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第3章 幼なじみ


「私がこんな目に遭うことがわかっていながら、何故お前は何も言わなかったんだ!」

 

 手に火傷を負った父は治療を終えるとすぐに戻ってきて、激怒しながら利き手で私の頬を叩いた。しかし悲鳴を上げたのは私ではなくて父自身だった。あまりにも馬鹿過ぎて私は笑ってしまった。


「腹を立てる相手を間違っていますよ。まずは奥様とお嬢様に何故教えてくれなかったのだ!と文句を言うべきなのでは?」

 

 私がそう言うと激昂していた父の顔がさらに赤くなり、今度は利き手ではない左手で叩かれたが、大した威力はなかった。そして、それ以後私が父から暴力を振るわれることはなかった。

 というのも、家門の一族の長であるバイトン侯爵が催したガーデンパーティーに、私が頬を左右ともに腫れ上がった状態で参加したからだ。

 家族全員の招待状を受け取った父は、長女は病気だから参加できないと使いの者に言ったが、

 

「それなら優秀な医師を連れて参りますから診察させてください。必ずご令嬢をお連れするようにと主から命じられていますので」

 

 と言われて逆らえなかったのだ。

 バイトン侯爵は国王陛下の片腕と呼ばれる側近で国務大臣を務めるトップ貴族の一人だったからだ。

 

 こうしてそのガーデンパーティーで、私が屋敷内で虐待されていることが明るみになった。

 たとえ実の子であろうと虐待は許されない行為だ。この国では子供を大切な財産だと考えているからだ。

 しかし父親は殺人を犯したわけではなかった。しかも暴行ではなく躾だったと主張し続けたので逮捕されなかった。

 屋敷の者が主の虐待を否定したからだ。それはそうだろう。彼らもそれに加担していた加害者なのだから。


 ただし、私が三人の幼なじみに促されてこれまでのメイヤール伯爵家での暮らしぶりを語ると、夫人だけでなく男性方も眉を顰めた。

 それに対して父は、これまで従順で逆らうことのなかった私の反逆に驚いて反論もできなかった。

 ただ義母と義妹の二人がそんなの作り話よと必死に誤魔化そうとしていたが、侯爵様にその手の包帯は何だと問われると押し黙ってしまった。事実と認めたのも同然だった。

 侯爵を始めとする一族の当主達が、このままでは後妻と義理の娘に家を乗っ取られる恐れがあると指摘した。それによって父は、私をメイヤール伯爵家の後継者であることを正式に認めざるを得なくなった。逆らえば一門から破門すると言われたからだ。

 

 そして一族の者達は、メイヤール伯爵家では私を養育できないと判断し、同門の中からギルメン伯爵を私の後見人に据えた。

 何故ギルメン伯爵が選ばれたのかというと、そもそも私が家族から虐待されているかもしれない、と侯爵に訴えたのがギルメン伯爵家の三男のヒューリーだったからだ。

 

 同じ年のヒューリーとは幼なじみだった。年に数回持ち回りで開かれる一族の集まりでいつも顔を合わせていた。マリアンと一つ年上のケイン様もそうだ。私達四人はいつも一緒にいた。意地悪な兄弟や親族から身を隠すように。

 

 私やマリアン同様に、彼らも家庭の中でははみ出し者で居場所がなかったのだ。

 ケイン様は幼い頃から容姿端麗過ぎて兄や姉の嫉妬を買っていた。その上質実剛健のロイヤード子爵夫妻からは、男のくせに軟弱で気取って絵ばかり描いている役立たずだと侮蔑されていたのだ。


 ヒューリーは物心ついたときから生き物が大好きで、いつも勝手に屋敷を抜け出しては野原や川や森へ行ってしまう破天荒で突拍子もない子どもだった。それゆえに彼に振り回されて辟易していた家族から次第に放置されるようになっていた。

 まあ、ヒューリーの場合は私達三人に対する放置とは違って愛情ある放置のされ方だったけれど。

 

 パーティーが始まると、私達はいじめっ子達に目をつけられないうちにいつもすぐに会場を抜け出した。

 貴族の領地にある屋敷や庭は大概どこも広大だった。庭園や温室だけではなく牛舎や厩舎にサイロ、そして池や小川まである屋敷もあった。

 私達はそこで大きな声で歌ったり、スケッチをしたり、自然観察をしたり、虫を捕まえたりして過ごした。

 走り回って喉が乾くと湧き水を飲んだ。そのときが私の出番だった。


 まず指先を湧き上がる水に向けて動けと念じる。すると水が弧を描くようにスゥーッと伸びるので、それを顔の高さあたりで止めるのだ。

 最初は自分を含め友人達の頭から水をかけてしまってびしょ濡れにしたこともあったが、そのときは夏だったので、服も薄着ですぐに乾き、大人達に叱られることもなかった。そしてそれを二、三度繰り返したらコツを覚えて失敗しなくなった。


