*宝石の花嫁
「美しいものしか愛せない」美しい青年がおりました。
青年は産まれた瞬間から、輝くばかりに綺麗でした。その美しさで赤んぼうの頃から、広く名を知られていたのです。彼は「それほど美しくはない」両親にとっての「奇跡」でした。彼は年若い両親の最大の自慢でした。
彼が産まれて一年後、ますます美しくなった彼を連れて、両親は地元の土地神の神殿に礼拝に行きました。「無事に一年育った」ことへの、いわゆるお礼参りでした。しかしあまりに調子に乗った母親は、ついこう口をすべらせました。
「ありがとうございます、土地神さま、おかげでこの子も一年無事に育ちました。ごらんください、わずか一年でこの美しさ! おそらくこの子は、あなたさまよりずっと美しく育つでしょう!」
その土地神は女神でした。そして自分の美しさを誇っていました。そして当然、神としての誇りもありました。人間なんぞに自分の美を軽んじられて、土地神は怒りに燃えました。
女神は親子三人の前に風と共に姿を現し、その神々しく美しい姿を見せつけながら、彼らに無慈悲にも告げました。
『さほどに美しい幼子よ、我はお前を祝福しよう。お前はこれから美しいものしか愛せなくなる。精神の美や優しさや、そんなものには目もくれずに、ただひたすらに輝かしく美しいものだけを愛するが良い……!』
祝福という名の呪いを受けて、両親は青くなりました。しかし幼い少年には、何のことかもよく分かりませんでした。ただ手に持っていた可愛いうさぎのぬいぐるみを、「美しくはないから」という理由ですぐさま放り捨てました。
少年は両親に愛され、両親を愛さずに育ちました。彼にとってあまり容姿のさえない両親は、愛する対象ではありませんでした。
彼は育てば育つほど美しくなり、毎年とんでもない枚数の写真を撮られました。毎年育ってゆく彼を収めた写真集は、何年経っても売れ続けました。彼以上に美しい青年は、この世のどこにもいなかったからです。そして何年経っても、彼以上に美しい赤子は生まれてこなかったからです。
やがて両親が亡くなっても、彼は自分の写真集絡みのお金だけで楽に暮らしていけました。そして頭もとびきり良かった彼は、人工生命の研究に打ち込み始めました。
「僕にふさわしいお嫁さんは、この地上には存在しない。僕は自分にふさわしい、世にも美しいお嫁さんを、この手で造ってみせるんだ……!」
彼はお金をじゃぶじゃぶ使い、世界中からさまざまな宝石の塊を集めました。珊瑚に紅玉、黄水晶、蒼綺石、金剛石……。
そのさまざまな宝石を人型のパーツに研磨して、工学やら呪術やら、持てる知識を全て使って、ついに「生ける人形」を造り上げたのです。
彼女の右手は、紫水晶で出来ていました。
左手はシトリン、両足はダイヤ、胴体は翡翠、爪は珊瑚……。そうして頭は見事なサファイアで出来ていました。その瞳は虹色の綾がきらめく蛋白石でした。
彼はお嫁さまの美しさにうっとりとなり、涙さえ流して言いました。
「……ああ、これこそ僕の求めていたものだ! 僕が造り上げた、僕の美しい恋人よ、君こそ僕の生涯の伴侶にふさわしい!」
その美しい生き物は、心からのプロポーズをふふん、と鼻で笑いました。
「ええ、わたしは確かに美しいわ。自分でもそう認めるわ。
――ねえ。けれども、あなたは? あなたはちょぼんと老いさらばえた、ただのおじいちゃんじゃない?」
彼は言葉の反撃に、しぼんだ胸を突かれました。
そうです。彼はもうちっとも若くも美しくもなかったのです。彼は五十年も前に自分の容姿に翳りがさしてきたのを厭うて、屋敷じゅうの鏡を壊してしまっていたのです。
それから彼が見続けたのは、写真集に写っている、自分の若く美しい時の写真だけ。彼は老いに目をそむけて、知らぬふりで今まで過ごしてきたのです。
宝石製の美しい生き物は、きらめく腕のひと振りで、彼の頭を打ち砕きました。ざくろのように頭が割れて死んだ彼の口もとには、薄っすらと笑みが浮かんでおりました。何もかもあきらめた笑いでした。
宝石製の生き物は、血のついた腕をさっさっと振りさばき、日に透けてきらめく体で、背中に羽の生えたように軽やかに屋敷を飛び出していきました。美しい自分にふさわしい、美しいパートナーを求めて旅に出たのです。
きらきらと青空の下にちかちかひらめく虹の光は、お日さまの下で宝石箱をひっくり返したようでした。……
* * *
「……いかがでしたか?」
耳もとでそうささやかれ、朱実は弾かれたように肩を跳ね上げる。
薄暗い店内で、白昼夢を見たようだった。……話を読むごと、紅茶を飲むごと、メレンゲをかじるごとに脳内でありありと展開される美しいおとぎ。まるきり綺麗な幻覚だ。
それについさっき思いついて言ったばかりの条件は、全てきちんと満たされている。この短時間で作られたお話、しかもいつの間にか白紙に浮いた物語。
このひとは……何?
そう思いながらしげしげ見つめた青い両目は、相変わらず吸い込まれそうに美しい。同じポットで淹れた紅茶のカップ一杯を「お付き合い」といった調子で飲みほして、リールはふっと小首をかしげて微笑んだ。
大人の余裕に満ちた表情に、むっと朱実の負けん気が盛り上がる。
(何を、くそう! ファンタジーの世界から来た男子か知らん、こんなことでひるんでたまるか!)
日ごろから想像の世界に遊ぶ機会の多い文学少女、ありえない非日常に恐いくらいになじんでしまう。朱実は食らいつくように、「次の掌編」の条件をまくしたて出した。
「ええーっとねえ、今度のテーマは『宗教』で! あのね、国民的に信仰されてる宗教……! 何だっけ、『国宗』とか言うんだっけ? 敬虔な国宗信者の少女がね、異教の若者に恋しちゃう話! しかも! 最後はハッピーエンドでっ!!」
ものすごい勢いにリールがちょっと身を引いた。やがて深い青い目が、ふっと穏やかに苦笑する。
「ご注文、うけたまわりました」
ささやくようにそう応えて、またしなやかに次の一杯を淹れ始める。甘いような青くさいような、独特の良いにおいがカフェ一面にただよい出した。
先ほどと同じようになめらかな一連の仕草の後に、次の紅茶が白いカップに注がれた。今度のお茶菓子は、指先で軽くつまめる小ささのクッキーが六つ。
自分の他にお客のいない店内で、朱実は鼻息も荒く、淹れたての紅茶の入ったカップを口に運んだ。……