第15話 日々之勉学
今日はコーチが来てから初めての土曜日部活!
午前9時から集まっていつも通り17時まで頑張れる日。正直ちょっと緊張もあるけどワクワクの気持ちが大きい。それに、私がどんな練習をするのか考えなくてもいいから凄く楽!
まあ、正直練習メニュー考えるのが本当に大変だったもんなぁ……土曜日部活は特にやれる時間が多いから考えることを多かったし、ネットにあった良い感じのメニューを流用するだけだった気がする。
そんなわけで皆でワイワイしながら着替えてUCIルームに入るとそこは──
「早速だが午前中に行うのは──座学だ!」
「ワッツ!?」
UCIで作られた教室だった……アセットを出力しただけかもしれないけど椅子とか机もしっかり作られて本物と変わらない。それにスクリーンも用意してるし……。
勉強が嫌いなわけじゃないけど空気感というか精神が授業と部活がごっちゃになってワープリのスーツを着て、五人分の席しかない教室で授業を受ける。何だか非日常感に不思議な気分になってくる。セイラちゃんは特に落ち着かないのかそわそわしているみたい。
「いくら実践的かつ効率的に体力や技術を磨いても勝つのは難しい。そこで重要になるのは戦術や戦略をいかに自分の頭に入っているかだ。午前中に叩き込み、午後の練習でそれらを実践していく」
「ウチの得意分野じゃん! 今日言われたこと全部覚えるっしょ!」
誰よりもやる気満々な鈴花ちゃん。だけど、私も負けてられない! コーチが必要だから用意してくれたその想いに応えないと!
「全員改めて覚えてほしい。ワープリにおける『戦術』と『戦略』、戦術は個人や数人で行う技術のことを指し、戦略はチーム全体で意識する戦い方を指す。最初から戦いの方向性がしっかり決まっていれば足を止めたり混乱することは無い。戦略はチーム全体で戦う前に決めておく指針だ」
本当に改めてだ……でも、思い出してみれば蔑ろにしていたというか今までなんとなくで動いてたかも……戦略で言うなら「なるようになれ」みたいな感じだ。
何と言うか鈴花ちゃんに合わせてって訳でも無く全員に対して肉体的にも頭脳的にも基礎基本を叩き直されてる気分。
「ふんふん……全体意識の戦略に、技やコンビネーションの戦術ね」
「基本的によーいドンとぶつかり合った時、戦力差、人数差がそのまま勝敗が決する。こっちが三人で向こうが五人でぶつかり合った時高い確率でこちらが負け、そのまま人数差がついて負けてしまう」
欠伸が出そうになるぐらい基本の基本。一人で前に出すぎちゃいけないのは何もできずにやられることが多すぎるから。物陰に隠れながら相手を誘い込んだり牽制したりして戦線を上げたり下げたりのシーソーゲーム。
だからこそ、紫さんみたいな突飛な存在が注目されて真似して、心から彼女の実力を思い知る。
「そんな戦い方するチームなんてないでしょ?」
「まずありえないが立派な戦略として存在する。八重さんが「来ない」と思い込んでいる油断。意表を突くのが目的だとしてもワープリは一本勝負その時に勝てれば問題無い──五人が並んで最前線に立ち攻撃しまくるこの戦略の名はデモンズゲイル──」
「あ、悪魔の嵐? 随分と物騒な名前ですね」
「これはシールドを持たずサラマンダーやグリフォンを両手に構え超攻撃的な編成による横並びの掃射。相対した敵を暴風の如き攻撃で薙ぎ払うことからこの名がついた。しかし、明確な弱点も存在する──わかる人はいるか?」
状況を想像してみよう──
え~と、五人が横並びになって目に付いた相手を打ち抜いていくのがこの戦法。仮にセイラちゃんがぶつかっても一人を相打ちに持っていけるかどうか、私だったらシールドを破壊されてそのままダウン。サポーターによる位置情報探索は意味が無い。
「わかった! スナイパーによる遠距離射撃っしょ! 位置もバレやすいし射程外から倒せば問題なし!」
