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ホラー

深夜3時、目が覚める。トイレに行く。何気なく玄関を見るとドアノブがガチャガチャと動き出した。

作者: 鞠目

 目が覚める。

 スーツを着たまま化粧も落とさずベッドに寄りかかって寝てしまっていた。時計の針は深夜3時。電気は煌々と部屋を照らしている。カーテンは開いたまま。家に入って鍵を閉めた後の記憶がない。

 WEB制作会社で働く私はいつも残業ばかりしている。婚期を逃し、日に日に乾き具合が増していくのに比例して何故か仕事も日々増えていく。大きな案件がやっと終わり、今日は少し早く帰れると思っていた。でもそんな考えは甘かった。

 上司から今日中に仕上げて欲しいと仕事を投げられたのが20時。定時は17時。定時ってなんなんだろう。労働基準法って本当に存在するのかな。そんなことを思いながら頑張って、なんとか終わったのが23時。家に着いたのは24時。ため息が出る。


 どうしよう。もうしんどい。

 このまま寝てしまおうか、化粧だけでも落とすか悩む。シャワーは明日の朝にしよう。髪を乾かすのが面倒すぎる。そんなことを考えながらとりあえずスマホのアラームをセットする。もちろん明日の仕事に遅刻しないようにいつもと同じ6時30分に。

 そんな時だった。急にベランダから視線を感じた。慌てて視線を向けるがベランダには誰の姿もない。でも誰かが窓にへばりついて部屋の中を凝視しているような気がしてならない。

 マンションの三階の私の部屋。周りに大きな建物はないので上から覗かれるなんてことはあり得ない。でも今この瞬間もねっとりとした視線を感じる。かなり気持ちが悪い。

 私は思い切って立ち上がると勢いよくカーテンを閉めた。これでよし。もう気にならない。きっと疲れているんだろう。神経が過敏なんだ。自分にそう言い聞かせる。視線を感じなくなり安心した途端、私は再び睡魔に襲われベッドに倒れ込んだ。


 アラームが鳴る。

 起きる。新しい朝が始まる。

「今日もいい日になりますように」

 独り言を言う。いい日になって欲しいという願望をとりあえず毎朝祈りを込めて呟くようにしている。効果があるかはわからない。でもよく当たると噂の占い師がテレビで言っていたから、やっておけばいい事がある気がしてずっと続けている。

 シャワーを浴びて、着替えて、化粧をして、朝ごはんは冷蔵庫の中にストックしているフルーツスムージー。もちろん手作りではない。コンビニでまとめ買いしたプラスチックカップのもの。

 スムージー片手に準備を進めながら簡単に部屋の中を片付ける。家を出る前にカーテンを開ける。さて、出かけるか、そう思った私の視界の端に何かが映る。

 ん? 再び視線をベランダの方にやる。光の反射だろうか、何か窓に見えた気がしたけどわからなかった。ちゃんと見たいけれど電車の時間を考えるともう家を出ないといけない。私は何も見なかったことにして家を出た。


「ちーあーきっ!」

 なんとかいつもの電車に間に合い始業五分前にデスクに着くと同期の京子が声をかけてきた。両手いっぱいに資料やノートパソコン、お茶のペットボトルにお菓子、いろいろ抱えている。

「おはよう、今日も元気そうね」

「いま山場なの。もうちょっとで落ち着くとこ! 始発で出社して仕事してたの! もうなんだか朝からハイなの!」

「うんうん、わかった、わかったから少し落ち着きな。それで朝からハイな京子さん、私に何か御用ですか?」


 私はデスクの引き出しにストックしていた個包装のビターチョコを二つ、京子の抱える荷物の上に置いてあげた。京子はチョコを見て目をキラキラさせていた。

「ありがとう! これで一日頑張れる! あ、そうそう今週中に今の案件が終わるのよ。それで来週の金曜日とか飲みたいんだけど予定空いてる? 久しぶりに千明(ちあき)の家に行きたいんだけどお邪魔しちゃダメ?」

「別にいいけど、どうして私の家?」

「千明の家って居心地がいいんだよね。いい気が集まってるというか、守ってくれているというか」

「え、何それ初めて聞いた」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「うん。そんなスピリチュアルなこと言われたことないけど」

