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第九話

懐かしい夢を見た。

私がクリストファーを次第に好きになった出来事が走馬灯のように流れる。


クリストファーの母は病気がちだった。

ずっと、部屋のベッドで窓を眺めている。

少し青白い肌にが陽光に照らされている。

私のクリストファーの母の印象は線の細い女性だった。


私達の婚約の話があった時、クリストファーの母は車椅子でわざわざこちらに出向いてくださったのだ。


クリストファーは病気がちな母を見て、父の代わりに病院に付き添うことが多かった。

そして、クリストファーは次第に医者の道を目指したいという夢が出来た。


それでも、クリストファーはそれをクリストファーの両親に言うことは出来なかった。


クリストファーの父が一代で築き上げた店の後継。


病気がちな母親の存在。


そして、弟妹の存在。

クリストファーが後継者の道を放棄してしまえば、弟妹のどちらかが継がなければならない。


弟はスポーツ選手になることが夢だったし、妹は美術の道に進みたがっていたことを知っていたクリストファーは弟妹の夢を諦めさせない為にも、自分の夢を諦めたのだった。


クリストファーは、よくご飯を一緒に行く時、私やクリストファーの弟妹がメニューを迷っていると、自分の選びたいものをやめて、私や弟妹の迷っているメニューの一品を選んでくれた。


クリストファーは大人だった。

争いが嫌いだったから、人の間に立って、仲裁もしていた。

だから、人望もあり、顔が広かった。


クリストファーは優秀だった。

運動はもちろん、本をたくさん読んでいたからか、クリストファーは博識だった。クリストファーは同級生を束ね、導いていた。小学生の頃、クリストファーはいじめられていた子を助け、仲を取り持ったりもしていた。


