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桜の木だけが知っている  作者: くまけん
推理編
3/7

3 「静かな放課後に小さな謎を」

 脇目も振らず筆を走らせていた蒼見が、ピタリと手を止めた。

「先輩。これってさっきのMさんの投稿と似てますね」

「あぁ。僕もそう思った」

 ネットで知り合った人と現実で会おうとしたが、会えなかった話。集合場所が桜の木の下なのも一致している。これは偶然か。

「似た話はいくつもある。って片付けてもいいけど。もしかしてMさんの言ってた女の子がこの『リナさん』なんじゃないか?」

「悪くない推理ですね、森田先輩。まだ仮説の段階に過ぎませんが十分あり得る論理です」

 小難しい言い方で蒼見は答える。人形のような真顔だが、僕を褒めてるのだとは分かった。


 リナという名前から察するに、このアカウントの主は女の子だ。プロフィール欄にも女子高生だと書いてある。それを信じるなら、Mさんが会いたがっていた隣町の女子高生である可能性があった。

 会おうとして会えなかった男女が、その鬱憤を僕の元に同日に送る。そんな偶然があるのだろうか。上手く出来過ぎてる気がするが。


「前提が覆ってきましたね。Mさんはフラれてないかもしれません。リナさんが話題の女の子と同一人物だと仮定して話を進めますが、リナさんの文を見るに彼女もMさんに会いたがっていたはずです。なのに会えなかった。桜の木公園での待ち合わせに、何かしらの行き違いがあったのでしょうか」

「不運な事故だったって訳か。二人が会えなかった理由……何だろう」

 Mさんがフラれてなくてちょっと残念な気分になったが、そんな醜い嫉妬心は置いておこう。僕も、蒼見と同じようにこの謎が気になっていた。

 桜の木公園は、公園と呼ぶにはやや広めのスポットだ。でも、あの大きな桜の木は一本しか立ってない。だから迷うとは思えない。遠くからでも見えるあの桜の木へ向かって進めばいいんだから、お互いに見つけられないはずがなかった。


「先輩。続きを読んでくれませんか」

「任せろ」

 Mさんとリナさんが待ち合わせに失敗した謎。それを探るために、僕はDMの続きを音読した。

『聴いてください。DMのやり取りしてる隣町の男子高校生と、この前の日曜に会う事になったんです。桜の木で有名な公園があるからって、そこで集まる事にしました。場所は駅に着いたらすぐ分かるって彼が言ってました。それは嘘じゃなくて、私はすぐ公園を見つけて少し早めに待ってたんです。でもいつまで経ってもあの人は来ませんでした。酷くないですか!? 私、あの日のためにお小遣い貯めてオシャレして来たのに! 連絡取ろうとスマホ取り出したら、充電切れてるしで本当サイアク。近くにコンビニも無いから充電器が買えませんでした。コンビニが見当たらないくらいの田舎なんて今時あるんですね』

 悪かったなド田舎で。コンビニが日本全国津々浦々に点在していると思うなよ。商店街があるからコンビニは要らん! こちとら未だに町内放送と回覧板が主要情報網の町なんじゃい。時代に取り残された限界集落を舐めるな!


 失敬。取り乱した。続けよう。

『時間と場所を間違えたかと思いましたが、やっぱり何度確認しても私は間違ってない。あの人、私を弄んだんです! 会いたいだなんて嘘吐いて! いつまでも桜の木の下で待たせて! 私、なんか馬鹿馬鹿しくなっちゃってそのまま帰りました。そしたら、あの人から後でDMが来たんです。何て書いてあったと思います? ”なんで来なかったの?”ですよ! 信じられません。人を馬鹿にするのも大概にしろと思いました。”来なかったのはそっちでしょ!”って送り返して以来連絡は取ってません。あー、思い出しただけでも腹立ってきました。あの人と同じ高校の放送部なんですよね? あの人の事晒し出してお昼の放送で暴露しちゃって下さい!!』


 DMは以上だった。後半になるにつれて彼女の怒りが文章に浮かび上がっている。スマホ画面に気圧されそうだった。

「ふぅん、なるほど。分かった事がいくつかありますね」

 一方蒼見は冷静に、DMの内容を分析していた。

「まず一つ。当日にMさんとリナさんがスマホで連絡できなかったのはリナさんのスマホの充電が切れていたから。公園付近に充電器を買えるような店はありませんから、持ってないのならスマホは使えませんね」

「公衆電話は使えないのか? あれなら公園に置いてあるぞ」

「電話番号を知らないのでしょう。ネットで知り合った関係ならホザイター以外の連絡先を知らなくてもおかしくありません」

「そっか。確かにな」

 なら町中を歩き回って探すという方法も無理だ。二人ともお互いの顔も本名も住所も知らないはず。Mさんがここの生徒だと知っていても、町の男子高校生のどれがMさんなのか特定出来ない。ネットで会った二人を繋ぐ糸はホザイターだけだったのだ。


「そしてやはり、Mさんが会いたかった女子高生はリナさんで、リナさんが会いたかった男子高校生はMさんで間違いないでしょう。一致情報が多過ぎます。これを別人と考える方が不自然です」

「うん。だろうな」

「お互い、現実世界で会いたかったのに会えなかった。いがみ合う理由は無かったのに不運が二人を引き裂いてしまった。……という事になります」

「だな。悲しい話だ」

「いえ。むしろ不思議な話です」

「え?」

 蒼見の表情は悩ましそうだった。それでいて、どこかワクワクしているようにも見える。

「だってそうじゃないですか? 桜の木公園はデートスポットになれる程度には広いですが、それでもたかが知れてます。お互いがネット上の名前を呼び合って探せば、すぐに見つかるはずです。町中を探し回るならともかく、あんなピンポイントな場所で待ち合わせてるんですから」

