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*赦された血の話

 それにしても、何とも可愛い旅のお連れさんですね!


 妖精を旅のパートナーにしている方なんて、ぼくは初めて出逢いましたよ。


 ……え、ぼくですか? ぼくは一人旅に見えて、本当は連れがいるんです。これからお話しすることは、その連れに関わることなんですが。


 しかしあなた方が宿のロビーで「呼びかけ」を始めた時は、ちょっとわくわくしましたね。「何か面白いお話を持ち合わせのお方はいらっしゃいませんか?」なんておっしゃるから……!


 いえね、正直ぼくの持ってるお話は、そうどこでもここでも口に出来る種類の話じゃないんでね……!


 そんな訳で、わざわざぼくの泊まる部屋まで引っぱり込んですみません。今言ったとおり、あんまり人目のあるところでは、大っぴらに話せないエピソードなんでねえ……。


 ……そもそもね、ぼく自身が信じてなんかいなかったんです。よくある作り話、子どもだましの嘘だと思っていたんですよ。


 だって素直に信じられます? その魂の清さのために、神さまに存在をゆるされた吸血鬼がいるなんて。


 ひたいには赦されたあかしの赤い十字架()よう、その血は人間にとっての万能薬くすり……。一人の人間の血を吸うごとに、十人の人間を救うために己の血を捧げる鬼がいるなんて。


 この世界では有名すぎる神話ですけど、ぼくはそんなおとぎ話、子どもの時からかけらも信じちゃいなかったんです。


 けれども、おかしな話でね。

 他ならぬぼくは十五の歳に、その血で命を救われたんです。


 今でこそこんな旅焼けした肌に、旅の荷物の運搬うんぱんで鍛えられた、ごりごりの腕をしていますがね……。昔は肌の生っちろい、ひょろひょろの田舎貴族のおぼっちゃんだったんです。


 ぼくは十五の誕生日に、ちょっとした風邪をひきましてね。それが長引いてこじれにこじらせ、もう死ぬばかりになったんです。


 老いて自分をもうけた父は、気も狂わんばかりに嘆きましてね。どうにかしてぼくの病を治すため、そこいらじゅうから医者を引っぱってきたんです。


 けれどもどうにも治らない、ならば医者に死を……そのくり返しで、ぼくのために何人医者が殺されたか……!


 もうぼくはとっくにあきらめて、十五で死ぬ気でいたんですがね。

「もう良いから止めてくれ」といくら父に頼んだところで、おのれと己の血族ばかりが大事な暴君は聞きゃあしません。


 もうこの上はすぐさまぼくが死ぬしかない、そうしないとますます人が死ぬばかりだ。そう考えたぼくは、毎日「早く死ねますように」と骨と皮ばかりの指を組み合わせ、神さまにお祈りしていたんです。


 そんなある日、一人のうさんくさい旅人が屋敷を訪ねてきたんです。「私なら、おぼっちゃまの病を必ず治せます」と名乗り出てね。


 やつはぼくの死の床に来て、荷物の中から透明な瓶を取り出しました。瓶の中には赤黒い液体が満ちていて、コルクのふたを外すとぷんと鼻をつく、鉄のにおいが漂いました。


「さあ、お召し上がりを、おぼっちゃま。

 大丈夫、少しにおいますがね、これは極上の薬ですよ……」


 ぼくは「まるきり血のようだ」と思いました。

 思いながらも、なんだか無性にそれが飲みたくなったのです。どういう訳かいまだによくは分かりませんが、「血のような赤黒い液体」に異様に食欲をそそられてしまったのです。


 ぼくはひび割れたくちびるに瓶のふちを当て、一口それを含みました。するとどうしたことでしょう……水の一滴も飲めなくなっていたのどが、するするとその鉄のにおいの液体を神酒ネクタルのように飲み込んだのです!


 後はもうよく覚えていません。無我夢中で液体をのどに通すうち、いつしか瓶はからになっていたのです。


 そして青白かったぼくの肌には赤みがさし、ベッドから自力で半身を起こして、そのうさんくさい旅人にお礼を言うことも出来たのです!


 さあ、すっかり感心した父は旅人に金貨をたんまり与え、その万能薬はどこでどうして手に入れたのかを訊ねました。すると旅人は黒いひげを自慢げにくいくいひねくりながら、こんな話をしたのです……!


