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第四話

他のクラスメイトと合流し、黒板に書かれた席に着き、隣の席に座る女子学生を見て、私は内心絶望した。


前回同様、隣の席はリリアだった。

午前は共通科目で料理や製菓の基礎と高校生としての基礎科目を学び、午後は科別に専門知識を学ぶ。


つまり、クラスは料理科も製菓科も合同になるのだ。


リリアと目が合う。

リリアは愛らしい笑顔を浮かべて、私に会釈をする。

私もつられて会釈をする。


唯一の救いは前の席にマイケルがいることだ。

前回も私とリリアは隣の席だった。

おそらく、マイケルも前の席に居たのだろうが、クリストファーとリリアのことで頭がいっぱいだった前回の私にマイケルを認識することは出来なかったのだろう。


「あの……ローズ・リシャールさんですよね?」


無事に平穏に過ごせるよう願っていると、リリアがおずおずと私に話しかけてきた。

私が突然リリアから声をかけられたことに、びっくりして固まると、リリアは慌てたように言葉を紡いだ。


「あっ……突然、ごめんなさい。私、リシャールさんのところのレストランで以前一回だけ料理を食べたことがあって、それでリシャールさんのレストランのファンになってしまって……」


慌てて弁明するリリアは庇護欲を唆られる愛らしさに溢れていた。

私はなんとか平静を装い、無難に回答する。


「ありがとうございます。そう言っていただけると、私の父も大変喜ぶと思います。」


私が必死で作った笑顔で無難な答えを返すと、リリアは大層安心したように、安堵の表情を浮かべて、話を続けた。


「ごめんなさい、憧れのシェフのお嬢様と同じクラスなんて、嬉しくて、つい……私、リリア・ミシェルです。製菓科に所属しています。」


「いいえ、声を掛けていただいて嬉しいです。先程、新入生代表挨拶をされておりましたよね。私は料理科なので、科は別ですが、仲良くしていただければ嬉しいです。いつか、リリアさんのケーキも食べてみたいです。」


