プロローグ・話を拾い集める話
――何なのですか? 先ほどから、ずいぶんと目が合いますね。
宿屋のご主人……私たちに、何かご用がおありですか?
チェックインは、先ほどちゃんと済ませているはずですが……「宿のサービス」の食堂でのティータイム、これではどうにも、お茶に集中できませんねえ……。
「……いやいや、こりゃあ失礼! ついついあんたの肩に目が行っちまって……」
……ああ、私の肩にいる妖精が珍しいのですか。どうぞどうぞ、眺めるだけならご自由に……妖精狩りの人間と連絡を取って、ひと稼ぎしようというおつもりならば、止めた方がご賢明です。
何せ彼女は私の大事な「旅の相棒」、この子に害をなす者は、この私、人間とはみなしませんので。
……ああ、そう青ざめなくとも、その気がそちらにないのなら、もちろんこちらも何もしません……。いえいえ、本当、驚かせてすみません。
あなたは決して悪いお方ではないだろうと、こちらはお見受けしましたが、こういうことを口走るくせがありまして。何せ長旅で何回か、妖精さらいに目をつけられて、かなり痛い目に遭っているので……。
「……はあ、なるほどな……! いやいや、こっちこそ変に心配かけてすまなかった! 『人間と妖精』のコンビってのが珍しかったもんで、つい! ……しかし美しい青年と可愛い妖精、二人旅の目的はいったい何なんだい?」
……目的ですか? それは「お話集め」です。私たちはあちらこちらを訊ね歩いて、作り話ではない「本当にあった」とされる神話や民話を集めて旅をしているのです。
「へええ……? また珍しい理由だな。それで稼ぎになるのかい?」
はは、もちろん色んな話を集めても、それでお金にはなりません。私はいささか白魔術が使えるのでね、行く先々でちょっとした医者まがいのことをして路銀を稼いでいるのです。
ところであなた……宿のご主人であるあなたは、お客の旅人からいろいろな話を聞いていますよね。そのいろいろの話の中で、面白いところをお一つお話し願えませんか?
「え、お話かい? もちろんあるぜ! ……あるけども、ただじゃ嫌だなあ! 俺に見返りはないのかい?」
はは、「物語代」ですか? 笑いながらおっしゃるから、軽いご冗談なのでしょうが、もちろんただでとは申しません。そうですね、そのたくましい首すじについたキスマークを、きれいに消し去ってあげましょうか?
「うわあ! 止めてくれ、俺の可愛い嫁さんがせっかくつけてくれたもんだぜ!」
ふふ、お仲のよろしいことで。
「う~ん……そうだな、今嫁さんが風邪気味で、ティータイムをなしにして部屋で一人で休んでるんだ。後で治してやってくれよ!」
はい、承知いたしました。それではお話しくださいませ。私の妖精が喜ぶような話でしたら、ちょっぴり宿代もはずみましょう。と言ってもしがない長旅の身ですから、たかは知れたものですが……。
「なあに、安宿じゃ最高のごほうびだ! よぉし、それじゃあんた方にとびきりの話をしてやろう!!」
ふふ、望むところです。……ほらエィバ、さっきから一生懸命はちみつミルクを舐めていないで、ちゃんと聞いているんだよ……?
* * *
一見すると女性に見えるほど線の細い青年は、さらさらの銀髪を揺らして小さな妖精に言いかける。妖精はふわふわの金髪を揺らし、口のまわりをミルクで濡らして、愛らしく青年に微笑みかけた。
『ええ、分かったわ、アルバ!』
歌うように応える小さな生き物に、アルバと呼ばれた青年は、優しく柔らかく笑みを返した。……まるっきり、恋人に向けるような笑顔だった。
* * *
――これは話を拾い集める物語。
美しい青年と妖精の、旅のおとぎの物語。