第十九話
ダミアンが既にアンソニーが今回の事件の犯人だと、先生に説明していた為、職員室へアンソニーを連れて行くと、すぐにアンソニーは先生から面談という名の事情聴取を受けることになった。
のらりくらりと話を躱すアンソニーに先生も話を聞くことに、きっと苦労することだろう。
アンソニーの所在よりも気になるのが、クリストファーだ。
アンソニーを警戒していたクリストファーは私とアンソニーの間に入り、移動の時は、私の手を繋いで歩いていた。
そして、アンソニーを預けた今も手は繋いだままだ。
私は手を繋いでいることを言及すべきか迷ったが、クリストファーへの情が消し切れていない私は何も言えず、そのまま手を繋いでいた。
「ロージー、大丈夫だったか?」
「ええ、守ってくれてありがとうございます、クリス。」
そう言うと、クリストファーは振り向き、満面の笑みを浮かべた。
「……久しぶりにクリスって呼んでくれたな。」
「……だって学校では私達、先輩後輩の関係じゃないですか。」
「……そうだな。」
クリストファーは何処へ向かっているのだろうか。方向的には、コンテストの会場の方だろうか。
「……ねぇ、クリス。もし、クリスは過去に自分が取り返しのつかないミスを犯してしまって、もう二度と同じ失敗はしないと未来を変えようとするなら、貴方はどうやって対策を取りますか?」
「テストや調理の話か?」
「いいえ、人生の大事な選択くらいの大規模な想定です。」
「うーん、そうだな……もちろん、過去の失敗に関しては、猛省して、身の振り方は改めるとしてだ。未来を俺達が決めれるとは限らないだろう?だから、運命に身を委ねて、今を精一杯生きるしかないんじゃないか?過去ばっかり見てても仕方ないし、未来ばっかり見ても浮き足立つだけだろう。地に足をつけるには今を見つめるしかないと、俺は思う。しゃかりきになることが、必ずしも正しいとは限らないからな。」
「…………」
「ロージー?」
「……そ、そうです……よね。」
なんだろう。
クリスの言葉が凄く刺さった。
私は泣きそうになる。
「ロージー、どうしたんだ?」
クリスは慌てて、私の方を向き、心配そうな表情を浮かべる。
過去と同じ未来は作らないとがむしゃらに生きてきた自分。
運命に抗って、この世界を生きてきた私にとって、それは自分の生き様を否定された気分になってしまったのだ。
でも、クリストファーの言っていることは正しい。
私は過ちを恐れて、運命に抗って、起こりうる出来事を先延ばしにしていただけなんだ。
「……ロージー、君は何を恐れているんだ?」
クリストファーは優しい声でそう尋ねた。
何を、と私が言いかけ、顔を上げるとクリストファーは私を真っ直ぐ見つめていた。
真剣な表情。
クリストファーは私と向き合おうとしてくれている。それなのに、私は前回と同じ結末になるのが怖くて、逃げ続けている。
「私は…………」
そう言いかけて、アランとリリアの顔がよぎった。今、雰囲気に流されて、思う丈を口にするには、巻き込んだ人が多すぎる。
まずは、そこから、正さなければ。
例え、クリストファーもアランもリリアも離れていったとしても、今の私の行いは正しいとは言えない。
「クリス。少し時間をいただけませんか?私の気持ちをちゃんと貴方に伝える準備をさせてください。」
「……ああ、もちろんだ。」
「二ヶ月後の卒業式までに、私の想いを伝えさせてください。」
「分かった。」
もうすでに破棄してしまった婚約破棄。
本来、保留にしていれば、卒業式までに私達の関係をどうすべきか決めるはずだった。
今更だと思う。それでも、私はやはりクリストファーが好きだ。
告白しよう、二回目の初恋の人に。
今度こそ、クリストファーに相応しい女性になるから、私にチャンスをください。
わがままな私だけれど、どうか受け入れてください。
「…………」
アランは少し離れたところで、二人の姿を見つけ、何やら立て込んでいるように伺えた為、柱に隠れ、様子を伺っていた。
(そうか。ロージーはやはり諦めていなかったのか。)
恋人役を買って出た時から気がついていた。
ローズがクリストファーに未練があることを。
(……恋人役になれば、少しは俺の方を向いてくれると思ったんだがな。やはり、上手くはいかないか。)
アランはどこか寂しげな表情を浮かべて、二人に気がつかれないようにそっとその場を後にするのだった。
事件の騒動があった為、生徒会メンバーはパトリックとダミアン、私とクリストファーの二手に分かれて、コンテストの結果発表が始まっても見回りを行なっていた。
リリアは寮で待機しているとパトリックから聞いている。
コンテストの結果内容はまだ知らされていないが、生徒会の誰かが受賞者に選ばれた場合、一グループで行動することとなっている。
「なあ、二日目の製菓科の女の子、棄権したんだって。」
「え、何で?」
「作品がぐちゃぐちゃにされてたみたいだよ。」
「うわ、酷い。いじめかな。」
「噂じゃ、同級生の子がやったんじゃないかって。」
「陰湿だね。」
客席はリリアの棄権の話で持ちきりだった。
そして、相変わらず私が犯人呼ばわりされていたが、冤罪だ。気にしたら、負けだろう。
真犯人のアンソニーが捕まった今、噂もすぐに消えると信じるしかない。
「ロージー、気にするな。大丈夫だ。俺達、生徒会の皆や君の恋人は君が無実なのを知っている。独りじゃない。」
「ええ、大丈夫ですよ。ありがとうございます。」
しばらくすると、会場の電気が消され、司会者が立っているところにスポットライトが当てられた。
「さあ、二日間かけて行ったコンテストの結果が出揃いました!」
司会者の女性がコンテストの発表を始める旨を宣言すると、会場は沸き立った。
「料理科と製菓科の上位十名を発表致します!上位の方には、登壇していただき、一言コメントをお願いします!本コンテストのスポンサーになっている企業の方々から直々にオファーがありますので、降壇後、別室へお立ち寄りください!まずは、各科の十位を発表致します。料理科の第十位は……一年、ローズ・リシャールです!リシャールさん、ステージへお願いします。」
司会者の言葉に私は呆然としてしまった。
私が十位?