「なにを隠そう、これはあまりにも有名な『神に赦された吸血鬼』の血なのです。そう、そいつの血は人間にとっての万能薬! 私はその吸血鬼をだまし、『近くの村の者に与える』と嘘をつき、彼女がふらふらになるまで血を抜いて、あちこちで売りさばいているのです!」


 ぼくはお礼を言ったばかりの相手が、お礼を言うのに値しない人間だと、ここでもう思い知らされました。


「何だって? ……それじゃあ彼女が飲む分の血は、どこで調達してくるんだ?」

「それはもう、おぼっちゃま。あの女はけがれの身のくせに聖女ぶって、なかなか血を飲もうとしないので……!」


 旅人はもったいぶって一つこほんと咳ばらい、舞台俳優みたいに大げさに腕を広げたりちぢめたり、声を張ってこう言ったのです。


「――そう、私は親なしの子どもや奴隷を買いたたいて、炎天下にけた石の上に何時間も立たせたり、真冬の真夜中にはだかで水をかぶせたりして、わざと病気にするのです。

 ……そうしてひんになったところを『このまま無駄に死ぬよりは、この者たちも至上の万能薬の元になれれば幸せでしょう』と言いくるめて、その血を彼女に飲ませるのです!」


 ぼくはもう、目の前の旅人が恩人には見えません。この世で一番嫌いだった自分の父より、ずっとれつきたない生き物に見えました。ぼくはつばを吐くように、旅人をにらみつけながら吐き捨てました。


「……信じないぞ、ぼくは……! そんな清い魂の生き物が、素直にそんな血を飲むものか!」

「いえいえ、そこは嘘も方便ですよ、おぼっちゃま! 彼女はそいつらが『無理やりに仕込まれた病人』なのだと知らないのです! 知らないからこそ涙しながら血を飲むのです!」


 そう言って旅人は笑いました。

 いえ、おそらく暴君で知られた父のことですから、旅人はそう言えば父が面白がって、話代をはずんでくれると思ったのでしょう。


 しかしぼくは、さらさらの金髪に青い目やら、見た目ばかりは父の若い頃そっくりでしたが、心根は幸いにまったく似てはいませんでした。正直言って、生き返ったばかりのぼくは今度は怒りで血管が切れて死にそうでした!


「――何と、なんと罪深い! お前、それでも人間か!!」


 かっとしたぼくはベッドサイドのフルーツナイフを手に取って、力の限りに旅人に飛びかかっていきました。旅人は父からもらった金貨をじゃらじゃら言わせながら、びっくり仰天逃げ帰っていきました。


 さあ、それからぼくはすっかり心を改めました。「こんな人生、どうでも良い」と思っていたのはあやまちだったと、一生懸命体を治そうと努力しました。

 野菜も嫌い、肉も嫌い、魚も嫌い……。偏食だった自分を改め、何でもたくさん食べるようにし、体のためにと嫌だった運動にも励みました。


 そうして半年ばかりが経って、ぼくは家出をしたのです。もうすっかり旅の用意を整えて、向かったのはぼくの命の恩人の……吸血鬼のところです。


 万能薬を飲んで半年、彼女を見つけるまでに半年。一年かかって見つけたのは、森の奥のあばら家に住む、幼女のような妖女でした。


 初雪のような色の長い髪、赤い瞳にひたいのしるし。死にかけていた時のぼくのように、骨と皮ばかりの世にも哀れな姿でした。


 そんな彼女に、ぼくは全てを打ち明けたんです。打ち明けて、こんな所に留まらずに、二人で一緒に旅をしようと申し出ました。そしたら彼女は泣き出しそうにつぶやきました。


「けれども、村の人たちは? こうなればわたしは何とかして、今度こそ村の人たちにこの血を分けてあげたいわ……。村の人は、こんなわたしがこの森に住むことを、昔に許してくれたのですもの」


 ぼくは黙って、彼女の細い手を引きました。これでもいくらかたくましくなった背中に彼女を背負い、森を歩いていきました。そう、彼女は血を抜かれすぎて衰弱しきって、もう自力で歩くことも出来なくなっていたのです。


 そうして森の出口の村について、ぼくらは長いことそこの景色を見ていました。やがて彼女が息絶えるように泣き出しました。


 ……もう、何もかも終わっていたんです。

 小さな村は、疫病が流行はやって、もう半世紀も昔に滅びきっていたんです。


 ぼくはすすり泣く彼女の声を背中に聞いて、そのまま前を向き告げました。


「……ぼくの命の恩人さん。ぼくはあなたをたすけたい。今度はぼくがあなたを救う番だ。旅に出よう、二人で……そうして行く先々で、今度は本当に困っている人たちをあなたの血で援けよう。もしうなずいてくれるのなら、今ここで力をつけるために、ぼくの血を思う存分吸ってくれ……!」


 すすり泣いていた彼女は、初めてかすかに声を上げて泣きました。

 悲しみに小さくうなるような、喜びでかすかに歌うような、何とも言えない声を立てて……ぼくの首すじにキスするように()()()と牙を立てたのです。


 いわく言いがたい感覚でした。自分が自分でなくなるような、自分の一部がつるつる流れて、彼女の中身とつながるような……ひどく心地良い感覚でした。口からぼくの血が垂れて、かすかに微笑わらう彼女のことが……何ともそのう、えらく可愛く思えましてね……!


