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桜の木だけが知っている  作者: くまけん
推理編
2/7

2 「strangeなお便り」

 翌朝。僕は登校早々、お便りボックスを確認しに行った。担当教師の許可を得て、掲示板前の机に置かせてもらった段ボールの箱。『日常の楽しい事、驚いた事、悲しい事、何でもオッケー! 皆さんが主張したい気持ちを、放送部が代わりにぶちまけちゃいます!』との説明文が隣に書いてある。どれ、何かお手紙が来てないかと中を覗いてみれば、やっぱりと言うべきか空っぽだった。


「うーん。テーマはもっと具体的に決めるべきだったかなぁ」

 『放送部お便りボックス』の名前と隣の説明文で、これが放送部がリスナー(生徒)からのお便りを募集するためのものだとはすぐ分かるだろう。でも、お便りに何を書くかは少し曖昧だった。生徒の日常のいろんな出来事……つまり日記とかSNSとかに書くような話をお昼の放送で流して全校にシェアしようという企画なのだが、だったら最初からSNSでシェアしますってなるのが現代人の思考だ。面白い話だったらネット上に載せたくなるだろうし、つまらない話だったらお昼の放送で流して欲しくない。そう思うのが人情だ。もっと『学校のお昼の放送ならでは』なテーマじゃなきゃ、書いてくれないのではないか。


 まぁ始まったばかりで悩んでも仕方ない。もう少しだけ待とう。いつまでもお便りが来ないなら、方針を変えればいいさ。

 思考を切り替えて、僕は教室に向かった。お便りなんてすっかり忘れて授業に没頭し、また下手くそな放送を披露し、そしていつものように放課後が訪れる。どうせボックスは空だろうと思いつつも、一縷の望みを捨てきれずに僕は掲示板の前まで戻ってきた。すると。


「あれ!?」

 なんと、箱の中には折り畳まれた大きめの紙が一つ。慌てて僕はボックスの後ろに開けておいた出口穴(便宜上、上部の穴を『入り口』と呼んで後ろの穴を『出口』と僕は呼んでいる)から紙を取り出し、開いた。

 イタズラで入れられた訳ではなく、ゴミ箱と間違えられて塵紙を捨てられた訳でもなく、紛れもないリスナーからのお便りが、そこにあったのだ。


「うおおおおお! 喜べ蒼見! 希望の光だ!」

 僕は勢いよく部室のドアを開けた。僕の大声に驚きもせず、蒼見は座りながら本を読んでいた。今日は万葉集だった。

「今日も愉快ですね森田先輩。急に人生に希望を見出したりしてどうしたんです? まさか女子に告白されて春が来たなんて言いませんよね?」

「まさかとは何さ、まさかとは。その通りだけどさ。悲しきかな僕は生まれてこの方、浮いた話とは縁が無いよ」

「ふふっ。知ってます。森田先輩はモテませんからね」

 蒼見は本から目を離し、僕を見てニコニコ顔だった。な、何だその顔は! 僕がモテないのがそんなに嬉しいか! 鬼! 悪魔!

「って、そんなのどうでもいい! 見てくれこれを!」

 僕はお便りボックスから持ってきた一通を、高らかに掲げた。蒼見はその正体をすぐさま看破し、目を輝かせた。

「わぁ。本当に来たんですねお便り。暇じ……いえ熱心なファンがいるんですね」

 暇人って言いかけたか? 今。そりゃ暇でもなきゃうちの部活に投稿してくれないだろうけど。

「そうだとも。これで一つ、お昼のネタが手に入ったな。早速呼んでみよう」

「ですね。楽しみです」

 僕は座って、机の上に紙を広げた。蒼見は椅子を寄せて僕の隣に来る。


「………………」

「………………」

 二人とも黙っていると、蒼見はお便りではなく僕を見て言った。

「先輩。読んでくださいよ」

「え!? 声に出す必要ある? 各々で読めばいいじゃん、心の声に任せてさぁ」

「駄目です。それでも放送部部長ですか。練習だと思ってほら。読み聞かせて下さいよ」

 蒼見は僕から目を離さない。詰問するかのような視線に、僕は逆らえなかった。

「うっ……確かに。いずれこのお便りを読む事になるんだからな。今練習しなきゃだよな」

 僕は咳払いを挟んで、目の前の文章と向き合った。力強い文字だった。おそらく男子の投稿だろう。字の圧は強いが、綺麗で読みやすかった。


『毎日愉快な放送をありがとう! 俺の名は……そうさなぁここでは”M”と名乗っておこうか。素性を探ろうとするなんてnonsenseだぜ? 俺は謎を秘めた男。それでいて少しだけ寂しがり屋なところもあるteenなのさ』


