序・むかしの、おとぎ
はあ、旅の疲れが癒される……。
ねえすみれ、ここのお茶屋のほうじ茶はとても美味しいね! 自家製のあんこを中に仕込んで、ちょいと炙ったよもぎの草餅もほんとに美味しい……!
「もう……秋良、食べてばっかりいないの! 早く本題に入りなさい!」
はは、分かったよ。ぼくの奥さんはせっかちだなあ……!
あ、お茶屋のおばあさん! ちょっとお聞きしたいんですが。ここいらに「昔話の語り部」さんなど、おりませんか? 何を隠そう、ぼくら夫婦は昔話を集めて旅をしてるんですよ!
「ふうん……それなら『鬼笛』のお屋敷に行くと良いよ。あんまり古くもないけれど、鬼笛の由来の話が女主人から聞けるからね……」
わあ、ありがとうございます! ねえすみれ、鬼笛だってさ、何だか面白そうだねえ! あ、じゃあお代はここに置いておきます! どうもごちそうさまでした!
* * *
夫がほがらかに言いおいて、旅人夫婦は手をつないで去っていく。二つの背中を目で追って、お茶屋の老婆はふんと鼻から息を吐いた。
「……何だかおかしな夫婦だね。女も女で気が強そうだし、また夫が妙に軽々しくて……何だか『らしくない』夫婦だねえ!」
ぶつぶつ言いながら席に置かれた「お代」を目にして、老婆は小さな目をめいっぱいまん丸に見開いた。
――小粒だ。純金の小粒が三つほど、きらきらと日の光を弾いている。
どう見たって「ほうじ茶二杯に草餅二つ」のお代としては多すぎる。またあの若すぎる夫婦二人が、ひょいとお茶屋に置いていくだけの額ではない。
「……何者なんだい、あの二人……?」
老婆は呆然とつぶやいた。つぶやきつつも、しわくちゃの手はしっかりと小粒を握りしめている。
そのころ問題の若夫婦は、春先ののどかな田舎道をゆらりゆらりと歩いていた。当然のように手と手をつないで歩きながら、秋良と呼ばれた夫の方が声を上げた。
「あ。『鬼笛のお屋敷』、どこにあるのか聞くの忘れた……!」
「ああ!」
ふっと気がついた妻のすみれも、立ち止まって顔を見合わせて苦笑した。
どうやらこの二人、凸凹のようで実は似たもの夫婦のようだ。
「またどこかのお茶屋に寄って、お屋敷の場所を訊いてみようか?」
「……今度はみたらし団子、食べたい!」
夫婦二人はのんきな会話を交わしつつ、春先のぽかぽか陽気の中を手をつないで歩き出した。……