「それは何とも……それから、いったいあなたがたは……?」


 それから? ごらんなさい、目の前の旅人を……。見てのとおりと言ったらいいか、旅また旅の暮らしですよ。今年で二十五になりますがね、ぼくはずっと彼女と一緒に旅の空です。


 ほら、この黒いビロード張りの小箱。昼間は彼女、この中でコウモリの姿ですうすう眠っているのですよ。もうじき夜になりますから、そうしたら彼女も箱からお出ましでしょう。


「……それにしても……実家のお屋敷から、追っ手はかかってきませんか?」


 いえ、父はもうとっくにこの世とおさらばですよ。何でも風の便りによれば、ぼくを失くして心を病んで、程なく老いで亡くなったと……。


 その後は父と性根がそっくりの、ぼくの弟が「やっかい払いが出来た」とばかりに、いそいそ後を継いだそうです。


 おかげで、と言ったらなんですが、今は本当に幸せですよ!

 彼女、優しげで柔らかい気性の持ち主のようでなかなかに強情なところもありまして……たまにケンカもしますがね、愛しくて愛しくてたまりません!


 それに血を分けた人々の病が治って、心から喜んで感謝してくれる顔を見ていますとね……! 「ああ、あんな田舎の屋敷で父の権勢を受け継いで生きなくて本当に良かった!」と、いつも心から思うのですよ!


「……いや、それにしても……初対面の私のような旅人に、打ち明けて良い話でしょうか?」


 それはどういう事ですか?

 あなた方が悪心を起こし、ここいらの性根の腐った金持ちにぼくらの秘密を密告するかもしれないと?


 はは、そりゃあもう大丈夫ですよ!

 確かに旅の初めの方は、うっかり悪人に秘密をしゃべって、何べんか痛い目にいましたがね! おかげで「良い人を見分ける目」は、長旅の中でしっかり磨いてきましたから!


 そもそもあなた方だけに聞いてほしい話だから、こうして部屋までお越しいただいた訳ですし! ぼくらなりの防犯対策はばっちりですよ!


 ん、お目覚めかい、ハニー?

 ちょっと待っておいで、今小箱のふたを開けるから……。


 あれ? お話を集める旅人さんたち、もうご自分のお部屋にお戻りですか? ああ、いや、それではお名残り惜しいがさようなら。この後の夕食で会いましょう!


 ああ、くれぐれもぼくの食べっぷりにびっくりしないでくださいね? なんせ彼女に血を与えるのに、いつも目いっぱい栄養をらなきゃいけないもんで……!


* * *


 そう言ってはにかむ青年の右の首すじに、赤い噛み跡が二つある。

 私は彼にお礼を言って、妖精と共に、自分らの泊まる宿の小部屋に引き上げた。


 実を言うと「彼女」の話もつくづくうかがいたかったが、何しろ愛し合う二人の夜ばかりのおうなのだ、邪魔をするのは忍びない。


 私は興奮ぎみに今の話の感想を語る妖精と、ついばむようなキスをした。


 うらやましい。

 本当を言えば夜ばかりでも、れっきとした恋人になれるあの二人が……。


 この間のお花のスープのご夫婦の時は、さほどに思わなかったのだが。不思議なもので「夜だけの恋人」という制約が、かえってうらやましさをあおる。


『わたしたちも、いつか』


 そう歌うようにささやく妖精の恋人に、私は甘く泣きたい気持ちで、もう一度触れ合うだけのキスをした。


 その夜、私と妖精は宿の食堂で夕食をとった。


 私には野菜たっぷりのポトフとバター・パン。

 妖精の彼女にはメープルシロップ入りミルク。


 部屋に吸血鬼のお嬢さまを残し、先ほどの青年も豪快に食事をとっていた。

 首もとの傷を人目にさらさぬためだろう、少しばかりお行儀悪く、いろのマントを羽織はおったなりで、パンにかぶりついている。


 パンに塗られたバターが厚いくちびるにつき、それを指ですくって舐めとる。返す刀でスプーンを手に、ポトフのニンジンとベーコンを口いっぱいにほおばっている。


 偏食のかげも見えない食べっぷりが、いかにもたくましく男らしい。……ふと見つめる私と目が合って、彼は親指を立てて、にっと歯を見せてウィンクした。幸せそのものの表情が、わが身と引きかえて悔しかった。


 ふと自分のテーブルに目を落とすと、私の妖精も芯から美味しそうに甘いミルクを舐めていて……。


 サクランボほどのサイズの笑顔が、たまらないほど愛しく思えた。

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