第十一話
いつものお話しより少し長めになっております。
引き続き宜しくお願いします。
その日の業務が終わると、私達は各々の部屋に戻り、寝支度を始めた。
ジャスミンはレオとペアで業務が出来たこと、休憩時間に二人きりで異国の地で出かけたことが嬉しかったらしく、私に幸せそうに今日の出来事を話した。
「……新人ちゃん?どうしたの?なんか、顔色悪いわよ?」
「えっ?」
ジャスミンの言葉に私は部屋にあった鏡に自分の顔を写した。
そこには青白い顔の自分がいた。
「貧血?それとも慣れない場所で疲れたのかしら。ごめんね、体調悪いのに話し込んじゃって。薬はある?何か出来ることがあれば言って。」
ジャスミンは心配そうに私に尋ねる。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ。」
私は小さく笑い、首を振った。
何か引っかかる。
その引っかかりが気になってから、思案していたせいか、疲れたようだ。
「そう?早く寝た方がいいわ。」
ジャスミンの言葉に甘えて、私は先に湯浴みを済ませて、布団に入った。
目を瞑り、すぐに私は眠りについた。
懐かしい夢だ。
これは……また、前回の記憶だ。
「そういえば、料理科で二人の生徒が亡くなっただろう?ローズは大丈夫か?」
クリストファーは心配そうに私に尋ねる。
「ああ……料理科は少し騒がしくなっていますね。心配してくれて、ありがとうございます。そんな重苦しい話はいいですから。それより……」
私はクリストファーのことしか興味がなく、その話をすぐに終わらせてしまった。
そうだ。この時期に料理科で二人の生徒が死亡した。
確か、その二人は部活の合宿をきっかけにして、亡くなった。
名前はポール・ランベールとアラン・ロバン。
「…………っ!」
私は夢から醒めて、上体を起こした。
思い出した。確か、二人は死んだ。
死んだ原因は……この合宿だ。
私は居ても立っても居られず、ジャスミンを起こさないようにゆっくりと階段を下った。
調理場の方に人の気配がする。
私はゆっくりと調理場の方を伺う。
そこにはアランの姿があった。
何かを調理しているようだ。
手元にはいくつかのフルーツがある。
林檎、洋梨、苺、蜜柑、柚子、それにマンゴー。
こんな時間に何を作っているのだろうか。
何かを茹でているように伺える。
スムージーなどを作っているようではなさそうだ。
あの夢を見たせいか、私はアランに声をかけることを躊躇った。
死んだ原因は前回の私も知らない。
ただ、合宿でいざこざがあり、ポールが死に、しばらくしてアランもポールを追うように死んだと噂で聞いた。
私は調理場を離れ、食堂に向かった。
誰もいないかと思ったが、そこにはポールがいた。
「おお、ローズじゃないか。こんな夜中にどうしたんだ?眠れないのか?」
こんなに元気なのに、どうしてポールは亡くなってしまったのだろう。
私はなんで言えばいいか分からず、言い淀んでしまう。
「ん?顔色が悪いな。そこに座ってろ。これ、まだ飲んでないから、お茶でも飲めよ。」
いつものポールの優しさに泣きそうになる。
ポールは私の様子に少し戸惑うような様子を見せつつも、私に席に座るよう促した。
「すみません。悪い夢を見たんです。ポール先輩はここで何を?」
「ああ、俺はアランが新作の料理を作ってくれると言ってな。試食をすることになっているんだ……悪い夢か。俺と楽しい話でもしよう!誰かと話していれば、気も紛れるさ。」
ポールはそう言い、他愛もない話を始めた。
合宿のどこで、いつ、何が起こるのか分からない。
ジャスミンとレオは無事だったのだろう。
もしかして、二人はこの事件に関与していない?それとも、疑惑の目を逸らすことが出来ただけなのか?