全学年合同のコンテストで、上位にランクイン出来たというのか。
私はふらふらとした足取りで、スクリーンが見えるところまで向かう。
幻聴じゃない、私の名前が大々的にスクリーンに打ち出されている。
「ロージー、おめでとう。さぁ、ステージへ……」
クリストファーが呆然と立ち尽くしている私の肩を叩いた。
その時、どこかの観客席からブーイングの声が聞こえた。
「ローズ・リシャールって、昨日の事件の容疑者でしょう?」
「いじめっ子が作った料理が評価されるなんて、おかしい。」
「やり直しだ!」
学園だけではなく、学外でも有名で伝統のあるコンテストで起こったトラブルは想像以上に観客に反感を買ってしまったらしい。
久しぶりの周囲からの敵意を感じ、私は足が震えてしまう。
クリストファーは庇うように、私の前に立つ。
「皆様……」
クリストファーが擁護の声を上げようと、強い声音で喋ろうとした時、マイクのハウリング音が会場に響いた。
「皆様、お静かにお願いします!」
観客が一斉にステージを見る。
私とクリストファーもステージを見ると、ステージに立っていたのはリリアだった。
「ちょっと、君!」
司会者のマイクをリリアが奪ったらしく、司会者は突然の出来事に狼狽している。
リリアは申し訳なさそうに頭を下げたが、マイクを返すそぶりもなく、客席に向かって、話し始めた。
「一年のリリア・ミシェルです。昨日は伝統的なイベントで皆様を不安にさせて申し訳ございません。この場をお借りして、お詫びさせていただきます。本事件は先生方、生徒会の皆さんのご協力の下、解決し、相手の方と話し、和解致しました。また、本事件に関して、ローズ・リシャールさんは一切関係ありません。寧ろ、ローズさんは生徒会のメンバーの一人として、本事件の解決にご尽力いただきました。先程、客席からお声があったローズさんがこの事件に関与しているという内容は事実無根です。ローズさんは……私の大切な友人です。ローズさんの件もそうですが、今回の相手の方へもこれ以上の追求はやめてください。どうか、お願いします。」
リリアは真剣な表情で淡々と言葉を紡ぐ。
一通り、伝えたいことを伝え終わると、深くお辞儀をして、司会の方へマイクを渡して、その場を去った。
会場は一瞬静まり返り、一拍置いてから、ちらほらと辺りから拍手する音が聞こえた。
中には、リリアを応援する声もあった。
「は、はーい。それでは、改めまして、ローズ・リシャールさん。ステージにお上がりください!」
司会者は突然の出来事に作り笑いを浮かべながら、再度、私に登壇するよう促した。
「ロージー、行けるか?」
クリストファーが心配そうにこちらを振り向く。観客の好奇の視線に晒されないよう、体格の良いクリストファーの体で私は隠れている。
「ええ……あんなことを言われて、逃げるわけいかないですもの。そんなことをしたら、今度こそリリイの顔に泥を塗ってしまいます。……だから、行ってきます。」
「ああ、行ってらっしゃい。」
私が舞台袖に向かうと、そこにはリリアが立っていた。
リリアは私に気がつくと、少し困ったように笑った。
「すみません、出しゃばっちゃいました。でも、どうしても許せなかったんです。ローズさんが悪く言われるの。」
「リリイ……私のことを信じてくれるのですか?」
「勿論です。私の最近の態度は失礼でしたよね。私……」
リリアがそう言いかけると、先生が困ったような表情をして、話を遮った。
「ローズ・リシャールさん、すみません時間が押しているので、登壇の方をお願いします。」
「お引き留めしてすみません。ローズさん、また後で話せますか?」
「勿論です……リリイ。」
「はい?」
「貴女は私の目標です。私を信じてくれてありがとう。」
私がそう言うと、リリアはふにゃっと頬を緩ませて、笑った。
「一年のローズ・リシャールです。この度は料理科の第十位に選んでいただき、誠に光栄に思います。本当にありがとうございます。この栄誉に恥じないよう料理人を目指す身として精進していきます。」
私は簡潔に感謝の意を述べて、その場を離れた。リリアがあの場を取り纏めてくれたのだ、余計なことを言って、また場を混乱させたくはなかった。
事件が起きて、犯人にさせられたのは、パラレルワールドの自分も含め、ローズ・リシャールの言動がそうさせたのだ。
