プロローグ・悪食さんのおねだり
それにしたって珍しいねえ! 女の子一人で旅をしてるの?
いやあ、驚いたなあ! 水色のベレー帽にアリスみたいなエプロンドレス、どこから見たって可愛い女の子なのにねえ! セキュリティーが不安じゃない?
「ふふ、お褒めの言葉と、お気遣いありがとうございます……! でも、こう見えて余裕でお酒が飲める歳ですし、護身くらいなら出来ますよ?」
はは、そうか! それなら安心だ! ……ねえ、ところで君、お名前は何て?
「ポトフです。ポトフ・デリシュウズ……」
へええ! 何だかすごく美味しそうな名前だねえ! ……それじゃあ、名乗ってもらって名乗らないのも何だから、ボクも遅ればせながら自己紹介を……!
ボクはね、「アリマン」ってんだ。アリマン・ヴィアンド! 良ければ「悪食さん」って呼んで?
「あら、不思議……! どうして『悪食さん』なんですか?」
どうしてって? そりゃあ君、普通のひとならとても口に出来ないような食べ物も、ぱくぱく食べちゃうからだよ、もちろん!
何をって? ……はは、そりゃあ聞かない方が良いよ、君! 君みたいな可愛い女の子が聞いたら、悲鳴を上げて逃げ出しちゃうようなものだから!
「ええ……そうですか? ふうん……ところであなた、何をして旅の路銀をお稼ぎですか?」
――路銀かい? それはね、大道芸人さ。ボクはこれでも郷里で覚えた「民族系のダンス」が得意でね。それであちこちの道ばたで踊って、そこそこ路銀を稼いでるのさ!
……え? ああ、部屋のすみっこに置いてある剣かい? あれは護身用なんだ、一応。「最下級の剣士」が持ってるようなちょっとした剣、正直まったく腕に覚えはないけどね。持ってるだけで盗賊除けにはなるかなって……。
ねえ、それよりさ……君の話が聞きたいな。君は「世界各地のお話を集めて旅をしている」んでしょ? それじゃあ今まで集めた中で、面白い話を三つ四つ聞かせてよ!
君は「たまたま同じ宿に泊まり合わせた旅人」のボクに、面白い話を聞きたくてこの部屋を訪ねてきたんでしょ?
持ってるよ、ボクだって人に聞かせる話の一つや二つは……。でもボクは意外とイジワルでねえ、ただじゃあ聞かせたくないんだよ。
ね、聞かせてよ。君が集めてきた話で、面白いところを三つ四つ選んでさ……。
そうしたらいろいろ教えてあげるよ。ボクがどうして旅をしてるかも。どうして男のくせに、長く黒髪を伸ばしているかも。
……そんなことは知りたくないかい?
はは、微笑って首をふってくれたね、君は優しい子なんだねえ。
じゃあ聞かせてよ、君の話を。まだ宿での夕食には少し時間がありそうだしさ。ルームサービスの桃の紅茶を淹れてもらって、二人でゆっくり飲みながら……。
* * *
ベットの上に腰かけた旅の青年の指さす先に、こじんまりしたティーテーブル。テーブルの上には白い陶器のティーセット。
天然の魔力を帯びた「炎石」の板の上で、小ぶりなヤカンがしゅんしゅん湯気を立てている。
青年はポトフの申し出をものの見事にはぐらかして、腰かけたベットの上で足を組む。はちみつ色の切れ長の目が、相手の反応を冷静にうかがっているようだ。
ポトフは半ば挑むような言動を、特に気にさわるそぶりも見せずに微笑んだ。己の金髪のショートボブの巻き毛に触って、くせなのだろう、小首をかしげる。
ポトフはなめらかなしぐさでルームサービスのお茶を淹れ、カップを青年に手渡した。そうして自分でもピーチティーを一口飲んだ。
……フレーバーティーにありがちだが、少し香料のにおいがきつい。むせるほどの桃の香りが、部屋の中に満ちていく。
お茶を飲んだポトフはほうっと息をつく。
それから萌黄色の瞳に笑みを染ませて、一つめの「お話」を語り始めた。……