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第二話

「今から二人に一つのコース料理を立案してもらう。クリストファー君は今年から専門学校に通い、ローズはその準備があるだろう。これから、お前達は俺達の後継者として、色んなことを学んでもらう。まずは、今の自分達の実力を見させてもらうぞ。」


婚約保留にした当日。

クリストファー達の帰り際に私の父とクリストファーの父がそう告げた。


「時間は十日間。クリストファーの入学の二日前です。君達には実際に考えた案を作ってもらい、僕達に提供してもらいます。予算はここに書いてあります。作ってもらうのは、前菜とメイン料理とデザートです。」


「テーマは異国の料理だ。俺達は自国の料理やケーキがメインだ。ただ、国際交流が盛んになっている今日、食のグローバル化は一つの大きなキーワードになるだろう。お前達には、異国の料理に挑戦してほしい。国は問わない。」


こんなこと、前回はなかった。

おそらく、交流だけでなく、婚約保留に至った理由に使った将来に関して、どれだけ考えているかを測るのだろう。


私達は二つ返事で了承した。


早速、私達はその晩互いに考えた案を翌日、クリストファーの家のキッチンで話し合った。


「西の国の料理やスイーツは近い地域だから、食文化も似ている。限られた時間で作るには良いかもしれない。俺達の国はピッツアやパスタが主流でドルチェはティラミスやジェラートが有名だが、少し北に進めば、魚料理が主流だったり、木の実のジャムを使ったデザートなどがメインだったりする。これだったら、素材と揃えやすい。」


クリストファーは近隣の国に絞って、色んな料理やデザートをピックアップしたようだ。

予算内に納められるようどこの店で仕入れるかもしっかり考えられている。


「予算的にも輸入商品を多く取り扱わないので、良いかもしれませんね。ただ、お父様達は無難でコスト重視の物を求めているのでしょうか?あえて、東の国のものを選ぶのも良いかもしれません。」


私も同じく考えた案を提示する。

こんな風にアイデアを出し合ったり、料理と向き合ったのはいつぶりだろう。


クリストファーは私の案を見て頷いた。


「そうだな……ロージー。君が気になっている地域や料理はあるか?」


「いくつか。コース料理と言われれば、微妙かもしれませんが、東の国の手巻き寿司という料理には興味があります。メインは米ですし、海苔や乗せる具材は自国にあるものでも代替えが利くものが多いです。米はパンよりも少し高いですが、予算内です。具材も輸入商品は少ないですし。」


「手巻き寿司か。食べたことがないな。自分の好きなものを選んで作るのも良いかもしれない。確かに、コース料理としてはあまり相応しくないかもしれない。しかし、体験型や写真に綺麗に残すことが求められている今日では良いのかもしれないな。卵や色のついた蒟蒻……予算が足りれば田麩というものを仕入れて、彩りを豊かにするのも良いな。アレルギーや好き嫌いがある人でも、選択方式であれば、柔軟に対応できる。」


クリストファーが楽しそうに笑う。

そうだ、この人はスイーツだけでなく、料理やパンも好きだった。彼はとにかく作ることが好きだったのだ。


「前菜は?」


「茶碗蒸しというものが良いかと。海老や三つ葉を置いたら、見た目も綺麗ですよ。野菜が足りなければ、メインを出す時に味噌を和えた野菜が簡単で良いかもしれません。茶碗蒸しや米を炊くのに時間がかかりますから。それに、味噌を使った料理はこの国では珍しいので、新鮮かと。」


「うん……いいな。俺が考えた案より凄く良い。俺は予算重視の打算的なきらいがある。でも、ロージーの案はお客様をより楽しませるものがある。東の国のスイーツか……和菓子……饅頭、あまり作ったことがないが、これを機に挑戦するのもアリかもしれない。」


