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*美味しいお花のスープの話

 うわあ、そりゃすごい! 神さまとおんなじ名前じゃないか!


 ……ああ、いきなりすみません! いや、あなたがた旅人さんはご存じないでしょうが、「アルバ」と「エィバ」ってこのへんに伝わる、ご夫婦の神さまのお名前なんです!


 その神さまご夫婦と、あなたがたお二人がおんなじ名前だったもので! あまりな偶然にびっくりしまして……!


 しかし、何とも面白い旅人さんたちですね! 作り話ではない、生きたお話を集めて旅をしているなんて……!


 時おりは異世界へもお出かけですか? そりゃすごい! ……ああ、あなたがたからすれば、ここも「異世界」にあたるのかな?


「ええ、あの……名乗った対価と言っては何ですが、あなたには面白いお話の持ち合わせなどありますか?」


 ええ、そりゃまあありますよ? ああ、そうだ! 何ならあなたがたと同じ名前の神さまたちの……!


「ああ、出来ればのろけ話以外でお願いしたいのですが……」


 へえ? そりゃまたどうして……?


「いえね、この間は泊まった宿のご主人に、なんでか彼の奥さまとの濃厚なのろけ話を聞かされてしまったものでして!」


 はは、そりゃあ災難だ!


 ……うーん、でも困ったなあ。あなたがたと同じ名前の神さまたちの話をと、今考えていたんだけど。あのお二人はあきれるくらい仲の良い、ご夫婦の神さまたちだから……。


 ああ、それならいっそ僕の話でもいたしましょうか。ご安心を、このエピソードはのろけではありませんからね。


 いや、先ほど「面白い理由で旅をされている」なんて評してしまいましたが、この僕だって人のことは言えませんでね。


 昔けっこう良いとこのおぼっちゃんだった僕は、物心つく前からけっこうな食い気のかたまりでして。


 海賊の冒険をいた本? 男子の血を騒がす美しい銀刃のナイフ? そんなものには興味はナシ! ただひたすらに美味しいものに夢中でして……!


 それもただの「美食」では満足できません。僕はしだいに屋敷の食事に不満を覚えてきましてね……。何せなんでもかんでもバターと生クリームでこてこてに味つけるものですから、どれだけ新鮮な肉や魚、野菜を使ってもほとんどが「同じ味」になるのです!


 いや、それでも微妙な味の違いを感じて「美味しい」と思うひともいるのでしょう。いや、たいがいの貴族はそうなのだと思います。でも僕は、そんなんじゃ納得出来やしなかったんです!


 そんな僕は、大きな不満を抱えたままで、やがて二十歳はたちになりました。そうして二十歳の誕生日に、見も知らぬ許婚いいなずけと結婚させられそうになったんです!


 でも僕は今年で二十三歳になりますが、いまだに許婚の顔を知りません……! そう! 結婚式の寸前で旅じたくをして逃げ出したのです!


「……それはまた、どうして……?」


 いやいや、どうしても何もないですよ! だってあなた、このまま貴族の身分にしていたなら、一生「本当に美味しいもの」には出逢えないじゃあないですか!


 だから僕はね、生まれ育った屋敷を一人で脱け出して、「本当に美味しいもの」を探す旅に出たのです。


 昔から僕の部屋にあった金のニワトリの置物おきものを持ち出して、旅のもとでに変えた僕は、まず屋敷の近くの村はずれに住んでいる、一人の魔術師を訪ねました。


 そうしてニワトリを売って手に入れた金貨のほとんどを彼に譲って、その代わりに異世界へ……そう、この世界へこの身を飛ばしてもらったのです。


 え、また「どうして」とお訊ねですか? いやいや、正直貴族なんてのは保守的なひとが多くてね……! 僕の家族も「異世界に行くなんてぶるいがする。向こうにはどんな怪物がいるか知れやしない」なんて考える方でしたから。


 だから家族は「異世界に行った僕」なんぞにはすっかり興味を失って、世継ぎや何たらの問題は残った兄弟に回るものだと考えたんです。


 とにかくまあそんな訳で、僕は向こうからこちらの世界に飛びました。飛んだとたんに「こりゃあしまった」と思いました。


 見渡す限り広い草原、ぼこぼこと巨大なモグラの開けたみたいないくつもの土の盛り上がり……。そうして草原の真ん中に何百年ものの大樹があるきり、空は真っ黒で時おり白いいなびかりがびらびら光っていたんですから!


 こりゃあまずいぞ、願わくはこんな天気が日常じゃない世界なら良いが……とにかくあの大樹のかげで、このカミナリをやりすごそう!


 そう考えた僕は、大あわてで樹の真下へと避難しました。……樹の下で濡れた顔や体を右手でさっとぬぐったとたん、目の前が真っ白になりました。ひとたまりもありません、絵に描いたような気絶ですよ。


 次に気がついた時には、僕は土壁の室内で、簡素なベッドに寝ていたのです。僕の体はミイラみたいに、ほんのり良い香りのする花染めの包帯で、ぐるぐる巻きにされていました。


 はい、お察しの通りです! カミナリですよ、落雷です! 恥ずかしながら、何だかんだでぼっちゃん育ちの僕は、旅の心得も何にも知らなくて……。


 後で知ったら、「樹の真下にいるのはかえって危ない」のですってね。樹から()()()()離れていないと、高い樹に落ちてきたカミナリの巻き添えになる危険が大だと……!


