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桜の木だけが知っている  作者: くまけん
推理編
4/7

4 「見慣れた桜の木の下で」

 次の日は土曜日だった。豊富な時間を浪費する手は無いとばかりに、蒼見は朝早くから僕に電話を寄越した。

『支度を済ませたら桜の木公園に集合です!』

 蒼見の跳ねるような声に眠気を奪われ、僕はさっさと準備を終わらせて公園までダッシュした。蒼見はブランコで遊びながら「遅いですよ先輩ー」と頬を膨らませる。

「今……7時半なんだけど。早くない?」

「早くありません。謎は待ってくれませんよ。さぁ、現場検証といきましょうか」

 蒼見はブランコから降りた。昨日の探偵コスプレはしていない。というか、私服! 私服だ! 蒼見の私服見るの初めてだ。休日に会うのも初めてだ。

 どうしよう、緊張してきた。蒼見の服装は上着は白でスカートが水色。シンプルながらも年頃の女子らしさというか儚い美というかが前面に出ている。服の名前とかジャンルは全然知らないけど、とにかく可愛い!


「……? 先輩、どうしたんですか。ボーッとしてないでついて来て下さいよ」

 蒼見は振り向いて首を傾げた。僕はハッと意識を取り戻した。駄目だ、しっかりしないと。僕、変な顔してなかっただろうか。っていうか僕の服装変じゃないよね?

 慌てて自分を見る。無地のシャツとジーンズと黒のキャップ。どこにでもいる普通の男子って感じ……凡庸すぎてコメントが見当たらない。花のような蒼見と対称的に、僕の格好は地味な石のようだった。

「ごめん。何でもないよ」

 ……僕は路傍の石だと思おう。余計な事は考えずに。


「ここが桜の木ですね。今更見る気にならないくらい見慣れたランドマークですが」

 桜の木公園の中央、最も目立つ場所にそれは立っていた。僕も何度も見た木だ。改めて見上げると、その大きさに目を奪われる。普通の桜より一回りも二回りも大きい。ここら一帯の栄養を独占しているのだろうか。

「桜の木の下で集合するのは確かにロマンチックだけど、今はそういう時期じゃないよな」

 まだ3月で、桜の花が咲く時期には少し早い。まだ木は冬の名残を維持しつつ、これから訪れる春を今か今かと待っていた。

「花が咲いてなくても桜は桜ですよ」

「深いな」

 とか適当に言ったけど、別に深いとは思ってない。僕のコメントは浅かった。


 もっと桜の木を見ようと僕は前に踏み出した。その時だった。

「おいそこのガキんちょ。ずっと立ってんじゃねぇ。邪魔だ」

 しゃがれた声に呼ばれ、僕はギョッとした。木から10メートル離れたベンチに、髭面のおじさんが座っていた。おじさんはスケッチブックと鉛筆を持って、僕達……というか桜の木を睨んでいた。

「え、あ、すみません」

 僕は桜の木の下から離れた。蒼見はおじさんをじっと観察して、ズカズカと近付く。

「おじさん。画家さんなんですか?」

 な、何やってるんだ蒼見! 見知らぬ人に話しかけるなんて! しかもそんな怖い顔の人に!

「あぁん? そうだが、文句あっか」

 おじさんはドスの効いた声で返事した。不機嫌そうな表情に僕は気圧されているが、蒼見は平然としていた。

「いえ。文句なんてありませんよ。素敵だと思います、画家というお仕事は。父が絵画鑑賞を趣味にしているんですよ。おかげで私もいい絵を見せてもらいました」

「ほう。無知な小娘かと思いきや結構分かるのか。開花前の桜を見に来るなんざ妙だと思ったが、道理で」

「何をおっしゃいます。花が咲いてなくても桜は桜ですよ」

「かかかっ! 違ぇねえ。気に入ったぜ嬢ちゃん。春前の桜の良さが分かるなんて今時の子供にしちゃ珍しい」

 おじさんの強面は一気に柔和になった。あっという間に心を開く蒼見のトークスキル。本当に何でも出来るな蒼見は。


「ありがとうございます。ところで、一つお尋ねしたい事があるのですが」

「おう。いいぜ。何でも聞きな」

「先週の日曜日、この木の下にずっといた男の子についてご存知ないですか?」

 蒼見はMさんについて質問した。画家のおじさんと話に花を咲かせたのは、事情聴取を円滑に行うためだったのか。蒼見のトークスキルのおかげか、おじさんは躊躇う事なく教えてくれた。

