第十五話
いよいよ、コンテストまで、あと数日になってしまった。
アランとの交際で上手くいくと思っていたリリアとの関係も何故かギクシャクしたままだ。
リリアとの仲が悪化し、クリストファーとも距離を取り、疎遠になったことが、私の中で気にかかり、まともにコンテストのメニューなど考えていられなかった。
「……駄目。全然まとまらない。」
部活動後の部室を借りて、メニュー案を書くも、アイデアが纏まらない。
「ローズ、やっぱりまだ居たのか。」
「アラン……どうしてここに?」
「君のことだ。まだここにいると思ったんだ。」
アランは向かいの席に座り、タッパーを私の目の前に置く。
「そろそろ休めと言っても君のことだから聞かないだろう?だから、せめて軽食でもと思って持ってきたんだ。」
「わざわざ、ありがとう……でも気にしなくてもよかったのに。」
「俺は君の恋人だ。君の心配をするのは俺の役目だろう?」
アランと接していると、まるで本当にアランと付き合っているような気分に陥る。
その度に私はアランやクリストファー、リリアへの罪悪感で胸が痛むのだ。
「俺で良ければ、どこで行き詰まっているか話だけでも聞くぞ?ほら、人と話すと考えが纏まったりするだろう。」
アランはタッパーを開けて、私にサンドイッチを取るように促がす。
私はアランの勧めに従い、サンドイッチをつまんだ。
「テーマが纏まらないのよね。せっかく、合宿に行ったのだし、可愛いピンク色ので纏めてみようかと思ったけれど、なんかしっくりこないのよ。他のテーマでも試してみたけど、なんか微妙なのよね。ありきたりというか、自分らしさがないというか……」
「成る程な……うーん。そうだな……例えば、君の根本である副会長との思い出からインスパイアしてみてはどうだ?」
「えっ?」
「君の人生は二回とも副会長を中心に回っているように俺は感じる……残念なことにな。俺は合宿までポールの家族が人生の中心だった。だから、あの蕎麦が出来た。だから、思い切って君も副会長と向き合ってみたらどうだ?」
(クリストファーと向き合う……)
私は目を閉じて、クリストファーとの出会いを思い出す。
婚約を保留した後にお茶をした庭園。
入学祝いに貰った花束のようなカップケーキ。
クリスマスマーケットでキャンドルホルダーを買ってくれた時。
その他にも沢山の思い出がある。
ふわっと一つのメニューが浮かび上がる。
私は白紙のスケッチブックにメニュー案を描く。
「良いアイデアを見つけたみたいだな。」
アランはどこか満足そうににやりと笑った。
私はそんなアランに笑顔で応えた。
一時間後。
「よし、これで行こう!」
「纏まったか?」
「ふふ、おかげさまで。」
私がそう言うと、アランは私の頭を優しく撫でた。
「よく頑張りました。」
「……ありがとう。」
なんだか、アランに褒められると擽ったくなる。ドキドキと言うよりは心が落ち着く。
きっと、仲の良い兄が居たら、こういう感じになったのかもしれない。
「付き合わせてしまってごめんなさい。」
「俺が勝手にしたことだ。気にするな。」
「わ、もう十九時過ぎてるじゃない。急いで帰らないと。」
「ローズ。」
何?と聞き返そうとすると、不意にアランに抱きしめられた。
「きっと大丈夫だ。君に同じ運命を歩ませないように、俺も協力する。」
アランはすぐに私から身を離して、私の手を握る。
アランの手に触れて、初めて自分の手が冷たく、緊張していたことに気がついた。
「君は独りじゃない。安心しろ。」
「……ありがとう、アラン。」
アランは私を女子寮まで送ってくれた。
私達が寮の前に着いたと同時に、コンビニ帰りのリリアと鉢合わせてしまった。
「こんばんは、リリイ。」
「あ……こんばんは。ローズさん、アラン先輩。」
リリアは小さくお辞儀をして、足早に去っていった。
