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第十六話

「……次、三年、レオ・エバンス!」


続々と自分の順番が近づいてくる。


「……次、三年、ジャスミン・テイラー!」


次はいよいよマイケルの番だ。

ちらりと同じく舞台袖にいるマイケルの方を見る。


マイケルはいつになく真剣な眼差しで舞台を見ている。


私は声をかけるのをやめて、目を閉じて、深呼吸をする。


「次、一年、マイケル・フルニエ。」


「はいっ!」


「私が用意した料理は、母国の女王が愛した品々です……御賞味ください。」


マイケルは緊張しているのか、少し震えた声でいつもと違った様子で説明をしている。


「サーモンクリビヤックか。これまた凝ったものを……」


同じ学年のマイケルも審査員を唸らすものを作っている。

私は急に焦燥感に似たものを感じ、汗が滲んだ。


いや……駄目だ。

誰かと比較しては駄目だ。

私は私らしく、私なりに良いと思ったものを出すんだ。



アンソニーは観客席に座る生徒会のメンバーを見つけ、軽く挨拶をする。


アンソニーの挨拶に、パトリックとダミアンが振り向き、挨拶を返した。


「お疲れ様、アンソニー。素晴らしかったよ。」


「ありがとう。パトリック君!今は誰が発表しているんだい?」


「今からローズちゃんが発表するよ!」


「おお、それはそれは……生徒会の一員の勇姿は見逃せないね。」


パトリックは目を細めて、こちらを見向きもしないクリストファーとリリアを見つめた。


「さて……ローズくんはどんな料理を見せてくれるのかな?」



「次、一年、ローズ・リシャール。」


「はい。」


ワゴンを持って、私は舞台に上がる。

スポットライトが眩しくて、私は一瞬目を細めた。


審査員は四人か。

一人は学園長で、一人は学園の卒業生で、残りの二人は外部の人間だったはずだ。


私はワゴンから料理を取り出して、審査員に料理を配る。


「私のテーマは西部の日常と題して、料理を作らせていただきました。


前菜はフルーツをふんだんに使ったサラダと野苺のソースを和えることで、自然豊かで色とりどりの花々が綺麗な西部の庭園をイメージしました。


メインディッシュはフラワーブーケポットと題した鍋料理です。人参や大根、ラディッシュなどの野菜を薄く長く切り、薔薇のようにして、花束をイメージしております。西部の文化では、感謝の気持ちを込めて、花束を贈る習慣があります。このメインディッシュはそれを象ったものです。


そして、デザートはキャンドルホルダーをイメージしたスムージーです。


冬になるとキャンドルに火を灯し、家族と暖かい部屋で過ごす機会も増えてくるでしょう。今回は色とりどりのキャンドルホルダーを果物を使って、表現しました。御賞味ください。」


私は説明を終えると、お辞儀をした。

審査員は黙々と食べ始める。


「見た目が綺麗ですな。」


「変わったスムージーだ。」


どうやら、評価はまずまずのようだ。


評価が終わり、私は審査員に配った料理を下げて、舞台袖に戻る。


袖に戻る前に、ふと、観客席の方を見ると、クリストファーとリリアがこちらを無表情で見ていた。


好意でも怒りでも悲しみでもない、その表情に私はぞっとした。


前回の記憶では、クリストファーとリリアは哀れみの目を向けていた。

だけど、今回はそんなものではない。


感情が一切感じられない表情。


私は調理場に戻り、片付けを終えると、非常口に向かい、階段に座った。


静かな空間と少し冷たい空気が私を落ち着かせた。


やはり、私は失敗したのだろうか。

婚約破棄したのだ。クリストファーは私のことを好きにはならないだろう。

でも、リリアの表情は何だ?