前回の記憶のせいで意識してしまい、同学年なのに敬語で話してしまう。

それに、どこか媚びへつらった回答をしてしまい、自分でもおかしいと感じてしまう。

それでも、前回の記憶が邪魔して、うまく直せない。


「リリイでいいです!私の作ったもので良ければ是非!わ、私もいつかローズさんの作った料理を食べてみたいです。」


少し頬を赤らめながら、リリアはそう答える。


「ええ、是非。これから、よろしくお願いしますね、リリイ。」


私がそう言うと、リリアはぱあっと顔を明るくした。



前回はこんな会話なかったはずだ。

いや、もしかしたら、私がリリアを初めから敵視していたから、リリアは私に話しかけて来なかったのかもしれない。


私がリリアを敵視していた理由は、クリストファーがリリアを生徒会にスカウトしたからだ。


この専門学校の風習として、新入生代表に選ばれた生徒は生徒会にスカウトされる。

前回も新入生代表に選ばれたリリアは副会長のクリストファーにスカウトされ、生徒会に入った。


前回の私は成績も中の下で、生徒会のお呼ばれは当然されなかった。

専門学校だけでなく、クリストファーにも特別扱いされるリリアが面白くなかったのだろう。


今となっては、馬鹿な嫉妬だと思う。

でも、今回の私も最後の足掻きで、試験対策を行った。

それでも結果は学年で二位、料理科の一年で一位と言う結果になり、惜しくもリリアには届かなかった。


私が全力を出しても、リリアには届かない。

特別な出自であるリリアはきっと相当な努力をしていたのだろう。


リリアの努力を体感した私はそう思い、私はリリアに対する嫉妬心が次第に薄れたのだった。



「さっき、学年トップに話しかけられた時のロージー、めっちゃ猫かぶってたよな。」


クラスでの説明が終わり、科別の説明に移り、私達は料理科専門の調理場に集められた。

説明が始まるのを待っていると、マイケルがそんなことを言ってきた。


「線引いてたっていうか、なんていうか……すっげぇ、違和感あった。ロージーは苦手なの?学年トップのこと。」


「いや、苦手というか、どう対応していいか分からないというか……」


マイケルのストレートな切り返しに私はしどろもどろになってしまう。

前回の記憶が私の挙動をおかしくさせるのだ。しかし、そんなことを言ったら、すぐに病院行きにされそうだ。


「まあ……あの子、すっごくロージーに憧れてます!って感じだったもんなあ。でも、悪い子ではなさそうだし、普通にしてればいいんじゃないの?」


「うん、そうだね……頑張ってみる。」


そんな話をしていると、先生が教壇に立ち、オリエンテーションが始まったのだった。



寮に着き、私は着替えもせずに、ベッドに横になった。


専門学校の朝は早い。

専門科目の授業は基本的に午後だが、朝に仕込みをして、昼に仕込んだものを使うケースがある。


早速、明日は五時半起きだ。

過密スケジュールにも圧倒されているが、私が何より不安なのは、クリストファーとリリアのことだ。


私は飲みかけのスポーツドリンクを見る。

きっと、前回よりクリストファーと私の関係は良くなっている。


だけど、リリアの介入によって、私がどれだけ暴走するか分からない。


……出来るだけ、二人の気分を害さないように、二人と距離を取ろう。


マイケルや他の生徒と行動を共にしよう。

部活に入るのも良いな。


私はそんなことを考えながら、そのまま眠りに落ちたのだった。


私はアラームを掛けていなかったにも関わらず、奇跡的に五時に起きた。

慌てて、シャワーを浴びて、支度をし、調理場に向かった。


「おはようございます!」


「おはよう。集合時間、ギリギリだな。今日は魚料理だ。あと、出汁も取るぞ。さっさと手を洗って、持ち場に向かえ。」


「はい!」


仕込みは全学年が行う。

私に指示をしてきたのは、確かニ学年の先輩だ。

一年は初めての作業の為、二年と三年がフォローをしてくれる。


今日は私が好きな東洋の料理だ。

一方で、私はこの魚の調理が大の苦手だった。


基礎なのは理解しているが、魚の三枚おろしは手先が狂うし、内臓を掻き出したり、血を洗う工程も苦手だった。


鱗を取り、三枚おろしの工程を必死にこなしていると、後ろに誰かが立つのを感じた。


「作業が遅い。怖がるな、変に躊躇するから、却って手元が危ない。それに、怪我を恐れて、身まで刮いでいるじゃないか。食材を無駄にするな!」


先程の先輩が注意をしてくる。

焦る私は骨をなんとか素早く取ろうとする。

しかし、刃が進まず、私はさらに慌ててしまう。


すると、先輩は後ろから私の包丁を持つ手を握ってきた。


「そのやり方だと進まないだろ。ほら、骨に当たってるんだよ。骨に突き当たった時は少し上にするといい。ただし、上にし過ぎて、手を怪我するなよ。おろすときは、気持ち上に切るようにしろ。そうすると無駄なロスが少なくて、骨だけ取れる。」


先輩の教え通りに行うと、先程よりスムーズに工程を終えることが出来た。


「うん、いい感じだ。それが終わったら、一番出汁だ。」


先輩は私の作業を満足そうに頷き、自分の持ち場に戻った。

先程の怒りっぽい表情と打って変わって、得意げな笑みに驚いてしまった。


朝の仕込みが終わり、クラスに向かう途中、マイケルが私に声をかけてきた。


「朝からめっちゃ疲れたわあ。それに、魚くさっ!今日一日この臭いと一緒に過ごさなきゃいけないなんて、最悪だわ。それに、めっちゃ厳しい二年の先輩に扱かれたから、心身ともに疲れ切ったわ。」


「魚料理は大変だよね。私もミートソースを使ったピザとかを作る方が好きかも。」


「だよなあ。今日、俺のサポートを二年の先輩がしてくれたけどさあ、一年で俺達もあんな風になれるのかなあ。」


「確かに……私に教えてくれた先輩も厳しかったけど、分かりやすく教えてくれたし、自分の持ち場も回して、後輩に的確なフォローをするだなんて、たった一年後に出来るようになる気がしないわ。」


「何を悲観的になっているんだ。お前達は料理人を目指しているんだろう?初日で気持ちが折れていたら、やっていけないぞ。」


「げ、アラン先輩。」


振り返ると、そこには眉を顰めた先程の先輩が立っていた。


「心底嫌そうな顔をしているな、マイケル。この学校は、自国の料理だけでなく、あらゆる国、民族、文化の料理を学んでいく。これから、道のりは長いんだ。魚料理の仕込みで嘆いていたら、いつまで経っても成長しないぞ。」


「分かっていますよ……ちょっと、愚痴を吐いただけです。」


「午後は用意した魚を揚げていく、温度とタイミングが大事だから手早くやるんだぞ。吸い物や前菜も一緒に作る。効率的にやることを意識するんだ。」


「はあい。」


アランの説明にマイケルは間延びした答えを返す。


アランは何か言いたげな顔をしたが、初っ端から言い過ぎるのも良くないと思ったのか、そこまで言うと、踵を返し、自分の教室に向かっていった。


「アラン先輩、めっちゃ細かい!ちょっとくらい大胆な方が味も生きるだろうに。」


「そうかな、私はアラン先輩は後輩思いな良い先輩だと思うけれど。」


「はあ?ロージーはアラン先輩の味方なわけ?」


「味方ってほどじゃないと思うけれど……ほら、私達はまだ荒削りな部分が多いから、ここで基礎をしっかり固めるのが大事だと思うんだ。確かにマイクの言う大胆さやアレンジも大事だけれど、基礎があってのことじゃない?」


「まあ、そうだけどさあ……そうだよな、俺も料理人目指してるのに、初っ端からつまらない愚痴吐いてるんじゃ、美味しい料理なんて作れっこないわ。」


「技術だけじゃなくて、心意気っていうのかな、そういうのも磨いてくのが専門学校じゃない?お互い頑張ろうよ。」


私がそう言うと、マイケルは溜息を吐き、私の肩を組んで歩いた。


「ああ、随分、真面目な友達を持っちゃったなあ、俺。」


わざとらしく嘆くようにマイケルは言う。

私は笑いながら、マイケルとクラスに向かうのだった。


入学して数日後。

私は専門学校に入って初めての休日を過ごすことになった。


土曜日はマイケルと校外周辺を散策して、様々な店やレストランを見つけ、開拓した。


そして、日曜日。

今日は、先月、私が寮への引っ越しなどで慌ただしかったせいで、出来なかった月一回のクリストファーとのデートをすることとなった。


クリストファーが学校の近くを案内してくれると提案してくれたのだが、リリアや他の学校の生徒に見られると気まずいと思い、私はあえて、電車に乗って、少し離れた街で会うことにしたのだった。


「お待たせしました。」


「いや、今来たところだ。しかし、同じ学校の寮に住んでいるのに、街で待ち合わせとは変な感じだな。」


「そうですか?」


「いや、なんでもない。さあ、行こう。今日はロージーが気になっていたアフタヌーンティーを予約したんだ。」


「わあ、楽しみです!」


不意に手を握られる。

これは、所謂恋人繋ぎというものではないだろうか。


動揺し、私がクリストファーをちらりと見ると、クリストファーは相変わらず爽やかな笑顔を浮かべている。


「行こうか。」


私は恋人繋ぎには言及出来ずに、カフェに向かうこととなった。

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