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第十三話

「そろそろ、毎年恒例のコンテストの時期だな。」


形だけどはいえ、恋人になったアランとは、毎週の休みに会うようになった。

今日は海外に本店があり、最近この国に初上陸したばかりのカフェに来ている。


あまりにお互いを知らなさすぎても、クリストファーだけでなく、両親やクリストファーの家族も私達の関係を疑問に思うだろう。

それに、私と近しい関係にあるマイケルやリリアも不審に思うかもしれない。


「ローズ?」


「……ごめんなさい。少しぼうっとしてしまいました。でも、話は聞いていたんですよ?コンテストは学外でも有名ですよね。料理科と製菓科に分かれて学年関係なく、科内の全生徒と競うのですよね。」


「ああ、そうだ。本番は二ヶ月後だが、この学校の一大イベントで、有名レストランやパティスリーからのヘッドハンティングもある。各自、メニューを考えるから、そろそろみんな本腰を入れるんだ。」


「アラン先輩なら、一位を取れるかもしれませんね。」


私がそういうとアランは少し黙った。

何か気に触ることでも言ったかと、私が口を開いた時。


「……アランでいい。それに、敬語もいらない。」


アランはそう言った。

私はすぐにこれも恋人のフリをするための一環だと理解し、断る理由もなかったので、呼び捨てと敬語をやめることに応じた。


それにしても、アランは真面目に恋人役を演じてくれている。

アランがこういった恋人役を買って出ること自体がイメージと違うので、無理をさせてないか少し心配だ。


パラレルワールドにいることを自覚している者同士の結託だったが、まさか、こんなことになるとは夢にも思わなかった。


でも、これは私が選んだ道。

私はこの生活に早く慣れなければ。


私はアランと他愛もない話をし続けた。


学生寮に戻ると、マイケルとリリアにばったり会った。


「あれ、アラン先輩とロージーじゃん。珍しいね、二人でいるの。」


「アラン先輩、ローズさん、こんにちは。」


「二人はこれからどこか出かけるの?」


「ああ、久しぶりにステーキが食いたくなってさ。ステーキハウスに行こうと思ってな。アラン先輩とロージーも来る?」


「いや、もう昼飯は食べてしまったからな。遠慮しておく。お誘いありがとう。」


「……あの、お二人が手を繋いでいるのって、もしかして……」


リリアは私とアランをちらり、ちらりと見て、頬を赤らめて、私達に尋ねる。


「……まあ、お察しの通りだよ。」


リリアの問いかけにアランが応える。

リリアは黄色い悲鳴を上げた。


「わあ、すごくお似合いです!ビックカップル誕生ですね。」


リリアのこの様子、次の登校日には、学校内で有名になりそうだ。

前回の未来を辿らないよう、あえて広めるのは、止める必要はなさそうだと、私は判断した。


「ま、マジか。とりあえず……おめでとう。」


マイケルは目を丸くして、驚いている。

私はありがとう、とだけ答える。


「ローズさん、今度詳しい話聞かせてください!」


リリアは興奮した様子で食い入るように、こちらにキラキラとした目を向けた。


「おいおい、リリイ。程々にしとけよ?」


あまりのリリアの食いつきに、少し私が引いたのを感じ取ったのか、マイケルが窘めた。


「わ、分かってます!」


「二人の逢瀬を邪魔するのも悪いんで、邪魔者の俺達は退散します。また、月曜日に。」


マイケルはローズの肩に手をかけ、私達に別れの言葉を告げて、半ば強引に駅の方向へ連れて行く。


「……すまない、まさかあんなに食いつくとは思わなくてな。言ってよかったか?」


二人が見えなくなってから、アランが小さな声で私に尋ねた。


「婚約破棄するためには効果的よ。アランには悪いけど、私達が付き合っているのが周知化すれば、信憑性が上がると思うから。」


「そうか……それなら、いいんだ。」


私がそう言うとアランはどこか寂しげに笑った。


話に区切りがついた私達は互いの寮に戻った。


自室に戻り、コンテストのメニューを考えなければ、と私がノートを開いて思案していると、スマートフォンが鳴った。


どうやら、誰かからチャットメッセージが来たようだ。


発信相手がクリストファーと記載がされていて、私はドキっとした。

チャットを開くと、そこにはこう書かれていた。


『ダン、悪いが何か果物を買ってきてくれないか。薬を飲むのに、何か口にしたいんだが、冷蔵庫に何もなくてな。』


どうやら、送り先を間違えているようだ。

クリストファーは体調を崩しているのだろうか。


私は少し思案した後、財布を持って、部屋を出た。


気がつけば、果物の入ったビニール袋を下げて、私は男子寮の前に立っていた。


思わず、来てしまったが、男子寮にどうやって入ればいいのだろうか。


「おや、ローズ君じゃないか。こんなところでどうしたんだい?」


私が思案していると、突然、私の名前を呼ぶ声がした。

思わず、私はビクッと肩を震わせた。

声のした方を振り向くと、にこやかに微笑むアンソニーがいた。


ちょうど良かった。

アンソニーにクリストファーへお見舞いの品を渡すよう頼もう。


「あの、クリストファー先輩が体調を崩していたと聞いたので、代わりにアンソニー先輩からこれを渡していただけないでしょうか?」


「なんて慈悲深いんだ、君は。その気持ち、君から直接伝えるといい!」


私がそう言うと、アンソニーは感動したように表情を輝かせて、自分が被っていたキャップを私に目深に被せ、自分が着ていたパーカーを着させた。


「えっ?」


「殆どの寮生は、今の時間は外出しているか、部屋にいるかの二択で廊下を歩いても鉢合わないさ。僕が手助けしてあげるから、直接渡してごらん。」


……アンソニーはどこか面白がっているような気がする。


「でも、男子寮に入るなんて。」


「大丈夫。僕が君のサポートをしてあげるよ。」


私が躊躇いを見せると、アンソニーはパチンとウインクをする。

そして、有無を言わさず、アンソニーは私を男子寮の入り口の方にぐいぐいと押す。


アンソニーに言われるがまま、クリストファーの部屋にまで来てしまった。


アンソニーはいつの間にか居なくなってしまったが、おそらく近くにはいるのだろう。


ここまで来てしまったのなら、早く渡して、寮を出よう。


私はあまり周りに響かないよう控えめにノックをする。


反応がない。

物音もしない。

私は再びノックをする。


それでも、反応がなく、私は嫌な予感がした。

もしかして、中で倒れているのでは?