私は世間話に集中出来ず、二人が死ぬ出来事を何とか回避できないかと考えていた。
「……ポール先輩は持病とかありますか?」
考え込んでいた私は思わず脈絡もなく、そんなことを尋ねてしまった。
「持病?至って健康だぜ?」
「そうですよね。」
私は変な質問をしてしまったことを後悔した。
持病であれば、アランも死ぬことはおかしい。誰かが明確な殺意を持って殺した方が持病で死ぬよりも可能性が高い。
「……何故、君がここにいるんだ?」
しばらくして、アランが私の姿を見て驚いたように目を見張る。
「悪い夢を見て、眠れなくなったみたいだ。世間話をしてただけだよ。そうだ、ローズにも振舞ってくれよ。お前の新作、きっと美味しいだろうからさ。」
「ああ……蕎麦の創作料理だ。新鮮な野菜や果物を使ったものだ。季節によって、旬のものを使おうと思っている。」
出されたものは、白い皿に盛られた蕎麦にカラフルなソースがかけられており、色とりどりの野菜が綺麗に載せられていた。
「おお、見た目も華やかだな。」
「蕎麦をパスタみたいな感覚でフォークで食べれるようにアレンジしてみた。少し待っていてくれ。もう一つ取り分けてくる。」
私は何か違和感を覚えた。
ただ、その違和感が何か分からず、ポールが写真を撮り終え、匂いを嗅いだり、あらゆる角度で料理を見ている様子をただ見ていた。
「待たせたな。さあ、食べてくれ。俺は片付けをしてくる。」
アランが私の分を持ってきて、すぐに調理場に戻る。
ポールが料理を口に運ぶ。
私は咄嗟にフォークを持っている方のポールの手を掴む。
「ローズ?どうしたんだ。」
「……マンゴー。」
「マンゴー?」
「……マンゴーの旬って夏ですよね?」
「マンゴーの旬?ああ、そうだな。今の季節だとなかなか手に入らないと思うぞ。」
「そうですよね。さっき調理場でフルーツを見たんです。林檎、洋梨、苺、蜜柑、柚子、そして、マンゴー。ひとつだけ、夏の果物があったんです。さっきは季節によって旬の果物や野菜を用意すると言っていたのに。」
私の問いかけにポールは一瞬ポカンとした表情をしてから、少し思案し、頷いた。
「……そうなのか。色を鮮やかにするには、マンゴーのオレンジ色や酸味が必要だったのかもしれないな……でも、困ったな。俺、食べれないや。」
ポールはフォークを置く。
「食べられないんですか?」
「俺、アレルギーなんだよ。昔、大好物でさ、食べ過ぎて一度、アナフラキシーショックを起こしてしまったんだ。そこからは、危ないからって、医者にも止められて、気をつけるようにしているんだ。まあ、マンゴーなんて、普通に生活している中で、そんなに食べるものじゃないから、支障はないんだけどさ。」
「……そうですか。」
私は蕎麦を一口食べた。
フルーツソースの乗った変わった蕎麦で、それ以外には特に変わったことはない。
あの時、調理場にあったフルーツの中で、袋に入っていたのはマンゴーだけ。
季節外れのマンゴーをわざわざ買ってきて、マンゴーアレルギーのポールに食べさせる?
ただの料理だ。
でも、アレルギーがある者にとっては、毒入りの料理。
違和感は確信に変わった。
「でも残念だなあ。アランの新作、俺も食べてみたかった。マンゴー抜きに出来るか、聞いてみるか。ああ、でもこのソースの感じは混ぜているから手間か……うーん、今回は諦めるか。」
ポールは席を立つ。
「残念だけど、食べれないこと、アランに行って、俺は部屋に戻るよ。アランと二人で食べてくれ。」
ポールは何も気づいていないようで、いつもの調子でその場を去った。
第三者の私はアランの思惑に気がつき、ただ嫌な汗を流して、俯いていた。
……でも、何故、それならアランは死ぬのだろうか。
「……どうだ?味は。まさか、ポールにアレルギーがあったとはな。悪いことをした。」
しばらくして、アランはいつもの淡々とした調子で私に話しかけて、席についた。
「どうした?顔色が悪いぞ。」
「……アラン先輩。わざとですよね。マンゴーを入れたの。アラン先輩は知っていたんじゃないですか?ポール先輩がアレルギーがあったのを。」
私がアランの方を見ると、アランは少し困ったような表情をした。
「どうしてそう思うんだ?自分のアレルギーはともかく、友人のアレルギーまでは把握出来ていなかったんだ。そんな顔をしないでくれ。」