「──正解だ。冷静に射程内まで引きつけて狙い撃つ。やぶれかぶれになった相手は一発逆転を狙って自然とこういった戦略になりやすい。皆も注意しておくように」
「てっきりコレをやれって言うのかと思ってマシタヨ。ワタシとしては楽しそうでいいんデスガ」
「あくまで皆の頭に入れておくのが目的だ。やりたかったらやってもいい。ただぶっつけ本番にならないように練習はさせるつもりだ」
確かに知ってるか知らないかで勝率は大きく変わってくると思う。
知っていれば相手のやりたいこと、進みたい方向がわかるから致命的な崩壊に陥ることがなくなる。
どんどんと座学の重要性を理解させられていく気がする……。
「全員が前に出るか、下がって待ち構えるか、はたまた潜伏を意識して不意を突くか、細かく考え自分達に合った戦略を決めるのも大切だ。それが白華ワープリ部の指針になり他チームに与える印象にも繋がっていく」
「イメージ戦略かぁ」
「だからこそ身体を鍛えることに加えてこういうまとまった時間で勉強するわけね」
「そういうことだ。座学の大切さをわかってもらえたところで──ワープリプレイヤーなら基本の陣形戦術、『トライアングル』を学ぼう」
「それは知ってるわ。三人で三角形を作って相手を囲む陣形。射線が味方に向くことがなく一方的かつ確実に倒せる陣形」
「その通り。ただ、選手となった君達ならその中に相手を入れるのが難しいことをよく知っているはずだ」
「なんとなくわかりマース! 罠に誘い込む動きがミエミエデース!」
「それは一人が囮になって引き寄せ、二人が物陰に隠れてその間を通りすぎた相手を狙い撃ちって形だな。とはいえこれは待ちのトライアングル。攻めのトライアングルを作れるようにするんだ」
「せ、攻めってことは誰か一人が相手の裏に回ったりして作ることですか……?」
「でもそれだと相手の領域に入るから自然とトライアングルに入っちゃわない? リスク大きすぎん?」
「そう、何も考えずに自分達が動いて陣形を作るんじゃない。重要なのは自分達で相手を動かすことにある。弾幕や立ち位置で相手を動かしはめるんだ。今までも無意識的にやっていたと思うが、これからは想像し言語化し自分達で戦術を共有するんだ」
「つまり……トライアングルにはめる方法をあたし達で考えるってこと?」
「そうだ、飲み込みが速くて素晴らしいな。相手の思考や考えが主軸になって自分達が動くんじゃなくて、自分達の行動によって相手を動かしたり動いているように錯覚させるんだ。早速だがみんな一人一つ考えてみよう。十分でだヨーイドン」
「いきなりですか!?」
突拍子の無い提案にパンと両手を重ねて合図を鳴らして皆の「ええ!?」っていう声が響いてテストみたいなのが始まった。
と、とにかく考えてみよう! スクホを伸ばして自由帳アプリを起動、電子ペンを出して簡単に皆の位置を表す丸を五つ書く。それと相手を現す丸を五つ……これをどう動かすかが大事。
皆も口元に指を当てたり視線を上に向けて考えてる。でも鈴花ちゃんは何かが思いついたのかペンが進んでる。私も負けられないかな!
トライアングル……相手を動かして三角形の中に入れる。フィールドは縦50m、横30m。トイの射程や障害物によって作り方は変わってくる。
アタッカーで走り回ってた時はセイラちゃんを囮にする形で挟み込もうと動いてた。今は鈴花ちゃんがいるから二人より三人で前より安定して作れるはず、それに私がディフェンダーになったから前への出やすさも変わった。
となると……鈴花ちゃんにはどこにいてもらったらいいのかな? 以前は私とセイラちゃんが前衛で大体10m間隔、横幅を三等分する位置に立ってて……単純に私達のちょっと後ろの真ん中にいてもらったら動きやすいかな?
だとしたら何だか良い感じのが思い浮かびそう……! この時点だと相手ははまってないけど私達三人でトライアングルは出来てる。連携しやすい!