「でも、これだと私達の店ならではの良さがありませんね。私達はあくまで後継者としての姿勢を求められていますから。」


「確かにな。それでは、これはどうだ?ロージーの店はトマトベースの料理が得意だっただろう?茶碗蒸しをトマトベースにするんだ。伝統的な茶碗蒸しではなくなるが、アレンジを効かせて、俺達の店ならではにしよう。」


クリストファーの意見に私は頷く。


「良いですね!クリスのデザートもせっかくなら、マスカルポーネを使ったらどうでしょう?確か、クリスのお店はマスカルポーネを使ったレアチーズケーキが一推しなのでしょう?SNSで見かけたのですが、東の国では、四角い升を使ったパルフェが流行っているようです。似たような容器を探して、ジェラートや自国のフルーツ、自慢のマスカルポーネで作ったクリームを入れて、ホワイトチョコレートで載せて、粉を振るえば、見栄えも良くなりますよ!」


「いいな。饅頭にマスカルポーネだけを入れると重くなってしまう。パフェならメリハリをつけやすい。ブラックココアを使えば、土のようになり、この前食べたエディブルフラワーなど添えたら綺麗になるだろう。抹茶を使えば、東の国のスイーツらしくなる。フリーズドライの苺を使えば、女性好みのピンクの色になるな。」


「ふふふ、結構纏まってきましたね!さっそく、調達をしましょう!輸入商品はリードタイムが長いですから、慎重にオーダーしないと。それに、予算内に納められるように、高評価で安価なものを……」


私がキッチンから離れて、スマートフォンを取りに行こうとすると、クリストファーは私の頭をぽんぽんと撫でた。


「俺がロージーの歳の頃、そんなすぐにアイデアは出せなかった。予算やコンセプト、店のことまで考えて、君は凄いな。俺よりも広い視野で色んなことを考えている。尊敬しているよ。」


