表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜の木だけが知っている  作者: くまけん
推理編
5/7

5 「ただ一つの見逃し」

 写真を撮るって言われても。こんな寂れた無人駅に被写体として価値あるものがあるんだろうか?

 そんな疑問を抱きながらも、僕は指示通りにつばめ山駅の写真を撮った。「どれを撮るの?」と聞いたら「とにかく沢山」と返された。だから何も考えずにスマホのカメラを酷使する。僕の写真アプリに蓄積されていくのは、何の変哲も無いボロボロの駅の風景ばかりになった。


 つばめ山駅はこの町唯一の駅だ。列車に乗りたいならこれしか選択肢が無い。車や自転車を持たない人が移動する際は、この駅に一時間に一回訪れる一両編成の汽車へ乗る事になる。都会の人には信じられないだろうが、これがド田舎の文明の限界だ。


 無論、写真に撮ってもSNS映えなどしない。寂れた建物には風情があると言えばそうかもしれないが、僕みたいな素人がスマホカメラを握ったところでその『風情』は演出出来ない。何のための写真なのだろう。僕も蒼見も、つばめ山駅の光景は熟知してるのに。

「静かだなー」

 呟いても返事は無い。駅員も客もいない。僕一人だ。

 室内にはポスターがいくつも貼ってあった。駅の公式アプリがどうとか、旅行のオススメがどうとか、そんな内容ばかりだ。たまに、小学校の運動会の手作りポスターやフリーマーケット開催の告知が貼ってある場合もある。

 そして、改札の目の前にもポスターが貼ってあった。

 『桜の木公園 この先歩いて15分!』

 文字だけのポスターだった。3分で作ったような出来栄えだ。手抜きにしか見えないが、桜の木公園は地元じゃ有名なので広告するまでもないという事だろう。


「お疲れ様です、森田先輩。そろそろ合流しましょうか。こっちも調べたい事は調べ終わったので」

 いつの間にか蒼見が側に立っていた。神出鬼没。これが探偵の才能か。

「蒼見。どこに行ってたんだ?」

「公園です。と言っても桜の木公園ではないですよ。ほら、そこの」

 蒼見が指差した方角には小さな公園があった。どこに立っていても敷地全体を見渡せるくらいに狭い公園だ。薄桃色の花が綺麗だが、他に麗しい要素は無い。駅から歩いて1分。目と鼻の先にある。名前はそのまんま『つばめ山公園』だ。田舎って無駄に公園多いよな。


「ところで先輩。写真を見せてもらえますか」

 蒼見が顔を寄せてきた。僕はスマホを蒼見の前に持ってくる。蒼見はさっと指を動かして写真を眺めていった。

「ふむふむ……なるほどです」

 そして僕が撮った写真を見終わると「謎は全て解けました」と一言。

 断言口調だ。蒼見は根拠の無い断言はしない。本気で、この謎が解明されたのだ。


「分かったんだな! 教えてくれ、蒼見!」

「落ち着いて、一つずつ語りましょう。とりあえず向こう行きましょうか」

 蒼見はいたずらっ子みたいに笑って、僕をつばめ山公園に連れて行った。若干朽ちたベンチに座って、「さて」と言う。風が吹き、蒼見の周りに薄ピンクの花びらが舞った。

「まず先輩にお尋ねしましょう。この事件、どう思います?」

「どう思うって……考えれば考えるほど意味不明だよ。納得のいく結論が何一つ無い」

「ふふーん。そう思いますか。悩んでますね、先輩」

 含みのある言い方だった。何が言いたいのかよく分からない。勿体ぶらないで早く教えて欲しい。


「確かに、謎が謎を呼ぶ一件でした。Mさんの話とリナさんの話はほぼ同じなのに矛盾していて、公園に行って目撃者の証言を聞いてみたらリナさんがどこに消えたのやら」

「そうだよ。だから僕は、リナさんが本当は公園に来てないんじゃないかって思ったんだ。でも違うんだろ?」

「違うとは言ってませんよ。短絡的な結論は避けるべきだということです」

 悪かったなぁ、短絡的で。

「じゃあ蒼見の結論は何なんだ」

「先輩の推理はいい線行ってると思います。ですが、リナさんは嘘を吐いていない。二人とも公園で出会うつもりだったし、実際に約束の日時に公園に着いた。でも二人は会えなかった」

「だからそれが矛盾してるんだろ?」

「いいえ。矛盾しません。私達は一つ大きな勘違いをしていたのです。それはとってもシンプルで、きっと他の人ならすぐ気付けたはずの思い込み。それが、この単純な謎を必要以上に複雑に見せかけていました。きっと真実を知ったら先輩は拍子抜けしますよ?」

「え、何だよ。僕達の勘違いだって?」

「そう。リナさんもMさんも一つ思い違いをしていた。それが無意味な諍いを生んだだけの話でした」

 何だろう。って、考えてすぐに思いつくようなら勘違いなんてそもそもしないか。

 重要な事を僕は見逃している。蒼見はそこに気付いたんだ。


「さっさと言っちゃいますか。勿体ぶるのは探偵の醍醐味ですが、そこまで引っ張るような大層な謎ではないですからね」

 蒼見は立ち上がり、近くの木の側に移動した。公園の中央に一本だけ立つその木は、綺麗な薄桃色の花を満開にして、通る者の目を奪う。

「リナさんは約束の日時に公園へ来ました。しかし、桜の木公園ではありません。ここ、『つばめ山公園』だったのです。リナさんは約束の場所を誤解していた。この木の下で、ずっとMさんを待っていたのです。だから桜の木公園にいたMさんとは会えなかった、という訳ですね」

 蒼見は自信ありげに語った。僕は唖然とする。彼女の言葉を噛み締め、思考を回し、その上で首を横に振る。

「いや、そんな馬鹿な! あり得ない!」

 蒼見の推理は間違っている。そう断言する根拠があった。


「だって、この木は桜じゃない! 梅の木だ!」

次回投稿予定日:4/21

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