第二十話
「あーあ、結局俺は圏外かあ。」
コンテストの翌日。
学園にはいつもの日常が戻ってきた。
そして、マイケルは欠伸をして机に突っ伏した。
「ロージーもそうだけどさ、棄権したリリアを除いて、生徒会メンバー全員上位ランクインだもんな。すげぇよ。」
マイケルは拗ねたような口ぶりでそう言う。
パトリックは二位、ダミアンは八位と、棄権したリリア及びアンソニー以外は上位にランクインしたのだ。
「私はマイクの料理やコンセプト好きだったわよ?」
「上位ランクインしたロージーに言われても慰めにしか聞こえない……って、悪い。俺、嫌なやつだな。一年でランクインって滅多にないことみたいだけど、やっぱり自分の実力を全部ぶつけてランクイン出来なかったことが悔しいんだ。」
「マイク……」
マイケルは顔を上げて、頬を叩き、いつもの笑顔を見せる。
「湿っぽい話になっちゃったな。話題変えよ!もうすぐ、三年生の人達は卒業式だな。生徒会、忙しそうだよな。」
「ええ……パトリック先輩とリリイと私以外は全員抜けてしまうから。新学期になっても、しばらくは忙しいかも。」
「大変だな。そういや、リリイは今日から復帰だっけ。」
「ええ……二日間しか休んでないし、大丈夫かしら。」
「お、噂をすれば。」
マイケルの視線の先を辿ると、リリアが立っていた。教室は少しざわめく。
「おはようございます。」
リリアは笑顔でみんなに挨拶をする。
「リリアちゃん、大丈夫だった?」
「次があるよ。頑張ろう!」
リリアの周りにクラスメイトが集まり、労いの言葉を投げかける。
「ふふ、ありがとうございます。優しい皆さんとクラスメイトになって、幸せです。来年も頑張りましょうね。」
リリアは優しい笑みを浮かべて、男女問わず、その笑顔で魅了した。
私とマイケルはリリアとクラスメイトの様子をただ眺めていた。
しばらくして、リリアが私たちの視線に気が付き、こちらに来た。
「ローズさん。少しお時間よろしいでしょうか?この前の話の続きをしたくて。」
「……ええ、もちろんですよ。」
リリアの言葉に私は頷く。
近くにいたマイケルは少し困惑したような表情を見せた。
私は少し笑みを浮かべて、マイケルに大丈夫だと伝えた。
朝の生徒会室は誰もおらず、リリアは内鍵を締めた。
私は思わず身構える。
そんな私の様子を見て、何かを察したのかリリアは少し困ったような笑顔を浮かべた。
「まずは、ローズさん。コンテストの上位ランクインおめでとうございます。」
「あ、ありがとう。」
「ふふ、そんなに怯えないでください。私はただ謝りたかっただけですから。」
舞台袖で言っていた最近のリリアの態度のことだろうか。それなら、不問だ。
私だって、クリストファー絡みでリリアには謝らなければいけないことがある。
「ごめんなさい、謝る前に私の本音を伝えさせてください。」
リリアはそう言うと一つ咳をして、こちらを見る。
「私、クリストファー先輩のことが好きだったんです。」
リリアから改めてそう言われて、胸が痛む。
……やはり、リリアはクリストファーのことが、と思うと同時に過去形で話すリリアに疑問を抱いた。
「この学園に入学して、生徒会に入って、マイケルさんやローズさんと仲良くなれて、私幸せだったんです。だから、少し欲張りになっちゃいました。」
「欲張り?」
「クリストファー先輩のこと、憧れていたんです。だから、憧れていた人が私の彼氏だったら、もっと幸せになれるんじゃないかなって。」
リリアは目を伏せて、話を続ける。
「最初から、何となく気がついていたんです。クリストファー先輩とローズさんって特別な関係なんだなって。でも、だからこそ、ローズさんに私の想いを伝えて、釘を刺したかったんです。『この人は私が狙ってますよ。』って。」
私は何も言わずに、ただ黙ってリリアの発言に耳を傾ける。
「案の定、私がローズさんにクリストファー先輩への想いを伝えたら、二人の関係はギクシャクしましたよね。そこまでは、何となく予想がついていました。ローズさんとアラン先輩が付き合うのは少し想定外でしたが。でも、ローズさんはクリストファー先輩のことが大好きだったんですよね。」
「え……」
リリアは茶目っ気たっぷりの笑顔を私に向ける。私が知っているリリアと少し違う気がする。リリアは私が思うよりも強かな女性だったのかもしれない。