「さっきの材料の買い出しはマンゴーだったんですね。夕方に作った料理は全て家にあった食材で作りました。さっき、調理場で見たんです。マンゴーだけレジ袋に入ってあって、それを取り出していたアラン先輩を。」
「……探偵みたいだな。ただ、この料理にはマンゴーの彩りやアクセントが必要だっただけだよ。」
「アラン先輩はポール先輩の家にホームステイしていたんですよね。知る機会があったんじゃないですか?」
「仮にそうだとして、何故、俺がポールを傷つけようとするんだ?俺には動機がないだろう。」
「……さっき、世間話をした時に聞いたんです。ポール先輩とアラン先輩のお父様のお話。」
「……それで?」
心なしかアランの声音が少しだけ低くなった気がした。
私は話を続ける。
「アラン先輩のお父様は昔、この国では有名な料亭の亭主で、海外にも支店を出していた。その支店が、私達の住む国だった。今はその店はなく、跡地にポール先輩のお父様の店があるみたいですね。前に私にアラン先輩のお父様は海外に二号店を開くことが夢だったけれど諦めたってお話ししてくれましたよね。どうして、そんな嘘を吐いたんですか?」
「…………」
アランは何も話さなくなり、ただ私を見つめて、表情を変えずに私の話を聞く。
「アラン先輩のお父様が作った料理のファンだったポール先輩のお父様は、アラン先輩のお父様の料理にインスパイアされて、その料理をベースに創作料理を作られた。そして、その創作料理を提供する店をアラン先輩のお父様のお店の隣に出した……ポール先輩から聞いたのはここまでですので、ここからは推測です。似たような料理。近いロケーション。アラン先輩のお父様のお客様や新規のお客様はポール先輩のお父様のお店へ行ってしまったのではないですか?」
「それが、俺がポールを傷つけようとした動機だと?」
「……お二方に何があったかは存じ上げません。それでも、私は貴方に明確な意志があったと感じています。先程、調理場に居た時の貴方はいつもとは様子が違いましたから。」
アランは何かに取り憑かれたような表情をして、黙々と作業をしていた。
どこが違うかというと説明が難しいが、数ヶ月間、調理場で作業を共にした者になら分かるであろう、些細な違い。
すると、アランは大きな溜息を吐いて、席を立つ。
「寒いかもしれないが、外で話さないか?温かい甘酒を持ってくるよ。」
ここでは、誰が聞いているか分からないから、とアランはどこか諦めたような表情をして、自嘲に満ちた笑いをした。
しばらくして、戻ってきたアランと一緒に私達は外に出た。
三分咲きの桜の木の下で、私達は座って、夜桜を眺めた。
そして、アランはぽつりぽつりと話し始めた。
……アランの昔話を。
俺の家は料亭だった。
この国では名の知れた老舗の料亭。
父は料理が大好きで、朝から夜まで必死にお客様を喜ばせるための料理を考えていた。
母はそんな父が大好きだった。
そして、俺は料理一筋の父が幼い頃から嫌いだった。
父は第一に料理、第二にお客様、第三に家族だった。
自分の方を向いてくれない親なんて、子供からすれば、面白くない。
俺が小学六年生の時、父は珍しく俺に旅行に連れて行ってくれた。
それは海外旅行だった。
父は海外にある2号店へ連れて行ってくれた。
「俺は将来、世界中の人に母国の味を好きになってもらいたい。お前は外国語が得意みたいだから、いずれはお前にその意志を継いでほしいな。」
いつも無愛想な父が初めて夢を語り、笑った。
そして、俺はそれが嬉しかった。
初めて、家族らしく旅行をして、父の夢を知り、笑顔を見た。
それだけだったが、俺にとっては大切な思い出だった。
俺達が店の前で立っていると、1人の男が暖簾を潜り、出てきた。
その男は父を見ると表情を明るくし、握手を求めてきた。
その男がポールの父だった。
ポールの父は父の料理に感銘を受けたといったようなことを言ってきて、興奮した様子で色んなことを話していた。
父は少し恥ずかしそうにはにかんでいた。
その時は外国人にも父の作った料理が受けていることが純粋に嬉しかった。
でも、この男が俺達家族を狂わせた。
ポールの父は、父が作った料理をベースに創作料理を作り始めた。あろうことか、父の店の隣で。
ポールの父は尊敬する師匠の近くで、店を出したかったと言っていた。
母国の味をそのまま出していた父。
小さな一歩を着実に歩んでいた父。
なんとか、異国の人にも受け入れてもらえるよう母国の味を潰さない程度にアレンジをしていた父。
