第十八話
「犯人は、アンソニー・コックス、お前だ。」
クリストファーはアンソニーを責めるような視線を投げて、言い切った。
「アンソニーが?根拠はあるのか。」
「勿論だ。大事な生徒会のメンバーを証拠もなしに疑ったりはしない。今から、その根拠を説明するよ。」
犯人扱いされたアンソニーは薄ら笑いを浮かべており、動揺する様子はない。
「リッキー、覚えているか?コンテストの様子を新入生の募集のビデオに組み込もうとしていたこと。」
「ああ、僕が発案したからね。覚えていないわけがないよ。」
「生徒の中には大事なコンテストを四六時中撮影されているなんて、と思う人もいるだろう?だから、隠しカメラで撮ることになって、後で承諾をもらって、承諾してもらった人のみが出ているところを編集して、使うようにする話になっていただろう?」
「ああ。」
「でも、あの時、その話をした際にダンは風邪で休んでいたし、リリアとロージーは生徒会に入る前だった。隠しカメラの話は3人に共有はしたけれど、どこに設置するかは共有していなかったはずだ。隠しカメラを設置するのは俺の役目だったし、場所は言う必要もないと思ってな。」
「そういえば……そうだね。」
「その隠しカメラが誰かに意図的に壊されていた。」
クリストファーは調理場から取ってきた監視カメラをパトリックに見せる。
「本当だ……あの場所は目立たないと思っていたのに。」
「一般の生徒やダン達が偶然見つけた可能性は低いだろう。すると、犯人は俺か、リッキーか、アンソニーの三択だ。」
「アンソニー……君なのか?」
「ふふふ、まだ話は終わっていないようだよ、パトリックくん。話を聞こうじゃないか。」
「アンソニーだと分かったのは監視カメラも壊れていたからだ。一般生徒であれば、学園内の監視カメラを全て把握することは厳しいだろう。監視カメラは調理場だけでなく、調理場繋がる廊下の監視カメラも、近くの階段の監視カメラも壊れていた。このコンテストに向けて、守衛の人と連携して、監視カメラの確認や巡回の主担当をしていたのはアンソニーだ。監視カメラの位置だけでなく、守衛のタイムスケジュールを把握していたアンソニーは守衛が巡回を始めたばかりの時間に監視カメラを壊して、発見を遅らせたんだ。守衛室と調理場は結構距離があるからな。」
私達はアンソニーの方を向く。
「どうだ、アンソニー。俺の仮説に異論はあるか?」
すると、アンソニーは高らかに笑い、手を叩いた。
「完璧だよ、クリスさん。貴方の推理通りさ!」
「犯行を認めるのかい?」
「そんな睨まないでくれよ、パトリックくん。これは、必然的なことだったんだ。」
アンソニーは依然、飄々とした態度を取っている。
「ど、どういうこと?俺、アンソニーくんの言っていること全然理解できないんだけれど。」
ダミアンは戸惑いながら、私を見るも、私も理解をしていないので、首を傾げるだけだ。
「必然?リリアの作品を壊すことが?」
「ああ。リリアくんを幸せにするためには必要なことだったんだ。」
「…………アンソニー、君は狂っているのか?」
「ふふふ、至って真面目さ。リリアの作品を壊すことで、リリアくんを悲劇のヒロインにし、王子様に助けてもらいたかったんだ。そして、悪役はシナリオ通り、ローズくんを指名したんだ。」
アンソニーは私に向けてパチンと指を鳴らした。
「ローズちゃんの噂が出回ったのも、アンソニーくんの仕業ってこと?」
「王子様とお姫様のラブストーリーには悪役は必須だろう?」
「王子様はクリスくんってことか。」
「その通り!」
アンソニーの態度にパトリックは溜息を吐き、手でアンソニーの発言を制した。
「……戯言に付き合う必要はないよ、先生に報告して、アンソニーにそれ相応の処罰を下そう。」
「まあまあ、コンテストまで、もう少し時間があるだろう?リリアくんと僕の馴れ初めでも聞いてくれないか?」
「必要ないね。」
「……じゃあ、ローズくん、君だけでいい。君はこの話は理解してくれると思うんだ。」
アンソニーは恭しく私の前に右手を差し出す。
「ロージー、聞く必要はない。」
私が戸惑っていると、クリストファーがアンソニーとの間に割って入った。
「ローズくんとアランくんには分かる話だと思うよ。僕は君達と同じく、強い意志を持つ者だ。」
「アラン?何故、アランが出てくるんだ?」
クリストファーは一歩も動かず、私を守ろうとする。
パトリックもダミアンもクリストファーも理解していないが、私は理解が出来た。
アンソニーもパラレルワールドを移動してきた人間なのだ。
妙に核心を突く言動。
全てを見透しているような余裕のある表情。
そして、リリアをヒロインにして、クリストファーを相手役にして、私を悪役にするという行動。
「……分かりました。」
私はアンソニーに応えた。
クリストファーは驚いて、私の方を見る。
私が承諾すると、アンソニーは嬉しいそうに微笑んだ。
「二人きりにしてくれないか?罰される前にローズくんと最後に話がしたくてね。」
「そんなの……」
クリストファーが反論するのを私は遮った。
「クリストファー先輩、私は大丈夫ですから、アンソニー先輩と少しお話しさせてください。」
「……でも、危険じゃないか?」