そう思うくらいに、今目の前にいるリリアは雰囲気が違った。
「バレバレでしたよ。クリストファー先輩のこと諦めなきゃって気持ちが私にも伝わってきましたもの。でも、私は大好きなローズさんが傷ついていても、その隙にクリストファー先輩との仲を深めて、あわよくばと思ってしまったんです。ローズさんが悩んでいるのに気がついていたのに。」
自嘲めいた笑いを浮かべながら、リリアは話を続けた。
「でも、クリストファー先輩は全然靡いてくれませんでした。こんなに二人の関係を邪魔した私の言うことなんて、信じてもらえないかもしれないけど、私、二人のことが本当に好きだったんですよ。だから、分かったんです。クリストファー先輩とローズさんが両思いだって。邪魔なのは私だったんだって。」
「そんなこと……」
私が思わず否定しようとすると、リリアは人差し指で私の唇に触れる。
リリアは頬を膨らませて、私の言葉を遮った。
「私もありのままのことを伝えているんです。ローズさんも素直になってください……でも、私は私自身を止められなかった。これはやってはいけないことだと思いながら、私はクリストファー先輩を好きでいること止めれなかったんです。コンテストの時、私の作品が壊れたのは二人の関係をかき乱した私への罰だと思うくらいには、私も悩んでいたんです。」
リリアは深々と頭を下げる。
「……二人の仲を壊してごめんなさい。私はクリストファー先輩のこと、諦めます。ローズさんがライバルだったら敵いっこないって改めて分かりましたから。」
「そんな……私こそ、リリイに言っていないこと沢山あったんです。私とクリストファー先輩が保留中とはいえ、婚約関係にあったこと……私がクリストファー先輩の、いえ、クリスのことが好きだったこと。」
私がそういうとリリアは苦笑いをした。
「クリストファー先輩とローズさんが婚約関係だということも、クリストファー先輩のことが好きだということも気がついていましたから。気づかないふりをして、邪魔した私が悪いんです。」
「気がついていたの?……それでも、私の方が悪いわ。リリイが腹を割って想いを伝えていたのに、私は逃げてばかりいたから……」
「そんなことありません!」
私とリリアは自分が悪いと言い合い、数分して、その言い合いがとても滑稽なものに思えて、二人で笑い合った。
「じゃあ、お互い様ってことで仲直りしましょう?」
「そうですね……ローズさん。」
「何?」
「クリストファー先輩は本当にローズさんのことが好きですよ。私は二人のことを応援しますから、今度こそ幸せになってください。」
私が言えることではないんですけどね、とリリアは苦笑いした。
私は頷き、リリアの手を取る。
冷たい手だ。
緊張していたのかもしれない。
気丈に振る舞っていたが、リリアがまだクリストファーに未練があるのは、リリアの表情を見れば、一目瞭然だった。
「ありがとう、リリイ。」
心の中でごめんなさい、と言いながらも、リリアに感謝の意を述べると、リリアは少し涙目になりながら、笑った。
「えへへ、お二人が付き合ったら言ってください!私、お祝いしますから……あ、予鈴のチャイムですね。私、鍵を返しに行きますから、先に教室に戻っていてください。」
リリアはぐいぐいと私を押して、生徒会室から出るように促す。
「そ、そう?じゃあ、お願いしますね。」
リリアは生徒会室に一人になり、ぽつりと声を漏らす。
「これで、良いんですよね……あーあ、好きだったなあ。」
リリアは頬に伝う涙を拭った。
放課後、私はアランを呼び出した。
「お疲れ様。コンテストの上位ランクイン、おめでとう。」
「アランもおめでとうございます。」
前回、パトリック達に注意されたにも関わらず、私達は屋上で炭酸飲料を飲みながら、互いを労った。
「……ローズ、何か言いたいことがあるんだろう?」
「えっ?」
少しの沈黙の後、アランにそう尋ねられて、ドキッとする。
私の驚いた表情を見て、アランはクスクスと笑った。
「そんな顔をしていたからな。俺も伝えたいことがあるんだ。いいか?」
「ええ、どうぞ。」
「俺はローズのことが好きだ。恋人役ではなく、本当の恋人として付き合ってほしい。」
