第十話
「俺の家は狭いからな。二グループに分かれて、交代制にする。どちらかのグループが仕事を手伝っている間、もう一つのグループは外に出てフィールドワークでもしていてくれ。」
ジャスミンと雑談をしながら、荷解きを終えて、階段を降りると、アランが淡々と説明する。
「班分けは特に決めていないが……」
「じゃあ、じゃんけんで決めようぜ!二グループだから、グーとパーで分かれよう。」
そう言って、私達はジャンケンをする。
そして、私とポール、アランのグループとレオとジャスミンのグループに分かれた。
私がさりげなくジャスミンへ目線を向けると、ジャスミンは妖艶な笑みを浮かべてウィンクをした。
当のレオは相変わらずのんびりとした表情をしていて、心の内が分からない。
「よろしくな、アラン!ローズ!」
ポールが私とアランの手を握って、ぶんぶんと大きく振る。
アランはポールの手を振り払い、一つ咳をして、本題に入る。
「……まずは俺達が調理場に入ろう。動き方を見て、交代する時に修正する点があれば修正する。先輩達は三時間後に戻ってきてください。」
「分かったわ。」
「了解。」
私達は二手に分かれ、私はポールとアランと一緒に調理場へ向かう。
「今日は初回だし、勝手が分からないだろうから、とりあえず皿洗いをしながら、手が空いたら、仕事を見るようにしてくれ。」
「おう!」
「分かりました。」
「料理人に話すときは、手が空いていそうな時にしてくれ。あくまで目の前の仕事優先にさせてほしい。」
アランは注意事項を話すと、早速持ち場に入るよう指示した。
私とポールは皿洗い。アランは休みに手伝いをしている為、調理担当として加担している。
私は皿洗いや食器の準備の間、アランの調理の様子を見る。鍋で何かを準備し、味見をしている。
料理人を始め、職人は目で技術を盗むことが大切だ。
いかに能動的に動けるかが大切な為、合宿を無駄にするかしないかは自分の行動が鍵となる。
鍋には透明な液体が入っており、具が浮いている。これは、この国のスープだったはず、と私は思った。
「アラン先輩、それはお吸い物を作っているのですか?」
「ああ。今は寒いからな。アクセントに柚子を入れている。」
「なるほど。丸いのはお麩というものでしたよね?」
「そうだ。あとは椎茸と三つ葉。四角に切った蒲鉾を入れている。場合によっては、豆腐を入れる日もあるな。」
私はアランの言うことをメモする。
アランの実家では、出汁の取り方はこうだとか、温度はこのくらいだとか、私は隙を見て、色んな質問をする。
しばらくして、お昼時になったからか、忙しくなったことを確認した私は、皿洗いをしに、持ち場へ戻った。
「ローズは勉強熱心だな。俺、見ていても何を聞けば良いのかよく分からないんだよな。」
ポールは皿を洗いながら、そんなことを言う。
アランが努力家だとすれば、ポールは天才肌なのだろう。直感で何を必要とするか、感覚的に理解する。
よく分からない、と言うが、おそらくポールにとっては当たり前のことだろう。
「今日は蕎麦なのか。これ、うちの国の夏野菜を使って、ソースもアレンジしたら、万人受けしそうだよな。ふむふむ……」
ポールは匂いを嗅ぐと、麺をひとつまみし、食感を確かめたり、汁を味見したりしていた。
「おい、ポール。味見する時は許可を取れ。」
「あっ、悪い、悪い。吸い物は柚子を使っているんだな。蕎麦にも柚子のスライスを入れたら、味にメリハリがつくよな……」
やはり、ただつまみ食いしてるだけではなく、すぐにアイデアがぽんぽんと出るポールは才能があるのだろう。
何故、ポールが部長をやっているのかは、人望だけではなく、きっとこの絶対味覚が評価されているからだと感じた。
「お疲れ様。三時間経ったから戻ってきたわよ。」
「これ、皆への差し入れ。綺麗な和菓子……上生菓子?って言うんだっけ。それをいくつか買ってきたから、良かったら食べてよ。」
三時間というのはあっという間で、私達はジャスミンとレオが声をかけるまで、自分の業務に集中していた。
「ああ、お疲れ様です。ありがとうございます。」
「お!これも柚子のお菓子があるんだな。」
「寒椿もあるな。」
ポールとアランは調理場を出て、和菓子を手に取る。
私も一足遅れて行くと、ジャスミンがニコニコと笑顔を浮かべて、私の口に一つのお菓子を近づけた。