「それは……言われてみればそうだな。なんで二人は待ち合わせに失敗したんだろう」

 最初にMさんの話だけ聞いていた時には違和感は無かった。『ネットで知り合った女に騙された話』で説明が付くからだ。でも、その女の子本人からの話を加味すれば事態は変わってくる。騙したのはむしろMさんの方だと、リナさんは言った。もし二人の話が両方真実で、お互いに会いたい気持ちに嘘が無いとすれば、矛盾が生じてしまう。

 待ち合わせに失敗したのは不可解なのだ。ちょっと歩けば一周してしまうような広さの桜の木公園で、しかも一本しかない大きな桜の木の下で会う約束をしておいて、お互いを見失うなんてあり得ない。


「じゃあどちらかが嘘を吐いてるって事か? 本当は会うつもりなんかなくて、わざわざ待ち合わせに来た相手を遠くから見て嗤ってるってのか」

「そうだとしたら心苦しいですね。でも私はそう思っていません。二人とも真実を語っている。そう仮定します。だって、わざわざ嘘を吐いて自己正当化する理由がありませんからね」

「まぁ、後ろめたい事があるなら嘘で正当化なんかしなくても、僕らに何も言わなきゃ良いだけだもんな」

 時間と手間を割いて、こんな弱小放送部にお昼のネタを提供してくれた。その二人を疑うなんてナンセンスだ。二人とも嘘なんか吐くはずないし、吐く意味が無い。


「森田先輩。これはミステリーですよ。こんな面白いネタ、放っておいていいんですか」

 蒼見は僕を見上げて目を輝かせる。鼻息も荒い。彼女のこんな興奮した表情、初めて見た。

「ぼ、僕にどうしろって」

「この謎を解き明かせるのは私達しかいません。二人が会えなかった理由を解明し、二人に教えるのです。そしてもう一度会う機会を与えましょう。何か理由があったと分かれば、きっと仲直りできます。だってMさんもリナさんも悪くないのに、このまま仲違いしてサヨナラなんて悲しいじゃないですか」

「そう……だけど。この謎を僕らなんかに解けるのか? 正直意味が分からないよ」

「大丈夫です! 私に任せて下さい!」

 声を張る蒼見。いつもクールな彼女からは考えられない声量だった。

 そして蒼見は鞄から、帽子と喫煙具のパイプを取り出した。帽子は茶色の鹿撃ち帽で、パイプも茶色だった。ドラマとかで探偵が身につけているものに似ている。

「じゃーん」

 擬音を口にして蒼見は鹿撃ち帽とパイプを装備する。とくと見よ感想を述べよといった態度だが、僕は呆気に取られて何も言えない。ただ、脈絡も無く探偵のコスプレをする蒼見が珍しく幼げに見えて可愛かった。


「えっと……それは?」

「安心して下さい。私は不良ではないので煙草は吸いませんよ。この中身は空です」

「いやそっちじゃなくて。なんで探偵の格好? そんなん持ち歩いてたのか?」

「実は私の父は海外で探偵業を営んでいるんです。私は探偵の卵なんですよ」

 何だって。初耳だ。田舎で平凡な暮らしをしている僕には想像も付かない世界が蒼見の口から飛び出した。

 蒼見は「森田先輩以外には言ってませんけどね」と恥ずかしげに言った。蒼見は自分の事をあまり語りたがらない。家族の事も知らなかったけど、まさか海外の探偵とは。

「なるほど。それで探偵グッズを持ってるんだな。お父さんみたいになるために」

「いえ。実際の探偵はこんな『いかにも自分は探偵でござい』って格好はしませんよ。目立ちますし。本当の探偵必須アイテムはカメラです」

「え。じゃあそれは?」

「コスプレです」

 コスプレなのかよ! 探偵云々の説明は何だったんだ!


「冗談はさておき。謎を解き明かしたいのは本当ですよ森田先輩。この格好は飾りですが、父譲りの推理力には自信があります。もし積極的な助手がいてくれたらいよいよ真実解明は目の前なのですが……誰か手伝ってくれませんかー」

 わざとらしく蒼見は言った。目線を逸らしたり合わせたりを繰り返している。

 要するに蒼見は探偵ごっこがしたいんだ。いや蒼見からすれば『ごっこ』ではないだろうが。謎解きへのワクワクが全身から溢れ出している。蒼見がこんな露骨に楽しそうなのは貴重だ。これは捨て置けない。謎にときめく探偵美少女は、僕の知らなかった側面の蒼見だ。


「……いいよ。ちょうど暇を持て余してる助手がここにいる。ここまで来たら最後まで突っ走るぞ。Mさんとリナさんの謎、暴いてやろうじゃないか!」

 僕も釣られてワクワクしていた。投稿のお礼と言っちゃ何だが、僕らしか気付いてないこの謎を解明してやろう。二人とも、相手に裏切られたと勘違いしている。二人を仲直りさせられるのは僕らだけだ。


「さながら僕はワトソンだな。冴える推理を期待してるぞ、シャーロック・ホームズ」

 気分が乗ってきて、僕は演技チックにそう言った。かの有名な探偵の名で呼ばれて蒼見も上機嫌……かと思いきや、彼女は不機嫌そうに眉をひそめていた。

「そう呼ぶのはやめて下さい。私の名前はシャーロックじゃありません。シャーロットです」

 はぁ、と蒼見は深いため息。出鼻を挫かれる反応に、僕の脳内は疑問符でいっぱいだった。

 シャーロック扱いは嫌なの!? そんな格好してるのに!?

次回投稿予定日:4/17

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