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第十四話

アランと仮の恋人関係になってから、一ヶ月。

日常生活は少しだけ変わった。


アランと過ごす時間が増えた代わりに、マイケルとリリアと過ごす時間が減ったこと。


クリストファーと定期的にデートすることがなくなり、生徒会でしか合わなくなったこと。


しかし、幸か不幸か、生徒達は間も無く始まるコンテストのことで手一杯だ。


私もその一人で、クリストファーとの関係やリリアのことでヤキモキする時間はあまりなく、コンテストの準備に集中していた。


「ローズ、最近根を詰めすぎていないか?たまには休んだらどうだ?生徒会では、コンテストの実行委員としての仕事もあると聞いたぞ。」


「ありがとう、アラン。でも、もう少し頑張りたいの。あと一ヶ月だというのに、コンテストに出すメニューが決まってないのよ。」


「そうか……君がそう言うなら、俺は応援する。でも、無理はするなよ。」


「ああ……合宿のあの夜に出した蕎麦をメインにして、考えている。俺が人生で一番力を注いだ料理だからな。出してみたかったんだ。」


「マンゴーアレルギーの人が審査員にいなければ、あの料理は最高だと思うわ。」


私がそんな軽口を言うと、アランは苦笑いをした。


アランの関係は良好だった。

噂好きのポールとリリアが学園中に広めたにおかげで、料理科だけでなく、製菓科、はたまた先生まで知っている公認のカップルとなってしまっている。


人の好奇の視線に晒された私達は完璧なカップルを演じるため、こうして毎週のようにデートを重ねることになってしまった。


しかし、アランはよくこんな茶番ともいえるこの状況に付き合ってくれるものだ。


合宿の恩だと言うが、事件は未遂に終わったのだし、もう充分だと思うのだが。


「……あれからどうだ?状況は変わったか?」


私がそんなことを考えていると、アランが歯切れの悪い様子で辿々しく尋ねる。

アランが言葉を濁しているのは、ここが学生寮から近い喫茶店で話しているからだろう。

人目につくように、わざとこの場所を選んで会っているのだ。


「お陰様で順調よ。私の両親と彼の両親も納得してくれたわ。私の両親も彼の両親も本人の意向あっての婚約ことだと考えていたみたいだから。」


婚約破棄に関して、寧ろ、あっさりし過ぎていたと感じるくらい、すぐに両親達からの承諾を貰えたのだ。


手紙で一報を伝えただけだったので、実際の両親の反応は分からないが、文面だけで推測するに、悲観的にはなってないようだった。


「そうか。今回は幸せになれるといいな。」


「ええ……アランにもこんなに協力してもらったんだもの。頑張って良い未来を掴むわ。」


「ローズは卒業してからどうしたいんだ?」


「え?」


「同じ未来みちを辿らなければ、君は無事に卒業出来るだろう。卒業したら、幸せになるために何かしたいことや夢があるのかと。」


そんな先のことを考えたことなど今まで一度もなかった。

私の人生はあの脱線事故で幕を閉じ、夢など描こうとも思えなかった。

強いて言えば、クリストファーに嫌われず、リリアと揉めることなく、平穏に父のレストランの跡取りとして行うべきことを行いたいと思っていただけだ。


「ノープランよ。これから、じっくり考えるわ。私の今までの夢はこの状況を打破することだったんだもの。アランはもう考えているの?」


「俺は……父の店をもう一度立て直して、この国にまた2号店を建てたい。今度こそ、ポールの家族に負けない料理を振る舞える店を作りたい。そんな淡い夢を抱いているよ。」


「いいじゃない。アランならきっとなれるわ。」


「ありがとう。俺は卒業したら地元の老舗料理店で修行をしようかと考えているんだ。それで……」


「それで?」


アランが急に話すのをやめた。

私はアイスコーヒーの入ったグラスを持って、ストローを使ってかき混ぜる。


「もし、君がまだ夢を探している途中であれば、俺のところに来ないか?」


カランと氷の音が鳴る。


「私がアランの地元へ?」


「もちろん、あくまで一つの選択肢として提案するだけだ。無理強いはしない。俺と君では卒業する年も違うしな。でも、俺は君が側にいてくれたら…………嬉しい。」