「……あまり俺は彼女と離したことはないが、確かに君やマイケルから聞いた彼女と少し違う気がするな。」
「やっぱり、そう思う?」
「まあ、とりあえずはコンテストに集中しよう。無理にリリアと話してもお互いコンテストへの集中力が落ちるだけだろう。」
「ええ……」
私は部屋に戻ると、仕舞っていたキャンドルホルダーを取り出す。
リリアの態度が気になるが、今はとにかく目の前のコンテストだ。
私は取り出したキャンドルホルダーを見ながら、コンテストで出すメニューのデザイン案をスケッチしていく。
そして、コンテスト当日。
コンテストは三日間に分けて、初日が料理科、二日目が製菓科、三日目が結果発表となっている。
「お、ローズ。朝早いな!」
「ポール先輩。」
料理家の生徒達は当日の朝早くに仕込みを始める。
味や見た目、コンセプトで複数の審査員より総合的に評価されるため、日の出よりも早く調理場に来るものもちらほら見えるのだ。
「そういえば、アランとは順調か?」
ポールはコンテスト当日だというのに、いつもの調子を崩さない。
調理場はいつもより殺伐としているが、ポールはお構いなしに世間話をしてくる。
「ええ、アランは素敵な人です。」
「順調そうで何よりだよ。アランもローズのこと本当に大事にしているんだなって、話を聞いていて伝わるぜ。愛されているんだな。」
ポールに対しても、私が居ないところであっても、アランは徹底的に私の彼氏役を演じてくれているのかと感心すると同時に少し申し訳なくなってしまう。
「そこ、私語は慎みなさい。」
3年である料理科の先輩が鋭い声で私たちに向けて注意する。
「ああ、悪い。ごめんな、ローズ。今日はお互い頑張ろうな!」
「はい、ありがとうございます。」
ポールのおかげで少し緊張が解れた気がする。
必要な材料を取り出し、準備に取り掛かる。
脳裏にはクリストファーとの思い出を浮かべながら。
「クリストファー先輩。」
互いの科のコンテストは観覧席から観覧することが出来る。
リリアは観覧席に居たクリストファーを見かけて、声をかけた。
「お、リリアも観に来たのか。」
「ええ。ご一緒しても?」
「ああ。パトリック達は実行委員として、最後の確認をしているらしい。俺は観覧席の見回りをしておこうと思ってな。マナーが悪い奴がトラブルを起こすと困るからな。」
「コンテストの作品は完成しましたか?」
「ああ。評価されるかは分からないがな。」
リリアとクリストファーは観覧席を見回りながら、話に花を咲かせる。
「クリストファー先輩なら大丈夫ですよ。ところでクリストファー先輩、つかぬことをお伺いしても?」
「ああ、何だ?」
「クリストファー先輩はローズさんのことがお好きなんですか?」
クリストファーは思わずリリアの顔を驚いたように見る。
リリアは真剣そのもので、どこか悲痛そうな面持ちだった。
「……好きだよ。」
「即答ですね。ちょっと妬けちゃいます。でも、ローズさんには、もうアラン先輩が居るんですよ?それでも、好きなんですか?」
「ああ、好きだよ。昔からずっと俺はあいつのことが好きだった。」
「アラン先輩から奪うんですか?」
「いや、そんなことはしない。俺はあいつが幸せになるのが一番だから。」
「……そういうところが、ズルいんです。」
「ん、なんか言ったか?」
「いえ!何でも。」
「……まあ、でも、もしあいつを泣かせるようなことがあれば、俺も放ってはおけないな。」
クリストファーは笑みを浮かべたが、目は笑っていなかった。
リリアはそんなクリストファーの表情を見つめて、目を伏せる。
少し離れたところで、ダミアンは2人の一部始終を見ていた。
「うわ……二人とも本気で恋してるじゃん。」
ダミアンはそう呟き、柱に身を隠す。
スマートフォンを開き、SNSを開く。