それを創作料理で、大幅にアレンジをして、新感覚の料理として出した男。
まるで、すでに完成されていた絵に他人が上書きをしたような酷い嫌悪感に苛まれた。
父の店より後にできたポールの父の店は、父の店より目新しさがあり、現地人が経営している店ということで、どんどん客が流れていった。
そして、父は海外にある二号店を畳まざるを得なかった。
さらに、俺達を苦しめたのは周囲の心のない言葉だった。
父の料理はポールの父の料理のパクリだと言われてしまうようになった。
母国に戻っても、心のない噂で、本店も料亭と言えるほどの大きさではないくらい、小さくせざるを得ない状況になった。
でも、父は諦めなかった。
これは、自分の実力不足だと、自分を責めて、前よりも調理場にいる時間が増えた。
そして、過労により倒れて、そのまま亡くなった。
母の取り乱した様子はそれは酷かった。
小さな子供のように泣き叫んだ。
俺は泣くこともできなかった。
ただ、心に出来た大きな黒いモヤを感じていた。
ポールの父は父を、家族の時間を、父の夢を奪っていったのだ。
看取った後、俺はすっかり冷たくなった父の手にできたタコを見て、何かが弾けた。
人の努力を踏み台にして、地位を得たあいつを俺は許さない。
そうして、俺は中学生になり、ポールの家へホームステイすることになった。
師匠の息子なら、是非と能天気に俺を招いたポールの父。
父の死を残念だと涙ぐむ姿はとても滑稽だった。
そして、そこで俺はポールと出会った。
俺と同い年の少年。そして、同じく料理人を目指している。
俺はポールを超えた料理人になれば、父の雪辱を晴らすことが出来るのでは、と思った。
その日から、俺は料理に向き合った。
休みの日は、ポールの父の調理場を見学し、盗める技術は盗めるだけ盗んだ。
料理部に入った俺は学校の家庭科室で父の残したレシピを使って、料理をした。
空いた時間はとにかく料理をすることに費やした。
そして、一年後、世界的に有名なジュニアシェフグランプリで俺は優勝した。
ポールは努力賞だった。
俺は嬉しかった。
あいつを努力で負かした。
でも、ポールもポールの父も母も、良かったなと俺を褒め、ポールが優勝しなかったことを悔やみもしなかった。
少し前にポールが怪我をした時は、ポールの両親はひどく動揺していたというのに。
そうか、と俺は思った。
この家族は家族が一番大切で料理は二の次なのだと。
俺の父は料理が一番大切だったのに。家族のことなんて、料理が優先だったから、俺と母は父の背中しか見ることが出来なかったのに。
憎悪と嫉妬と羨望……色んな黒い気持ちが俺を支配する。
料理で打ちまかしても、この家族は何とも思わない。
それであれば、この家族にとって、1番大切な家族を壊してやる。
それから、俺はポールと行動を共にした。
ポールを傷つける機会を伺った。
行動を共にしていた為、ポールがマンゴーを避けていることはすぐに分かった。
そして、重度のアレルギーを持っていることも、フルーツを使った飲食物を摂取する時に神経質に聞いていたことから、確信が持てた。
この家族の為に、前科がついたら堪らない。
『アレルギーを知らなかった。』と言えば、なんとでもなるだろう。
こうして、俺はマンゴーを使った料理でポールを陥れることを考えたのだった。
幼い頃に出来た大きな傷により、成長して、復讐という行為がどれほど愚かだと理解しても、止めることはできなかった。
どうせなら、俺が大嫌いでポールの父のスタイルである創作料理で痛めつけてやる。
父が遺した作り方で作った蕎麦に、ペンキで汚すようにフルーツのソースを掛ける。
俺がどんな気持ちで生きてきたか。
お前らは知る必要があるんだ。
「……これが一連の理由だ。満足したか?」
アランは肩をすくめて、そう言った。
私は何も言えなかった。
「ずっと、あいつらに一泡吹かせてやりたかった。ポールは料理に向き合う時間が少ない。だからこそ、料理の腕は俺よりも劣る。それでも、ポールは人望もあり、評価されることも多かったのも癪に触った。子供っぽい愚かな動機だと思うかもしれないがな。」
「アラン先輩はポール先輩を陥れて幸せになれたんですか?」
前回の私が同じ質問をされたら、癇癪を起こしていたかも知れない。
リリアを陥れて自分は幸せになれたのか、と聞かれれば、痛いところを突かれたと感じるだろう。
