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終・いまは、むかしの

 申し遅れました、ぼくは名を抱月ほうげつ あきと言います。


 こちらはぼくの妻のすみれです。すみれが「良い」と言っているので、ぼくらの秘密を明かしましょう。


 ぼくらはね、本当はこの時代の生き物ではないんです。ずっとううんと未来から来た、いわゆる「未来人」なんですよ。ぼくらははるばる未来から、昔話の採集にやって来たんです。


「ど、どうして……わざわざ昔話なんかを探しに?」


 それは未来の時代には、昔話がとても貴重なものだからです。


 実はこの時代からずっと先、異国と戦争いくさが起こりましてね……敗戦した我が国「もと」の文化はなだれ込む異国の文化に圧されて、「古臭い」「野暮やぼったい」と見られるようになったんです。


 もちろん勝った異国側が、自分たちの文化をこれでもかと押し売りしたためもありますけどね……。


 そんなわけで、昔話の語り手も時代にし潰されていき、自由に話を語る場も、語り手自身も目に見えて少なくなっていきました。ひどい時には「昔話を語ると死罪」という時代もあったそうですよ。


 そうして何百年かが過ぎて、ある異国の博士がたまたま古い図書館で、日乃本の昔話の断片を発見したんです。


 博士はその豊かな世界観に感銘を受け、日乃本の昔話の採集・研究に打ち込み出したんです。その博士は世界的な賞を取ったことのある、名の知れた紳士でしたから、またたく間に昔話は注目の的になりました。


 まさにそのことがきっかけになり、異国文化のなだれ込む以前の、日乃本独自の文化が再び注目されるようになったんです。


 その博士の偉業に刺激されて、ぼくたち夫婦は博士の研究所の「昔話採集班」に加わりました。昔話を採集するにはいろいろな方法がありますが、ぼくらは「直接採集」の方法を担当することにしたんです。


 ご存じですよね、つくがみ……。

 昔の道具が作られてから長い時を経て、妖怪化した「生き物」です。


 ぼくらはこの、黒い幕を張った小さな鏡……「きょう」の力でいろいろな時代に飛んでは、あちこちで昔話を集めているんです。


 今のところは、「十回過去に飛んだら一度は元の時代に帰る」という法則を守ってくれているものの、あいても「生き物」ですからね……。いつどんな気まぐれで、元の未来に帰してくれなくなるかもしれません。また飛んだ先の時代が、戦国時代の戦場いくさばの真ん中という危険もあるんですからね。


 はたから見れば大変のんきに見えるでしょうが、実は危険と隣り合わせ……。

 安全とはとても言えない旅ですが、大好きな昔話をじかに聴くことが出来るなら、夫婦二人で過去の世界に野垂のたれ死んでもかまいません。


 ぼくらはそういう覚悟を持って、今も旅しているんです。


 そうそう、純金きんの小粒のことなら気にしなくてもかまいません……ぼくらは未来の「錬金術」のすいを集めたづつを持っていますから。


 ほら、この小筒……こちらの端から小石を入れると、もう一方の端から純金になってこぼれ出るという、そういう仕組みなんですよ。


 ……さて、それではぼくらもそろそろ、また旅に出るとしましょうか。


 今この魔鏡の幕を取りますから、あなたは決してのぞかぬように。のぞき込んだら最後、否応いやおうなしに別の時代に飛んでしまいますからね……!


* * *


 さばさばと語り終えた秋良は、ぱらりと取り出した鏡のおおいを取り去った。そうして夫婦二人で鏡をひょいとのぞき込み、次の瞬間消えていた。


 鏡はぱたりとうつ向けに床に落ち、見る間に黒い覆いともどもどこにも見えなくなってしまった。


 男はしばしぼうっとしていた。それからふっと、床にこぼれて取り残された純金の群れに目を落とした。その瞳が水に潤んで、熱の塊のような涙がぼろぼろこぼれて流れ落ちた。


「――ありがとう……ありがとうございます……!!」


 男は「もういない恩人たち」に向かって何度もなんどもこうべを垂れた。

 やがて静かに顔を上げ、妻の黄金の瞳をまっすぐ見つめた。恐いくらい赤く愛しいくちびるに、ありったけの決意をめて口づけた。


「待っていておくれ。

 ……どうか完全に蛇にならずに、僕を待っていておくれ……!!」


 男はひたむきにそう告げて、純金の小粒を黄ばんだ袋に突っ込んで無我夢中に駆け出した。


 小粒が落ちる、ぽろぽろ落ちる。

 あふれんばかりの小粒は本当にいくらか小袋からあふれ、ちらちら数粒こぼれ落ち、夏の光を受けてきらきらと道にきらめいた。


 走る、走る、走る。

 隣り村へ、豪族の屋敷へ、愛しい妻のいる我が家へ……、


 ――昔話の、その先へ。

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