──何だか楽しくなって色々書いているとあっという間に。
「……十分だ。じゃあ──」
「はいはーい! ウチからウチから!」
「じゃあ鈴花、これらを使って説明してくれ」
「駒? とにかく、りょ! これをこうしてここに置いて──」
元気よく自信満々に手を上げる鈴花ちゃん。そんな彼女にコーチは赤と黒の駒を五個ずつ渡して、何時の間にか作ったフィールドを縮小した台座で説明するように言った。
確かにこれなら皆も視覚的に理解できてわかりやすい。
「ウチが考えたのはディフェンダーに頑張ってもらう戦術なんだけど。相手が前衛二、中衛一、後衛二の陣形だった場合。こっちが左右のどちらかから昇っていくと相手もこの駒を倒そうと中衛と前衛の一人が動く可能性が高い。特に浮いた駒かつ自陣側だから無理せず確実に後衛と連携して回りこんで挟み込むはず。でも、この時点だとまだ歪すぎて入らないけど相手の陣形は歪む。相手の前衛の一人はこっちを警戒しながら浮いた駒を倒そうとするけど、こっちのディフェンダー側の後衛が安全なエリアを一気に前に上がれる。でもここでバレちゃいけない。こっちのもう一人の前衛が反対側を警戒しているもう一人を逆サイドに釣るように動けば注意はより散漫になって、攻め時が出来上がる。挟み込もうと動いている相手前衛は、こっちの中衛、前に出ているディフェンダー、上がってきた後衛の三人でこんな風にすれば大きいけどトライアングルが出来上がるっしょ!」
「………」
「あれ? 何か変なこと言った?」
スッスッス~と手際良く駒を動かしながら説明してくれて、私はほえ~としか感想が浮かばないぐらい驚いた。
盤面を広く見ているというか、後衛のことまでは私は考えてなかった……。
コーチも短時間でここまでのを用意しているとは思ってなかったのか素の関心した表情を見せてる気がする。
「正直言ってちょっと驚いてる……随分先まで見通してるな。本を読んだわけじゃないんだろう?」
「そういう本ってあるの?」
「ワープリ兵法書って言うのが色々出ているな。まあ流行り廃りの激しい対策取り合いのメタゲームでもあるから内容の薄い杜撰な本も出ているのが問題だ」
「わかります、だからどれを読めばいいのかわからないんですよね」
「だから自分で考えるのが必要なんだ。鈴花、よく考えられていて素晴らしい。この調子で頼む。だけど、実践では思った通りに相手が動かないことも多いから決め付けすぎないように気を付けるんだ」
「は~い!」
ご機嫌な鈴花ちゃんで終わって。
続いては向日葵ちゃん──自信無さ気でおどおどしながらだけど震える手で駒を動かして説明してくれる。
「え、え~と……スナイパーで足止めです。う、動かすとは言ってたんですけど、動かさないのもせ、戦術だと思いまして──け、けっこう歪な三角になるんですけど。スナイパーなら安全に頂点の一つを維持できると思いまして……す、すみませんここから他の人をどう動かせばいいのか良いのが思い浮かばなくて……」
「うん、それも正解だ。動かさないのも立派な戦術──そこから発展してトライアングルを作るにはセイラと蘭香の動きをよく見るのが大切だ。それに相手も生きて動いている。動かしたい仲間を狩られないように注意するんだ」
「わ、わかりました」
「よく見てイイデスヨー!」
手を広げてアピールするセイラちゃん。だけどそういうことじゃないと思うんだけどな。
「あ、はい」
向日葵ちゃんも困ったような反応してる。でも、よく見ることは大事だよね。
続いては菫ちゃん。
「あたしの場合はドローンで動かすわ。リブラをあえて気付かせることで相手の意識を向ける。位置がバレ続ける状況は避けたいから、ドローンの機能停止の為に狙える位置に相手は移動する。リブラなら囮、レオなら不意の攻撃に驚いてプレイヤーと誤認させることも可能。それに中央の物陰にレオを設置して前衛の二人が下がれば勝手にトライアングルが出来上がるわ」
「良い視点だ。相手の位置がわかっていないとトライアングルの作りようがない。逆にバレていたら作られ易い。想像で動くのではなく確信を持って動くのも重要だ。何よりドローントイはプレイヤーの人数を増やす力を持っている。形成の幅が大きく広がるのも事実だ」
「伊達にドローントイと共に研鑽してきた訳じゃないわ」
流石は菫ちゃん。
ドローントイを使うことは私の頭にもあったけど、どう使えば効果的なのかはよくわかってなかった。ずっとドローンを使って皆をサポートしてきただけはあるよ。
「ただフィールドによって向き不向きも起きやすい。フィールドによって動かし方、配置について策を用意しておけばより完成度は高まるから調べておくといい」
「全く、気分良く終わらせてほしかったわ。でも勉強しておくわ」
ちょっとムスっとしてるけど受け入れてくれた。
続いてはセイラちゃん。
「超連射でムリヤリ動かしマース! こうドドドドって撃てばダウンしたくない相手は当たらないように動きます。目立ちながら連射してその隙に隠れ動く二人が位置に着いて乱射デス!」
「パワープレイだが実際相手は危険だと判断して動いたり隠れたりするケースが多い。仲間と連携を取ればより動かしやすく移動先に待ち伏せして撃ち抜くことも可能。闇雲に弾を消費しないように意識することが大事だ」
「なるほどデス」
擬音に単純すぎるけど戦術なのかなこれは……?
いやでも、実際これされた私隠れるために動いちゃう。コーチも適当に褒めてる訳じゃないのは伝わってくる。というか言ってるセイラちゃんが真面目に返されて一番驚いてる!?