クリストファーの実直な言葉に顔が熱くなる。

私は婚約を保留にしてから、こんな不思議な環境にも驚くほど、適応している。

それはきっと、今度こそ周りに迷惑をかけないように、間違えないようにしたいからだ。


少しずつ変わろうと意識を向けることで、これだけ変わるのか。

もし、また、クリストファーがあの子を好きになったとしても、この思い出が残る。


前回は、心の支えとなる思い出もなかった。

それだけでも、進歩だ。


私とクリストファーは、限られた時間の中で、一つのコース料理を作るために、色んな案を出し合い、完成を目指した。


前回の私達が過ごした時間よりも長く濃い時間を過ごした気がする。

あんなに好きだったのに、私はクリストファーと向き合っていなかったのかもしれない。

思い出が少なすぎるのも、その証拠だろう。


そして、期限前日の夜。

私達は漸く満足のいくものを完成することが出来た。


「……出来た!」


「やったな!」


私達は思わず感動のハグをした。

そして、すぐにハッとなり、身体を離し、気まずい沈黙が流れた。

保留したとはいえ、婚約というものが、お互いを妙に意識させた。


「配膳が十一時だから、仕込みは五時くらいからかな。米炊きや茶碗蒸し、クリーム作りなど、色々あるからな。四時半過ぎにまたここで落ち合おう。」


クリストファーは頬を掻きながら、話題を変えるように明日のことを話した。

私はこくこく、と何回も頷いた。


本番は、私の父のレストランのキッチンを使うことになっている。

クリストファーは今日は私の家に泊まることになっている。

前回は理由はどうであれ、私の家に泊まることなんてなかった。


集中力を温存させるためにも、私は寝支度をすぐに行い、ベッドに入る。


なんでこんなことになっているのか、時間が巻き戻っているのか、分からない。


でも、私はとにかく今だけを見つめることにした。

何故、過去に戻ったのか、というのは考えないようにするのだ。


私があまり状況を突き止めようと本腰を入れないのは、きっとあの未来には戻りたくないからだろう。


友人も婚約者も両親からも線引きをされて、孤独になった私に戻りたくない。

自分のせいだと分かっていても、やり直したい。それが、私の願いなのだ。


四時半過ぎ、私がキッチンに向かうと、クリストファーは真剣な顔で、チョコレートのテンパリングをしていた。


デザートにアラザンと一緒に乗せるチョコレートの飾りを作っているのだろう。


……私はこの真剣な顔が好きだった。

優しい彼がデザートを作っている時にしか見せない真剣な表情。


吊り目な彼は、いつもの笑顔がないと鋭さを感じる。そのギャップが好きだった。


私は彼の作業を邪魔しないように米炊きを始めた。


ネイルや長すぎる髪がないと作業がやりやすい。香水を纏うこともキッチンには必要ない。寧ろ、匂いが調理をするにあたって邪魔になるだろう。


……ああ、父が憤慨していた理由が分かった。


私が装飾していたものは、料理人にとっては不必要なものだけでなく、調理を妨げるものだったのだ。


そして、私が料理と向き合っていないのが一目瞭然だったのだろう。


あんなに食に真剣に向き合っているクリストファーにも、前回の私は良く映っていなかっただろう。


肩書きと人よりも少し早く食に触れていた実績に傲り、努力を手放した自分と肩書きはないが、食を愛し、努力をし続ける彼女であれば、皆、後者を選ぶだろう。


……当然のことだ。


思わず涙が出そうになり、目を強く瞑り、腕で拭う。


悲しみではない、悔しさだ。

恋に溺れ、自分の立場に傲った醜い自分。

それに気がつくことなく、海に落ちた。


きっと、こんな摩訶不思議な出来事がなければ、自分が変わる必要があることなど、強く実感することは出来なかっただろう。


努力しても、もう、私の大切な人は全ていなくなったのだから。


「……時間になったな。では、お前達が作ったコース料理を振る舞ってもらおう。」


「はい。私達は東の国……国花である桜が有名な国の料理を題材にしました。」


「まずは、前菜です。三色野菜を使用した味噌漬けとトマトの茶碗蒸しです。」


小さな茶碗の蓋を開ける。


「どうぞお召し上がりください。」


次の手巻き寿司は作業が入るので、味噌漬けは前菜に加えた。


トマトを加えることで色鮮やかな赤が出たので、メリハリをつけるため、海老を茶碗蒸しの中に沈め、三つ葉と栗と柚子皮を切ったものを加えた。


「……この国は旨味を大事にしているんだったな。トマトを使用しているが、繊細な味になっている。」


「あくまでコンセプトは東の国の料理です。しかし、お父様方が私達に課題を出したのは、後継者としてです。だから、お店のウリも加えたかったのです。この茶碗蒸しでは、お父様の売りであるトマトベースの料理を

エッセンスに加えました。」


「海老や鶏肉が入っているんですね。栗はモンブランでよく使うが、茶碗蒸しにも合うんですね。柚子も良いアクセントです。」


「……次はメイン料理です。この国ではお寿司が伝統料理の一つです。握り寿司、ちらし寿司……色々ある中で私達が選んだのは、こちらです。」


「お櫃に米がある。それに、小皿に色んな具があるな。もしかして……」


「ええ、手巻き寿司です。今回は体験型のメイン料理です。皆様に巻いていただきます。

海苔を一枚載せて、米を乗せて、好きな具材を載せてください。自分のお好みの味を見つけていただきたいと思います。」


「また、色んなお客様がいる中で、アレルギーや信仰など様々な理由から食べられるものと食べられないものは多種多様でしょう。今回、父さん達は食のグローバル化を謳っておりました。今後、色んなお客様に食を楽しんでほしいという願いを込めて、この料理を選びました。」


「ふふふ……意外と難しいですね。」


「でも、手で食べるからサンドイッチの要領で慣れると楽しいし、楽だぞ。」


「次はデザートです。伝統的な和菓子と迷いましたが、敢えて若者に話題のスイーツを取り入れました。」


クリストファーは升形のスイーツを差し出す。


「最初の説明でこの国では、桜が有名で国花であると説明させていただきました。アラザンやホワイトチョコだけでなく、桜の塩漬けを使い、いちごのドライフルーツを粉末にしたものを使いました。見た目で桜を楽しんでいただければと思います。」