「先輩。ちょっと待って下さい」

 僕がお便りを音読していると、蒼見が途中で制止した。そして文章を見つめ、眉をひそめて頷く。

「すみません。森田先輩がふざけてるのかと思って。でも先輩は何も悪くなかったですね。文章に忠実でした」

「当たり前だろ? 僕が放送の練習でふざけるかよ」

 ふざけてるみたいな昼の放送だとは思われてるだろうが、断じて僕は不真面目ではない。全力で真摯にやって、あのザマなのだ。だからこそ悩んでいるのだ。

 今の音読も、僕は文章をそのまま読んだ。脚色なんてしていない。この変なお便りにツッコみたいのは分かるが、僕のせいにしないで欲しい。

「続けるぞ?」

「どうぞ」

 蒼見のゴーサインが出て、僕は音読を再開した。


『さて本題に入ろうかboy。毎日愉快に話す君のために、俺の儚い思い出を語ろう。特別だぜ? こんな話はしたくはない……いや違うな。きっと俺は、聞いて欲しいからこうして筆を取ったはずだ。あれはこの前の日曜日のこと。まだ冬の風がヤンチャして、それを春の日差しが宥めていた頃の話さ』


「これボエム投稿コーナーと間違えられてませんよね?」

「そうかもしれない……。でもこれ相当長いぞ? ポエムにしては」

「ですよね。今更言及するのも遅いですが、結構大きいですよこの紙」

 机の上に広げた手紙はA3サイズだった。こういうのって普通A4じゃないのか。

 やや大きめの紙にびっしりと、それでいて読みやすい字で書かれていた。僕らに読ませたい熱意を感じる。


 続けよう。

『俺はSNSを嗜んでいてね。”ホザイター”という、140字以内で好きな事を呟けるアプリだ。って、今時ホザイターを知らない若者なんてこのド田舎にもいないか。すまないすまない。それで、俺にはDMでやり取りしてる相手がいるんだ。女の子かって? 知りたい? そうかー。なら教えてあげよう。女の子だ! しかも同年代の高校生だ! 聞いてみたら隣町の女子校だって言うじゃないか! おっと、俺を羨んじゃいけないよlonely boy。嫉妬する暇があったら行動に移すのが男ってもんだ』

 悪かったなlonely boyで。ムッとしながらも、僕は朗読をやめない。ホザイターなら僕も知っている。というか使ってる。ホザイターのDMで連絡してる女子高生の話が、どういう展開につながっていくのか。気になったので文字に視線を流し続ける。


『実はこの前の日曜日、その子と会う約束をしたんだ。集合場所は桜の木の下。ロマンチックだろ? 一度そういうのやってみたかったのさ。まだ開花には早いが、それでも桜という存在がniceだろう? そうそう。桜の木公園の場所をその子が知らないと思って、つばめ山駅に来たらすぐ分かるよって教えておいた。気遣いの出来る俺に、あの子もきっとキュンとしたに違いないな。想いに胸を膨らませ桜の木公園に向かった当日。初めて会うその子の顔を想像しながら待ってたんだが……その子は来なかった。約束の正午……いやnoonを過ぎても。結論から言えばその日ずっと待っても来なかったのさ。俺は意気消沈したよ。当然、集合時間を過ぎて姿を見せなかった辺りから彼女を探し回った。DMで連絡したが返事がない。何かトラブルがあったんじゃないかって不安になって俺は焦った。彼女は来ないし、探しに公園中を回ったらいろんな騒動に巻き込まれるし、最悪だ! what bad luck! 俺はフラれたのか? そう考えるしかない状況だけども、一縷の希望に縋って後日DMを送った。”なんで来なかったの?”って。そしたら彼女は大激怒。”来なかったのはそっちでしょ!”だって! おいおい無粋なジョークはよしてくれ! 俺は約束を破ってなんかいない! 無断ドタキャンされた挙句逆ギレなんて厚顔無恥……あ、いやshamelessにも程があるよ! ネットで知り合った人で出会うべきじゃないね。思い知ったよ。これが俺の失恋。春の儚い思い出さ……』