そして、私の作戦はと言うと──
「私としては左右のどちらかから一気に前に出ます! 後衛に狙われつつもここで方向転換して一気に真ん中に走っていけば短い間でもトライアングルが作れます! 相手の何人かが反対を向けば前衛は攻め易くなりますし、人数有利ができたともいえます!」
「速攻裏取り戦法だな。ハイリスクハイリターンだが盤面を一気に動かすことができる。最悪五人に囲まれる可能性もあるから使いどころには注意が必要だ」
「ちなみに紫さんも同じような戦法を多用していたんですけどどうして無事だったんですか? 仲間も強かったからですか?」
「そうだな……位置取りや判断力が上手いっていうのもあるが、何よりも相手が勝手に畏怖してしまっているのが大きいだろうな。紫さんの警戒を強めるあまり他のメンバーを弱いものだと勝手に判断しているのもある。目立つ成果を挙げる人間に対して人は注目する。紫さん以外のメンバーは動きやすくてしょうがなかったんじゃないか?」
「なるほど……」
自分勝手で我侭な戦い方だけどそれを貫き通したら脅威になる。
私が目指す目標だけど、どこまで速く強くなれば再現できるんだろう? 今の私はディフェンダーで今の装備じゃできそうにない。
「さて、皆に挙げてもらった戦術だが忘れちゃいけないのは今回君達が思いついたのは普通に相手もやってくる戦術と考えていい。自分達が考えたことを自分達で弱点を見つけ、そこからどうトライアングルを作るのかを考えていくんだ。完璧で無敵な戦術は存在しない、状況によって無敵を作り上げているのもある観察を忘れるな」
「つまり……紫さんみたいな戦法をしてきた場合どうするか考えておく必要があるってこと?」
「その通りだ。ひょっとしたら彼女以上の動きをしてくる人が世の中にいるかもしれない。その場合蘭香はどう動く? 憧れを倒さなきゃならない状況はいつか来るかもしれないぞ」
「そんなこと……」
無いとは言い切れない。
だって、紫さんは本当に強すぎて沢山の人がその戦い方を模倣した。私だけが目指しているなんてありえない。
じゃあどうやって戦おう……? ダメだ──なんていうか斬られる未来しか見えてこない!?
「確実に仕留められるって言ってもここまでリスクあると無理して作らなくてもいいっしょ? 作ることに固執してやられるぐらいなら、対面でしっかり狙えたら……あれ?」
「気づいたか、それもまた一つの戦術だ。必勝の形に相手も持ち込もうと動こうとする確実に仕留める型にはめるにしてもはめられるにしても対策は必須」
鈴花ちゃんが途中で言葉を詰まらせた理由がすぐにわかんなかったけど、私達がリスクを負って作るように相手も作ろうとすればリスクを負うってことだ。
「なーる! こりゃ楽しいわ──臨機応変、定石にはめ込むことなんてできっこないってことかぁ! 将棋とかチェスみたいにターンバトルじゃないもんね!」
「そして、今回の陣形の目的は次にある」
「目的? てっきり勉強だけだと思っていたけど?」
「ああ、むしろ本当の目的はコレだ。皆が陣形を考える時仲間がどこにいるのかを考えただろう? セイラならここ、蘭香ならここみたいにスタート位置を考えて──」
うん、確かに。皆も頷いているからやっぱり同じように……まさか!?
「その位置を共有すればおのずと理想の陣形にたどり着ける」
「すごい……! コーチここまで考えていたんですね」
確かにこの方法なら皆が納得して立ち位置を決められる!
「早速見比べよ! 皆どんな風に書いたん?」
という訳で皆の書いた陣形を見比べていくと大体考えていることは同じでちょっと驚いた。
というより今まで無意識的に作っていた陣形、それに最後の一人がどこにいてくれたら助かるか。そんな風に組み立ててたみたいだった。
「なるほど、白華ワープリ部の基本的な陣形は砂時計だな。これは攻防のバランス良い陣形でどちらにもシフトしやすい」
二・一・二の陣形。上から見て線を結べば確かに砂時計。
前衛の左はセイラちゃん。右は蘭香。真ん中は鈴花ちゃん。後衛の左は向日葵ちゃん。右は菫ちゃん。
「ただ真ん中の負担が大きくなりやすく判断力を求められる。鈴花で大丈夫か?」
「へーきっしょ! 皆ウチが真ん中に来て欲しいみたいだからウチはそれに応えるだけっしょ!」
「さ、サポートは任せてください……!」
白華ワープリ部がなんだかがっちりはまったような気がする。今まで以上に強固に──
この陣形は鈴花ちゃんの負担が大きくなるのは確かだけど、大丈夫な気がする。多分皆、無意識的に期待しているところもある。それに前に私とセイラちゃんもいる。後ろから菫ちゃんと向日葵ちゃんが支えてもくれる。
一番大変でもあるけど一番安全でもある。そして、繋げてくれる役割を担ってくれると期待してもいるんだ。
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