私という障害がなくなったのだ。前よりも幸せそうな表情を見せるかと思いきや、リリアの表情は会うたびに険しいものになっていっている気がする。


クリストファーとリリアは私のことをどう思っているのだろうか。


怖い。


クリストファーに嫌われるのが怖い。


突き放したのは私だというのに。


暑い季節のはずなのに、寒気を感じて、身震いをしてしまう。


「ロージー?」


誰もいないと思っていた空間で声をかけられ、私は変な声を上げてしまった。


「ま、マイク?」


声のした方を見ると、マイケルが驚いたような表情で私の方を見た。


「おい、お前、大丈夫かよ?顔色悪いぞ。緊張して、貧血でも起こしたか?」


マイケルは心配そうな表情で、こちらに駆け寄ってきた。

何だか、入学式の時のことを思い出してしまう。

マイケルは本当に良い友達だ。

私は慌てて手を振り、大丈夫な旨を伝える。


「だ、大丈夫。ただ、調理場に長居するのも、観客席に行くのも気が引けて、ここでぼうっとしていただけだから。」


「そうか?まあ、調理場は殺伐としているし、観客席も結構人居るしな……隣、いいか?」


私が頷くとマイケルは私の隣に座った。


「俺、ロージーの前だったから、ロージーの料理とか説明、全然聞けなくて残念だったわ。」


「マイクは緊張してたわよね。でも、コンセプトがとてもしっかりしていて、料理も老若男女に受けるラインナップでとても同い年とは思えないアイデアだったわよ。」


「お褒めの言葉、どうもありがとう……なんか不公平だな。今、ここで俺を審査員だと思って、説明してみてよ。」


「ええ?嫌よ、恥ずかしいわ。」


「えー、何だよ。」


そんなやりとりをしていると、私のお腹が鳴った。

そういえば、朝早くから仕込みをしていて、今日はまだ何も食べていない。


「やっぱり、腹減るよな。仕方ないな、慈愛に満ちたマイケル様がパンを半分恵んでやろう。」


マイケルはそう言って、袋に入った食パンを一枚取り出し、半分に分けて、差し出してきた。


「ありがとうございます、マイケル様。」


「おい、馬鹿にしているだろ。」


「そんなことないわよ……あ、アランからだわ。」


メッセージの着信音が鳴り、スマートフォンを確認する。


『発表お疲れ様。君らしい丁寧な解説と精巧な技術だったよ。お互い良い結果を得られるといいな。』


アランのメッセージに私はすぐに返信する。


『ありがとう。アランの料理もとても素敵だったわ。コンテスト一位も夢じゃないかもしれないわよ?』


私がメッセージを返している様子をマイケルはパンをくわえて、まじまじと見ていた。


「……何?」


「いや、アラン先輩とロージーは本当に付き合っていたんだなあと。」


私はマイケルの言葉にドキッとした。


「何よ、信じてなかったの?」


「いいや、アラン先輩もロージーのこと溺愛しているし、一緒に過ごしている時間も多いし、付き合っていること自体は疑ってなかったんだけれど、実感がなくてさ。俺はてっきりロージーはクリストファー先輩と付き合うと思ってたんだぜ?……まあ、他人がとやかく言うことでもないけどさ、お前が幸せそうで安心したわ。」


マイケルはにかっと爽やかな笑みを浮かべた。

マイケルの言葉に私は何故か泣きそうになった。

私は涙目を隠すように俯く。


「そう……アランは良い人なのよ。私にはもったいないくらい。」


「うわ、惚気?御馳走様です。」


「ふふふ、マイクは良い人いないの?」


「さあ、どうでしょうね?」


「ええ?何その返答。気になるじゃない。」


「男はミステリアスな方が良いだろう?」


「何、その理論。」


「ははは、上手くいったら教えるよ。」


マイケルはどうやら気になっている異性が居るようだ。

相手は分からなかったが、マイケルには幸せになってほしい。


先程、クリストファーとリリアの表情で痛くなっていた胃はマイケルと話したおかげで楽になっていたし、脂汗も引いていた。


とりあえず、コンテストの発表は無事終了した。


あと二ヶ月でクリストファー達、三年生は卒業する。

前回通りになってしまえば、私の命も三ヶ月弱といったところだろう。


婚約関係はなくなったし、仮初の関係とはいえ、アランとも恋人関係にある。


(……死にたくないな。)


私はマイケルから貰った食パンをつまむ。

何もつけていないが、優しい甘さがする。


死んでしまったら、料理を作ることも、食べることも、友達とこうやって笑い合うことも出来ない。


どうしたら、みんなが幸せな未来が掴めるのだろうか。


この時の私はコンテストは無事に終わったとばかり思っていた。

だから、残りの二ヶ月のことを考えていた。


しかし、このコンテストはまだ終わっていなかった。

二日目に波乱が起きるのだ。


事件は私の知り得ないところで始まっていた。


「……棄権させていただきます。」


リリアの発表の番になった時、リリアは俯き、消え入るような声でそう答えた。


リリアの発言で会場はざわめいた。


アンソニーと見回りをしながら、リリアの発表を見ていた私はとても驚いた。


リリアは審査員になぜ棄権するのかと問われ、透明な箱に入っていた自分の作品を見せた。


リリアのお菓子は跡形もなくバラバラになってしまっていた。


「私が冷蔵庫から取り出した時には、もうこうなっておりました。修復する時間はありませんでした。残念ながら、棄権したいと思います。」


リリアは悲痛そうな表情で審査員にそう答えた。


「これは、由々しき事態だな。」


「年に一度の大切な行事にこのような出来事が起こるとは。犯人は外部犯か?」


「内部の人間だったら、大変なことになりそうだな。」


観客席がどよめく。

学園長が立ち上がり、観客席に向かい、声を上げる。


「静粛に。リリア・ミシェルの作品に関しては、直ちに原因を調査します。犯人がいた場合は、それ相応の処罰も与えます。本件に関しては、私が責任を持って対応いたします。」


学園長はなんとかその場を取りまとめて、コンテストは続くこととなった。


そして、二日目の夕方。

学園長から生徒会のメンバーへ調査に携わるよう依頼され、生徒会の緊急招集があった。


「このようなことはあってはならない。皆、迅速に対応するように。」


「はい!」


パトリックの言葉に生徒会のメンバーが返事をする。


「リリア、君は事態が落ち着くまで、寮で待機するよう学園長から指示が来ている。」


「分かりました……」


不意にリリアと目が合うも、リリアはすぐに顔を伏せた。


突然の出来事に、目眩がする。

前回はこんなことなかった。

一体、どうなっているのだ?


「ローズ、悪いが、リリアに付き添ってくれないか?」


「だ、大丈夫ですっ!」


パトリックの言葉に私が回答する間も無く、リリアは過剰に反応した。

その場にいた生徒会のメンバーは目を丸くして驚いた。


リリアはハッと我に帰り、慌てて手を振って、弁明をする。


「あ、あの、ローズさんにご迷惑をおかけしたくないので、私は大丈夫ですので、一人で帰ります!」


リリアはそう言うと、足早に生徒会室から出て行ってしまった。


微妙な空気になった生徒会室で、ダミアンが私に小声で声をかけた。


「ローズちゃんとリリアちゃん喧嘩中だった?」


「いえ……そんなことはないのですが。」


パトリックは一つ咳払いをし、明日からの調査について話し始めた。


私の思惑とはかけ離れた現実に、私はただ困惑してしまうのだった。


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