「あぁ、いたなそんな奴。妙に格好つけた服の、いけ好かないガキが。ソワソワして歩き回ったり携帯見たり忙しない奴だった」

 多分、Mさんの事だ。リナさんがなかなか来なくて携帯を確認していたのだろう。


「おじさん、詳しいんですね」

「ワシは最近ここに入り浸っている。この木の最も美しい瞬間を描き切らん限りは離れるつもりは無ぇ。ここいらの出来事なら全てワシが見ていた。あまりに長居しすぎてな、不審者だと勘違いされて交番の新入りに職務質問されたぞ」

 そりゃ不審者扱いされるだろ、という言葉は出さずに飲み込んだ。

「なるほど。他にこの公園で妙な事はありませんでした?」

「妙な事? あぁ、あったぞ。あろう事か、ここでバーベキューを始める馬鹿な若者集団がおってな。あれも先週日曜だった。ワシが止めるまでもなく公園の管理人がすっ飛んできて撤収させたがな。馬鹿ガキ共はすんなりは帰らなかった。屁理屈練って管理人に文句言ってな。怒鳴り合いの喧嘩にまで発展した。交番の新入りが介入してこなかったら傷害事件に発展してたかもしれねぇ」

 それはそれは。嫌な事件だ。もちろんこの公園はバーベキュー禁止だ。桜の木が名所なのに火気利用が許されるはずがない。入り口にも書いてあるし、そもそも少し考えれば駄目だと分かる。

 なのにバーベキューをやり始める連中がいたなら、『馬鹿ガキ共』と言われても仕方ない。管理人の苦労を考えると同情する。そして事態を収めてくれた警官に心から拍手を。


「大変でしたね。ちなみに、その場にも例の男の子は居ましたか?」

「あぁ。馬鹿ガキ共の連れだと勘違いされて、管理人に睨まれてたぜ。そしたらバツが悪そうに逃げてったしな。まぁ無関係なんだろうよ。あいつ、何がしたくてここに居たんだろうな。昼前から来てボーッと突っ立ってたかと思えば、13時くらいにはどこかへ行ってまたここに戻ってきた。随分と暗い顔をしてたが。あいつ、嬢ちゃんの知り合いか?」

「いいえ。違います。もう一つ質問いいですか? 木の下に女の子は居ましたか?」

「女? そりゃ何人か女は通ってったが、あのいけ好かないガキみてぇにずっと立ってる女はいなかったぜ」

「そうですか。ありがとうございました。とても参考になりました」

 蒼見は礼をして、僕の元へと駆け寄った。親指を立てて「やりましたよ」と笑顔。


「先輩が絡まれてくれたおかげで良い情報を得ました。捜査は一歩前進です」

「いい情報? どこが? Mさんの謎とは関係ないと思うけど」

「思い出して下さい。Mさんは投稿文で『彼女を探しに公園中を回ったらいろんな騒動に巻き込まれた』と書いていました。その一つがこのバーベキュー事件なのでしょう」

「そういえば書いてあったような。でも、それが?」

「よく考えてみましょう。怒鳴り合いの喧嘩となれば、非常に目立ちます。リナさんがMさんに気付くきっかけになりそうじゃないですか?」

 僕と蒼見は公園内を歩きながら情報を整理した。

「バーベキュー事件の様子を見に来てたら、リナさんがMさんを見かけた可能性はあるな」

「でもおかしいです。リナさんからのDMにはバーベキュー事件を示唆する内容は一つも書いてありませんでした」

「Mさんと無関係だと思ったから、書かなかっただけじゃないか?」

「そうかもしれません。だとすると、何故『無関係だ』と思ったのでしょう。実際、Mさんはバーベキュー事件に巻き込まれています。公園で火を使う不埒な輩の同類だと誤解されて、管理人さんに睨まれてたそうですよ。つまり、リナさんが騒動を目撃していたらMさんの姿も見ているはずです。なのに、『あの中にMさんはいない』と決め付けたのは何故でしょう」