「ほらほら、新人ちゃん食べてごらん!」
「んむ……あ、これは白餡のお菓子なのですね。」
「そうなの!名前は……ねえ、なんだったっけ?」
「覚えてない。アラン、冬のお菓子で白餡だと何だ?」
「見てないから何とも言えないですが、うぐいすとかですかね?」
わいわいと話し込んでいると、アランの母がわざとらしい咳をした。
「みんな、お疲れ様。休憩するなら、廊下ではなく、そこの休憩室を使ってちょうだい。」
「ご、ごめんなさい。」
私達はそそくさと休憩室に移った。
そうだ、ここは学校ではない。
私達は我に帰り、すぐに交代し、ジャスミンとレオは調理場へ向かった。
私とポール、アランは外へ出た。
「さて、どこに行きたい?」
アランが尋ねるとポールは頭を掻きながら、困ったような表情をする。
「うーん。魅力的なところが多すぎて、絞れないんだよなあ。観光地や押さえておきたいスポットやレストランは全員で行くしなあ。ローズ、決めてくれ。」
「わ、私ですか?」
ポールの突然のフリに私は困惑した。
「そうですねえ。『カワイイ』が最近では有名ですから、SNS映えのしそうな学生に人気の街へ行って、見た目を美しくする方法を学びたいですね。この国の技術は精巧ですから。」
「俺もあまり普段行かないから、案内できるかどうか分からないが……ガイドブックを見て、人気店を巡るか。」
こうして、私達は若者に人気の街へ向かった。
クレープや綿飴、マカロンにパンケーキ、タピオカなど甘いものをひたすら食べた。
めぼしい店を全て回った頃には、私達は胃もたれを起こして、公園のベンチに項垂れた。
「うっ……流石に食い過ぎた。」
「一生分の甘いものを食べた気がするな。製菓科のやつは凄いな。こんなのを毎日食べてるんだもんな。」
元凶は欲張りすぎた私なので、二人に申し訳ない気持ちになり、自販機でコーヒーを買った。
「ありがとうな。そういえば、ローズはさっき何買ったんだ?」
ポールはコーヒーを受け取りながら、私が持っていた紙袋を見た。
「ああ……お土産です。」
私はクリストファーにお土産を買った。
ハートの焼印がされている抹茶のスポンジケーキに小豆が入ったお菓子だ。
確か、クリストファーは小豆のお菓子も好きだったはずだ。
ハートの焼印がされているのを思わず買ってしまったのは、『大切な人への感謝の気持ちをぜひ伝えてください。』といったような謳い文句で、そこの店で大々的に宣伝を出しており、異国に来ていた高揚感もあり、日持ちもするしと、つい買ってしまったのだ。
しかし、よく考えれば、ハートのついた物を渡すのは、どこか気恥ずかしい。
もう少し考えて買えば良かったと思っていたところだったので、思わず回答を躊躇ってしまった。
「そうかそうか。優しいな!きっと、相手も喜ぶぞ。」
ポールは爽やかな笑みを浮かべ、頷いた。
しばらく、三人でベンチに腰掛け、コーヒーを飲みながら、風景を楽しんでいた。
少し経ってから、アランは時計を確認して、腰を上げた。
「……そろそろ交代の時間だな。戻ろう。2人は先に戻っていてくれ。俺は少し使いたい材料を買って帰る。」
「ああ、分かった。」
ポールが返事をすると、アランはそのまま公園を出て行った。
「俺達も帰ろうか。」
ポールの声かけに私は頷き、私はベンチから離れた。
「合宿はどうだ?楽しいか?」
「ええ。こんな機会でないと、異国には行けないので。」
「確かにそうだよな。この合宿は、海外に行けるからって、結構学校内でも有名でさ。それ目当てで部に入る人もいるんだけどな。なかなか居付かないから、いつも少人数で開催になるんだよなあ。」
ポールは少し残念そうにぼやいた。
そういえば、前回の私もこの合宿の存在は知っていた。
学校内で最もハードな部活の合宿は海外に行けると。
……あれ。
何か引っかかる。
確か、海外に行けるだけじゃなかった。
あの部活の合宿は確か……
「ローズ?どうしたんだ、ぼうっとして。」
私が何か引っかかりを感じて、思案していると、ポールは心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「い、いえ。なんでもないです。」
そうか?と怪訝そうにポールが返すのを横目に、私は胸にかかった靄を取り除けずにいたことに、妙な不安を抱いたのだった。