もう離さないよ
「――地球滅亡宣言が発表されました。地球上の全ての生命体は地球に直撃する隕石によって滅亡する危機に直面しています。WARPはこの宣言に対し、世界中の専門家や政府関係者は緊急対策を協議し、出来る限りの措置を講じると発表していますが、人類が生き残る可能性は非常に低く、被害の拡大は避けられないことを認めざるを得ません」
いつも通りの大雨の日のことだった。全ての国が加盟している「平和と秩序の回復のための世界同盟」、通称「WARP」はテレビやネット配信など様々なプラットフォームで地球滅亡宣言を発表した。
何これ?
これマジ?
WARPって何?聞いたことないんやけど
すぐさま掲示板ではWARPの発表についての書き込みが流れて行った。
発表を信じて、地球滅亡宣言に備える人や嘆く人もいれば、その人たちを「大げさだ」と言ってネタにする人もいた。
地球規模のドッキリwww
エイプリルフールじゃないんだがww
どうせフェイクニュースだろ
どんなに悲惨な運命が待っていたとしても、それをどんなに強い権力を持つ組織が発信したとしても、誰も信じない。最初はそんなものだ。自分が生まれるずっと前からある物が無くなると言っても、みんなそれを気にしない。でも、異常気象は続き、それによって米も小麦も育たなくなって、地球規模の飢饉となり、世界中で人は消えて行った。
「うぅ、寒い……」
僕は生き残った。運良く生き残れただけだ。僕の家族も友達も……周りにいた人たちも栄養失調になって、なす術もなく……。
やがて、人の心は植物と共に枯れ果てた。「死ぬ」という運命に耐えきれなかった人たちが、やり場のない気持ちを持って起こした暴動。それに巻き込まれて死んでいった人もたくさんいた。
「あーあー、マイクテスト。リスナーの皆さん、こんばんは。今日も始まりました」
ラジオ局が機能しなくなった時、誰かがラジオを始めた。きっと音楽好きの誰かが最期の思い出として始めたんだと思う。
「なんと今回で『名もなきラジオ』は五十回目を迎えました。本当に喜ばしい限りです。……ところで、私はこうやって曲を流したり、リスナーの皆さんに向けて話しかけたりするだけで満足なんですが、誰か聞いている人はいるんですかね? おっと、私の独り言はこれくらいにして、本日もいくつか流していきましょう」
……ここにいますよ、パーソナリティの名前も知らないファンが。
「ラジオ聴きながら、今日のご飯探そうかな」
十分ほど歩いていると、大きな建物を見かけた。
「……ん? 今、誰か……」
誰か、僕と同じくらいの年齢の女の子が入っていったような……。僕一人になってから女の子なんて見てこなかったけど、ここには生き残った人がいるのかな。
誰かが入った建物に入ると、そこは何かの研究所のようだった。
見たことのない実験器具や、英語で書かれている大量のレポートにPC……。
「パン、食べる?」
か細い声のしたほうを向くと、そこにはさっきの子が立っていた。
――そして、会ったことがある。少し前、急に起こった暴動に巻き込まれて人混みに流されそうになっていた彼女の手を引き、静かなところまで連れて行った記憶がある。
「食べ物、探しにここに入ったんでしょ?」
「もらっていいの……?」
「うん。ここには食料がたくさんあるの」
食糧庫に連れて行ってくれた。確かに一人じゃ食べきれないくらいのパンやお菓子、缶詰のスープもある。
「こんなにあるから、私のことは気にしないで」
「ありがとう」
「うん。でも、私以外の人間に久しぶりに会った気がする」
「僕もだよ。寝る場所と食べ物を探して色んな所へ行ったけど、生き残っているのは僕よりも年上の大人にしか会わなかったから。それも、サバイバル経験もある屈強な男の人ばっかり」
「そうなんだ。私はここを見つけてから動いていない。独りになってから」
「じゃあ、もらおうかな。これから探そうとして外に出たんだ。それに、最近ずっとお腹空いていて……」
「なら、たくさん食べていいよ。この前のお礼。パンもトマトスープもある。スープ、温めるからちょっと待ってて」
そう言って、奥に行ってしまった。……「この前のお礼」か。
僕のこと、どうやら覚えているようだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。でも、スープなんてごちそう、もらっちゃって申し訳ないな」
「ううん。あの時、手を引いてくれなかったら、私も死んでたから。でも、何で助けてくれたの? あの中に入ったら、自分が代わりに巻き込まれたかもしれなかったのに……」