私はドアの取手を掴む。

すると、鍵はかけられていなかったようで、ドアはいとも簡単に開いてしまった。


私は恐る恐る中に入る。

念のため、ドアは閉める。


「……クリス?」


私は廊下に響かないほどの小さな声でクリストファーの名前を呼ぶ。

誰かが中にいる気配がする。

私は気配のする方に向かう。


そこには、ベッドの近くで倒れているクリストファーがいた。


「クリス!」


私はクリストファーの上体を起こす。

身体に触れると熱があるのが布越しにわかる。


「み、みず……」


クリストファーの枯れた声に私は弾かれるように冷蔵庫へ向かい、水を出して、クリストファーのところへ持っていった。


クリストファーになんとか水を飲ませると、クリストファーはゆっくりと目を開く。


「……ろ、ロージー?何故、君がここに……」


クリストファーは一瞬戸惑った表情をした。

私はダミアンに送るメールが誤って私に届いた旨を伝えて、弁明しようとすると、クリストファーは表情を緩ませて、私に抱きついた。

私は思わず言葉が出なくなり、固まった。


「……そうか、夢か。」


クリストファーの重みに耐えかねて、私はそのまま床に押し倒される。


そして、熱のせいかどこか顔が赤いクリストファーの顔がだんだんと近づき、私は思わず声を上げた。


「く、クリス!」


私は思わず声を上げた。


クリストファーの顔が私の肩口に触れる。

クリストファーの温もりと匂いで私の顔が熱くなるのを感じた。


しかし、クリストファーからの反応はなく、ゆっくりクリストファーの方を見ると、クリストファーは眠ってしまっていた。


私は安堵の息を漏らし、なんとかその場から抜け出した。

床に寝たままのクリストファーをそのままにするのも抵抗があったが、私の力ではベッドにクリストファーを運ぶことはできない。


私はベッドの上にあった毛布をクリストファーに被せた。

毛布を被せた時、ふわりとクリストファーの匂いがして、胸が苦しくなった。


私はその気持ちを振り払うように、首を振り、持ってきた果物をキッチンに置き、そのまま玄関に向かった。


「お大事に……クリス。」


私は扉を開く前に、小さくクリストファーのいる部屋に向かって呟いた。


私は足早に男子寮から出る。


「感動の再会は果たせたかい?」


寮から出るとにこやかな表情をしたアンソニーがこちらに来た。

感動の再会とは大袈裟だ。

私とクリストファーは生徒会で定期的に会っているのだから。


私はパーカーとキャップを脱いで、アンソニーに返す。


「そんな大層なものではありませんが……おかげさまで目的は果たせましたよ。」


「それは何よりだよ!ところで……君はアラン・ロバンと付き合い始めたんだね?」


アンソニーはパーカーとキャップを受け取ると、小声で私の耳元で囁いた。


「もう……ご存知でしたか。」


「ふふふ……寮の前であんなに騒がしいと聞き耳を立ててしまうものだよ。それに、君とアラン・ロバンは手を繋いでいたからね。」


私が何も言わないでいると、アンソニーは何か含みのある笑いをした。


「……これは先輩からの忠告だよ。心の声を無視して、物事を進めるといつか歪みが生じる。相手を重んじて、判断を先延ばしにすることが、時に酷なことになることだってあるのだよ。」


「……ご忠告、痛み入ります。」