「…………」

「…………」

 長いお便りを読み終えて、僕と蒼見は言葉を出しあぐねていた。何か感想を述べるべきなんだろうが、どれから語ればいいのやら。ツッコミ所が多すぎる。

 まぁ、まず言いたいのは。

「フラれてやんの! それでよく僕をlonely boy扱い出来たな! ざまあみろ!」

「森田先輩。一言目それですか。本音モロ出しですよ」

 満面の笑みの僕と、ため息混じりの蒼見。おっといけない。顔も知らない相手の失恋話にメシウマしてしまった。自粛自粛。

「しかし変な文体ですよね。やたら英語を使いたがるし」

「帰国子女かもな」

「あるいはカッコつけたがりの暇人か。もっと順当な理由を考えるなら、身バレ防止でしょうか。わざと特徴的な文体にして、投稿者の正体を知られないようにしたとか。案外、森田先輩の知り合いかもしれませんよ。この『Mさん』は」

 思案顔で蒼見は語った。身バレ防止なんて、そんな発想は僕には無かった。蒼見の口からは時々想像の上を行く推理が飛び出してくる。


「それにしても一番気になるのは……Mさんと約束した女の子が来なかった事ですね」

「気になるって何が? このキザったらしいMさんがフラれただけの話じゃないのか?」

「だとしたら女の子が逆ギレした理由が分からないですね。その人が性格悪かった、で説明は一応出来ますが。その結論は安直だと思いますし違和感があります」

 違和感、か。言われてみればそうかもしれない。Mさんと会うのが急に嫌になってドタキャンしたにしても、普通一言連絡するだろう。謝罪の一言を残すのが人としてのせめてもの誠意だ。たとえMさんがウザかったとしても。

 思えば、『来なかったのはそっちでしょ!』って逆ギレは不自然だ。Mさんのせいにして自分を擁護しようとしてたのか? だとしても、そんなすぐバレる嘘を吐くか? 少なくともMさんにはそれが嘘だと分かるのだから、無意味すぎる嘘だ。Mさんの言う通り厚顔無恥……shamelessと言える。


「何か引っかかりはありますが、ともあれこのお便りをお昼に読むんですよね? この文体のまま読むんですか?」

「嫌だなそれは……。僕が変人だと思われる」

「果たして森田先輩が常識人かは諸説ありますが、文体を変える意見には賛成です。同じ内容かつ簡潔に私が書き直しましょう」

 蒼見は原稿用紙を取り出してペンを回した。僕が常識人なのは疑わないで欲しいが、そこは聞かなかった事にしよう。

「助かる。で、蒼見。僕の喋り方どうだった? 変じゃなかったか?」

「何も問題ありませんでした。文体の個性に飲み込まれそうにはなってましたが、普通に聞き取りやすいですし良い声ですよ。やっぱり緊張してないと森田先輩は上手ですよね」

 原稿用紙に文字を連ねながら、蒼見は真顔で僕を褒める。形式ばった賞賛に聞こえなくもないが、朗読を褒められた嬉しさが勝って他に何も考えられなかった。

「へへへ。そうか? 僕って天才かな」

「調子に乗らないでください。そこまで言ってません」

 ぴしゃりと言い放つ蒼見。夢を見させてくれたのは1秒だけだった。

「ちぇっ、相変わらずクールだな蒼見は。……あ、そうだ。あれも見とこう」

 僕はスマホを取り出してホザイターのアプリを起動した。見ているのは僕個人のアカウントじゃなくて、燕山高校放送部のアカウントだ。放送部の広報用に制作されたこのアカウント。フォロワーは20人程度。広報として機能してないくらいに無名なアカウントだが、何もしないよりはマシだと思って時々動かしている。

 このアカウントでも、放送のネタを募集していた。聞いて欲しい話や放送して欲しい話があったらDM下さいと、この前呟いたばかりだ。


「あ」

 ホザイターの通知欄を見て、僕は声を漏らした。

「どうしたんですか? 先輩」

「来てた」

 僕はスマホの画面を蒼見に見せた。そこには一通のDMが。放送部にネタを提供してくれる人が、この世にもう一人いたのだ。

 『リナ』と名乗るそのアカウントからは、こんな一言から始まる長文が届いていた。


『ネットで知り合った人と会おうって約束したのに、騙されたんです! 桜の木の下で運命の出会いがあるって思ったのに! あの人、いつまで待っても来なかったの!』

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