「…………!」
私は声が出なくなった。
まさか、ここで告白されるとは思わなかった。
私は今日、ここでアランとの恋人役を解消しようと思っていたから。
私は決意したようにアランの顔を真っ直ぐに見つめた。
「ごめんなさい……恋人役にまでなってくれたのに、私やっぱりクリスのことが諦められなかったの。だから……」
私がそう言うと、アランは頭を優しく撫でた。
「大丈夫だ。分かっていたから。君が副会長と向き合うことを決めたのだとな。でも、最後だから伝えたかったんだ。俺の想いを。」
「……ごめんなさい。アランみたいな素敵な人を振るなんて、勿体無いし、身分不相応なことだと思っているんだけれど……」
アランは私の顔を覗き込み、少し意地悪な表情をした。
「俺を振ったこと、せいぜい、後悔するといい。」
そう言って、アランは私から離れて、扉に向かう。
「アラン、ありがとう!貴方が居てくれて、心強かった!」
私は大声でアランに伝える。
すると、アランはこちらを向かず、手を上げ、軽く振った。
私はどれだけ間違ってきたのだろう。
今回も多くの人を巻き込んで、困らせてしまった。
でも、二回目の初恋だからこそ、今度こそ素直になりたい。
私は炭酸飲料を一気に飲んで、気合を入れ直した。
クリストファーの卒業式まで、あとわずか。
今度こそ、私はクリストファーにちゃんと想いを告げるんだ。
アランが屋上に続く扉を閉めると、慌てて階段を降る足音がした。
「ポール。」
「うわっ!?アラン。どうしたんだ?」
アランは少し駆け足でその足音を追うと、ポールが慌てた様子でその場を立ち去ろうとしていたのが見えて、声をかけた。
ポールはアランに声をかけられると分かりやすく狼狽した。
アランは溜息を吐く。
「盗み聞きしてたんだろ。」
「わ、悪い。ほんの出来心で。」
「どこまで聞いてた?」
「…………全部。」
消え入る声でポールはそう答えた。
つまり、ローズとアランが恋人ごっこをしていただけだと言うこともポールにはバレてしまったということだ。
(最後の最後でこいつは……)
アランは眉を顰める。
恋人ごっこをしていたことは、誰にも言うつもりはなかったというのに。
「で、でも良かったのか?あんなにあっさりローズを手放して。」
「この期に及んで、そんな質問をするのか?」
「うっ……アランのことが心配で。」
「はぁ……ローズは初めから俺のものでなかったよ。」
「でも、アランはローズのこと好きだったんだろ?」
「好きだったよ。でも……」
「でも?」
(ローズにあの合宿で救われた時に、もう二度と間違いは犯さないと決めたんだ。)
「誰かの悪役になるのは、もうごめんだからな。」
「アラン……」
「それよりもお前は俺の心配なんてしている暇、ないだろう。部長のお前がコンテスト圏外なんて部員にも来年の新入生にも示しがつかないだろう。」
「ら、来年こそ頑張るから!」
「来年は最終学年だぞ?そんなんでお前……」
くどくどとアランはポールに説教をする。
ポールは耳が痛い説教を聞きながら、内心いつも通りの様子のアランに心底安心したのだった。
「お、リリイじゃん。買い物?」
マイケルはリリアをスーパーで見かけて、声をかける。
「あ、マイケルさん。二日間外に出れなかったので、食べるものがなくて。」
「そっか。何作るの?」
マイケルはリリアの持っているカゴの中を覗きながら、リリアに尋ねる。
「今日は少し疲れてしまったので、パスタだけで。」
「何かあったの?」
「ふふ、失恋しちゃいました。」
「あ、ああ……それはご愁傷様。」
マイケルは目を泳がせて、辿々しくそう返す。
「気を使わないでください。前向きな失恋ですから。好きな人達が幸せになる方を選んだんです。」
リリアはガッツポーズをしてみせた。
「そっか……大人だな。」
マイケルはリリアの頭を撫でる。
マイケルはどこかソワソワしながらも、一つ咳をした。
「あのさ……今度映画観に行かない?」
「いいですね!ローズさんと三人で予定を……」
「いや、二人で行かない?今度の土日のどっちかで。」
「え……」
「駄目?」
「……駄目じゃないです。」
「じゃあ、約束な!」
「ええ……約束です。」
マイケルとリリアは少し照れ臭そうにしながら、笑顔で笑い合った。




