第六話
「え、ロージー。結局、部活もジムも両方入っちゃったのか!?」
翌日、マイケルに部活とジムを両方とも入ったことを告げると、マイケルに大層驚かれた。
「流石、ローズさん。頑張り屋さんですね。ケーキ作りも結構、力仕事ですし、私もジム通おうかなあ。」
隣にいたリリアも話を聞いていたのか、うーんと考える仕草をした。
「まあ、月・水・木・土が部活動で、火・金が生徒会だから被ってないし、ジムも土曜日の部活動帰りに一時間だけやるつもりだから、日曜日は休めるし、なんとか、回せるかなと……」
「頑張るねえ。俺は部活動諦めて、ジムを週三で通うことにしたわ。」
「マイケルさんもローズさんもちゃんと自己研鑽されているのですね。私もジム通います!皆さんとなら、頑張れそうですし。」
「リリイだって、生徒会入ってるじゃん。俺なんか全然だよ。でも、ジム入会は大歓迎。三人で頑張ろうぜ。」
にかっとマイケルは笑う。
リリアとマイケルは席が近いからか、すっかり打ち解けているようで、会話がトントン拍子に進んでいる。
私はどこか少し寂しい気持ちになりながらも、二人の会話を聞いていた。
放課後。
生徒会室に向かうと、ちょうどリリアとクリストファーとばったり会った。
二人一緒に居ることに、私は胸が苦しくなる。
そんな私の胸のうちも知らず、リリアはいつもの調子で話しかけてくる。
「ローズさん、お疲れ様です。あ、これ、今日ムース・オ・ショコラを作ったんです。よかったら、どうぞ。」
可愛らしいリボンをつけたケーキボックスを私に渡してくる。
「……ありがとうございます。念願叶って、リリイの手作りが食べれるわ。」
私がそう言うと、リリアは照れたように、えへへ、と笑う。
「リッキーは先生に質問があるからと、残るらしく、少し遅れるらしいんだ。先に入って、打ち合わせを進めてくれと頼まれたよ。」
生徒会は現在、六名で構成されている。
会長の二年、製菓科のパトリック・メルシエ。
副会長の三年、製菓科のクリストファー・ガルシア。
書記の一年、製菓科のリリア・ミシェル。
庶務の三年、製菓科のダミアン・ジラール。
広報の二年、料理科のアンソニー・コックス。
そして、会計は私が務めている。
生徒会室に入ると、規則ギリギリの自由な髪型に、少し着崩した制服を着た男子学生がソファに座っていた。
「あ、君が料理科の新入りちゃんだね。俺はダミアン・ジラール。三年の製菓科だよ。気軽にダンって呼んでね。」
製菓科なので、リリアとは既に知り合いなのだろう。ダミアンは私に向けて、軽薄そうな挨拶をしてきた。ぱちんとウィンクをする様子がまさに軽薄さを表している。
「初めまして、ダン先輩。私はローズ・リシャールです。」
「ああ、君がローズちゃんね。クリスからは話を聞いているよ。」
「えっ」
「……おい、ダン。」
ダミアンの言葉に動揺した私の声に被せるように、クリストファーが低い声で制する。
「なぁに、クリスくん?そんな怖い顔しないでよ。これからよろしくね、ローズちゃん。」
クリストファーの制止も躱し、縹渺とした顔で私に手を振るダミアン。
同じ学年で製菓科の二人はある程度仲が良いのだろう。
二人の会話はどこか打ち解けたような感じがあった。
「やあ、ローズくん、リリアくん。」
「「きゃあ!!」」
私とリリアがクリストファーとダミアンの会話を聞いていると、後ろから声がして、私達は思わず、声を上げた。
声をかけた男子学生は悪びれもせず、爽やかな笑顔を浮かべた。
「ああ、驚かせてしまったね。すまない。せっかく入って来てくれた新しい生徒会の仲間に是非とも挨拶をしたくてね。私はアンソニー・コックス。ここでは、広報を務めているよ。」
「相変わらず、アンソニーくんは気配がないね。いつ生徒会室に来たの?」
「ははは、気配を消しているつもりはないんだけどね。それに、私はダンさんが来る前からここに居たよ。」
「えっ、嘘でしょ!?全然、気が付かなかった。」
私達が生徒会室で話をしていると、後ろで扉が開く音が聞こえた。
「待たせたな……って、まだ打ち合わせは始めていなかったのか?先に始めて構わないと言ったはずだが……」
「ああ、すまん。世間話に花を咲かせてしまった。」
「クリスさんは悪くないよ。私がニューカマーの2人を捕まえて雑談をしてしまっていたのだから。」
「そうか。ダン先輩とアンソニーは、あまりリリアとローズに話をする機会がなかったからね。生徒会の仲間との交流は大切だな。さて、挨拶も済んだことだろうし、打ち合わせを始めようか。」
パトリックの一言で、定例の打ち合わせが始まった。
私が生徒会に入った要因の一つは、空いていたポストが会計だったからだ。
私の父はレストランのオーナーシェフ。
つまり、料理の腕だけでなく、経営者として、このレストランを築き、スタッフを導き、お客様に最高のサービスを提供している。
専門学校では、高校の授業も併せて勉強出来るが、会計の知識は学べない。
今回、生徒会の会計に入ることで、少しは計数的な知識が学べると思ったのだ。
ちらりと、リリアを見ると、リリアはいつになく真剣な表情で、パソコンで議事録を取り、何かあれば、積極的に質問をする。