 蒼見は新たな謎を投げかけた。確かに、ちょっと違和感がある。


「説明出来ない事もないです。例えば、怒鳴り合いの喧嘩に関わりたくない気持ちが強くなるあまり、『あの中にMさんはいない』と思い込んだとか。人は都合のいい考えをしたがる生き物ですからね」

「目立つような騒動だからこそリナさんはそこを避けた、って説か。触らぬ神に祟り無しって言うもんな」

 リナさんがバーベキュー事件を目撃しておらず、むしろあの場から遠かったのならば辻褄は合う。リナさんはあの場に居なかったのだから、Mさんが探しても見当たらなかったのだ。

「……いやでも、そしたらリナさんの証言と矛盾するか。リナさんは木の下でずっと待ってたんだもんな」

 リナさんはバーベキュー騒動から逃げてはいない。そもそも、この謎の本質は『同じ木の下で待っているはずの二人が会えなかったのは何故か』だ。二人が約束時間にあの木の下にいたのは前提条件で考えるべきだ。


「目立つ事件があったのに、言及しているのはMさんだけ……」

「そうです。しかも、あの画家さんが見かけたのはMさんであってリナさんではない。桜の木の下でずっと待ってる女子高生はいなかったんです」

「じゃあやっぱり、リナさんが嘘吐いてたって事か?」

「そう結論付けるにはまだ早いでしょう。もっと情報を集めてからでも遅くないですよ」

 そして蒼見は徐ろにスマホを取り出した。

「歩きスマホ、危ないぞ」

「お気遣い感謝します。じゃあそこで休憩しましょうか」

 蒼見が指差した先にはクレープの屋台とベンチがあった。あの屋台は来る度に販売物が変わる。この前来た時は焼き芋を売ってたし、その前はたこ焼きを売っていた。節操の無い屋台だ。

「クレープ食べます? 先輩」

「蒼見が食べるなら僕も食べる」

「じゃあ一緒の注文しましょう」

 という訳でチョコクレープを2人分頼んだ。ベンチに腰掛けた後も、蒼見はクレープ片手にスマホを弄っていた。

「どうしたんだよ。そんなに夢中になって」

「ホザイターを見てます。リナさんの呟きから何か得られるものがないかと思って」

 蒼見の集中力は凄まじい。じっとスマホを見つめて、視線を逸らそうとはしなかった。


 蒼見の邪魔をしないように、僕は黙ってクレープを食べていた。その間に思考を整理する。謎を解こうと思ったら、また新しい謎が出てきた感じだ。

 二人は真実を語っているのか? 約束の日時を間違えた可能性は無いか? リナさんは果たしてバーベキュー事件を目撃したのか? あの画家のおじさんの証言は信用出来るか?

 何だか複雑になってきた。頭がパンクしそうだ。どう結論付けても矛盾や違和感が拭えない。それでいて、どこか大切な事を忘れているようなモヤモヤ感がある。


「分からないなぁ」

「分かったかもしれません」

 僕と蒼見の言葉はほぼ同時だった。今、蒼見は何て言った? 彼女の顔を見ると、満足げに微笑んでいた。

「先輩。私、確かめたい事が出来ました。ここからは二手に分かれましょう」

「え、なになに? 話に付いていけないんだが」

 蒼見はスッキリとした物言いだった。確信を持って喋っているようだが、その本意が掴めない。蒼見は何が分かったって言うんだ。

「まさか……謎が解けたのか」

「可能性の段階に過ぎませんけどね。それを確かめるのが先輩の役割です」

 マジか。この意味不明の事件、蒼見には全貌が見えているって?

 『まだ可能性だ』って言うけど、きっとそれは正鵠を射ているのだろうと、僕は信じていた。

「教えてくれよ蒼見。一体何故、Mさんとリナさんは会えなかったんだ」

「推論を語る前に根拠を集めましょう。そのために、まず」

 蒼見は残りのクレープをさっさと平らげ、外を指差した。

「先輩はつばめ山駅の写真を撮って下さい」

次回投稿予定日:4/19

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