そんな完璧なクリストファーが時折、幼なじみの私にしか見せないくだけた接し方や表情が好きだった。


完璧なクリストファーだけじゃない。

本当は、甘いものより辛いものが好きなクリストファーも、負けず嫌いなクリストファーも全部好きなのだ。


家族ぐるみでハイキングに行き、子供達で遊んでいた時に私が大怪我をした。

大人達のところへ連れて行く為に、私をおぶって大量の汗を流しながら、坂道を登ってくれたクリストファー。


大好きなおもちゃを私が壊してしまい、必死に慰めて、直そうとしてくれたクリストファー。


幼なじみだった私達は十年近い付き合いがある。万華鏡のように色んなクリストファーとの思い出がくるくると変わる。


それを割り切ることは二回目でもできない。

だけれど、前回の記憶が私を変に縛る。


きっと、二回目の私も正しい行いはできていない。


前よりも宙ぶらりんになっている気分だ。


目が覚めたとき、私は泣いていた。

顔が涙で冷たく濡れており、入学式以来、久しぶりに夢で涙を流したのだった。


次の日。

私は両親に許可をもらって、春休みに合宿に参加できることとなった。


それを聞いたポールは嬉しそうにはにかんだ。


「お、ローズも合宿に参加してくれるんだな!これで五人定員だ。」


「パスポートはちゃんと更新しとくんだぞ。ビザは短期だから確か要らなかったはずだ。フライトチケットを取るから、後でパスポートの顔写真のページを教えてくれ。」


「はい。分かりました。合宿では、よろしくお願いします。ポール先輩、アラン先輩。」


今はとにかく料理に集中しよう。

どんな結果になっても、私は料理人の道を極めるべき人間なのだから。


一人娘の私が後継しなければ、後継者を外部の者にするか、何らかの形で残すようにするか、このレストランを潰すしかない。


どの道、今の父のレストランは跡形もなく消えてしまうのだ。


恋愛に溺れていた時の私はそういったことも考えていなかった。


今は後継者としての責任を、義務を果たすべきだ。


今度は恋に盲目な少女ではなく、レストランの後継者であるローズ・リシャールとして。



「……合宿に参加するのか。」


毎月恒例のデートの日。

私が春休み期間に合宿に行くことを伝えると、クリストファーは少し呆けたような、驚いているような……形容し難い複雑な表情をした。


「ええ。異国文化を学ぶのも、将来的に役立つと思いまして。これから、お客様もグローバル化しますし、変化は大切ですから。」


「ローズらしいな。応援するよ。」


「ありがとうございます。」


「……それで、いつ戻ってくるんだ?」


「二十九日です。お休みは二日しかないですね。」


私がそう言うと、クリストファーは私の手に自分の手を絡める。


相変わらず、今回のクリストファーはスキンシップが多い。


「帰国したばかりで疲れているかもしれないが、三十日か三十一日に会えないか?」


「え、ええ……構いません。」


「良かった。その月に会えないなんて寂しいしな。」


何か含みのある言い方をしたクリストファーはどこか少し安堵した表情をした。


私はその表情の意図が分からず、つられて笑顔で返すのだった。



前回の私はクリストファーしか見ていなかった。

だから、これから起こる事件などすっかり頭から抜けていたのだ。


暗い部屋の中で、誰かが呟いた。


「……積年の恨み、晴らしてやる。」



数週間後、私達は外国に来ていた。

前回とは全く違う展開。

クリストファーと離れるなんて考えることができなかった前回の私は海外に渡航するなんて思考はできなかった。


「これは何だ?」


「団子だ。餅の食感に似ている。これは、みたらしという醤油や砂糖で作った甘いタレをつけてるな。」


「アラン先輩!これは、何ですか?」


「これはたこ焼きだな。粉物で生地にタコを入れて専用の機械で丸く焼く。オイスターソースをアレンジしたソースが使われるのが主流だな。」


私達は街にある店に関心を持っては、アランに聞いた。

まるで観光のようになっている。


昨今は色んな異国のレストランが自国にも出来て、目新しいものも減ってきたと思っていたが、やはり本場に行かなければ、分からないものもある。特にローカルフードは私達専門学校生でも知らないものも多い。


色んなものをつまみ、異国の食文化を堪能した後、私達はアランの実家にお邪魔することになった。


「お!ここがアランの実家か。趣があるな。」


そこは、古い木造建築の建物で、ショーウィンドウには定食のサンプルが並んでいた。


「食品サンプル!この国ならではね。すごく精巧に造られているわ。」


「本当だ!これ、部屋に飾りたいなあ。」


今回、一緒に参加している三年目の先輩達が食品サンプルに釘付けになっている。

まるで小さな子供のようだ。


「大したものもないし、もてなしも出来ないが、まぁ入ってくれ。」


アランが引き戸を開けて開けて、中に入るよう促す。私達はアランに促されるまま中に入った。


「あら、いらっしゃい。アランがいつもお世話になっているわね。」


中に入ると小柄で色白な女性が柔らかな表情を浮かべて立っていた。


「俺の母だ。この料亭……いや、定食屋を切り盛りしている。」


「小さな店だから、窮屈かもしれないけれど、ゆっくりしていってね。今、お茶を用意するから。」


「俺も手伝うよ。お前達は好きな席に座っていてくれ。」


私達は新鮮な内装に思わず辺りを見渡してしまう。


だるまや猫の置物、確か熊手とかいう飾り物……


アラン以外の生徒が異国の地でどこか浮き足立つような感覚を覚えているのだろう。

どことなく、ソワソワしているように、辺りをキョロキョロしている。


「なんだ。まだ立っていたのか。適当にこのテーブルに置いておくぞ。」


私達は内装や置物を見るのに集中していたからか、アランが戻ってくるまで、立ったまま辺りを見渡してしまっていたのだった。


「さて、寝室はこの上だ。部屋割りは簡単に決めてある。二人一部屋だ。女性二人はつきあたりの奥の部屋。ポールと先輩は階段上がって左の部屋。俺は階段上がってすぐ右の部屋にいる。母の部屋だけ一階の突き当たりにあるから、そこには入らないようにしてくれ。」


