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ラスト・プリズム

「……次の映画は、もうないの……?」


 咲夜花さやかはもうろうとつぶやいた。

 映画に酔ったのか、館長に酔ってしまったのか、視界にちかちか光が舞う。夢もうつつも一緒くたに、自分まで映画の中の登場人物になったよう。


 ――あれ? わたしは、女だったっけ? それとも、男だったっけ? そもそも人間だったっけ……?


 分からない、もう何も分からない。

 ああ、くらくらする、眩暈めまいがする……、


 そんな咲夜花をじっと見つめて、館長はまっすぐに言いかける。


「……ええ、次の映画はありません。もうじき夜も明けますからね……」


 混乱しきった意識のすみに、館長の声が遠くとおく響いてくる。


「そう、夜も明ける、この映画館もいったん幕を下ろします……しかし……最後のさいごに、わたくしの語るおとぎ話を、一つ聴いてはいただけませんか……?」


 ちかちかひかひか、光が舞う。咲夜花は芯からくらくらしながら、やっとの想いでうなずいた。館長はどこか泣き出しそうな笑顔のままで、静かに穏やかに口を開き、「最後のおとぎ」を話し始めた。……


* * *


 昔むかしのその昔、天上にふたりの天使がいました。


 ふたりの天使は兄と妹、そうして「天の双子」でした。ふたりはあらゆるものを創造なされた神様の、最初の子ども……そうして「次代つぎの神となる存在」だったのです。


 ……しかし、兄妹きょうだいは大変仲が悪かったのです。「神になるなら自分だけ」「神はふたりも必要ない」……そう言い張る双子にとうとう辛抱ならず、神様はふたりを転生させました。


『お前たちは地上の終わりが来るまでも、ふたりで転生を重ねるが良い。生まれ変わって、生まれ変わって、この世の終わりが来た時に、改めてよく考えるが良い。自分たちに必要なのは、いったい何なのか、誰なのか……』


 その言葉どおり、ふたりは何度も転生しました。最初はいがみ合い、殺し合ってばかりいました。しかし、だんだんと、ふたりの関係は変わっていったのです。


 ふたりの気持ちは少しずつ柔らかくなっていきました。生まれ変わって、生まれ変わって、恋人になり、夫婦になり、時には「死んだ娘と若い父親」にもなりました。


 ……ふたりはいつしか、物語を集めるようになりました。いつか訪れる世界の終わりに、失われてしまう世界のあちこちで起こった話を、せめて押し花にするように……。


 ――そうして、今、この世の終わりが訪れたのです。「最後の審判」もとうに終わって、ふたりは今……夢とうつつの映画館『エンド・プリズム』にたったふたりで、次代の神となろうと、しているのです……。


* * *


 ちかちかひかひか、光が躍り狂っている。

 おかしくなりそうな幻惑の中、咲夜花は気を失いそうに館長の目を見つめ続ける。


「……わ、わたし……?」

「――そうだよ、咲夜花。今まで嘘をついていてごめん。君はもう、元の世界には戻れない……人間界も異世界もみんな、『最後の審判』で消え去った。これから君が昇るのは、天界の桃源郷アルカディアしかないんだよ……」


 目の前の青年の背に、はらりと大きく花が咲く。白いしろい、甘く香り立つ花の羽根……。館長は光輪の浮いた頭を揺らし、こちらへと手を差しのべる。


「――さあ、終わりと始まりの決断の時だ。おまえは、今でも『ひとりで神様になりたい』かい……?」


 自分の中から、本当の自分が孵化ふかするような感覚が……、


 甘いものを吐き出すような、吐き出したものがつぼみをつけて花開くような、訳の分からない感覚が……、


 そうして、わたしの言うべきことは……


「……兄さん……」


 咲夜花はただ一言、たった一言、甘い声で口にした。

 ――そうして、それが、答えだった。


 応えたとたん、咲夜花の背を優しく激しく突き破り、兄とおんなじ花が咲いた。白くてしろい、やま百合ゆりの香りの天の羽根。


 黒い髪は見る間にさらさらの金髪になり、栗色の目は青い瞳に……それを不思議とも思わなかった、()()とも驚きもしなかった。


 咲夜花は本来の姿に戻り、涙しながら兄の手をすがるように甘くにぎって……。


 天の双子は、笑って泣いて抱き合って、白い羽根で絡まるように抱き合ったまま飛び立った。羽根からこぼれた白い花粉が雪さながらに舞い散って、げんのように消え去った。


 ……のこされたのは「夢とうつつの映画館」だけ。がらんどうになったシアターだけが、ぽっかりとそこに佇んでいた。……




 ……ああ、あなた。これをお読みの、そこのあなた。

 あなたの住まうその世界は、まだ終わってはいないのですか?


 そうですか。それではそれも……「とうの昔に滅んでしまった世界の見ている、なごりの夢」かも、しれませんねえ……。

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