「リリアちゃん、クリスくんに本気っぽかったもんなあ。クリスくん、あしらってたと思ってたけど、リリアちゃん意外と粘るねえ。」
リリアのSNSには、クリストファーと出かけたり、生徒会での活動を写真に撮って、投稿していた。
「なんか一波乱起きそうな予感するなあ。」
ダミアンは眉を顰めて、スマートフォンを閉じ、会場の方を見る。
いよいよ、コンテストが開始される。
発表順は前日に学年不順でランダムとなっている。
「……まずは、二年、アンソニー・コックス。」
最初はアンソニーが発表する順番となっていた。
「今回、私が皆様にお召し上がりいただきたい料理のテーマは学園創立者であるレオナルド・ロイヤルの生い立ちをイメージしたコースメニューとなっております。」
アンソニーは料理を出して、説明を始める。
アンソニーはこの国の郷土料理を得意とする。
私の順番は中盤で、マイケルの次という順番になっている。
近くにいるマイケルは、緊張しているのか、ぼそぼそと呟いている。
生徒は自分の順番が来るまで、調理場で最終チェックをしており、モニターに写っている画面を確認しながら、様子を伺っている。
調理場はどこか浮き足立っているようで、多くの生徒がモニターと料理を交互に見て、ソワソワとしていた。
「次、二年、アラン・ロバン。」
「はい。」
アランは平然と料理を並べ、淡々と説明する。
「今回、私が用意しましたのは、『人魚姫』をモチーフにした料理です。人魚姫と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか?……人魚姫は美しくも悲しいラブストーリーとして認識されている方が多いと思います。前菜は船で王子と運命の出会いを果たした船をイメージして、魚介類を使ったものを用意しました。スープはさっぱりした枝豆のスープで人魚姫の泡をイメージして、リンゴをベースにしたムースを乗せています。メインディッシュは、海と人魚姫の鱗をイメージして作った蕎麦です。どうぞ、人魚姫のラブストーリーをお楽しみください。」
審査員が味わった後、審査員からいくつか質問がされるので、生徒はそれに答えなければならない。
「何故、この料理とテーマを選んだのですか?」
「私の実家の郷土料理をアレンジしたもので勝負したいと思ったのがきっかけです。テーマは人の感情というものは、複雑で、多くの人の心を動かすのに、喜怒哀楽で1番訴えられると私が感じたのが哀だったからです。」
その他にもいくつか質問をされていたが、アランは冷静に答えを返していた。
「次、二年、ポール・ランベール。」
「はい!俺……あ、いや、私が今回用意したのは、世界の料理の食べ比べコースです。一口サイズで色んな料理を食べてもらいたいなと思って、考案しました。」
「これは、チヂミの中に蕎麦が入っているのか?」
審査員が色んな料理の中の一つの料理をつまんで尋ねる。
「はい。伝統的な物ではなく、別の国の料理を混ぜたら、より美味しくなるかなと……」
幸か不幸かアランとポールは蕎麦を使ったアレンジ料理が被ってしまった。
私は祈るようにモニターを見る。
どうか、アランが勝ちますように。
「ロージー、そろそろ俺たちも行くぞ。」
私がそんなことを思っていると、マイケルが声をかけてくる。
そろそろ、舞台袖に向かう時間だ。
私はワゴンに料理を入れて、調理場を出た。
こちらに戻ってきたアランと鉢合い、私は会釈をする。
「大丈夫だ。いつもの調子で頑張れ。」
すれ違いざまに、アランは私に対して、小さくそう告げた。
私が力強く頷くと、アランは無邪気に笑った。
その笑顔は今まで見たことのないような晴れ晴れとした笑顔だった。
憑き物が取れたようなそんな表情。
アランはきっと本当の意味で前回の呪縛から解き放たれ、自信がついたのだろう。
今度は、私が頑張る番だ。