「おう!わかった!」


アランの説明が終わると、ポールが高らかに返事をして、部員は続々と二階に向かう。


私はその場に残り、アランに紙袋を渡す。


「あの、アラン先輩。これ……」


「これは?」


「手土産です。今回泊めていただけるささやかなお礼の品で……」


「相変わらず、君は真面目だな。そんなこと、気にしなくて良いのに。君の先輩達はすぐに階段を登っていったぞ?」


アランはありがとう、と言いながら、紙袋を確認する。


「ここは確か……副会長のご実家の店だったか?」


「ええ。私はここのお菓子が自国で一番美味しいと思っていますから!」


私がそう言うと、アランは柔らかい笑みを浮かべた。


「副会長もそのご実家も君がファンだと聞いたら喜ぶだろう。」


「買い被りすぎですよ。えっと……私も荷物を置いていきますね。」


私は苦笑いをして、軽くお辞儀をして、その場を離れる。


部屋に着くと、女の先輩が先に荷解きをしていた。


「あら、遅かったわね。勝手に右側の布団を貰っちゃったけれど良かったかしら。」


「ええ、構いません。」


「そういえば、貴女とちゃんと話すのは、はじめましてかしら?何だかんだ部活中ってタイミングがないと、話せないものよね。改めまして、私の名前はジャスミン・テイラーよ。よろしくね、新人ちゃん。」


ジャスミンはグラマラスな体型をしている、いかにも妖艶な女性だ。

いつも、男子生徒と一緒にいる為、私は話したことがほとんどなかった。


「ジャスミン先輩、改めてよろしくお願いします。ローズ・リシャールです。」


「ねえねえ、前から気になっていたんだけどさあ……アランと新人ちゃんって付き合ってんの?」


「えっ!つ、付き合ってないですよ!」


ジャスミンの発言に思わず持っていたボストンバックを落としてしまう。

私がそう答えるとジャスミンはつまらなさそうに髪をいじる。


「ええ?付き合ってないの?あ、もしかしてこれから付き合う感じ?」


「いやいや!私とアラン先輩はそういう関係じゃないですって。」


「そうなの?アランって新人ちゃんに凄く優しいじゃない?新人ちゃんとよく2人で部室にいるの見かけるし。」


まさか、側から見たら私とアランはそんな風に見えてしまったいるのか。

アランに申し訳ない気持ちを浮かべつつ、ジャスミンの話を聞き続ける。


「あ!もしかして、本命は別なの?誰?もしかして、ポール!?」


「い、いませんよ!本命なんて。」


私の頭にはクリストファーの顔が過ぎるも、私はジャスミンの言葉を否定する。


「そっかあ。まだ一年だもんね。出会いはこれからよ!私目線だとポールやアランは優良株だと思うけれどね。」


ジャスミンの話題は恋愛の話ばかりだ。

どうやら、ジャスミンは、どうしても恋話がしたいらしい。


「ジャスミン先輩は居るんですか?お付き合いしている人とか、気になっている人とか。」


すると、ジャスミンは横目を向いて、わざと困ったような表情を浮かべた。


「ええ、気になる?実はね……私、レオのことが好きなの!」


言っちゃったと、一人ではしゃいでいる。

私も笑顔を浮かべて、同調する。


レオ・エバンス。この合宿に来ているもう一人の三年生だ。


成る程、ジャスミンの思惑がわかった。

この合宿でレオとの距離を縮めたいからお膳立てや協力をしてほしいとのことだろう。


「ええ!じゃあ、今回の合宿はチャンスじゃないですか!」


私はジャスミンとテンションを合わせて、返事をする。


「そうなの!コンテストも控えてるし、卒業式まであと少しだし、今回がラストチャンスなの!」


応援してます、と私は笑顔で返す。

たまにこの専門学校に居ると、自分が10代であることを忘れてしまう。

最も、こんな厳しい専門学校で恋愛にうつつを抜かした過去の自分はよほどタガが外れてしたのだろう。


ジャスミンは料理の腕も良い。

他の同期と比べて優秀で、既に同期より一足先に就職先も確定している。自分のやるべきことをやりながら、専門学生らしく青春を謳歌しているのだ。


てっきり、ジャスミンは、男を侍らす悪女かと思えば、ジャスミンも一人の男に恋する純粋な乙女だったのだ。


応援している、とジャスミンに言うと、ジャスミンは嬉しそうに微笑んだ。


「ふふ、ありがとう!新人ちゃんも好きな人が出来たら遠慮なく言ってね!応援するし、協力するから!」


ありがとうございます、と私は言いながら、そんな日は来ないと、心の中で嘲笑したのだった。

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