「これって魔法なんだろう? キティーは魔力なしだってメイヤール伯爵は言っていたけど、なんで隠しているの?」

 

 三人に不思議がられたけど、こんな手品みたいなことができたからといって、父や祖父の私に対する認識が変わるとは思えなかった。彼らが望んでいたのは母のような膨大な魔力だったのだから。むしろ余計にがっかりされるのがオチだ。

 だからこのことは絶対に誰にも言わないで欲しいとお願いした。そして彼らはずっとその約束を守ってくれた。

 

 私達四人はそれぞれ得意とするものがあった。たとえ家族や周りの人間がそれを認めてくれなくても、私達は互いにリスペクトし合っていた。それが自信となり勇気になっていた。

 

 マリアンは歌。

 ケイン様は絵。

 ヒューリーは生き物。

 私は魔力。

 

 幼い頃は父に洗脳されていた私だったが、母が亡くなる二年くらい前から三人の友達との交流のおかげで、少しずつ真っ当な思考ができるようになっていた。私が悪い子だから折檻され罵詈雑言を吐かれているのではなく、むしろメイヤール伯爵家の人間の方が異常なのだと。

 しかし母が亡くなってその一年後に父が再婚した後、私が一族のパーティーに参加しなくなったので、三人は私のことをかなり心配してくれていたらしい。手紙を出しても一切返信がなかったのでなおさらだったろう。

 

「どうしていいのかわからなかった。ごめんね。辛い思いをしていたのに早く助けてあげられなくて」

 

 後になってマリアンとケイン様に謝られたけれど、彼らはまだ子供だったのだから仕方のないことだった。だから謝る必要なんてなかったのに。

 ただヒューリーの場合は幼いころから我道を行っていたし、大人に対してもはっきりと意見を言える子供だったから、ご両親に訴えてくれたのだ。


「もう一年以上顔を見せないし、手紙も来ない。こんなに音沙汰が何もないのはおかしい。だから、キャスティー嬢が無事かどうか確認して欲しい」


と、


「人様の家庭にはそれぞれ事情がある。他人が口を挟むわけにはいかないのだよ」


 ギルメン伯爵夫妻は三男を説得しようと試みたが、彼はそれに納得しなかった。

 

「子供は国の宝なのでしょう? それなら他家の子供のことだって心配するのが当然でしょう。国に忠誠を誓っている貴族なら特に。

 お父上達ができないというのなら、僕が直接バイトン侯爵にお願いします」

 

 ヒューリーのその言葉に彼の両親は折れたのだった。

 

 私はヒューリーによって助けられたのだ。彼がいなかったら、私は死んでいたかもしれない。いつだったかそれを彼に言ったら、

 

「君は僕達の前ではいつも自然に魔力を放出させていたよ。恐らく魔力欠乏症は大分回復していたのだろうね。

 もし君が本当に命の危険に晒されていたら、きっと無意識に魔法で攻撃していたと思うよ。僕が何もしなくてもね」

 

 ヒューリーは事もなげに言ったけれど、私は首を横に振った。やっぱり魔力攻撃だけじゃ心の問題は解決していなかったはずだから。やはりヒューリーのおかげだったと今でも思っている。

 

 そしてあのとき、バイトン侯爵の依頼を受けたギルメン伯爵が私の後見人になってくれて、それと同時にヒューリーが私の婚約者に決まったのだ。

 いくら遠い親類関係にあろうと、後見人としてその力を執行するためにはもっと両家の関係を深める必要があるだろう、と皆が言ったからだった。

 しかし最初のうち、私の父親の人間性をよく知っていたギルメン伯爵はこの婚約にあまり乗り気ではなかった。すると侯爵はこう言ったそうだ。

 

「ギルメン伯爵家にはできるだけ負担がかからないようにしよう。

 キャスティー嬢には修道院付属の寄宿学校に入ってもらう。もちろん必要経費はメイヤール伯爵家が支払う。

 その後学園を卒業して二人が結婚したら、すぐさまメイヤール伯爵には爵位を譲って領地にでも移ってもらう。

 どうせ仕事は今でも家令任せで当主は仕事などしていないようだから、領地経営は家令に教われば特段困らないだろう。

 そうすれば現当主一家と顔を合わせる必要もない」

 

 と。それを契約書に織り込んだので、ギルメン伯爵は渋々引き受けてくれたのだった。

 私はそれを申し訳なく思いながらも、ヒューリーと婚約できて嬉しかった。物心ついたころから彼をずっと好きだったからだ。

 四人兄弟の末っ子である彼は、決して面倒見が良かったわけじゃない。だけど優しかった。

 ケイン様のようにスマートではなかったし、口数が多かったわけじゃないけれど、涼しい顔をしていつも私を助けてくれた。

 

