*旅する本としおりの話
ねえねえ、そこのあなた方!
ボクら二人と同じような、男と妖精の二人連れのあなた方!
同じカフェで行き合わせたよしみでさ、ちょっと訊ねてみて良いかい?
あのさ、ボクたち人を探していてさ……。
女の子なんだ。首に小さく赤い、花の形のアザがある……。
ああいや、もしかしたら女の子じゃないかもしれない。もう結婚して子どももあるご婦人かもしれないし、孫が十人もいるおばあさんかもしれないんだ。
いや、実は女性じゃないかもしれない。男の子か青年か、ひげのおじさんかおじいさん……。
って、はは、ごめんよ!
驚かせたよね。いきなりこんな尋ね人をして、嘘か冗談かと思うよね!
けれどもあいにく嘘でも冗談でもないんだ。
ボクら男と妖精の二人連れはね、実は本としおりの化身なんだ。
ボクは赤ワイン色の装丁の分厚い本!
妖精の彼女はボクに添うてくれてるしおり!
ボクらを作り出してくれた、ご主人さまを探して長いこと旅をしてるんだ……!
話せばそんなに長くもないけど、ボクらのご主人は年老いた心優しい魔女でね。親御さんを亡くした幼い子どもたちをおおぜい引き取って育てるような、絵に描いたような善人だったんだ。
けれども彼女自身には子どもがいなくて、大きく育ったみなしごたちは、皆がみんな外の世界へ巣立ってしまう。
それを淋しく思った彼女は、自分の子どもがわりにって、ボクらを作り上げたんだ!
彼女はとっても優しかった。
「美味しいものを味わえるように」と、紙で出来たボクたちにも食事が出来るようにしてくれた。彼女のこさえるごはんはとても美味しかった。
そうして僕の無地のページに、彼女の作った夢のようなおとぎ話を、いくつも書きつけてくれた。今ではボクのページは一枚残らず、素敵なおとぎで埋まってるんだ。
そんな毎日が当たり前だと思っていた。古びた魔女のお屋敷で、ボクたち三人はずっとこうして生きていくんだと思っていた。
けれども、いくら魔女でも寄る年波には勝てなかった。
……ボクらの愛しいご主人さまは、ボクらを作ってちょうど百年目の年に、お歳で亡くなってしまったんだ。
彼女は死の床にボクらを呼んで、最期にこう言って息絶えたんだ。
「さよなら、愛しい子どもたち……もうお前たちは自由だよ、好きなように生きれば良い……。けれど、もしあたしのことが恋しいなら、この屋敷を出て旅に出て、生まれ変わったあたしを見つけ出しておくれ……」
あたしは生まれついての、この首すじのアザを目印に、きっと生まれ変わってくるからね……。
そう言い遺し、彼女は静かにこの世を去った。
だからボクらは探しているんだ、首すじに赤い花型のアザがある人を……きっとその人がご主人さまの生まれ変わりと、もう五百年になるかなあ、あちこち旅して歩いてるんだ。
……ね、これで分かったでしょ? なんでそんなあやふやな情報しかなくて、尋ね人をしているか!
何しろ確かな手がかりは、「首すじに小花の形のアザがある」ってたったそれだけなんだから! あとは性別も年齢も、何一つ分かりゃしないんだから!
正直、本当に「雲をつかむ」ような話さ。
出逢えるまであと何年かなあ? ……まあどんなに時間が経っても、ボクら本としおりの紙が紙魚に食い尽くされるまでは、いつまでも探し続けるけどね!
ああ、「紙魚」って生き物、知ってるかい?
紙を食べる小さなちいさな虫の一種さ。正直ボクらの天敵だよ。
……あ、君たち知ってたの?
へえ、見たところずいぶん若いのに、知ってるなんて珍しいねえ! いや本当、今飲んでる桃の紅茶で防虫出来れば良いのにさ……!
んん? なあに? 向かいのテーブルのおじいさん!
……え? ええ? おじいさん、今の話に心当たりが!? 「首すじに花の形のアザ」の娘が、孫の一人にいるのかい!?
うわあ! そりゃあ良かった、今すぐ案内してください!
うおっと、忘れるところだった! カフェのマスター、お代はここに置いとくからね!
んじゃあね! 話を聞いてくれてありがとう! 君らの旅に幸あらんことを!
* * *
そう叫んで転がるように店を出て行った二人連れは、しばらく経ってものの見事な苦笑いで店の中に戻ってきた。
「はは、いやまいったまいった! 『花の形のアザ』じゃなくて『鼻の形のアザ』だったよ! ……ああ、さっきのおじいさん? あの人が悪いんじゃあるまいに、きまりが悪いって自分の家に帰っちゃったよ! かえって悪いことしちゃったなあ!」
からからと笑った二人連れは、仕切り直しに桃の紅茶をもう一杯いただいて、
「じゃあそろそろ」と席を立つ。
「まああと何百年かかっても、きっと彼女を探し出すよ。
ボクら本としおりの紙が、紙魚たちに食い尽くされない限りはね!!」
そう自分たちに言い聞かすように、赤毛の青年は再びきっぱり宣言する。
赤ワイン色の本としおりの化身たちは、さわやかにマントをひるがえし、決然とカフェを後にした。
カフェに残された私たちは、二人そろって吐息をついて、紅茶のシナモンの香りをかいだ。五百年探し続けて、なおあれだけ明るく生きられる本たちが、うらやましくなったのだ。
――私たちは、あと何年。
あと何年を生き続けたら、目的にたどり着けるのだろう。
それまでに私たちはいったい、人らしい意識を保っていられるだろうか……。
私はかすかに首をふり不穏な考えを打ち消して、シナモンティーを口に含んだ。丸まった木の皮の甘い香りが、いつになくしつこく鼻について薄れなかった。