「そうだっけ? まあいいや。とにかくいい家なんだって千明の家は」

「私そういうのあんまり信じてないんだけど」

「あーわかる。興味なさそう。占いは信じるのにね。でもいいの、私が行きたいだけだから。そうそう、こないだ家で簡単に作れるアヒージョのレシピを教えてもらったからワイン飲みながらどう?」

「ワインかー、最近飲んでないな。いいよ、掃除しとく」

「やったー! じゃあ決まりね。よっしゃ、これで先の楽しみもできたし気合い入った! それじゃよろしくー」

 京子は嬉しそうに廊下に消えていった。もうすぐアラフォーの私たち。でも、京子は私と違って若々しい。いや、子どもっぽいと言った方が正しいかもしれない。見ていてかわいいなと思う。そんな彼女が私は好きだ。


 お互いに独身彼氏なし。数少ない気の置けない友人でもある。でも、京子の口からスピリチュアル的な事初めて聞いたな。長い付き合いだけどまだまだ知らない所があるみたい。

 同期の新しい一面を知り、なんだか新鮮な気分に浸りながら私は仕事を始めた。今日こそ早く帰ってやる。たまにはそんな日があったっていいじゃない。絶対に早く帰って録りためているドラマを見るの。私は心の中で強く決意した。


 仕事を終える。

 時計の針は20時ぴったり。やった! 定時後にしっかり三時間も残業しているというのに喜んでいる自分がなんだか悲しい。でも、久しぶりに早く帰宅できることがとっても嬉しい。

 帰り道にスーパーに寄った。半額になった合鴨のサラダと安い赤ワインのボトルを買った。京子と話してから朝からすごくワインが飲みたくなってしまい我慢できなくなった。ごめん京子、フライングする私を許して。

 家に着いたのが21時。まだ今日が終わるまで三時間もある。なんて素晴らしいことだろう。私はなんだか楽しくなってきた。


 録りためていたドラマを見ながらワインを飲む。

 ああ、幸せ。なにこれ、こんな平日の夜、幸せ過ぎる。合鴨に赤ワインがよく合う。さっきスーパーで選んだ私、グッジョブ。久々のアルコールのせいかな、酔いが回るのが早い。

 だらだらと過ごしていると知らぬ間に日付が変わっていた。明日も仕事だしそろそろシャワーを浴びようかな、いや、せっかくだからお風呂に入ろう。久しぶりに湯船に浸かりたくなった。私はお湯を沸かす準備をはじめた。


 ゆっくりお風呂に入り、髪を乾かしてベッドに入る。時計を見ると深夜1時。夜更かししてしまったけれど今日はゆったりと過ごすことができたから大満足。毎日こんな風に過ごせたらいいな。

「明日もいい日になりますように」

 朝と同じく効果があるかわからない独り言のルーチンをして眠りについた。


 ふと目が覚めた。

 時計を見る。深夜3時。二時間しか経っていない。

 目が覚めた理由は特にない。全くないこともないけれど、なんとなく目が覚めた。少し喉が渇いた気がする。トイレにも行きたいような気がする。久々にワインを飲んだからかな? そう、その程度なんだけれどなんとなく目が覚めた。

 我慢してもう一度寝るか悩む。でも、やっぱり水が飲みたくなった。あと一応トイレに行っておきたくなった。アラームが鳴る時間まであと三時間以上あるし、さっと済ませてしまおう。

 ベッドから出て少し離れた所にある冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して喉を潤す。半分ほど飲んで残りを再び冷蔵庫に戻しトイレに向かう。ワンルームマンションって狭いけれど少ない移動距離で全てが完結するからすごく楽だ。

 廊下に出てトイレに入ろうとした時、ふと玄関のドアが目に留まった。短い廊下だからトイレと玄関なんて目と鼻の先だ。特に意味もなく玄関を見ているとなんだか変な感じがした。なんて言うか、誰もいないのに人の気配を感じた。