それは、どういう意味合いで捉えればいいのだろうか。

恋人役の延長上での話だろうか。

それとも、料理人として私の技術を評価してくれているのだろうか。


「俺は君のことを不幸にしない。もう誤った道に賭けたりもしない。だから……考えてみてくれないか。」


アランの真剣な表情。

黒曜石のような瞳が私を射抜く。


どんな気持ちであれ、この言葉に嘘はないのだろう。


「……ありがとう。考えてみるわ。」


私の口から出たのは、その一言だけだった。

アランの表情が真剣で、はぐらかしたり、茶化したりするのは、良くないと思ったからだ。



「ローズさん、お久しぶりですね。クラスでは一緒なのに、最近はアランさんとずっと一緒に居るんですもの。マイケルさんもいじけてましたよ。」


生徒会室に入ると、そこにはリリアが本棚から出したであろう資料を手に持って、にこやかに出迎えてくれた。


「そうですね、こうやってお話しするのは久しぶりですね。二人と話せないことが少し気になっていたんです。私に恋人ができたとはいえ、リリアともマイケルとも今まで通りに接していきたいから。」


「そう言ってもらえると嬉しいです。私もクリストファー先輩と仲良くなれるよう頑張ります!」


そう言って、リリアは片手で拳を握って、ガッツポーズをした。

相変わらず、私はリリアの恋話には苦笑いしか出来ずにいた。

もう婚約破棄したというのに、私は未だにリリアのクリストファーへの想いをちゃんと受け入れることが出来ずにいる。


「お、もう二人とも来ているのか。早いな。」


「あ、クリストファー先輩!お疲れ様です。」


「おう、お疲れさん。」


リリアはぱあっと花が咲いたように可憐な笑顔で、クリストファーに駆け寄る。

それに対して、クリストファーは軽く手を挙げて、挨拶を返した。


私は遠巻きに軽くお辞儀をしただけだ。


クリストファーとは必要最低限の話しかしていない。

婚約関係が破棄された私達は恋人どころか幼なじみ、いや、友達以下の関係になってしまった。


しばらくすると、生徒会の役員がぞろぞろと生徒会室に集い、パトリックの合図で会議は始まった。


会議の途中、私は眠気に襲われ、必死に自分の足を踏んだり、手をつねったりして、気を紛らわせた。


最近、コンテストの準備で全然眠れていないのが、今になって眠気が来てしまったのだろう。


「……では、本日の議題はこれで終わりだ。みんな、もうすぐコンテストだが、気を引き締めてかかるように。」


「「はい!」」


議題はほとんど頭に入らないまま、会議は終了してしまった。

私は慌てて板書をノートに写す。


会議が終わり、続々と人が帰る中、私がノートに必死に議題を書いていると、リリアが声をかけてきた。


「ローズさんは、まだ帰らないんですか?」


「え、ええ……今日の議題の見直しをしたくて。」


「真面目ですね。ホワイトボードの内容は消さないでおきますね。」


「ありがとう。」


リリアは笑顔で会釈をして、生徒会室を去った。


しばらくした後、ようやく、私は今日の議題を理解し、背伸びをした。


ふと、視線の先にリリアのものらしき可愛らしいノートが置いてあった。


私は見てはいけないと思いながらも、それを手に取り、パラパラとめくる。


基本的には会議の重要なポイントが分かりやすく書いてある。

時々、余白部分に可愛らしい落書きやメモが書いてあるくらいだ。


クリストファーと書かれたリリアの字を見て、私はノートを閉じる。


今になっても、私はリリアとクリストファーの関係を受け入れられない。


私は溜息を一つ吐き、自分の席へ戻る。

色々考えたいことがあるのに、眠気のせいかもやがかかる。


「少しだけ……休もう。」


そう言って、私は眠気に抗えずに、目を閉じ、意識を手放した。


目が覚めると、生徒会室は真っ暗になっていた。


寝過ぎた。

時間はまもなく十九時。

守衛さんに見つかる前に早く帰らなければと、席を立つと何かが落ちた。


落ちた音のした方を見ると、それはブランケットだった。

見覚えのないデザイン。

居眠りした私を見つけた誰かがかけてくれたのだろうか?