 とにかくまあ、もろに落雷を受けた僕が気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上にいた訳です。それで僕の目の前に、見知らぬ女性がいたんです。緑の長髪に桃色のせいの飾りをつけた、それは綺麗なひとでした。


 女性は僕が「巨大モグラが作ったみたいだ」と思った草原の土の盛り上がりの、うろの中に住んでいると言いました。なるほど、四方は黒い土壁で何だかてかてか光っています。


 なんでも彼女がおもての落雷にびっくりして家から出ると、大樹が真ん中からばっくり裂けて、その足もとに僕が気絶していたと! 彼女はすぐに僕を家まで運んでいって、こうしてベッドに寝かせて介抱かいほうしていたと言いました。


 後で聞くと、このあたりはカミナリの鳴る日も多いので、土壁に電気の通らぬように細工がしてあるんだそうで。土壁がてかてかに見えたのは、防電の透明な塗料を塗っているせいだとか……。


 それはともかく、正直僕は彼女の話をちゃんとは聞いていなかったんです。彼女がおぼんにのせて持ってきてくれたスープのにおい、それにばかり気をとられていたんです。


 何て良いにおいなんでしょう! スープには彼女が頭に飾っているのとそっくりな、桃色の花びらが浮いています。ほんのり甘くて優しいにおい! 僕はそればかり気になって話も耳に入りません!


 僕の反応に気がついて、彼女はにっこりはにかみました。そうして僕の目の前におぼんをさし出して、歌うようにこうすすめてくれたんです。


「こんな素朴なスープですけど、よろしかったら召し上がれ。この浮き身の花びらには、傷を癒す効果もちょっぴりありますから……」


 さあ、もう僕は夢中です。彼女の手からおぼんをひったくるようにして、スプーンを持つ手ももどかしくスープに口をつけました。


 ああ、そのスープの美味しかったこと! 蜜のような甘さもあり、肉などかけらも見えないのにあたたかい油のうまもあり、何よりバターや生クリームのこてこてのしつこさがまったくない!


 僕はもうむしゃぶりつくようにして、スープを一皿飲みほしました。すると彼女はおかわりをすすめてくれました。僕は二皿目もあっという間に飲みほして、またおかわりを希望しました。


 そうですね、あれで五杯は飲んだでしょうか?

 美味しさのいんにぼうっとなっている僕に向かって、彼女はふうっと妖しく美しく笑ったんです。


「かかったわね、旅人さん。あたしのスープのとりこになった、そうでしょう?

 あたしは実は人間じゃないの。この世界に生息する、植物性の生き物なのよ」


 ぎくりとする僕に勝ち誇ったように笑い、彼女はふわっと頭の花に手をやりました。


「この花はね、髪の飾りなんかじゃないの。あたしの体の一部なのよ。この花には傷を癒す効果もあるけど、中毒性も大きいの……! あたしはね、大樹のそばに倒れていたあなたに一目惚れしてしまったの。だからあれこれうまいこと言って、花のスープを飲ませたのよ!」


 だらだらと脂汗をかく僕の手をとり、彼女は桃色の包帯ごしに、手の甲にちゅっと口づけました。


「さあ、もうあなたはあたしのスープのとりこ。逃げようったってもう逃げ出せやしないでしょう? なんせあなたは、もうあたしの花なしじゃ生きれやしないんだから!」


 いやあ、もう完敗ですよ! こうなったらもうしようがないでしょう?


 ……そんな訳で、僕の旅は始まったとたんにピリオドを打たれたんです。

 それにそもそも、僕は「本当に美味しいものを探しに」旅に出たんですから! 中毒性は置いといて、本当に身がとろけるほどに美味しいんです! 人外の妻の花のスープは!


 おや、こうしてしゃべっているうち、そろそろお昼の時間じゃないか!

 それじゃあ僕は失礼しますよ、なんせ僕の体は妻の美味しい花なしでは、生きていけなくなってますから!!


* * *


(……これは()()()ではないのだろうか?)


 顔を見合わす私と妖精を土壁のカフェに置き去りに、話し手の青年はいそいそと自分の家へ帰っていった。


 と、私たちのテーブルに、にやにや笑いの中年の男性が近づいてきた。……男性は訳知り顔に笑いながら、カフェの小さなガラス戸ごしに去っていく青年の背を指さした。


「お兄さんと妖精のお嬢ちゃん、今のを信じちゃいけねえぜ。嘘なんだよ、あいつの話!」


 私とエィバがもう一度顔を見合わすと、男性はからからと嬉しそうに笑って言った。


「いや本当、大噓も大嘘よ! あいつの嫁さん、たしかに植物性の人外でめちゃくちゃ美人だけどよ、彼女の花に中毒性なんてかけらもないのさ! ……だってここいらに住むもんは、あいつの家を訪ねると決まって彼女の花のスープをごちそうになるけどな、それで彼女のとりこになったやつなんていねえのさ!」


 あっけにとられる私たちに、男性は「若いって良いねえ」と遠ざかる青年の背を目で追ってつぶやいた。


「つまりな、あいつこそ優しく介抱してくれた人外の彼女に一目惚れして、そのまんま居座っちまったのさ! そんで結婚したんだけどな、それじゃあんまり気恥ずかしいから、ここいらのもんや出逢った旅人全員に、『見え透いた嘘とセット』でのろけまくってやがんのさ!」


 男性は楽しそうに笑いながら、勘定を済ませてカフェを出て行った。……残された私たちは、たび顔を見合わせた後、まいったなあと苦笑した。


 やれやれ、結局はまたも最上級ののろけを聞かされてしまったらしい。両の耳が甘ったるくてたまらない!


 エィバは自分のシュガーミルクに()()()と口をつけた後、小首をかしげてこういた。


『……ねえ、あなたは飲んでみたい? その美味しいお花のスープ!』

「そうだねえ……そんなに美味しいものならば、いっぺん飲んでみたいねえ」


 何の気なしに答えたら、やきもちを焼いた私の妖精に、ふくれっ面をされてしまった。

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