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*生き人形とママのお話

 これは昔の怪談です。


 昔むかしに、若いお母さんがいました。いるのはお母さん一人でした。お父さんも子どももいない、ひとりぼっちのお母さん。


 もちろんお母さんには、ほんの半年前までは、ちゃんと家族がいたのです。愛しい夫に幼い息子、最愛の家族が当たり前のように、毎日となりにいたのです。


 悲劇はとある日曜日に起きました。


 お父さんとお母さん、小さい息子はみんなで湖の向こうの街にある、遊園地に遊びに行く予定でした。けれどお母さんは出かけるまぎわに急におなかが痛くなり、お父さんと息子だけ、お母さんを気にかけながらも出かけたのです。


「あたしのことは気にしないで、二人でたくさん楽しんできて。……坊やは半年も前から、今日のお出かけ、楽しみにしていたんだものね」


 無理に笑顔を作ってそう言うお母さんに、お父さんと息子は芯から心配そうに「行ってきます」を言いました。何か「こうだ」といったん決めると、お母さんは譲らないのを痛いほど知っていたからです。


 そんな訳で、お父さんと幼い息子は遊園地へ出かけたのです。

「おみやげを買ってくるからね」と言い残し、二人で遊びに出かけたのです。


 そうしてそれが、お母さんが二人と話したさいの言葉になりました。


 二人が出かけてから、どういう訳か風がどんどん強くなり、お母さんは「湖で船がひっくり返らないかしら」とさんざん心配していました。


 けれど幸いなことに、船はひっくり返りませんでした。

 何ごともなく遊園地に着いた二人は、「お母さんが一番好きな」観覧車に乗りました。


 ところがその選択は、その日曜日に一番いけない選択でした。観覧車の個室は風に揺れに揺れ、お父さんと息子の乗った個室は一番高いところから、熟れた果実が木の枝から落ちるように、まっさかさまに落ちたのです。


 いくらかおなかの落ち着いたお母さんを襲ったのは、最愛の二人が亡くなったという知らせでした。


 お母さんは自分で自分を殺したいくらい憎みました。

 自分で自分を壊れるくらいに責めました。


「あたしがあんなこと言って、二人を遊びに行かせたから!」

「あたしのせいよ、夫と坊やが死んだのは!」


 お母さんは悩んで悩んで自分を責め続けに責めて、少し頭がおかしくなってしまいました。そうしてお母さんは、家に置いてあった「代々の家宝」である等身大の男の子の人形を、自分の息子と思うようになったのです。


 ……そうしていつか、そのお人形は意思を持つようになったのです。


 等身大の男の子のお人形は、今では本当の生きた男の子のように、しゃべりもします、動きもします。「生まれる」以前の記憶もあります。自分が生まれるきっかけになった、遊園地での悲劇のことも、どうしてかちゃんと頭にあるのです。


 けれどもどうにも分からないのは、自分のそばに「お母さん」がいないこと。


 ママはぼくを動かしたくて頑張った、そのおかげでぼくはこうして動いていられる。でもどうして、そのママがぼくのとなりにいないんだろう? ぼくが生まれたその瞬間から、ママはどこにもいなかった。どこに行っちゃったんだろう?


 待っててママ、どこにいるのか知らないけれど、ぼくはママを見つけるよ。こうして旅して、いつの日かきっと見つけるよ……。


 お人形の男の子は、こう願って長いこと旅を続けていました。


 もちろん元はただのお人形ですから、動くにはエネルギーが必要です。お人形は旅をしながら人を襲って、ころあいの心臓を人の死体から引きずり出しては、自分の胸の扉を開けて、そこに押し込んで隠していました。


 そうすることで、お人形は他の人のエネルギーを自分のものにして、しばらく動いていられるのです。


 もちろん生の心臓ですから、放っておけば腐ります。

 腐ってしまえばそれはもう、エネルギー源になりません。お人形の男の子は、行く先々で人を襲っては殺し、殺しては心臓を引きずり出して胸の扉に押し込んで、ひとりで旅をしておりました。


