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第4章 後の祭り


 メイヤール伯爵家に嫡男が生まれたその半年後、私は跡取りではなくなった。それに伴いヒューリーと私の婚約は解消された。

 それは我が家の一方的な都合だったので、ギルメン伯爵家と両家のお膳立てをしたバイトン侯爵家は顔を潰されたと怒って、高額な慰謝料を請求してきた。

 その金額に父はかなり衝撃を受け、訴えを起こしたが敗訴した。そのせいで慰謝料に裁判費用も加わり、伯爵家は破産寸前になった。まあ当然だと思う。

 

 たとえ待望の嫡男が生まれて浮かれていたとしても、一族の長の下で結ばれた契約を一方的に破棄したらどうなるのか、役人をしているのなら普通わかるだろうに。

 使用人達もほとんど解雇されたようだ。しかも紹介状なしで。

 もっともそれを書いてもらっていたとしても、メイヤール伯爵家の使用人は屋敷のお嬢様を虐待していたという悪評がたっていたから、結局どこにも採用されないだろう。

 

 

「キャスティー、お前からもバイトン侯爵とギルメン伯爵に頭を下げて謝罪をして、慰謝料を減額してもらえるように頼んでくれ」

 

「お義姉様、お願いします。我が家が破産したら、お義姉様だって平民になってしまうのですよ。そうなったら困るでしょ」

 

 図々しくも学園の寮に押し掛けてきた父と、二月だけ遅く生まれた義妹セリナがこう言った。

 

「お二人にはとっくに謝罪しました。ずっとお世話になってきたのだから当然です。

 ですが慰謝料は裁判で決定したのですから、今さら変更できるはずがありません。

 大体メイヤール伯爵家が破産しようがしまいが私には関係ありません。もう跡取りではないし、どうせ平民になる身ですから」

 

「跡取りじゃなくなったって貴族の家に嫁げば、お前は貴族のままでいられる。しかし、実家が破産したら貴族には嫁げないんだぞ」

 

「ですから、別に貴族に嫁がなくてもいいのです、私は。というか結婚したくないのです」

 

「何を言ってるんだ。貴族令嬢だったお前が平民になって暮らしていけるわけがないだろう。しかも結婚しないだなんて。世の中そんなに甘くはないぞ」

 

 私は笑ってしまった。まさか父がこんな真っ当な台詞を吐くとは思っていなかった。これまで真っ当な父親ではなかったというのに。だから皮肉をこめてこう言ってやった。

 

「ご心配していただきありがとうございます。ですが私は幼いころから、伯爵様に下働きの仕事を命じられてきたので、どこのお屋敷に奉公してもちゃんとやっていけると思います。

 寄宿学校では正しい躾と礼儀作法も教わりましたし。

 ですから心配は無用です」

 

 父は大きく目を見開き、口をパクパクさせていた。なんと言葉を紡げばいいのかわからなかったのだろう。

 すると今度は、セリナが父の代わりに口を開いた。

 

「あなたはなんとかなるかもしれないけど、私、いえパトリックはどうするの? あなたは弟がかわいくないの?」

 

 えっ? それをあなたが私に言うの? 

 

「かわいいかどうかはわかりませんわ。だって一度も会わせてもらったことがないんですもの。

 そもそも血が繋がっているからといって、可愛いと思えるものではないと思います。そうですよね、伯爵様?」

 

「・・・・・」

 

「それに、両親ともに同じ姉である自分が嫡男の弟を支えていくから、半分しか血の繋がらない姉は今後一切関わらないでと言ったのはあなたでしたよね?

