プロローグ・娘に会いに
……やあ、また来たよ。昨夜は雨が降ったけど、ここで寒くはなかったかい?
「もう寒いとか関係ないわ……いつまで経ってもパパはそうね……」
はは、そうか。そうだったねえ。
ねえクリス、今朝はママがパイを焼いてくれたんだ。お前の大好きなカボチャのパイだよ。
「パパ……だからね、あたしはもう食べられないの。とっても美味しいにおいがするけど」
ああ、そうか……。それじゃあお前にひと切れ置いて、残りは家に持ち帰って、ママと一緒に食べようか。
ああ、そうだ。ここへ来る時、隣の家のおじさんに、妙なことを言われたよ。
『もういいかげん昔のことにこだわらないで、今を見ろよ。お前んとこの奥さんもな……』
ここでふうっと言いよどんでね、『まあそこは奥さん本人が言うべきか』って、首をふって向こうの方へ一人で歩いていっちゃったんだ。一体どういうことだろうね?
……いや、まあ良いか。せっかくお前と二人きりでしゃべれるんだ、他のことは考えずに楽しもう。
パパな、毎日の仕事終わりに、あいかわらず村の図書館に通ってるんだ。お話好きなお前のために、またいろいろなお話を仕入れてきたよ。
じゃあまずは何から話そうか……。今日の気分はどういう感じ? おとぎ話? それともホラー? 少しロマンチックなお話なんかがお望みかい?
「何でも良いわ……おまかせで」
はは、そう言われるとかえって困るな。うーん……じゃあ手始めに、こんなお話はどうかなあ……?
* * *
そうつぶやいて、年若いパパは石の十字架の前で、愛しげに独り語り出した。
六つの歳に風邪をこじらせて亡くなった娘の墓前。そこでパパ以外誰にも見えない娘に向かい、くまの浮いた目もとを緩めて、かすかな声で語り出した。
クリスは自分とそっくりのお人形を抱きながら、パパの言葉を聞いている。お人形は栗色の髪も、ショートボブの髪型も、淡い桃色のワンピースも持ち主のクリスとそっくりだ。
ただ、瞳の色だけが違う。クリスの瞳は水色だが、お人形は深い青色のガラス玉の目をしている。
そのお人形を抱きながら、クリスはじっとパパの話を聞いている。うっすらと向こうが透けて見える顔に、淡い表情を浮かべている。なんだか何か言いたそうな、言いにくそうな顔だった。
父はそれにも気がつかず、恋人の前でそらで恋文を読むように、ただうっとりと語り始めた。……