 少しドアを見つめていたけど無意味だなと気がついてトイレに入る。早く寝て明日に備えなきゃ。最近肌の調子が悪い。もう若くないなと感じることがちらほら頭に浮かぶ。はあ…………ため息が出る。

 トイレから出る。やっぱり気配を感じて玄関を見る。やっぱり何もない。気のせいか、無視しよう。そう思ってベッドに戻ろうとしたその時だった。




 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ…………




「………!?」




 ドアノブがすごい勢いで動き出した。

 突然の出来事に体が固まった。誰か外にいる? こんな時間に? 鍵はちゃんと閉めている。少しほっとする。

 ドアノブはまだ音を立てて動き続けている。無視するか警察を呼ぶか悩んでいるうちにガチャガチャとなり続ける音にだんだん腹が立ってきた。こんな時間になんて迷惑なやつだ。誰がいたずらしているのか顔が見たくなった。

 私は音を立てないようにしてドアに近づき、覗き穴から外を見た。でも外には誰も見えなかった。なんで? ドアノブは今も動き続けている。何が起こっているの?

 チェーンはかけている。私はどうしてもドアを開けて外を確認したくなった。危ない気もする。でも、外が見たくてたまらない。私はぐっとドアノブを握りしめ、素早く鍵を外すとドアを開けた。




 ゴオォォッ……!




 ドアを開けた途端後ろから強烈な風が吹き、一気に家の外へ通り抜けた。風に押されてドアがすごい勢いで開いた結果、チェーンが弾けた。私は風が吹いた途端ドアノブから手を離してしまっていた。開ききったドアの前には誰もおらず、ドアノブは完全に静止していた。

 恐る恐る外を見てみる。でも周りには誰もいない。今のは一体何だったんだろう。本当に気持ち悪い。私は床に散らばったチェーンの残骸を拾ってから家に入り鍵を閉めた。大家さんに修理をお願いしなきゃ。でも、これなんて説明したらいいんだろう……せっかくいい一日だったのに台無しされた気分だ。

 もやもやしながらベッドに入り電気を消そうとした時、何かが引っかかった。起きた時より部屋が少し暗くなった気がする。明るさの調整なんてしていないのにどうして?

 それからなんだろう、部屋が余所余所しいというか、自分の家じゃないみたいな感じがする。自分の家なのに急に落ち着かない。うまく言えないけど絶対におかしい。

 頭の中でぐるぐると考えていると視界の端でベランダの窓のカーテンが揺れた。風になびいているようだ。

 なんで? 窓なんて開けた覚えはない。ベッドから出て窓を閉めようとした時、思わず手が止まり息をのんだ。

「ひっ………!」

 窓には白くて小さな手形が付いていた。それもびっしりと。

 夜帰ってきてカーテンを閉めた時にはなかったはず。一体誰がこんな事を、どうやって…………




「やっと入れたよ」




 突然後ろから声が聞こえた。

 体が一瞬びくんと震えた。怖くて振り向けない。

 今朝京子が言っていた。私の家は居心地がいいって。いい気が集まっているって。守ってくれているって。

 さっきドアを開けた時に家の中から外に向かって強い風が吹いた。もしかして、その、いい気ってやつが外に出るためにドアノブをガチャガチャしてたんじゃないの? 風が吹き抜けたってことはいい気は外に出て行ってしまったんじゃ……そんな事が頭を過ぎる。




「ねえ、無視しないでよ」




 また声が聞こえる。子供の声が。

 ああ、こんな事なら今夜はもっといいものを食べておけばよかった。そう思った途端、私は意識が途切れた。






□□□□□□□□□□






 おれは怖がりだ。

 今年で35歳になる。でも怖い話は最後まで聞いていられないし、ホラー映画なんて見たことがない。幸い霊感なんてものもなく、不思議な体験をしたこともない。

 そんなおれの最近の悩みは隣の部屋が事故物件になった事だ。


 隣の部屋には年の近い女性が住んでいた。

 会えば挨拶をするぐらいの関係だったが見た目はかなり好みだったのでいつかお話できたらなあ……なんて思っているうちに二年の月日が流れた。そして話しかける前に彼女は蒸発した。

