう想像もしたんじゃないですか?」
「急すぎるっしょ!?」
「ケガした人も……ライバルが辞めることを望んでいなかったのではないですか?」
皆の表情は何とも懐かしさを思い出させる。勿体無い、何故辞めるのか、病気でもケガでもない、イジメがあったわけじゃない、何の為に入部試験を突破したのか。
止める言葉なんてノイローゼになりそうなぐらい聴いた。皆の表情もその時と同じ顔だ。
でも、自分の心の醜さに辟易して距離を取りたかっただけじゃない。入院して歩行困難にまで陥ったライバルの姿を見て。もしかしたら逆だったかもしれないとも思った。
嫉妬や競争心がもたらす欲は時として身体を凌駕する。あらゆる不調を先送りにし限界を気付かせない。そして……抗えない時に残酷に爆ぜる──
冷静になった時には予兆が身体に現れていた。
「辞めた直後は後悔もあった、何の為に入学したのか、もっと頑張れば良かったんじゃないかとも思った。でも、離れた位置で眺めたからこそ異様さには気付けた。それに、俺の体も限界が近かった」
「まさか……コーチもケガを!?」
「いや、病院で看てもらって俺の場合は大事に至らなかった。今はもう何ともない」
極軽度の靭帯損傷、ただこのまま気付かずにハードな練習を続けていたら酷いことになっていた可能性が高かった。順番に選手生命を終えていたのは確実だっただろう。
彩王蓮華の練習はデスレースと変わらない。ずっと競争をし続けて互いに煽り合い。ケガのような強制ドロップアウトでもしない限り足を止めることは許されず生き残った者が一軍となる。
あそこは強者を育成し作るためのチームじゃない。ただ生まれ持った才能を選別していただけだ。
あれがワープリ育成とは絶対に認めてはならない。大事には至らなくても腱鞘炎と常に過ごしていた日々は思い出したくない。
「ケガの療養もあって距離を取るのが絶対になったけど……あの時間が酔いを醒まさせてくれた。スポーツだから競争意識を持つのは悪くない成長の糧になる。でも、蹴落とし他者の不幸を喜ぶことは違う。あのまま続けていたら俺が熱中したワープリを失っていただろうな」
人生が変わる瞬間を自分で調整できたのは幸運としか言えない。『ケガをして強制的に辞める』──じゃなくて『心の歪みに気付いて離れる』ができた。
「退部したみたいデスガ、そのまま退学はしなかったんデスヨネ?」
「ああ、しっかり彩王蓮華を卒業した。ケガしたやつも一緒にな」
「……ちょっと意外ね、その人はそのまま自主退学とかしてもおかしくない状況だったんじゃないの?」
八重さんは冷静に痛い所を突いて来る。あの時のあいつは本当に危なかった。自殺の道を選んでもおかしくなかった。それだけ真剣にプロを目指し練習を重ねてきた。
「その答えを説明しよう。俺はワープリ部を辞めたが好きな気持ちが残っていた。けど状況が状況だけにバトルは当然できない。そこでこの気持ちの行き場を発散するために苦肉の策として『ワープリ研究会』っていうのを立ち上げたんだ」
「ワープリ研究会?」
「読んで字の如く、ワープリについて学び研究する同好会だ。過酷な練習についていけなくなって辞めた人や強すぎる競争意識に嫌気がさした人が入ってくれたり、普通入学の人もいたりして思った以上に盛況になったなぁ」
懐かしい思い出だ……当時はやぶれかぶれで勢い任せで発足したけど、あの会にいた全員にとって分水嶺だった。
「俺達は子供だった、知らないことが多かった、ワープリはどんな人でも楽しめるゲームだってちゃんと知らなかった。あいつみたいに障害が残っていても、心臓が弱くても世界では自分の身体を理解してそれに合わせた戦い方で楽しんでいる人がいること知らなかった。あいつは近距離アタッカーだったけど、今はスナイパーとしてプロチームにいる。今はまだ二軍で公式戦には出ていないけどな」
「夢を叶えたんですか……!?」
「まだ半ばだけどな。南京さんと鈴花も知ってるKANATO屋の店主も会員だったんだぞ。あいつはトイの魅力に取り付かれて店を持った」
「そうなん!?」
「そんな真実が……! だから仲が良かったんですね」