 私が父に嫌味を言われたり、従兄弟達に嫌がらせをさられていると、スゥーッと現れて私の手を引いてその場から離してくれた。

 女の子達にジュースをかけられたり転ばされたときにも、すぐに手を貸してくれた。

 そして私の代わりに陰できっちり彼らに復讐してくれていた。

 

 デザートの上にカエルの卵を載せておいたり、木の上に登って木陰からこっそり鶉の卵を頭に投げつけたり、椅子の上に蛇の抜け殻を置いておいたりと。

 しかも誰が犯人かわからないように、彼は上手にそれらをやってのけたのだ。

 

 お前を助けてやる、守ってやる、なんて口に出したことはなかったけれど、いつだって彼は私を助けてくれたし守ってくれた。

 そして普段は無表情で淡々としていたのに、虫や鳥や動物の話になると、そりゃあもう嬉しそうに楽しそうに顔を綻ばせていた。そんなヒューリーが大好きだったのだ。

 

 その後私は、実家から遠く離れた修道院の付属の寄宿学校へ入った。

 規律が厳しい、食事が質素、勉強が難しい、家族と離れて寂しいと、泣いたり喚いたり逃げ出したりする者達もいた。しかし私にとってそこは天国のような場所だった。

 早寝早起きはこれまで通りだし、身支度やベッドメイキング、自室の掃除、食事の配膳なども当たり前の行為だったから。

 しかもやるべきことは同じでも、寄宿学校では三度三度バランスの良い食事を食べられたし、自由に本は読める。そして家庭教師よりはるかに高度な授業を受けられたのだから、とても幸せだった。

 しかも暴力を振るわれることはないし、嫌味を言われたり多少の嫌がらせをされたって、それは大したことではなかった。

 

 私はこの寄宿学校で十歳から五年間過ごした。そして大きな休みのときはバイトン侯爵家やギルメン伯爵家でお世話になった。

 メイヤール伯爵家で暮らしていたころの私はネクラで陰気臭い、本当に可愛げのない子供だったので、子供だけではなく大人達からも避けられていた。

 しかし寄宿学校で正統な淑女教育を受け、社交術も多少身に付けたことで、暗さも幾分マシになったようで、以前よりもずいぶんと親切に接してもらえるようになっていた。

 

 学園に入学する一月前にルメン伯爵家で会ったとき、何気なくマリアンにその話をしたら、

 

「あなたは次期女伯爵なんだから、そんなの当たり前の対応じゃないの」

 

 とジト目で言われた。そういうものなのかしら。では私が女伯爵じゃなくなったら、みんなの態度もまた変わるのかなぁ。でも、なぜかそれも違うような気がした私だった。

 

 

 学園に入学すると、変わり者の私達はやはり周りから遠巻きにされて、結局四人で一緒にいることが多かった。ただし、一つ年上のケイン様は一足先に学園に入ったので、一人だけ少し大人びた雰囲気になっていた。そして以前はかなり口が達者だったのに、ずいぶんと口数が少なくなっていた。

 

「誰かに意地悪されたりして、嫌な目に遭っているのかしら」

 

 入学前からマリアンは、ケイン様のことをとても心配していた。しかし、ヒューリーはこう言っていた。

 

「いいや。むしろケインは学園ではご令嬢に囲まれているらしいよ。だけど、大切に思っている人がいるからおつき合いはできませんと断っているらしいから、令息達からも評判がいいみたいだよ」


と。クソ真面目で融通のきかない彼の兄君達よりもよっぽど先生方からの評判もいいってさ。うちの兄上が言っていた。

 だからマリアン、人のことより自分の心配をした方がいいぞ」

 

「どういう意味?」

 

「そのケインの想い人っていうのが君だと思われてしまうからさ。二人きりにならなくても、もし入学後に四人がこれまでのように一緒にいたら、そのうち先輩方から嫌がらせをされるかもしれないぞ」

 

「それならキティーだって同じじゃない!」

 

「キティーは僕の婚約者だ。まさか婚約者持ちを好きだとは思わないよ、普通……」

 

「そうね、普通はね……」

 

 二人は意味ありげにそう言うと顔を見合わせていた。

 

「ケイン様は嘘も方便で好きな人がいると言っているのよ。皆様も判っていると思うわ」

 

 私がそう言うと、二人は大きくため息をついていた。その二人のため息の意味に気付いたのは、それから二年も経ってからのことだった。本当に自分は鈍くて駄目な人間だったわと、そのとき私は酷く後悔したのだった。


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