 ですから私は、パトリック様に今後も関わるつもりはありません」

 

「お前はキャスティーにそんな嘘をついたのか! お前は私の娘ではない。

 たしかにお前の母親は私の初恋の相手で、別れさせられた後もずっと思い続けてきた。しかし私は不義などはしていない」


「誤解です。そんな意味で言ったわけでは」

 

「誤解ではないですよね。その場にいた友人達も証言してくれると思いますよ」

 

 弟に思い入れが全くないといえば嘘になる。しかし、今ここでメイヤール伯爵家を無理矢理存続させても、彼のためにはならないような気がしたので、彼らの要求をはっきりと拒否した。

 これまでほとんど反抗してこなかった私の拒絶に父は衝撃を受けたようで、呆然としたまま義妹と一緒に寮母さんによって寮から追い払われた。

 

「いつ助っ人に入ろうかと準備していたの だけれど、あなた一人で十分だったわね。

 それにしてもずいぶんと強くなったわね。学園に入学する前とはまるで別人だわ。さすが第一級魔術師ね」

 

 マリアンがそう言って笑った。

 私はヒューリーとの婚約が解消となった後、第一級魔術師の試験を受けて合格していた。

 亡き母のこともあったので受験をずっと拒否してきたのだが、今後平民になって女一人で生きていくためには、資格が必要だと考えるようになったのだ。騎士団に入るかどうかは別にして。

 暫くの間は冒険者ギルドに入るのもいいかもしれない、などとぼんやり思っている。騎士団に入って生活の安定を図るより、自由に生きたかった。これまでのような制限の多い生活から逃げ出したいのだ。

 

 そしてこの日、寮の食堂で夕食のきのこシチューを食べながら、私は初めてヒューリーとの思い出話をマリアンに語ったのだった。

(第一章の場面のこと…)

 

 

 

 ✽✽✽

 

 

 

 そしてとうとう卒業式まであと一週間になった。

 私とマリアンは王都の大通りから少し外れた閑静な住宅街にある瀟洒なアパートの一室にいた。

 卒業して寮から出たら二人で住むつもりの部屋だ。

 あまり広くはないが、女性専門のアパートでセキュリティのしっかりしているところを選んだ。

 そもそもマリアンは結婚するまでの仮の住処だし、卒業後は王立の歌劇団のメンバーとして各地のホテルに泊まることも多いだろう。

 つまり、いずれ私が一人で使うことになるのだからこれくらいの広さで十分だと思ったのだ。

 それにマリアンはともかく、私はあまり私物を持っていないし。

 

 

 部屋に運び込んだ荷物の整理をし終えた私達は、寮に戻る前にお茶をすることにした。

 

「いよいよ一国一城の女主になるのね、私達。最高の気分だわ」

 

 唯一新品のティーセットでお茶を飲みながら、マリアンが満足気に言った。

 

「結婚前によく家を出る許可をくれたわね、あなたのご両親」

 

「ええ。兄が後押ししてくれたのよ。

 私に対する態度が良くなったのは自分の結婚式のときだけかと思っていたら、その後もなぜか好意的なの。

 ケイン様との結婚も、渋っていた両親を説得してくれたのは兄だったし。

 まあお義姉様のおかげだとは思うけれど、私のスポンサーにまでなってくれたわ。

 ケイン様と結婚したら平民になってしまうから、しっかりとした貴族が後ろ盾についていないと、無理難題を言ってくる奴らが出てくる可能性があるからと言って」

 

「まあ! それは良かったわね。たしかにお兄様の言うことにも一理あると思うわ。

 ケイン様のご両親は相変わらず頭が固くて芸術を認めようとしないみたいだから、いざというときに助けてもらえなそうだしね」

 

「そうなの。それに、今までご家族とは良い関係を築きたくてずっと努力を続けてきたけれど、これ以上は無理だと悟ったみたい。だからケイン様は卒業するとすぐに、家を出て縁を切ったらしいわ。あなたと同じね。

 でもケイン様は今、王家から肖像画を依頼されているの。それを後で知ったら、ご家族もさぞかし驚かれてこれまでのことを反省するんじゃないかしら。後の祭りだけれど。

 それってまるであなたのお父様の二の舞いね。あなたが第一級魔術師になったという噂をついに知ったらしいじゃないの」

 

 そうなのだ。それで最近何度も寮に突撃してきては寮母さんに追い払われていたけれど、数日前にとうとう騎士団から私との接見禁止命令を受けたのだ。

 私をまた後継者にするから家に戻って来いと言っていたそうだが、安易に後継者を外したり戻そうとする態度が、貴族として無責任過ぎるとして王家からも目を付けられているようだ。

 

 まあ、そんな騒ぎを起こしてくれたおかげで、私がメイヤール伯爵家を抜ける申請が通ったのだけれど。

 優秀な魔術師である私を、そんな貴族として相応しくない家の籍に入れて置くわけにはいかないということらしい。

 まあその際に、私を囲い込みたいのが丸見えの養子先を斡旋されたが、それは丁重にお断りしておいた。

 騎士団長はひどく驚いて、父と同様に平民になっても良いのかと訊いてきたから、私はこう答えた。

 

「ようやく実家から抜けられるというのに、なぜまた自分に足枷をはめるような真似をしなければならないのですか?

