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*金のうろこと純金の小粒

 そうですか。昔話をお探しですか……。


 あいにくこの村はひなびたところで、「ひなびた場所ならかえってかたもいるだろう」とお思いでしょうが、ここにはそういう者すらいません。


 そうですね、隣り村の豪族の屋敷になら、良い語り部がいるそうですが……あの豪族のおやじはなかなかに意地が悪いから、よほど「自分の得になる」何かがないと、語り部に会わしてもくれないでしょう。


 昔話でも何でもないですが、この僕と寝床の彼女の話なら、語ってさしあげられますが……。


「ええ、どうかお願いします……この時代の話なら、何でもぼくらには昔話ですからね……!」


 ふふ、よく分からないことをおっしゃいます。まあそれならば、一つ語ってさしあげましょう。


 ……僕と妻とは、昔からの幼なじみで。当然のように恋をし合って、当然のようにこうして夫婦になりました。


「貧しいながらも楽しい我が家」、いずれは子どもをもうけて、子どもが孫をもうけて、二人で老いて二人でこの世を去るのだと思っていましたが……。


 一年前に、妻が病気になったのです。「がねへび」という奇病です。黄金蛇はその名の通り、金色こんじきの蛇へと変じるやまいです。


 見てください、妻の体を……青白い肌にあちこち金色のうろこが浮いているでしょう? これは本物のうろこなのです。大きな瞳もだんだんと、透き通るような金色になってきて……。もうじき妻は、黄金色の美しい大蛇と化すのです。


 もちろんそうはさせまじと、僕は懸命に働きました。働いてお金を得て、良く効く薬を買おうとしました。しかししがない職人の……木くずや何かで蜻蛉とんぼや鈴虫の細工を作る「木工職人」の身ですから、働いても働いても追っつきません。


 僕はとうとうしょうがなしに、「妻の体を売る」ようになりました。妻の体に浮いたうろこを、金色の美しい大きなうろこを、さっき話した隣り村の豪族に持っていくようになったのです。


 そうやって得たお金で、気休めの薬なら買えるのですよ。ほんの少しなら、薬で病の進行を遅らせることが出来るのです。しかし本当に病を治す「特効薬」は、さかちしても買えません。


 正直言って黄金蛇の特効薬は、貴族さま専用みたいなもんだ。目の玉が飛び出るくらいに高価たかいのですよ! 僕が一日中仕事場にこもって仕事をするうち、薬に手なんか届かないうち、妻は蛇になっちまう!


「それならいっそ私が蛇に変わるまで、一時も離れずそばにいて」と妻が病にかすれた声で頼むので、僕はこうして彼女のそばにずっとついて、こうしてひたすらに手を握っているのです。


 ……特効薬?


 ええ、本当はもうじき買えますよ。妻が完全に蛇になったら、人々の羨望せんぼうの的ですからね。美しいうろこを求めて、ここいらじゃ「元人間」を狩って大量のうろこを得てひともうけするのが流行はやっているんだ!


 ……ええ、本当はもう考えましたよ。蛇になった妻を殺して、病を治す金を得て……そんなのは何一つ意味がない。

 けれどもほかの黄金蛇を、元人間を手にかけて、そうやって手に入れた大金で、特効薬を買うことなら出来るんじゃないかとね。


 しがない木工職人だから、弓の心得もないですが……必死の思いでこっそり弓の用意をしている僕に気がついて、妻はこう言ってくれたんです。


「あなたまで、人の心を失うことはありません。私は優しい、虫も殺さぬあなたの心に恋をして、こうして一緒になったんですから。

 何もいらないの、私は何にもいらないの。だからお願い……私が私でなくなる日まで、ずっと私のそばにいて……!」


 妻はそう言って泣きました。そう言いながらもうほとんど、人の意識も薄れてきているようでした。


 ……だから僕はね、こうしてずっとそばにいて、大蛇と化した、人の記憶を失った妻に、食われることを望んでるんです。


 僕を食って力をつけて、うろこを狙って襲ってきた人間どもを蹴散けちらして、どこかぬしなしの泉にでももぐっていって「泉の主」にでもおさまってほしい……。


 そうして人外の生でも良い、数百年、何千年生き永らえてくれればと……。そう望んでいるんです……!


* * *


 絶望的な希望に身を焦がし、赤く泣き腫らした目をした夫の青年。夫の言葉が聞こえているのかいないのかも判然はっきりとしない、うろこだらけの体の妻。


 美しい悲劇を絵に描いたような光景に、ぼくとすみれは二人で顔を見合わした。見合わしてから、黙ってこくりとうなずき合った。


 それからぼくは粗末な木造りの家を出て、ちょっとして中へ戻ってきた。


 ――ぱちぱちと硬い音がして、木造りの床が何度も鳴った。純金だ。広げたぼくの両手から、持ちきれないほどの純金きんの小粒がぱちぱち光ってこぼれ落ちる。


 青年は泣き腫らした目をうつろに上げた。それから目玉の落ちるほど、かあっと大きく見開いた。ぼくはそんな青年に、そっと微笑んでこう告げた。


「どうぞこれを、奥さまの治療費に……今のお話代ですよ」

「い……い……いただけません! 行きずりの旅のお方に、そんな……そんな大金を……!!」


 のどから手が出るほど欲しい薬代を、いなやとこばむ男気のある青年に、ぼくは少し困ってしまう。


 すみれの顔をうかがうと、すみれはちょっと小首をかしげて微笑んだ。「この人になら、大丈夫よね」という顔だった。


 ぼくはすみれにうなずき返す。

 おのれの妻の判断を信じ、青年に純金の小粒の訳を明かすことにした。めったに人には話さない、ぼくら夫婦の旅人の出自を明かすことにした。


 ぼくは少し覚悟の息を吸い、それからふうと吐き出した。

 青年をなるべくこれ以上刺激せぬように、語り手となって話し始めた。……

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