 そんなある日、満月が真っ赤に夜空にかかる晩でした。


 お人形がいつものように人を殺して、引きずり出した心臓を扉の中に押し込んだ時です。耳の奥からか頭の中か、ガラスの食器の割れるような、耳ざわりな声がしました。


『おいお前、それでちょうど百個めだよな』


 お人形はびっくりして、きょろきょろあたりを見回しました。すると自分の肩のところに、小さな赤い生き物が「かかか」と笑っていました。


 生き物はコウモリのような翼にひたいに二本の鋭いつの、ひねくれた矢のような形のしっぽ。どうしたって悪魔に間違いありません。その悪魔が、もう一度嫌な声で言うのです。


『ちょうど百個めだって言うんだよ、そのえぐり出した心臓が』

「……それが何だって言うんだい? ぼくのママを見つけるためだ、これは必要な犠牲だよ」


 そっけなく答えるお人形を、悪魔は心底馬鹿にしたように笑いました。


『やっぱりな、お前は何にも分かってない。――お前のママはな、今地獄にいるんだよ!』

「……ふざけるな、この悪魔め! ぼくの愛しい優しいママが、地獄になんかいる訳ない!!」


 お人形は怒りのあまりに、悪魔を捕まえてびりびりに引き裂こうとしました。けれど手の中の小さな悪魔は、からからとなおかいそうに笑うのです。


『地獄にいるんだ、本当だ! お前のママはな、お前のからだにニセの「タマシイ」を入れるために、自分の命を捧げたんだ! そのために俺を召喚んだんだ!』


 お人形の両手から、知らずに力が抜けていきます。するりと手からけ出した赤い小悪魔は、べろりと長い舌を揺らして、にくったらしく笑いました。


『お前のママは俺と関わりを持った人間、天国なんかにゃ行けっこねえ。――お前のママはな、今地獄の底で本当に頭をやられちまって、天国にいるダンナと息子の名を呼びながら、真っ赤な血の池で永遠にあっぷあっぷしてるのよ!』


 からからと壊れたオモチャのように高笑い、悪魔は赤いコウモリの羽根でどこかへ飛び去って行きました。


 残されたお人形の瞳から、胸に押し込めたばかりの心臓の血が垂れました。お人形は血の涙を流しながら、ほんの少しだけ微笑みました。


『ママ……ぼくももうダメみたい……ママ、ぼくも今地獄(そっち)に行くよ……どうしたって本物にはなれないけれど、地獄でずっと一緒にいるよ……』


 お人形がつぶやくと、そのとうで出来た体がばらばらと割れて崩れました。そうしてその頭の割れたところの土から、小さな花が咲きました……その赤くて小さな花の花言葉は「報われない愛」だそうです。


 昔むかし、異世界のへんくつなお花屋さんから聞いた、恐くてかなしいお話です。


* * *


 語り終えたポトフ嬢は、固まっているアリマンに向かって「あの」と小さく呼びかけた。


 肩を跳ね上げたアリマンののどが、()()()と大きく音を立てた。びっくりした様子の青年が、自分ののどとおなかを触る。はずみであめ玉を飲み込んでしまったらしい。


「いりますか、もうおひとつ……?」


 自分を気づかうお嬢さんに、アリマンはあわてて首をふる。それから何だかつくづくと、大きな口を半開きにして、ポトフを見つめてつぶやいた。


「ボクはね……ボクは、君みたいなお嬢さんは、優しくて可愛いお話しか集めないものと思っていたよ」


 どこか「相手を軽く見ていた」まなざしが、いつのまにか妙な親しみを含んでいる。普通の人なら逆の反応をしそうなものだが、旅の青年のまなざしには、いくらかの好意まで見てとれる。


 ポトフは黙って微笑んで「大丈夫ですか、のど」と言いながら、おかわりを注いだ紅茶のカップをさし出した。アリマンは大人しくうなずいて、桃の香りの紅茶でのどをうるおした。


「……今度のお話はどんなにしますか? 綺麗で可愛いお話ですか? 残酷な方がお好みですか?」


 腕の良いバーテンのように、ポトフ嬢は「味わいのお好み」をいてくる。アリマンはようやく余裕を見せて笑みを浮かべて、「おまかせで」と甘えるように答えを返す。


 ポトフはちょっと考えてから、一人納得してうなずいて、穏やかな笑みで口を開いた。その表情からは、この次にどんな話が来るのか読みとれない。


 青年は若い母にお話をねだる子どものように、わくわくと彼女の言葉を待った。

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