 私の母は、実家と嫁ぎ先と国のために尽くしたあげくに、たった一人の娘との触れ合いも持てずに若くして亡くなりました。

 そんな母のような人生を私は送りたくありません」

 

 かつて母の上司だったという騎士団長は、瞠目したまま暫く沈黙した後で、奥歯を噛み締めるようにこう言った。

 

「キャスティー嬢、君の境遇は学園の魔術教師から聞いている。その苦しく辛い状況に君を追い込んだ元凶の一人が私だ。それを誤魔化すつもりはない。申し訳なかった。

 しかし、国としては君の魔術師としての才能をこのまま手放すわけにはいかない。

 職務の待遇を改善すると確約する。魔法契約をしても構わない。結婚する際にも妨害する真似は決してしないし、産休育休もきちんと認める。だから、騎士団に入ってはくれないか」

 

 つまりこれまでは、人員確保のために女性の結婚を妨害してきたということなのね。

 私自身はもう結婚する気がないし、当然子供を産むこともないだろうが、職場の待遇が改善されることは良いことだ。だからこう訊ねた。

 

「それは私以外の女性魔術師や騎士にも適用されるのですか?」

 

 すると、騎士団長の顔が引き攣ったのがわかった。しかし、ため息をついた後でもちろんだ、君だけに特権として認めたらそれこそ非難ごうごうとなるだろうからな、と言った。

 そしてここまで譲歩したのだから入団してくれるよな? という顔をしたので、私はにっこりと微笑んでこう告げた。

 

「せっかくこの世に生を受けたのに、私はこれまで自由が全くありませんでした。ですから学園を卒業したら一年か二年ほど、気の向くまま自由に世界を放浪したいと思っています。

 その後、きちんと女性の待遇が良くなっていることが確認できたら、入団いたします」

 

 この国最強と呼ばれているらしい騎士団長が絶句していた。

 

 

 あのときの騎士団長の顔を思い出して、ニヤニヤしながらマリアンにその話をすると、彼女は心底呆れた顔をした。

 

「キティは以前とは比べられないほど強くなったのはわかっていたけれど、騎士団長にそこまで物言えるほど強くなっていたなんて驚いたわ。

 それにしても、よくその要望が通ったわね」

 

「母に対する後ろめたさがあったのだと思うわ。私の母って、初の女騎士団長になれるのではないか、と噂されるほど魔力が多くて強かったんですって。

 そんな部下に嫉妬した上司が母に過酷な仕事を強制したせいで、母は心身共に疲労してかなり追いつめられていたみたい。

 家庭生活も上手くいかず、娘も魔力欠乏になるくらいストレスを抱えて笑いもしない子供になっていたし。

 だから母は、ただの風邪をひいただけであんなにあっさりと亡くなってしまったのよ。

 その上司は自分の落ち度を隠したまま、何食わぬ顔で出世して騎士団長までなったけれど、結局今はあまり評価されていなくて、名誉挽回したくて必死に私を勧誘していたみたいね」

 

 その話は魔法学のマイルダー先生に教えてもらった。先生は母の元同僚だったらしい。そして自分の出世のために部下をこき使う上司に従うのが嫌になって、騎士団を辞めて教師になったようだ。

 先生は三年前に、入学してきた私の首に掛けられていたペンダントを見てすぐにわかったらしい。私の魔力が半端ではないということを。

 なぜなら、母はかなりの魔力保持者だった。それなのに胎児の魔力を転移箱に移さなければ魔力酔いを起こす事態になったということは、よほどその胎児は強大な魔力を持っていたに違いないと。

 