だからこそ、私はローズ・リシャールとして、真っ当な人生を歩む。
この事件で、改めてそう決心したんだ。
「どうだい?まずは、インターンシップからでも参加してみてくれないか?」
受賞後、私はスポンサーである企業から、直々に入社を検討してくれないかとオファーをいただいた。
将来は父の店を継ぎたいと思っているが、修行も大切だと、私はインターンシップから参加することを謹んで承諾した。
廊下に出ると、ステージの音声がここまで聞こえてきた。
「続いて、料理科の第三位は二年、アラン・ロバンさん!まさかの二年生が三位を獲得しました!」
少し離れたところでも歓声と拍手喝采の嵐になっていることが伝わる。
凄い、アランはちゃんと評価されたのだ。
私は自分のことのように嬉しくなり、涙目になる。
そして、私は慌てて、ステージの見えるところへ向かった。
ステージの方を見ると、アランは涙目になりながらも、感謝の意を述べていた。
「アランさん、人魚姫のイメージでしたが、実際のモデルがいたりするんですか?
司会者は少し時間に余裕が出来たのか、アランが一言述べ終えると、そんな質問をした。
「私の親愛している人をイメージしました。以前、人の感情というものは、複雑で、多くの人の心を動かすのに、喜怒哀楽で一番訴えられると私が感じたのが哀だったから悲恋の話を選びましたと言いました。その人は自分の運命に翻弄されながらも、願いを叶える為に、必死に行動していました。その彼女の姿を見て、私は人魚姫が王子に出会うまでのメニューのアイデアが降りてきたんです。」
「彼女って、もしかして気になる人ですか?」
ふと、私はアランと目があったような気がした。
距離はあるので、気のせいかもしれないが。
「そうですね。」
アランの答えに会場は黄色い歓声でざわめく。
「いや、青春ですね!はい、ありがとうございました!続いては製菓科の第三位です。第三位は……」
アランの含みのある答えに、私は顔が赤くなる。どこか自分のことではないかと思っている自分が恥ずかしい。
私は近くの空いている席に座り、持っていたペットボトルを頬に当て、冷やしながら、発表の続きを見守った。
「……そして、三位は異例の二年生が総取りでした。二位は安定の三年生が獲得!そして、いよいよ第一位の発表です!まずは料理科の第一位は……三年、ジャスミン・テイラーさんです!」
「きゃあ!やったあ!」
ジャスミンの嬉しい悲鳴が聞こえた。
私は声のした方を向くと、嬉しさのあまりレオとハグをしていた。
どうやら、レオとの関係は順調らしい。
ジャスミンは興奮したように顔を赤くしながら、一言を終え、降段した。
「さて、いよいよラストです。製菓科の第一位は……三年、クリストファー・ガルシアさんです!おめでとうございます!」
しばらくして、拍手喝采中、クリストファーは登壇し、恭しく頭を下げた。
「皆様、本日はお忙しい中、このコンテストにお越しいただき、ありがとうございます。三年、クリストファー・ガルシアです。今回、この伝統あるコンテストで一位をいただけたこと、誠に嬉しく思います。入学する前から、私はこの学園に入り、コンテストで優勝することを夢見ておりました。そして、家族や友人、先生方、そして皆様の支えにより、それを達成することが出来ました。本当にありがとうございました。」
クリストファーは副会長らしく、堂々とした立ち振る舞いで、挨拶をした。
「ウェディングケーキのような大きさと立体的な飴細工やチョコレートは見事でしたね!この優勝を一番最初に伝えたい人はいますか?」
「そうですね。一緒に夢を叶える為に互いに切磋琢磨してきた幼なじみに伝えたいです。」
クリストファーの言葉に私はドキっとする。
クリストファーの幼なじみは私しかいない。
私はふと、この世界に来て、両親達に出された課題に答えた時のことを思い出していた。
クリストファーはちゃんと私のことを認めてくれていたのだと、改めて実感し、私は静かに泣いた。
クリストファーの卒業式まで、あと二ヶ月。
今まで出口のないトンネルを走っていた気がしたけれど、ようやく光が見えた気がする。
クリストファーを祝福する拍手と歓声の中、私は初めて明るい未来を想像することが出来たのだ。




