プロローグ・夢のあわいの喫茶店
おや、いらっしゃい。初めてのお客さまですね?
「いや、初めてというか……別に茶を飲む気はなかったんだが、気がついたらここに来ていて……」
いえいえ、それで良いのですよ。
何せここは夢のあわいの喫茶店、『カフェ・カーリタース』ですから。どこかの誰かが夢に見る、幻のような喫茶店……。
――で! 早速ですがお客さま、のろけ話をお持ちですよね!? ね!!?
「……は? いきなり何だ……、のろけ話……?」
はい! のろけ話です! 何を隠そう、この喫茶店は「のろけ話の買取所」でもありまして……!
ノーマル甘々、悲恋仕立て、メリーバッドエンド風味でも何でもござれ! ここはのろけ話を思う存分話したい方の、憩いの場でもあるのです!
何せジャンルが「他人のシアワセなエピソード」ですからね、身の回りにあんまり「いくらでも聞きたい」という方もないでしょう? 恋人や奥さまとの甘く、時には切ない涙の混じったエピソード、誰かに話したくてうずうずしてるんじゃないですか?
――いえ! ずばり言います! あなたは誰かに話したくてたまらないから、この店に迷い込んだのです! それ以外のかたがたは、実はこの店にたどり着くことも出来ないですから!
「……ええ? いやあ……まあ話がないこともないけどさ……!」
そうでしょう! さあとっとと砂糖吐くような話をしやがれぃ!
「……え?」
ああ! いやいや、今のは物のはずみでして……!
それはともかく! さあ! お話しください! あ、この紅茶と焼きメレンゲはサービスです!
* * *
妙なテンションの青年店主は「さあさあ」と客を急かし続ける。迷い込んだ夢の客人は灰色の髪の頭をかいて、とまどったようにちょっと微笑った。
薄暗い店内には、お茶とお茶菓子の甘い香りとほのかな湯気で、一種独特の空気が漂う。とろりとぬくたい雰囲気は、今までに無数の客が語り重ねた「のろけ」の名残なのだろうか。
壮年の客は年に似合わぬ灰色の頭にふたたび手をやり、「まあ、まずは一杯」とでも言いたげに、湯気の立つ白いカップに口をつけた。
甘い紅茶の香りがほっと一段沸き立って、まわりの空気に薄桃の色がほんのり浮いて広がった。……




