腐った林檎園
レイモンド・チャンドラーとダシール・ハメットアーネスト・ヘミングウェイの小説を読んで無駄のない文章で纏めてみました。
秋の少し冷たい風が吹く中で煙草を吸うと白い煙が出る。
その白い煙は一瞬だけ目に留まるが、直ぐに消えてしまう。
秋から冬へと季節が移る時も俺は一人だけの事務所で煙草を蒸かしている。
部屋には時代遅れの蓄音器からシャンソンの「枯葉」が流れている。
この腐った林檎が集められた園ではviolenceが法であり秩序なのだ。
暴力と欲望が渦巻く失楽園にある街で私立探偵を営んでいる俺の事務所には呼んでも居ないのに勝手に向こうから厄介事が辿り着いて来る。
昼下がりの時刻になった頃、ドアを控え目に叩く音がして「枯葉」の演奏が中断された。
「・・・開いているぜ」
俺が答えるとドアが開き腐った林檎園には似合いの女が入って来た。
肩と胸が露出したキャミソールを着て下のスカートは膝より上と男に春を売る女の格好をしたLadyは俺の姿を見ると追い詰められた子猫のように怯えた口調で喋り出した。
「助けて下さい」
「どういう了見です?」
煙草と酒で腐りかけた俺の灰色の脳みそが条件反射とも言える速さでムチを打ってくる。
被っていたグレーのソフト帽を右の人差し指で軽く押し上げて訊く。
数日前に見知らぬ男たちに襲われたと女は言い俺が「誰の差し金か見当は付いているのか?」と聞けばあると答えた。
「誰だ?」
「私・・・ドン・ボニーの・・・・・・情・・・婦だった、んです」
女は誰かに憚るように言った。
この事務所には俺しか居ないというのに・・・・・・・・・
椅子から立ち上がり薄汚れた窓に近寄る。
女は喋り続けた。
右手で抑えていた左腕を退かすと拳銃で撃たれた痕が見えた。
「・・・・・・・・」
俺は紙巻き煙草を銜えて無言で続きを促した。
「必死に抵抗して逃げました。警察にも護衛を頼んだのですが、ボニーの報復は日を増すごとに酷くなって・・・・・・」
怯える体を無理に立たせているのか女の身体は震えが止まらないのが薄汚れた窓越しに見えた。
「警察に貴方なら事件を解決できると言われて・・・・・・・・」
最後まで言う前に女が俺の背中に抱き付いて両腕を腰に回して囁いてきた。
「・・・・お願い。私を護って」
マッチを壁に擦りつけて煙草に火を点けると女の身体に染み込んだ香水の香りが嗅覚を捕らえた。
女、カルメンから放たれる香水の香りは甘い香りだった。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
BLAM!!BLAM!!BLAM!!
寂れ掛けた深夜の港に無数の銃声と銃弾が飛び舞う。
その中を俺は一人で走っている。
カルメンの話を聞き俺は翌日の正午に実業家として名を馳せているドン・ボニーの屋敷を訪ねてカルメンの事を訊いてみた。
するとドン・ボニーは鼻で笑うと俺にこう言った。
『悪魔紳士と言われた私立探偵も落ちたものだな。あんな女の嘘を真に受けて私を調べに来るとは・・・・・・・・・私立探偵は暇なのかね?』
俺はこう言い返した。
『あぁ。ただの暇つぶしだ』
そう全ては暇つぶしに過ぎない。
そしてこの痴話喧嘩にしては些か物騒な展開も俺には、ちょっとしたスパイスになる。
あの油きった顔と腹を持つ実業家はこの劇を楽しんでいるだろうか?
しかし、顔を見る限りでは楽しんではいないようだ。
どうやら俺の相棒のディクティブスペシャルを抜くまでの役者ではないようだ。
BWAM!!
「貴様は俺をマークしていたのか?」
「何の事だ?俺はただカルメンから頼まれてあんたを訪れただけだが?」
「そ、そんな・・・・・・・俺は・・・・・・・」
巣から火でいぶり出されたドブネズミは茫然と両手を着いて俺を見上げてきた。
周りには血を流して失神している部下とポリスの倉庫に招かれそうな白い粉が欲望という甘い汁を出して舞い上がっていた。
ドン・ボニーと部下達が警察に連行されて港は元の寂びれた状態に戻り暗闇だけが残る。
俺は一人残り暗闇に背を向けて尋ねる。
「・・・全て思い通りになったかい?」
暗闇は返した。
「どうして私だと解ったの?」
「こんな寂びれた港には不釣り合いな甘い香水の香りがするからさ」
「それは迂闊だったわ」
暗闇の中から依頼人であるカルメンが姿を見せた。
右手にはオートマチックの拳銃が握られていた。
「貴方は私の思い通りに動いてくれたわ。まさに道化師ね」
カルメンは愉快そうに笑うと撃鉄を起こした。
「さようなら。メフィストフェレスさん」
BLAM!!
BLAM!!
二発の銃声が暗闇の港に空しく木霊する。
俺の撃ったコルト・ディクティブスペシャルはカルメンの右腕を撃った。
彼女は壁に背を預けて右手を左手で抑えて地面に視線を落としている。
ディクティブスペシャルを仕舞うと俺は彼女に背を向けて港を去った。
欲望に狂った女は-----------メリメを読むまでもない。
情熱が過ぎると人は破滅の道を歩むのだろうか?
港を去った俺は再び倦怠と欺瞞という外套を纏い暇つぶしの毎日へと戻るのだ。
書いている内に作者もこんな探偵になりたいと思ってしまいました。(自惚れ強っ!!)