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*薔薇貴族と恋人のお話

 このお話は、「貴族」と呼ばれた青年と、その恋人のお話です。


 とある田舎に、バラが大好きな青年がいました。

 ……くわしい理由は分かりませんが、彼は捨て子だったのです。生まれたばかりの状態で、古びた大きな教会の前に、雨ざらしでころっと放られていたのです。


 もしかしたら、彼が捨てられていたのは「瞳の色」が原因なのかもしれません。


 彼の瞳は両目とも、深い血の色をしていました。

 その地方では赤い瞳は「悪魔の子」の印だという迷信が生きていましたから、彼はそれで捨てられたのかもしれません。


 彼の両親は、「忌まわしい子どもを教会で処分してくれ」というつもりで、彼を捨てたのかもしれません……ああ、嫌なお話ですね。でもこのまま進んでいけば、最後には「良いお話」になりますので……。


 ともかく彼は、それで教会の子になりました。

 牧師さんも同じ孤児の子どもたちも、みんな彼に優しく接してくれました。赤い瞳の「あ」の字も持ち出さず、当たり前のように彼と触れ合ってくれました。


 しかし彼は、まるごとその好意を受け取ることは出来ません。なんせ心の中には親に捨てられた深い傷、好意を好意として受け取る余裕もありません。


 彼には、みんなが自分を恐れているように見えたのです。

 悪魔の子に嫌われて呪われるのが恐いから、内心でさげすみながらも、いやいや優しくしてるんじゃないか……。彼はそう考えていたのです。


 彼は心に深い孤独を抱えていました。

「こんな忌まわしい赤い瞳、えぐり出したい」と考えてさえいたのです。


 でも本当にそうしないのは、教会にバラ園があるからでした。

 バラは教会の重要な収入源として、大事に育てられていました。香水のもとに使うため、お菓子の色どりに使うため……そんな色とりどりのバラだけを、彼は愛していたのです。


「バラの美しさ、その香りだけは決して僕に嘘をつかない。僕の赤い瞳のことも恐れない」……そう考えていたのです。


 やがて彼は大人になって、バラの数株すうかぶをお祝いにもらって、教会を去って行きました。そして小さな郊外のあばら屋を改装し、その庭に大切にバラを植えて「バラ屋さん」を始めたのです。


 もちろん香水のもとにするような、大量のバラは扱えません。教会からかぶをもらって、彼は田舎のお花屋さんになったのです。


 わたしも良くは知りませんが、バラというのは育てるのが難しいのですってね。甘い香りで虫がつく。「肥料食い」と言われるくらい、たくさんの肥料を必要とする……。


 でも「好きこそものの上手なれ」ということか、彼の育てるバラは虫もいない、夢のように良い香りがする、もちろん姿も美しいと、近所の田舎の人々から大評判になったんです。


 ちょっと気どったお茶会や、家族や恋人の誕生日……。

 気分を華やかにしたい時、田舎の人々は彼のバラを買いました。何せ彼のバラは街の花屋で買うよりも、断然安かったですからね。


 そうしていつか人びとは、彼のことを「バラ貴族」と呼ぶようになっていったのです。「貴族のような暮らしをしている」というよりは、「彼のバラは貴族のものと言いたいくらい素晴らしい」という意味でした。


 こうなると不思議なもので、汗水流してバラの栽培に精を出す「貴族」に、お嫁入りしたいという声もあちこちで聞かれるようになりました。


 しかし彼はそんな話は気にもかけずに、ただただバラを育てていました。


「今の僕がこうしているのは、愛おしいバラのおかげだもの。僕はそのことの恩返しに、一生をバラに捧げるよ」


 今ではいくらか心持ちも穏やかになった青年は、それでもバラに何よりも恩を感じていたのです。彼は本当にバラだけに、その一生を捧げるつもりでいたのです。


 そんな彼に、大きな悩みが出来ました。この頃バラに妙な虫がつくのです。どういう風に食べているのか、ちょっと可愛いハート型の穴がぷちぷち、花や葉っぱにつくのです!


 おかしなことです、彼の考案した虫よけを今まで通りにまいているのに!

 ミルクやスパイスを混ぜて作った特製の虫よけは、どんな虫も寄せつけなかったはずなのに!