流石に結構驚いてるな。奏斗はサポーターで合格した、やってることは今の八重さんと同じようなドローンと中距離トイでの戦い方。だが、最初から求められていることが多すぎることに加え会得させる知識が無いコーチによって潰れた。
「そして、俺がコーチを目指そうと思ったのは研究会が大きいんだ。彩王蓮華の練習は確かにハードだったけど無駄が多いのも事実、もっと考えられていたらケガ人も出さなかったんじゃないかって。あいつみたいに終える人を亡くしたいと思ってな。まぁ結局はプロコーチ試験に受かることもできず宙ぶらりんなんだけどな」
ただ結局……あの中で俺ぐらいがまともに夢を叶えられていない。
トイショップ店長、プロチーム二軍、キャスターの卵、ワープリライター、UCI形成士、他にも色々自分なりの夢を道を見つけて歩いている。
「だからケガをさせないように徹底して指導してたってわけね。あたしに筋肉痛以外のダメージをさせなかったのは称賛に値するわ、まさに一念発起ね」
「丁寧なアップとダウンにもそういう意図があったんだ……ケガさせたくないのはわかってたけどそこまで深く思っていたなんて」
「状況によってはPTSDやイップスに繋がる可能性もある。身体が完治しても心が治るかはまた別の問題になるからな」
そしてこれらはケガせずとも起こりうる可能性がある。
極度の緊張を強いられたり、完璧でなければならないと自分で決めつけていても起こり得る。今の蘭香は片足を踏み込みかけている。
「今の俺はあの時戦う道から外れたからあるんだ。プロプレイヤーになりたいって夢から変わった。それに後悔は無い。なによりコーチの道を選んでなかったらこうして蘭香達にも出会うこともなかっただろうしな」
「白華に来れたことを喜んでると捉えていいのかしら?」
「そこは深く突っ込まないでくれ──皆は強くなる事を望んで部活に励んでくれた。想像以上の伸びを見せてくれた。あの時いた場所よりも今なら見え方が変わってきているはずだ」
俺は強くなりたい道にはもう一つの楽しむための道を織り込んで伝えていた。
「コーチのおかげで確かにワープリが広がりました……だからこそ私はプロになりたいです! あの日、私が憧れたように誰かに夢を灯せるようなプロに! 勝てば、それだけ夢への道は最短距離のはずです!」
「もう練習試合の結果は関係ない。だけど今の蘭香は視野が狭くなりすぎている、遠くの一点だけ見つめて自分の強みを自分で潰してどうするんだ? 俺が今日まで教えたことを無に帰そうとしてどうする? 白華女学園の部長は自己完結が全てなのか?」
焦りに満ちた今のままじゃ勝ったところで意味が無い──というより勝てるはずもない。
「まっ、無理もないわよね。ようやくまともに回り始めたんだから。欲も出てくるわよ」
「ワープリはチームスポーツ! ランラン一人だけのものじゃないしね」
「連携……楽しいです!」
「デスデス! きっとモウ。辞めろと強制されてもどこかでやりたくなるぐらい楽しさを知りマシタ。負ける気はナイデスガ、あの日想像した未来は無いハズデス」
「みんな……」
皆の手が蘭香の腕、肩、頭に触れられる。確かな繋がり、蘭香が重ねてきた結果がここにある。
そして……俺が高校時代に想像し夢見た光景でもある。
陰鬱し怒りに満ちて腐った空間。あれが青春を駆け抜ける空間であっていいはずがない。
「少しは冷静になれたか?」
「はい……!」
「なら良かった」
くしゃっとした良い笑顔になってくれた。
これなら、これならどんな結果になろうとも明後日で俺は終わりだ──
勝利を飾り綺麗に別れられたなら最善、そうで無くとも彼女達なら這い上がる力がある。俺はあくまで緊急事態で呼ばれた助っ人に過ぎない、ボランティアで来たOBみたいなもの契約なんてされていない。
練習試合が終わり廃部危機を免れたなら彼女達には時間ができる。産休明けの顧問だったりちゃんとしたコーチを誘致してワープリを行える。
……ああ、でもやっぱり──この夢にまだ浸っていたかった。
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