「大丈夫です。お話しするだけですから。」
「分かった。ダン、お前は先生に報告してくれ。リッキーは実行委員の業務に戻ってくれ。俺はロージーが不安だから、近くで話が終わるまで待って、アンソニーを職員室に連れて行く。」
「了解、ローズちゃん、気をつけてね。」
「この場を離れるのは気掛かりだが、コンテストは予定通り始まるからね。お言葉に甘えて、この場は任せるよ、クリストファー。」
パトリックとダミアンが去ると、クリストファーは目視で私達を見守ることが出来る範囲で距離を取った。
数メートル離れたクリストファーからはきっと私たちの会話は聞こえないだろう。
「王子様は心配症だね?」
アンソニーは茶化すようにそんなことを言う。
私はただ無言でアンソニーを見つめる。
「無駄話はしたくないみたいだね。さて、どこから話そうか。」
アンソニーは空を仰いだ。
そして、ぽつりぽつりとアンソニーは自分の昔話を話し始めた。
昔、とある村の教会で一人の少年は一人の少女と出会った。
少年はステンドグラスから漏れる光に照らされて輝く少女を天使のようだと思った。
少年と少女はすぐに仲良くなり、毎日のように遊んだ。
「リリア、隠れんぼで勝負しないか?」
「する!勝ったら、教会で貰ったお菓子独り占めね!」
その日もいつものように思いついた遊びを楽しみ、笑い合うはずだった。
「じゃあ、アンソニーが鬼ね!早く、数を数えてよ!」
「仕方ないなあ。行くよ?いーち、にー、さーん……」
それが、少年が見た最後の生きた少女の姿だった。
次に少年が見たのは、快楽犯に誘拐され、強姦され、殺された後の少女の姿だった。
少年は後悔した。
自分があんな遊びを提案したから……
少女の葬式後、フラフラと道を歩いていると、両親の悲鳴が聞こえた。
それと同時に目が眩むほどの光。
少年は車に跳ねられ、死んだ。
そして、次に少年が目を覚ますと、少女と出会う前まで時間が巻き戻っていたのだ。
これが、巻戻りではなく、パラレルワールドへループしているのだと幼い少年が気がつくまでには時間がかかった。
少年がこれがパラレルワールドにループしているのだと気がつくまでに、少年は何回もループをした。
何故なら、少年が幾度となく繰り返した世界で少女はいつも死ぬ運命にあったのだ。
何回も何回も繰り返しても、少女は死ぬ。
少女が高校生になるまで、少年は何十回もループをした。
そして、その途中、少女は運命の人に出会った……
「僕が何度もループをして行くうちに、僕と彼女の関係も変わってね。この世界では、僕は彼女と幼なじみでもなんでもない。ただ、生徒会が一緒なだけの先輩さ。」
「……そこまでして、貴方はリリイを幸せにしたいんですか?」
わたしが尋ねると、アンソニーは少し困ったような笑いを浮かべた。
「ここまで来ると、意地もあるかもしれないね。僕はここまで来るのに沢山の世界のリリアを死なせてしまった。勿論、君達が知っているリリアも既に死んでいるよ。」
アンソニーが言っているのは、私が記憶している前回の世界のことだろうか。
「……どうして?私が死んで、邪魔者はいなくなったはずでしょう?」
「リリアはそんなに強かな女性じゃないさ。想い人の婚約者が不慮の事故で死んだんだ。元々、婚約者がいる相手を想うことさえ、リリアは本意ではなかった。君が死んだことで、彼と上手くいかなくなったリリアは心を病んでね。」
「それで、どうしてこの嫌がらせに繋がるんですか?」
「嫌がらせとは酷い言い草だね。君が別の世界の記憶を持っているせいで、混沌としてしまった三人の関係に刺激を与えた。僕がしたことはただそれだけだよ。君達はいつからか、膠着状態になっていたからね。」
アンソニーは悪びれもせずにそんなことを言う。
「どうやって、そんなにループを重ねたんですか?」
「その世界に見切りをつけたら、その世界の僕と別れを告げて、別の世界にループするだけさ。」
要するに自害して、パラレルワールドの世界を旅しているのだろう。
「貴方の言うリリイは随分と自愛に満ちた女の子みたいだけど、そんな女の子だったら、貴方が何回も自殺して、リリイが生き残る世界を探して、創ること自体が不本意なのではないですか?」
「そうかもね。それでも……僕はリリアが笑顔で人生を謳歌するところを見てみたいんだ。それが僕の幼い頃からの夢なんだ。最も、この世界では例えリリアが幸せになってもそれを見守ることすら出来なくなってしまったけれどね。」
アンソニーは少し寂しげにそう言った。
アンソニーは狂っている。
だけれど、私はパラレルワールドの世界を体感しているからか、何となく理解出来てしまう。
後悔や自責の念からそう簡単に解放されることはない。
人によっては、歳を重ねれば重ねるほど、その重みが増すのだ。
パラレルワールドなんて、奇想天外な事象が存在するこの世界では、尚更だろう。
「アンソニー、もういいだろう?コンテストもあと十五分で開場だ。それまでに君を先生に預けなければならない。」
「クリスさん、そんなにピリピリしなくても、ローズくんを取って食ったりはしないよ……それじゃあ、ローズくん。君にとって良い結末を迎えられることを願っているよ。」
アンソニーはいつもの調子で笑いながら、そう言って、屋上を去った。