 先週の事だ。仕事が休みの土曜日。昼まで寝ているとインターホンが鳴った。誰だろうとのっそりドアを開けると若い警察官と大家さんが立っていた。

 何かやらかしたのかもしれないと思い焦っていると大家さんが説明してくれた。隣の女性が一週間ほど前に突然いなくなったそうだ。ただ、部屋の中にはスマホや財布、荷物が残っていて、彼女の職場の人たちも彼女の行方がわからないらしい。

 最近彼女を見かけなかったか? マンションの周りで変な人物を見なかったか? おかしな物音はしなかったか? といろいろ聞かれた。

 ここ数日会社に泊まり込みで働いていたので全く心当たりがなかったおれはその旨を伝えると二人は残念そうな顔をした。なんとも言えない嫌な空気を残して二人は帰って行った。


 警察と大家さんが家にやってきてから二ヶ月が経った。

 日曜日のお昼にスーパーで買い物をして帰ってくるとおれの隣の部屋の前におばあさんが立っていた。大家さんだ。

「大家さん、こんにちは」

「え、ああ、こんにちは山下さん」

「どうかされましたか?」

「いや、ちょっとね。もういなくなって二か月も経ったからそろそろなんとかしないといけないなと思ってね……」

「そうなんですね、まだなんの情報もないんですか?」

「そうなのよ、でもこのままにしておく訳にもいかないからねえ……それでちょっと見にきたの」

「そうでしたか」

「何があったのかはわからないけれど、不気味というか怖いわね。こんな事を言うのは変な気もするけれど、あなたも気をつけてね」

「え、あ、はい。気をつけます」

 それじゃあ、と言って大家さんは帰って行った。


 隣の部屋が貸し出されるとなると、こういう場合は事故物件になるんじゃないだろうか。違うかもしれないが曰く付きであることには間違いない。隣の部屋が曰く付き、なんだか嫌な感じだ。

 そんな事を考えたからかどうかはわからない。でも、おかしな事が起きたのはその日の夜だった。




 コンコンコンコンコンコンコンコンコン……




 ん?

 寝ていると変な物音で目が覚めた。




 コンコンコンコンコンコンコンコンコン……




 壁に釘か何かを打ち付けるような音が家の中に響いている。どこから音が鳴ってる? 電気をつけて耳を澄ますと隣の部屋からだった。そう、女性が蒸発した隣の部屋だ。

 時計を見ると深夜3時。こんな時間に何をしているんだろう? いや、そもそも今、隣の部屋は誰もいないはずなのに何故? もしかして帰ってきたんだろうか? おれは恐る恐る音がする壁に近づき、そっと耳を壁にあててみた。




 コンコンコンコンコンコンコンコンコン……




 やはり何かを叩く音のようだ。一定のリズムで鳴り続けている。不気味だなあと思いながら耳を離そうとしたその時だった。




「次はあなたね」




 壁越しに、でもはっきりと子どもの、女の子の声が聞こえた。

 おれはパニックになり家を飛び出した。ここにいたら駄目だ、引っ越さなきゃ。大家さんにはいきなりで悪いけど、もうこの家には住めない。早く次の家を見つけなくちゃ。

 行く当てなんてないので、とりあえず近所のコンビニに走って向かう。後のことはコンビニに着いてから考えよう。






 この時のおれは勘違いをしていた。

 そう、引っ越してしまえば助かると思っていた。この家から離れたら大丈夫だと。

 なんの根拠もないのに、おれはそう信じていたんだ……




挿絵(By みてみん)

イラストは秋の桜子様からいただきました

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― 新着の感想 ―
[良い点] 終わり方がとても良い。 この『想像させる余地』って大事ですよね、特にホラーでは。 ホラーの何が怖いかって、最も怖いのは『読み手自身の想像力』ですもんね。 映像ホラーよりも文章でのホラーが、…
2022/03/05 12:47 退会済み
管理
[一言] 女の子って事は若返ったのかな?自分だとホイホイ開けて振り向いてしまいそうだ。
[良い点] 入ってきたのは、入ってこようとしたのは何なのか!?とても怖いお話でした!深夜三時というのも不気味さがあってよかったです!
2021/05/20 16:29 退会済み
管理
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