 私がいくら隠そうとしても、いずれ私が強大な魔力持ちだということは国、いや騎士団にばれてしまうだろう。そうなったら彼らにいいように利用されてしまうに違いない。亡くなった母のように。

 そう思った先生は、それを防ぎたいと対策をしてくれたのだ。騎士団に利用される前に、反対に利用してやるくらいの力を私に身に付けさせようと。

 そのことを知ったのは、魔術の課外授業を受けるようになって半年くらい経ったころのことだった。

 

 私は魔術師になりたかったわけじゃない。

 私はただ愛しているヒューリーと結婚して一緒に幸せに暮らしたかっただけだ。

 だけど、学園に入学する前から体の中に魔力が大分溜まっている感じがしていた。無意識に魔力を使ってしまったときもある。もし、魔力暴走を起こしたら大変になると不安に思っていた。だからマイルダー先生の授業を受けることにしたのだ。

 そしてこのままでは騎士団に目を付けられ、利用される恐れがあることを知ったので、その後は真剣に訓練に取り組むようになった。ヒューリーとの未来のために。そして亡き母の報復のために。

 だけど、授業に加えて魔法学の座学や魔術の実地訓練でかなり忙しくなり、やはり鳥類研究のための勉強会やフィールドワークで忙しいヒューリーとはすれ違いか多くなって、なかなか逢えなくなった。

 そのせいで私達の仲は冷え切っているとか、形だけの婚約者同士だとか噂を立てられるようになってしまった。

 ランチさえも一緒にとれなくなっていたからだ。

 そうこうしているうちに弟が生まれたことで、私の心はひどくざわついた。もしかしたら嫡女ではなくなるかもしれないと。

 別にあの家の跡取りになりたかったわけではいけれど、ヒューリーとは婿入りする条件で婚約したのだ。彼は三男で、貴族の家に婿入りしなければ平民になってしまう。つまり私が嫡女でなくなったら彼が私と結婚する意味はなくなってしまうのだ。

 

 私達はなかなかあえなくなっても手紙のやり取りだけは続けていた。修道院の寄宿学校に通っていたころからずっと。

 彼は今自分が何をしているのか、それをまめに報告してくれた。そして必ず最後に、

 

「あまり無理をして体をこわさないように。心はいつも君の側にいるよ。だから僕達はずっと一緒だよ。それだけは絶対に忘れないでね」

 

 そう締めくくられてあった。

 それなのに、十か月前、私の父からの婚約解消の話を彼は逆らうことなくあっさりと了承した。そしてそれ以降手紙をくれることはなくなったのだ。

 私は毎日ベッドの上で枕を濡らした。ヒューリーが婚約解消を受け入れたことは仕方ない。彼が悪いわけじゃない。それらを理解していてもやっぱり悲しかったのだ。

 自分が彼にとってカワセミの雌のような存在になれなかったことが。彼の唯一になれなかったことが。

 

 結局私に残されたのは母の報復をすることだけだった。

 そして先日ついにそれをやり終えたのだ。

 私は女性騎士の権利と福利厚生を勝ち取った。ついで二年間の入団保留を。

 私が旅を終えて騎士団に入団するときには、恐らく今の団長は引退していることだろう。それが年齢のせいなのかどうかわからないけれど。

 

 

「そういえば、ヒューリーが昨日ようやく帰国したわ。

 あちらで発表した論文の評価がかなり高くて、短期ではなく本格的に遊学しないかと誘われていたみたいだから、そのまま隣国に残るのかと思っていたけれど」

 

「そうね。だけど一度は帰ってくると私は思っていたわ。だって彼は一人だけ飛び級していて、卒業生代表になることは短期留学する前から決められていたんだもの」

 

「まあそうなんだけど。

 彼、相変わらず飄々として元気そうだったわよ」

 

「それは良かったわ。やっぱり、元気なヒューリーの姿をこの目に焼き付けておきたいから」

  

 私はそう言うと、二杯目の苦くて冷めた紅茶を飲み干したのだった。

 読んでくださってありがとうございました!

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[気になる点] >でもケイン様は今、王家から自画像を依頼されているの。 これ肖像画とかじゃなくて自画像でいいの? ケインはイケメン設定だから欲しがってもおかしくはないんだけどこれ王家が平民のイケメン…
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