ふと、デスクに目をやると、そこには私が好きなブランドのミルクティーが入ったペットボトルあった。


ペットボトルには、付箋が貼っており、何やらメッセージが書いてある。


『ロージー、気楽にいこう。』


ただ、それだけのメッセージだったが、私はこれがクリストファーからの贈り物だと気がついた。


少し特徴のある筆記体。

ロージーと私を呼ぶ人は、学園ではクリストファーとマイケルしかいない。


「……クリス…………本当は……私は……貴方が好き……好きなの。」


私は誰もおらず、電気もついていない生徒会室で、ぽつりと呟いた。


頬に涙が伝う。

どうして、人は恋をするのだろうか。

あんなに辛い目にあっても、私はクリストファーのことを想い続けてしまう。


心なんて無くなればいいのに。


ぬるくなったミルクティーの入ったペットボトルを額に当てて、私は心からそう願った。



リリアは自室で果物を切っていた。

夜食用のアサイーボウルを作るためだった。


リリアの顔はいつになく険しかった。

リリアは教室に戻って、帰る支度をしていた時、自分が生徒会用のノートを置き忘れたことに気がついた。


身支度を済ませ、鞄を持ち、帰る前に生徒会室に寄るため、鍵を取りに教員室へ行った。


生徒会室は会議が終わると、鍵を閉めるのだ。きっと、ノートを写し終えたローズが閉めているだろうと思い、教員室に返却された鍵を探した。

しかし、いつもの場所に鍵はなく、まだローズが居るのだろうと、リリアは軽い足取りで生徒会室へ向かったのだった。


生徒会室に着くと、生徒会室の扉は僅かに開いていた。

リリアは何故か扉を開けるのを躊躇った。

ふと、扉の隙間から誰かが立っているのが伺えたからだ。

その姿はローズの背丈よりも遥かに大きかった。


リリアは扉の隙間から中を覗いた。


そこには、クリストファーが眠っているローズの頭を優しく撫でていた。

クリストファーはリリアが見たことのないような優しい表情で愛おしそうな眼差しを向けて、眠っているローズを見ていた。


「俺は……ロージーのことが好きだよ。婚約者だからではない、ロージーだから。」


隙間風と一緒に扉の隙間から漏れたクリストファーの言葉は、リリアには信じがたいことだった。


リリアはノートの存在も忘れ、足早にその場を離れ、寮に戻った。


(婚約?好き?クリストファー先輩が?ローズさんのことを?)


クリストファーのことが好きだとローズに言うと、ローズは困ったような表情で苦笑いをした。


あれは、ローズとクリストファーが婚約関係にあったからだろう。


クリストファーの好きなタイプや好きな人を聞いた時、知らないと答えた。


あれは、ローズ自身のことを指していたから?


ローズのあの反応。

やはり、あの時の直感は間違いではなかったのだ。

リリアがクリストファーを好きだと言った後、ローズの挙動は明らかにおかしかった。


でも、アランは?

ローズは今、アランと付き合っている。


バラバラになっていたパズルのピースがクリストファーの言葉でどんどん埋め込まれていくような感覚にリリアは陥った。


「そんな……ローズさん。」


ぽつりとリリアは果物を切る手を止めて、呟いた。


「わたし……わ、私は……」


リリアは雑念を振り払うように林檎を勢いよく切った。


リリアの表情は苦悶に満ちた表情をしていたのだった。



「最近、ロージーもリリイも付き合い悪くね?」


数日後、珍しく朝早くに来ていたマイケルから開口一番そう言われた。


「もう、拗ねないでよ、マイク。」


「ロージーはアラン先輩と一緒だし、リリイも生徒会の日でなくても、生徒会の人達と一緒にいることが多くてさ。俺と全然遊んでくれないじゃん。」


「今度三人で遊びに行きましょう、ね?」


「はいはい、お気遣いありがとうございます……でも、最近リリイとロージー、あんまり話してなくないか?」


そういえば、マイケル以上にリリアとは話す機会がぐっと減った。

この前の生徒会以来、なんだか態度も心なしかよそよそしくなった気がする。


……何かしただろうか?

特に思い当たる節はないのだが……


それとも、私とリリアが仲違いするのは運命的に決められてしまっているのだろうか。


「そう?きっと、気のせいよ。」


私はそう返したものの、マイケルの問いかけがやけに気になった。


リリアのことを考えていると、リリアが教室に入ってきた。


「リリア、おはようございます。」


「あ……おはようございます。」


いつもは、私を見かけるとまるで子犬のようにこちらに駆け寄り笑顔で挨拶をしていたのだが、リリアはぎこちない笑みを浮かべて、一言だけ返すと、席に鞄を置き、またどこかへ出かけてしまった。


「……お前ら、喧嘩でもしたの?」


マイケルもリリアの態度に違和感を覚えたのか、心配そうに尋ねてくる。


「どうなんでしょう……少なくとも私には心当たりが思い付かなくて。」


「そっか。まあ、時間が経てば元に戻るだろ。あんまり気にすんなよ。」


マイケルは私の肩を叩いた。

私はマイケルにありがとう、とだけ返し、リリアの席を見る。


どうか、前回と同じ未来になりませんように。


私は、心の中でそう強く願った。


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