「ようし、こうなれば犯人の虫を直接捕まえて、この手で処分してやろう!」


 そう考えた青年は、日の出から夜明けまで、ずっとバラ園を見張っていました。するとしらしら夜の明ける頃、愛しのバラを食い荒らす張本人が現れたのです。


 それは小さな妖精でした……ふわふわの金髪にみどりの瞳、可愛らしいお人形のような女の子の妖精が、ぱちぱちとかすかな音を立ててバラを食べていたのです。


 青年は彼女を殺すつもりで、そっと音もなく近づきました。

 けれども彼女を見ていると、どうしてもそれが出来ないのです。


『ああ……美味しい……美味しいわ……!』


 心の底からつぶやきながら、うっとりと緑の柔らかい葉や、桃色の花を食べている綺麗な生き物。


 その姿を見ているうちに、青年はこんな気がしてきたのです。


 丹精込めて自分が育てたバラたちを、芯から喜んで食べる生き物。もしかしたら彼女こそ、今までで一番僕のバラをでてくれているのじゃないか?


 そう思いながら思わず知らず近づくと、足もとで木の枝がパキリと音を立てました。音に振り向いた妖精は、夢見るような瞳をして、青年のことを見つめました。


 何だろう、どうしてこの生き物は、そんな目で僕を見るんだろう?

 うろたえた青年と目と目を合わせて、妖精はぽうっとなってつぶやきました。


『……何て綺麗な瞳でしょう……目の覚めるような鮮やかな赤! スカーレット・クイーンの花色だわ!』


 その言葉を聞いた瞬間、青年は恋に落ちました。


 自分のこの忌まわしい瞳。

 この瞳に魅入られてそれほどめてくれたのは、彼女が初めてだったのです。


 何より自分の心から愛するバラの一品種「スカーレット・クイーン」の花色にたとえて賛美してくれたこと、恋に落ちるのは必然でした。


 そうしてバラを愛する青年は、バラを食べる妖精にプロポーズをしたのです。

 妖精の方も初めはびっくりしましたが、その瞳の美しさに魅せられていたくらいですから、嫌と言うはずもありません。


 こうして異世界の田舎のはしに、不思議な夫婦が出来上がりました。


 もちろんバラは今までと違って「虫食い」のあとも目立つようになりましたが、人々はその虫食いの穴があるとかえって喜んで言いました。


「やあ、妖精のみ痕だ! 可愛らしいハート型だ、こりゃあずいぶん縁起が良いぞ!」


 そうして「バラ貴族」の青年は今度こそ本当に幸せになり、だんだん老いてずいぶんなおじいさんになってから、お歳でこの世を去りました。


 彼のバラ園は、彼と同業の仲間が引き継ぎました。……引き継ぐ時に、その方は不思議なものを見たそうです。


 例の奥さん妖精が、「バラ貴族」の若い頃そっくりの妖精と、手をつないでどこかに飛び去っていくところを……。


 そのバラ貴族そっくりの妖精も、やっぱり綺麗な赤い目をしていたそうですよ。


* * *


 一つめの話を語り終えたポトフは、ちょっと言葉を切って小首をかしげた。


「いかがです?」と言いたげなしぐさに、アリマンは「まあまあだね」と言わんばかりにうなずいた。


「にしても君、お話集めに異世界にも行くのかい? 人間なのにすごいねえ! いったいどうやって『ゲート』を開くんだい? まさか自分で……?」


 旅の青年はからかうようにことでぐんぐん絡んでくる。


 と、その言葉をさえぎるように盛大で情けない音が響いて、旅の青年はあわてて自分のおなかを押さえた。


 ポトフ嬢はくすぐったそうにはにかんで「おなかがお空き?」と問いかける。

 何だかちょっと悔しそうに雑にうなずくアリマンに、ポトフは自分の荷物の中から、小さなびんを取り出した。


 小瓶の中には、虹色に淡く光を放つ、透けるあめ玉が入っている。


「どうぞお一つ……この近所のお菓子屋で買ったあめ玉です。少し魔法がかかっていて、空腹をまぎらす効果もあるそうですよ」


 さりげない心づかいに、アリマンはかえって面くらったような顔をして「……ありがとう」と口の中でお礼を言った。


 照れ隠しにいくらかむくれた顔をして、それでもアリマンは素直にあめ玉をめている。少し口もとがゆるんできたのは、お味がお気に召したらしい。


 ちょっとばかりひねくれている青年に、ポトフは飲みかけだった桃の紅茶で口を湿しめして、次のお話を語り始めた。

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