クリストファーやダミアン、アンソニーも積極的に議論に参加している。
これが、パトリックが統率している生徒会。
私は予算を見ながら、必死に議論に参加しようとするのだった。
生徒会の帰り、私は昨日部室にノートを忘れたことに気がつき、取りに戻っていた。
部室に入ると、ノートを見ながら、ぶつぶつと呟く、アランがいた。
「アラン先輩。」
「うわ!?……なんだ、君か。どうした?今日は部活動の日じゃないぞ。」
アランは驚いて、持っていた鉛筆を落とした。アランはすぐにいつもの様子に戻り、私に尋ねてきた。
私は棚の上に置いてあったノートを掲げて答える。
「昨日、メモを取っていたノートを忘れてしまって。アラン先輩こそ、どうしてここに?」
「……部費の支出を確認しているんだ。額が合わなくてな。部長のポールは社交的だし、料理のセンスは良いんだが、こういうのは疎くてな。俺が管理しているんだ。」
アランは深いため息を吐く。
どうやら、アランは想像以上に苦労人らしい。
私はアランの隣に座る。
「良ければ、お手伝いします。二人でやったら、見つかる可能性高くなりますよ。レシートを日付ごとに一度整理しますね。」
私はレシートの束を再度確認し、経費項目別に分かれていたレシートをさらに日付ごとに細かくする。
「良いのか?……猫の手も借りたいところだったんだ。正直、かなり助かる。」
アランは電卓を使いながら、分けたレシートを見直す。
「私、生徒会で会計の仕事も始めたんです。こういったことも今後やると思うので、勉強する良い機会です……って言ったら、困っているアラン先輩に失礼ですか?」
「いや、そんなことはない。というか、君、生徒会にも入っていたのか?昨日、部活動の後、ジムの入会手続きもしただろう。マイケルから話を聞いたんだ。探究心旺盛なのは良いことだが、無理はするなよ。」
「お心遣いありがとうございます。確かにこれで体調を崩したら、元も子もないですよね。気をつけます。」
「そうしてくれ……ん、なんだ、このレシートは。これを入れ忘れていたのか。大体なんだこのラッピングの請求書は!また、ポールか!余計なものを買うなとあれほど言ったのに……!」
どうやら、アランは入れ忘れた雑費に気がついたようだ。
わなわなと震えるアランに私は苦笑いする。
アランはハッとした様子で一つ咳をして、私に軽く頭を下げた。
「ああ、すまない。ありがとう。細かく整理してくれたおかげで、スムーズに出来た。」
「いえいえ。そういえば、アラン先輩って、不思議な髪色をしていますよね。黒髪に黒い瞳は珍しいです。」
「俺は元々この国の生まれじゃないからな。この学校に憧れて、中学の頃、この国に留学したこともあった。ポールはその時のホームステイ先だったんだ。ランベール家には本当に世話になった。」
「だから、ポール先輩と仲良しなんですね。」
「仲良し?俺とポールが?」
心外と言わんばかりの表情をするアランに思わず笑いが込み上げる。
「お互い支え合っている感じです。側から見たら良いコンビだなあと。」
「……俺達は側から見たらそんな風に思われているのか。」
「褒めているんですよ?羨ましいです、二人の関係が。」
幼なじみとは、こういった関係を指すのだろう。
私とクリストファーは、二人のような気心の知れた関係になることは出来ていない。
「君は真面目だな。調理実習でも、手を抜かないし、雑さがない。まだまだ荒削りだが、センスもあると評価する先生の気持ちがわかる。」
「そうですか?」
「……君が入学したばかりの初めての調理実習の時からそう感じていたよ。マイケルが愚痴っていたときにも、諌めてフォローしていたし。」
ふと、魚料理の時のことを思い出す。
確か、あの時、アラン先輩の話をしていた気がする。
「もしかして、あの時の会話聞いてきたんですか?」
「聞いていたと言うよりは聞こえていたんだがな。俺の言ったことを、そんな風に捉えてくれる後輩もいるのかと感心したものだ。」
「……アラン先輩に褒められるなんて光栄です。アラン先輩の作品、去年の文化祭で見たんです。小さく可愛らしいお寿司に魚のお造り……料理でもあんなに繊細で見た目が美しいものが作れるなんてと感動したんです。どれも目を惹くような素敵な作品でした。その時に、料理研究科のことを知ったんです。」
「……自分の作品を褒められるのはくすぐったいな。でもありがとう。嬉しいよ。俺の父はずっとこの国で二号店を開くのを夢見ていた。でも、持病が悪化して、海外展開は止むなく諦めたんだ。俺は父の夢を継ごうと頑張っていたが、なかなか上手くいかなくてな、でも俺の作品に感動してもらえる人もいるんだと分かって……救われた。」
アランの優しい表情に、思わずドキッとしてしまう。普段、厳しい表情をしていることが多い人が優しい表情をすると、ギャップがある。
「……そうだ。今日は菓子を作ってみたんだ。寒くなってきたからな、柚子を使った上生菓子だ。良かったら、試食してくれないか?実家から玉露を貰ったんだ。」
「是非!」
こうして、私はアランと少しだけ打ち解けたのだった。
生徒会も部活動もなんとかやっていけそうだ。
前回と違い、幸先の良い感じに、私は心底安堵したのだった。