「ホワイトチョコで桜の花と葉を描いたのか。アラザンも女性が喜びそうだ。桜の塩漬けは普段口にしないから、珍しいな。一粒だから、苦手な人でも大丈夫そうだ。」


「中は……りんごのジェラートとマスカルポーネ……りんごそのものも入っておりますね。」


「父さんの店の一推しはマスカルポーネを使ったレアチーズケーキ。敢えてそのままクリーム状のまま、入れました。マスカルポーネを入れるので、一緒に入れるのはさっぱりするりんごとジェラートにしました。」


うんうん、とクリストファーの父は頷いた。


「このコース料理は予算内に収まったか?」


「はい。デザートと一緒に出させていただいた緑茶も含めて、予算内です。」


「そうか。」


食べ終わると、私達は食器を下げに席を離れて、評価を待つ。


「……大丈夫。説明も上手くできたし、料理やデザートも試作以上のものができた。ベストは尽くしたよ。料理人やパティシエが不安そうな顔をしていたら、食べている人も不安になるだろう?」


「……そうですね。ありがとうございます。」


クリストファーは私を安心させるように、いつもの笑顔を見せる。


食器を片付け、部屋に戻る。


「……結論から言おう。今のお前達の年齢や実績を鑑みて、合格だ。」


「体験型や現代的なスイーツも新しく、若手ならではのアイデアでした。手巻き寿司というアイデアも斬新でした。」


「ただ、まだまだ荒削りだ。アマチュアであることを自覚して、精進してくれ。」


私達は、はい、と答えた。

すると、私の父とクリストファーの父は優しく微笑む。

特に、私の父が微笑むことは珍しく、私は内心驚いてしまった。


「この十日間という短い時間でよくやった。十日間どうだった?楽しかったか?」


私達はこの十日間を思い出し、深く頷いた。


「これから、専門学校に通うお前達は厳しい現実を突きつけられるだろう。それでも、今日のような楽しさや自分が作ったものを食べてもらえる喜びを忘れないでほしい。」


はい、と私達は大きな声で応え、深くお辞儀をした。


「貴重な経験をありがとうございました。」


後片付けの後、私達は茶碗蒸しを作った時に残った一番出汁を温めて飲んた。


「お疲れ様。おかげで大成功だ。」


「お疲れ様です。こちらこそ、クリストファーのおかげで上手く行きました。」


そう言って、私達は笑いあった。

初めて、心が通じたような、そんな気がした。


「まだ食べられそうか?ロージーと一緒に食べられるように升パフェを二つ余分に作ったんだ。」


私はぱあっと表情を明るくし、二つ返事で頷いた。


人がいなくなったダイニングルームでパフェを食べる。


「すっごい、美味しいです!さすが、クリスです!」


私の様子にクリストファーはクスクスと笑う。


「相変わらず良い食べっぷりだ。そんなに美味しそうに食べてくれると、こっちまで嬉しくなるよ。」


いつもより屈託のない笑顔を見せられ、私は顔を赤くする。


クリストファーが作ったものを食べたのは久しぶりだ。

婚約者になってから、どんどん機会がなくなっていった。


久しぶりに食べたクリストファーのスイーツは甘くて酸っぱくて、私の気持ちを表しているようだった。


……やっぱり好きだ。


……でも隠さなければ。


私はジェラートとマスカルポーネを混ぜ、ドロドロになったリンゴを口一杯に放り込んだ。


林檎は禁断の果実と言われる果物。

この恋はきっと私を破滅に導く。


林檎を齧れば、そこからは禁断の道。

二回目の人生も私の恋心が障害となるだろう。


混ぜたせいで、ぐちゃぐちゃになった升の中は私の心を表しているようだ、と思った。

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