私はペコリと頭を下げて、足早に女子寮に戻る。


アンソニーはどこか不思議だ。

掴みどころがなく、時々人の核心を突くようなことを言う。


私は部屋に戻ると、クリストファーからもらったキャンドルホルダーを見えない物置にしまった。


私の今回の選択はきっと前回よりも多くの人がハッピーエンドになる。


クリストファーやリリアが婚約者の私を気にかけて、交際に踏み切れないといったことや、私が後継者から外されることもない。

家族が自分の娘に失望することもない。


きっと……これが正しい。

アランを巻き込んでしまったけれど、今ある選択肢の中では最善の策だったはずだ。


「……っ!」


私は物置の扉を閉めると、膝をついた。


何故、こんなに苦しいのだろう。

これで、クリストファーとリリアが結ばれる結末が近づいたというのに。


服についた僅かなクリストファーの香りが私の鼻腔をくすぐる。


どうして、私はこんなにクリストファーを想ってしまうのだろうか。



クリストファーは身体の節々に痛みを感じ、ゆっくりと目を覚ました。

風邪のせいではない、これは床で寝ていたからだ。


上体を起こして、毛布がかかっていることに気がついた。

正直、記憶が全くなく、クリストファーは自分の状況を把握することが出来なかった。


クリストファーはふらつく足でキッチンに向かい、冷蔵庫から水を取り出す。

ふと、流し台を見ると、使ったであろうグラスがあり、近くには見覚えのないビニール袋に気がついた。


クリストファーは水を飲みながら、中を確認する。

中はクリストファーが好きな果物と果物のジュースが入っていた。


そういえば、ダミアンに買い物を頼んだことを思い出したクリストファーはスマートフォンを手に取る。


礼をしなければ、とぼうっとする頭でチャットアプリを開く。


「ん?…………なっ!?」


1番上にあるトーク相手の名前をみて、クリストファーは目を丸くし、携帯を落とした。


そこにはダミアンではなく、ローズの名前があった。


初めてそこで寝ぼけてローズに誤って連絡をしたことに気がついたクリストファーは慌ててチャット画面を開く。


『すまない、間違えて連絡をしてしまった。わざわざ買いに来てくれたのか?誰かに頼んだのか?』


思わず不意に起こった出来事にお礼も忘れて、質問を投げ返してしまった。


続いてお礼の言葉を述べようと、タイピングをしていると、すぐにローズから返信があった。


『アンソニーさんに手伝ってもらいました。お大事にしてくださいね。』


ローズの言葉にクリストファーは安堵の息を漏らした。

きっと、ローズに頼まれて、アンソニーが自分の部屋まで頼んだ物を持ってきてくれたのだろう。


『ありがとう。』


クリストファーはお礼の言葉を書いて、スマートフォンを閉じる。


ローズが男子寮に入り込む事態になっていなくて安心した。

最も、男子寮に女子生徒がなかなか入ることはできないとは思うけれど。


「あれは……夢だったんだな。」


朧気な記憶だが、部屋にローズが居た気がした。

でも、あれは自分が見た夢だったのだろうとクリストファーは納得した。


「あんな夢を見るなんて、重症だな、俺。」


そう呟いて、クリストファーはベッドに潜り、再び目を閉じた。


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