「どうだろうな……でも、今回、未遂に終わって心底安心してしまったんだ。自分でももう取り返しがつかないところまで行っていたんだと思う。」
「……二度とこんなことしないでください。こんなことをしても、アラン先輩は幸せになりませんよ。」
こんなこと、私が言う資格はないだろう。
でも、私はアランが並々ならぬ努力をしてきているのを知っている。
それを復讐のせいで、水の泡にしてしまっては、アランもアランの父も報われないと思ったからだ。
「……本当のことを言うとな。君と話してから、復讐を企てている自分が馬鹿らしくなっていたんだ。君は俺とポールを仲が良いって言ったり、マイケルが俺への愚痴を言っていたところをフォローしてくれたからな。君の気配りや優しい言葉に、こうやって見てくれている人もいるんだと毒気が抜けたんだ。きっと、今日の復讐が成功したとしても、俺は自責の念に苛まれて、また暗い人生を歩んでいたんだろうな。だから、ありがとう。明日、ポールにも本当のことを伝えて、謝るよ。謝って済むことではないかと思うが……」
もしかして、前回の記憶でアランが亡くなったのは、自殺だったのかもしれない。
アランは良くも悪くも真面目で責任感が強い人だから。
「約束です。もう復讐や悪いことをしないって。私も二度としないことを誓いますから。」
「約束だ……って、二度としないって、君は……」
「私も苦い思いをしたことがありますから。」
私とアランは指切りをした。
こうして、私は前回と事実を書き換えることが出来たのだった。
翌日、私はポールに呼び出された。
ポールは涙目だ。
「……俺さ、アランが悩んでいるの知らなかったんだ。今朝、アランから謝られて、過去のことも聞いた。俺と俺の家族はアランとアランの家族のことをずっと追い込んでたんだ。こんな俺がお礼を言うのも違うとは思うけれど、でも、言わせてくれ。アランを救ってくれてありがとう。」
事のあらましを説明しているうちに、ポールは感情的になったのか、はらはらと涙を溢した。
どうやら、ポールはアランが自分を殺そうとしたことに怒るよりも、アランをそこまで追い詰めた自分と自分の家族を責めているようだった。
ポールはアランを実の兄弟のように想い、接していたことを部員の私は感じていた。
だから、殺されそうになったことに対して、単純な怒りや悲しみではなく、色んな感情がポールの中で渦巻いていたのが窺えた。
私がどう反応していいか判断に迷っていると、ポールは話を続けた。
「俺、この学園を辞めようと思うんだ。俺はアランほど食にこだわりはないし、食の世界にいたら、きっとアランを苦しめてしまうと思うから。」
「それは……」
「そんなことして、俺が喜ぶと思っているのか?」
違う、と言おうとした時、後ろから眉間に皺を寄せたアランが立っていた。
「今回のことは全面的に俺が悪い。変な同情心で、おかしな真似はするな。俺は正々堂々、実力でお前よりも多くの人を喜ばせる事のできる料理を作れるようになる。お前は今まで通り、能天気に生きていればいい。」
これがアランなりの本音なのだろう。
ポールは鼻を啜って、分かったと伝えた。
「ローズ、巻き込んで悪かったな。話を聞いてくれてありがとう。」
ポールにそう言われ、私は首を振る。
「二人が仲直りして良かったです。」
仲直りという言葉はこの出来事にふさわしくなかったかもしれない。
前回の記憶がある私はこの出来事で人が死ぬと言うことが分かっていた。それでも、二人が今後、食の世界で生きていくためには、これは単なる仲違いとして済ますことが一番だろう。
余計な波風は立てない。
現に、二人は今こうやって元気に生きているのだから。
「あ!みんな居た!どこに行ってたのよ。今日は部のみんなでアポイントメント取れた会社にお邪魔する予定だったでしょ!」
「ポール、泣いていたのか?二人に虐められたのか?」
何も知らないジャスミンとレオが外に出てきて、私達に駆け寄る。
「勝手にこいつが泣いたんです。」
アランがポールを指差し、冷たく言い放つ。
平穏な日常に私は少し笑う。
前回の私はこの長期休み、就職活動中のクリストファーをひたすら誘い、断られ、ショッピングを一人でしていた寂しく身にならない休みを過ごしていた。
……私も少しは変われたのだろうか。
私は青い空を見上げて、そんなことを考える。
クリストファーが卒業するまで、あと五ヶ月ほど。
果たして、私達はどんな関係になるのだろうか。