〝ナーロッパ〟の功罪
黒崎 「今回は、いわゆる〝ナーロッパ〟について御託を並べるの巻とする」
チロン 「すでにしゃぶり尽くされてるネタですけど、あえてそれを語るからには、思うところがあるのですよね?」
黒 「一応はね。で、まずは〝ナーロッパ〟の定義だけど、ここでは〝なろう系ファンタジーの定番ともいえる中世ヨーロッパ風の異世界〟ということにしておこう」
チ 「ドラクエ的異世界、なんて言われたりもしますね」
黒 「ああ。僕様的には、ドラクエとロードス島戦記と指輪物語を混ぜ混ぜして上澄みだけすくった、みたいな印象だな」
チ 「わかりにくいのです……」
黒 「じゃあ、もう少し具体的に言おう。中世欧州っぽい社会で、エルフやゴブリンがいて、ギルドがあって、魔法が日常的に存在し、人々は城塞都市に暮らしてる──そんな世界観がナーロッパ」
チ 「うん。それならわかりやすいのです」
黒 「では本題。異世界ファンタジーを書く人の多くがナーロッパ世界を採用するのは何故でしょう」
チ 「うーん……既製品を使えば自分で世界観を考える必要が無いから?」
黒 「半分正解」
チ 「もう半分は?」
黒 「説明する手間が省けるから」
チ 「きゅ……?」
黒 「オリジナル要素の強い世界観だと、そこにある様々な事物をひとつひとつ説明する必要がある。が、ナーロッパ世界なら解説は要らない。たとえばナーロッパにおけるエルフのイメージは概ね規格化されてるから、〈彼女はエルフである〉とだけ書いておけば、あとは読者が自分で情報を補完してくれるわけ。ゆえに解説は不要。だから楽ちん」
チ 「なるほど。いちいち説明しなくていいのは、テンプレ設定の便利なところですね」
黒 「ああ。だからテンプレ設定を使うこと自体を批判するつもりはないし、僕様も大いに利用しようと思ってる。ただ、テンプレ設定が絶対視されがちなのが問題なんだよね。オリジナリティーを出そうとしてテンプレ以外の要素を追加しようものなら、そんなのエルフじゃねーし、と怒られるのよ」
チ 「あう。厄介なモンスタークレーマーさんなのです」
黒 「それが少数なら無視すれば済むんだけどな。大勢いるから困る」
チ 「なろう界隈は、石を投げればモンスターに当たる人外魔境ですからね」
黒 「で、思うんだけど──このナーロッパ世界の定番化って現象、ともすれば一種の権威化なんだよね。それは非常に危ういことなんだよ」
チ 「と、いうと?」
黒 「和製SFの衰退と同じ道をたどりかねないってことさ。権威化とは〝●●はこうあるべき〟という呪縛に他ならない。結果、そのカテゴリーはみずから進化の道を閉ざし、自称〝本格派〟という名の焼き直しの濫造によって陳腐化して、コアなマニアのみが棲息する閉塞した系となる」
チ 「ナーロッパは、そうなりかけてると?」
黒 「ああ。すでに権威化は完了し、陳腐化しつつあるとみていいだろう。それは物語性においても同様で、ざまぁ系、追放系、悪役令嬢系、スローライフ系の異世界転生モノは〝逆張り〟も含めて進化の袋小路に入ってる感がある」
チ 「ふむふむ。実際、もう完全に定型化してますしね」
黒 「繰り返しになるけど、定型化が悪いわけじゃなく、異端を認めない雰囲気になるのが危険ってことだから、そのあたり誤解しないようにな」
チ 「あいさー」
黒 「んじゃ、最後にまとめ。ナーロッパというテンプレ設定には冗長な解説を省けるメリットがあるから、うまく使えばテンポ良く物語を進められるし、読者のイマジネーションをかきたてやすいという効果もあるだろう。
他方、権威化という自縄自縛に陥る危険性もはらんでる。
それによるジャンルの衰退を避けるには、枠からはみ出た異端の存在を受け入れることが肝要。──以上」
チ 「おー、なにやらアカデミックなのです。御主人の分際で」
黒 「お前な、たまには知的っぽく終わらせてくれてもいいだろうが」
チ 「そうは問屋が卸さないのです。いやさ、卸してなるものか」
黒 「なんで全力で拒否るんだよ……」
──終劇──