「何でだろうね。気づいたら体が動いてて、君の手を引っ張ってたよ」
「そうなんだ」
「あ、名前言ってなかったね。僕、衣舞紀」
「私、夜空」
「ずっとここで生活してるの?」
「うん。助けてもらってから、ここを見つけたの。その時にはここには誰もいなかった。研究所だから他の建物よりもずっと建物は頑丈みたい。だから、死ぬまでここにいようって決めたの。衣舞紀君は? またどこかに行くの?」
「うん、友達の女の子を探しているんだ」
「友達?」
「うん。生きてるかどうかも分からないし、もう僕のことは忘れているかもしれない。別れる前に『絶対また会おう』って約束したけど、それも十年くらい前の話だしね。でも、どうせ地球が無くなるなら、後悔したくないと思ったんだ。小さい頃から『好き』だったから。今もね。そのために移動しようって。でも、いくら歩いても雨は止まないし、今さら生きてても、僕を知っている人もいないし、意味ないかなって思えてきちゃって……ごめんね、こんな暗い話しちゃって」
「ううん。誰だってそう思う日が来るよ。会えるといいね、その子に。その女の子だって分かる特徴とかは?」
「あるよ、一つだけ。僕、別れる前にその子にプレゼントしたんだ。リボンの髪飾り。小さい頃に作ったものだから、アンバランスだけどね」
「――そっか。その子も大好きだよ、衣舞紀君のこと」
「そうだといいな。じゃあ、もう少しだけここにいてもいい? ここから離れたら、僕と同じくらいの年の子には、きっともう会えないと思うから、せめて明日の朝まで」
「ありがとう」
「いいよ。『夢の話を親友と朝までした』って、ここに来るまでに拾った誰かの日記に書いてあったから。明日までの親友ってことで何か話そう」
「分かった。じゃあ、僕からね。そんなに深く考えたことなかったけど、地球が滅亡しない世界だったら、色んな所に行って、僕が知らない景色をたくさん見て」
「一人で?」
「それもいいけど、出来ればさっき言った女の子と一緒が良いな。友達がいないってずっと悲しんでいたから、色んな世界に行って、君を受けれていくれる人がこんなにいるって伝えたかった。君によく似てる子だけど、でも、覚えてないんだ。その子の名前。何でだろう……あんなに一緒にいたのに」
「そっか。じゃあ、私はその子と一緒だね。私も友達が欲しかった。ずっと一人だったから。でも、一人だけ一緒に遊んでくれる人がいたんだよ。その子のことは大好きだった」
「ご両親は?」
「知らない。何があったのか知らないけど、一番古い記憶は施設にいる記憶。独りで絵本を読んでた」
「ごめん」
「別にいいよ。心残りもないし、気にしてないから。独りでも楽しかったけど、周りの子はみんな友達がいた。誰かと話したかった、一緒に遊んで、笑い合いたかった。でも、そんなことを願ってる間に成長して、結局何も変わらなかった」
そう言って、夜空さんは研究所の外に出た。
僕は彼女の後ろをついて行った。そこには満天の星空と月が見える。
「衣舞紀君。星、綺麗だね」
「星空なんて久しぶりに見た。ずっと下を向いて歩いてきたから。でも、」
「食糧庫に連れて行った時、私みたいな女の子は見なかったって言っていたよね。私もここに来るまで一人も見なかった。でも、私はいる。それは、きっと私の願いが叶うまでそれにすがっていたから。まだ達成されていない、ここで死ねない、死にたくないって、思い続けて……ここまで来たんだ」
「――私をまた見つけてくれてありがとう。久しぶり、衣舞紀君」
「え?」
彼女は来ていたワンピースから何かを取り出して、髪につけた。
「あ、それ! 僕が渡した髪飾り」
「私がその『女の子』だよ。そして、私が言った『唯一遊んでくれた子』は衣舞紀君。ふふ」
あの頃の姿と、彼女が重なる。その笑顔、確かに見おぼえがあった。
「何で今まで忘れてたんだろう! 本当に奇跡だ! 僕たち、また会えたんだ。……あ、でもさっき『大好き』って言っちゃった。そう考えると恥ずかしいな」
「そういうこと素直に言えるの、やっぱり衣舞紀君だなって思ったよ。普通、私が君の探している人じゃなくても言わないからね?」
「それ、小さい頃も言われた記憶があるよ。うん、全部思い出した」
その時、空で何かが光った。
「ああ、彗星ってあれか……」
光っている大きなものは、地球に直撃するらしい彗星であることは間違いなかった。ここで僕の旅も終わりというわけだ。
「怖い?」
「ううん。もう独りじゃないから」
「もう絶対離さないからね」
「ありがとう」
――僕は彼女を目一杯抱きしめて、目を閉じた。
最後まで読んでくださりありがとうございます。